ハリー・ポッターと十六進数の女   作:‌でっていう

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第14話 希望と嘘

「この試合は中止です!」

 

試合前の準備飛行をしていると、魔法で大きくした声で叫びながらマクゴナガル先生が駆け込んできた。ウッドが抗議するが、そんなことに構ってられない、という様子だ。一体なにがあったというのか。

 

「全生徒はそれぞれ寮に戻りなさい。寮監から詳細をお伝えします。できるだけ急いで!」

 

落ちる勢いで地面に戻ると、マクゴナガル先生はあたしとポッターに手招きしているようだった。

少し距離があったので、もう一度地面を蹴って先生のところまで飛ぶ。ハリーは元から近くにいたのですでに到着していたが、もう一人、生徒の群れの方から近づいてくる人がいた。

 

「ウィーズリー、あなたも来た方がいいでしょう」

 

言われるままにしばらく着いて行く。マクゴナガル先生はずっと険しい顔で口を開かなかったが、医務室の前までくると立ち止まってゆっくりと口を開いた。

 

「ショックを受けるかもしれませんが——」

 

まさか……。その次の言葉に備える。マクゴナガル先生は続けた。

 

「また襲われました。二人同時に」

 

先生が開けた医務室の扉をくぐり、中に入った。マダム・ポンフリーの両脇にあるベッドには——。

 

「アルっ!」

「ハーマイオニー!」

 

朝食後に別れた二人が、目を開いたまま文字通り固まっていた。あたしはただ、その場に突っ立っていることしかできなかった。少しして、マクゴナガル先生が声をかけてきた。二つの手鏡を手に持っている。

 

「二人は図書室の近くで発見されたのですが、そばにこれが落ちていました。何か心当たりはありますか?」

 

首を横に振った。恐らく、これは怪物に関係していて、アルたちはその正体をあたしたちに伝えに来る途中で襲われたのだろう。

 

「——寮まで私が送って行きましょう。生徒への説明もしなくてはなりませんし」

 

 

寮に戻ってからのマクゴナガル先生の話を簡単にまとめれば、毎日午後六時以降は絶対に寮から出るな、授業での移動やトイレの際は必ず教師が付き添う、クィディッチの練習、試合は延期、といった具合だった。

——アルとハーマイオニー、あの二人がいながら何故。

未だにこの状況は受け入れがたい。もし仮に怪物と遭遇しても、アルなら返り討ちにしてくれるだろう、とたかをくくっていたところもある。ハーマイオニーも、知っているなかではかなり魔法の上手い人だ。

こんな状況でも二人を医務室送りにする怪物。それをどうにかすることなどできるのだろうか。

 

「——ダメよ。そんな弱気になっちゃ」

 

しかし、悲劇はそれだけでは終わらなかった。

翌朝、談話室に降りるとポッターとウィーズリーが珍しく早起きして話していた。あたしの姿に気づくと、話に加わるように手招きしてきたので駆け寄る。

 

「何よ?」

「……昨晩、ハグリッドがアズカバン送りになったうえに、ダンブルドアが校長をやめさせられたんだ」

「は、はぁ……」

 

なるほど、門番がアズカバンに。まあ前回の容疑者だしね。そんでもって、校長が——

 

「……え?」

 

どうやらあたしは耳鼻科にかかる必要があるらしい。きっと聞き間違いだろう。きっとそうであり、そうに違いなく、そうと思いたい。

 

「『透明マント』で抜け出してハグリッドのとこに行ったらファッジ大臣とルシウス・マルフォイが来て、目の前で連れていかれた」

「きっとルシウス・マルフォイのやつ、理事たちを脅したか買収したかして、ダンブルドアへの停職命令に賛成させたんだ」

 

吐き捨てるようにポッターとウィーズリーが言う。聞き間違いではなかったうえ、情報元も本人が直接見たという限りなく正確なものである。嬉しくない知らせは事実と確定してしまった。

 

「ハグリッドはまだ分かるとして、校長まで……。今度こそ、誰か、死ぬわよ」

 

思わず喉を震わせるが、二人ともうつむいたまま黙っていた。『例のあの人』ですら恐れる存在、ダンブルドア。ホグワーツの安全はそこに保証されていた。

つまり、今のホグワーツはなにが起こってもおかしくない状況だ。このまま黙って見ているわけにはいかない。今こそ冷静になるんだ、渡邉桔梗。

 

「……『日記』がなくなって、ポッターが変な声を聞いて、また事件が起こった。この三つは、確実に関係してると思うわ。他にも探せば、手がかりがあるかも……」

「あー、あと。ハグリッドが、クモを追え、なんて言ってた」

 

捜索の提案をすると、ウィーズリーが想像もしたくない、という顔で言った。確かクモが大の苦手だったか。

 

「クモ、ねぇ……。そういえば、最近見かけないわね」

「そう、そこなんだよ。ハグリッドなら『部屋』のヒントを知ってるのは間違いないけど、いないものを追えと言われてもできない」

 

あたしの言葉にポッターが答える。ぐうの音も出ない正論だ。クモを見つけさえすれば大きなヒントが得られるのだろうが……。

 

「それじゃ、クモを探しつつ他の手がかりも探していきましょ」

 

こんな時、アルならどうしただろうか。きっと探知魔法か何かで一瞬でクモを見つけてしまうだろう。

……クモを追って得られるヒントというのがどんなものかも想像つかないが。

 

「他の手がかりってのは、どうすりゃいいんだ?」

「そうね……。いつもと違うこと、それを徹底的に探す。関係なさそうに見えることでも、意外に関係があったりするものよ」

 

ウィーズリーはなるほど、と一考すると例を挙げる。

 

「君のネコがやたらぼくに敵対してることとか?」

「それはあんたが悪いんじゃないかしら。

……そうね、ジジにもあまり外に出ないように言っておかないと」

 

真面目に言っているのか堅い空気を緩める冗談のつもりなのかいまいち分からなかったが、とりあえず一つするべきことは見つけた。続けて、ポッターも何かを思い出した様子だ。

 

「そういえばハグリッドが、雄鶏が不審死してるって言ってた」

「雄鶏……。怪物のエサにでもするのかしら」

「死骸は残ってたみたいだよ。あんまり見てて気持ちのいいものじゃなかったけど……」

 

その様子を思い出してか、ポッターは表情を歪める。雄鶏を殺めたのが『継承者』だとすると、そいつにとって雄鶏がホグワーツにいるのは都合が悪かったということになる。継承者にとって不都合となる要因——

 

「怪物は雄鶏が苦手……?」

「そんな弱っちい『怪物』が人なんて殺せるのか?」

「あんまりいなさそうだけど、絶対にないとも言い切れないかもよ」

 

ウィーズリーは納得していないようだが、ポッターの言うとおり可能性としてはゼロではない。そんな動物をどこかで聞いたことはないか、と記憶を探っていると、ウィーズリーがまた一つ仮説を立てた。

 

「もしかしたら、クモがいないのはその怪物から逃げてるからかもしれない」

「あら、それならあんたは怪物に感謝しなくちゃいけないことになるわ。でも、そうね。クモにとっては天敵なのかもしれないわ」

「雄鶏を敵とし、クモに敵とされる……。情報が少なすぎるな。桔梗の言う通り、もう少し探ってみよう」

 

ハリーはそう言うが、あたしはこの情報に一筋の光を見出した。あの人なら、これだけの情報でも——。

 

「授業始まるまで時間あるわよね。ちょっとふくろう小屋まで行ってくるわ」

「どうしたんだい?」

「アリ……いえ、大したことじゃないわ。ちゃんと先生にも同伴してもらうから安心しなさい」

 

便箋と羽ペンを『袋』から取り出しながら、談話室を飛び出した。

 

 

それから二週間、夏の気配も現れてきたころ。結局それ以上の手がかりも、ハグリッドに追えと言われたクモも見つけられず、ただただ張り詰めた空気の毎日が過ぎて行くだけだった。

 

「ねえマルフォイ、あんた、本当に何も知らないのよね」

「何回言わせる気だ。僕は残念ながら『スリザリンの継承者』じゃない」

 

ホグワーツの地下、魔法薬学の教室。空のままのアルの席越しに、ドラコを問いつめる。

 

「別にあなたが犯人である必要はないわ。でも……そうね、自宅に『闇の魔術』の品を抱えているようなお宅のお子様なら、何か知っててもいいんじゃないかしら?」

「だ、誰に聞いたのかは知らんが、うちにそんなものはない。……確かに父上は『部屋』について何か知ってるみたいだが、僕には教えてくれなかった」

 

煽ってみる。五ヶ月前にはクラップとゴイルに化けたポッターたちに自ら自慢していたらしいではないか。しかし、親が『部屋』の情報を持っていることは認めるようだった。

 

「もし知っていたなら、僕は進んで『承継者』の手助けをして差し上げただろうね! 『穢れた血』の奴らがまだ荷物をまとめてないのは驚くべきことだ」

「確かに、誰かさんの『父上』のせいで最後の砦、ダンブルドアはここにいないものね」

 

堂々と城の人間の大半を敵に回すドラコに、雪玉に埋める石ころのごとく皮肉を混ぜて返す。そんな時ふと、一つの事実を思い出した。

 

「ところで、アルは純血の魔女なんだけど?」

 

これでは、マグル生まれだろうが純血だろうが、この城にいる以上、怪物に殺される可能性はゼロではない、ということになってしまう。そのことに気づいて、マルフォイは表情を歪ませ——ていない。

 

「グレンジャーなんかのそばにいるからだ。スリザリンの承継者が純粋無垢なスリザリン生を襲うわけがないだろう。『血を裏切る者』とでも間違えたんだろう」

 

ここまでくると呆れを通り越し、もはや感心できる。

その後、マルフォイはクラップとゴイルにダンブルドアは最悪の校長だ、と話したりスネイプに次期校長への志願を提案したりしていたが、さすがに突っ込む気力は残っていなかった。

 

 

翌朝、あくびをしながら談話室に降りると、ポッターとウィーズリーが珍しく早起きしていた——いや、つい最近もこんなことがあったっけか。

 

「また『透明マント』でお出かけしてきたの?」

 

今度はこちらから話しかける。話に集中していたからか、視界の外からの声に少し驚いたようだ。声の主があたしであることを確認すると、ロンが問いに応えた。

 

「あぁ。ついにハグリッドの残した情報にたどり着いた」

「ほんと? どうだった?」

 

期待を胸に成果を問うが、ぶっきらぼうに答えるウィーズリーの表情は曇ったままだった。

 

「ハグリッドが放った怪物はスリザリンの怪物とは別の怪物で、スリザリンの怪物を天敵とするでっかいクモだった。それだけだ。ぼくたちにとっての『例のあの人』みたいなものなのか、怪物の名前すら教えてくれなかったさ」

「そのうえ、ハグリッドの友達だと言ったのに殺されそうになったよ」

 

ウィーズリーに続け、ポッターもそう言い放った。思わずため息をついた。貴重な手がかりが一切の情報なく吹き飛んだのだ。

 

「つまり、何の成果も得られませんでした、ってわけね。ハグリッドは、そのクモがあなたたちにお友達のように接してくれると思っていたのかしら……」

「あっ、でも一つだけ」

 

ポッターが何かを思い出したようだ。ほとんど諦めかけていたが、藁にもすがる思いで聞いてみることにした。

 

「五十年前に殺された生徒は女子で、しかもトイレで襲われたらしい」

「それって……」

 

もし、その生徒がゴーストとなってこの世に留まり、そのままトイレにいるとしたら。そんな奴は一人しかいない。僅かな希望を抱いたが、少し遅れて言いたいことを察したのかウィーズリーが嘆いた。

 

「でも、この厳重警戒のなか、よりによって最初の被害者が出たすぐ近くのトイレなんて行けっこないよなぁ」

「昨晩みたいに『透明マント』でどうにかならないのかしら?」

「昨日——というか日付回ってほぼ今日だったけど、そん時は運が良かっただけなんだ。先生に見つからないようにここから出るだけでも、十五分はかかる」

 

二日連続で都合よくいくはずがない、ということか。ヒントのある場所は分かっているのに、たどり着く術がない。クモを探していた時のようなもどかしさがまた復活した。

ただし、まだ希望は完全に潰れたわけではない。もう少し待っていれば、きっと——。

 

 

数日後、生徒たちがいつものように大広間で朝食をとっていると、マクゴナガル先生から何か話があるようだった。

事件があろうと試験は実施する、という衝撃発表があったばかりなので一瞬身構えたが、マクゴナガルは「いい知らせです」と告げた。

 

「スプラウト先生によれば、とうとうマンドレイクが収穫できるとのことです。今夜にでも、石にさせられた人たちを蘇生できるでしょう。そうすれば、犯人も捕まえられますし、一連の事件も解決することができます」

 

大広間は歓声に包まれた。少なくとも全体の四分の三の生徒は、緊張からの解放から表情を緩ませている。残り四分の一、つまりはスリザリンの生徒だが、その中にもホッとしている生徒はいるようだった。ドラコ・マルフォイなんかは落胆している様子だったが。

 

「薬が出来上がるのと、あのメイドさんと、どっちが先かしら」

 

そんなことを言いつつ、あたしも嬉しかった。石にさせられた被害者のなかにはアルとハーマイオニーもいるのだ。二人はきっと犯人を見つけているはずであり、蘇生されれば事件は瞬く間に解決するであろう。

もっとも、ハーマイオニーにとっては試験まで三日しかないという別の事件の始まりとなってしまうのだが。

 

 

ビンズ先生の『魔法史』の授業が始まるはずのころ、あたしとポッター、ウィーズリーは医務室へと向かっていた。

なぜこんなことになっているのか。ロックハート先生の引率をうまく打ち切らせて、三階の女子トイレに『嘆きのマートル』に話を聞きに行こうとしていたところをマクゴナガルに捕まり、とっさに出した作り話が「ハーマイオニーとアルーペのお見舞いに行きたい」だったからだ。気を利かせたマクゴナガル先生は、医務室への入室と『魔法史』の欠席を許可してくれた。

 

「石になった人に話しかけても意味ないと思いますがね」

 

そうは言われたが、マクゴナガル先生の許可があっては、マダム・ポンフリーは渋々でもあたしたちを中に入れるほかなかないらしい。

 

「あと少しだけ、待ってなさいよ」

 

アルの隣に立って声をかけていると、窓が叩かれる音がした。それを聞きつけたマダム・ポンフリーは窓の方に向かうと、封筒を持ってこっちのほうに戻ってきた。

 

「あなた宛の手紙よ」

 

それを受け取ると、一目散に封を開いた。あとの二人もハーマイオニーの隣で何かを読んでいるようだ。

 

「ギリギリ、こっちの方が早かったわね。なるほど、これなら——」

 

顔を上げて医務室を見渡そうとすると、同時に顔を上げたハリーと目が合った。そのままそそくさと医務室から出ると、ハリーが提案してきた。

 

「職員室へ行こう」

「あら、奇遇ね。あたしもそうしようと思っていたところよ」

「それじゃあ、あの手紙は……」

「あなたたちこそ、何かコソコソしてたけど——。

なるほど、やっぱりハーマイオニーは分かっていたのね。怪物は……」

「バジリスク、だ」

 

答え合わせは満点だった。目を合わせただけで命を奪う眼を持つ怪物、『バジリスク』。牙には猛毒を持ち、唯一の弱点は雄鶏の鳴き声を苦手とすること。ハグリッドの雄鶏が殺されていたのは、その対策だろう。

ハリーにしかその声が聞こえなかったのは、バジリスクが巨大な蛇であるから。

被害者が何故誰も殺されていないのかといえば、その眼を『直接』見ていなかったから。ミセス・ノリスは水面越し、コリン・クリービーはファインダー越し、アルーペとハーマイオニーは鏡越しだった。

移動手段はホグワーツに張り巡らされた配管で、ハリーが壁の中から声を聞いたのもそのためだ。

そして、それとその他の状況から察するに、『秘密の部屋』の入り口は三階の女子トイレ以外にない。

職員室の前でマクゴナガル先生が戻ってくるのを待っていたが、時間になってもそれを告げる鐘は鳴らず、代わりに先生の慌てたような声が廊下に響くこととなった。

 

「生徒は全員、すぐに寮に戻るように。教師は全員、大至急職員室にお集まりください」

 

一体何があったというのか。それは職員室、つまりここにいれば自ずと分かることなのだろうが、生徒は寮に戻るよう指示されているので、このまま突っ立っているわけにはいかない。

職員室の中を見渡すと、縦長の洋服箪笥がいくつか置いてあるのを見つけた。

 

「あそこに隠れるわよ。……二人はあっち。一緒に入る気はないわ」

 

箪笥の戸の隙間からカビ臭いのを我慢して職員室の様子を伺っていると、怯えたような顔、困惑した顔、通夜のような雰囲気で先生が次々と入ってきた。はじめに口を開いたのは、マクゴナガル先生だった。

 

「とうとう、生徒が一人、連れ去られました。……『秘密の部屋』そのものの中へです」

 

何人かが息を呑む音が聞こえた。スネイプはマクゴナガル先生の言い方に疑問を覚えたらしく、沈黙を破って問いかけた。

 

「なぜそんなにはっきり言えるのですかな?」

「『スリザリンの継承者』が伝言を書き残しました。最初の事件での文字の下に、最初と同じように。『彼女の白骨は永遠に「秘密の部屋」に横たわるであろう』と」

 

マクゴナガル先生が答えると、悲しみからか机に突っ伏している教師もいるようだった。腰を抜かしたような様子のマダム・フーチが聞く。

 

「誰が、ですか……?」

 

マクゴナガル先生はおそるおそる、震える声でそれに答えた。

 

「ジニー・ウィーズリー」

 

ロン・ウィーズリーの箪笥から物音がしたが、誰もそれを気にする余裕はなかった。マクゴナガル先生は泣き出しそうなのを堪えるように続けた。

 

「全校生徒を明日、帰宅させなければなりません。……ホグワーツは、これでお終いです」

 

扉を開く音で沈黙を破ったのは、空気が読めない、という言葉がこれほどにも似合う人はいない、と言える人だった。

 

「し、失礼。なにか聞きそびれてしまいましたかね?」

 

その場にいる全員の視線は、それこそ睨まれただけで死んでしまいそうなほどにその人間、ロックハートに突き刺さった。スネイプはその姿を見るや否や立ち上がった。

 

「なんと、適任者が。あなたは昨夜、でしたかね。『「秘密の部屋」に入ることは私にとっては庭小人を退治するのと同じぐらい容易いことだ』などと鼻高々におっしゃっておりましたな?」

「その、私は、えと、あの——」

 

ロックハートは弁明の言葉を紡ぎ出すことすらできずに小さくなっていたが、スネイプは口を止めなかった。

 

「女子生徒が、『秘密の部屋』そのものに連れ去られた。あなたはそこに何がいるかさえもしっかり把握していると自慢していましたね」

「言いましたかね、そんなこと——」

「ハグリッドが捕まる前に怪物と直接対決できなかったのは残念だ、とも言ってましたね。よーく覚えておりますぞ」

「私は——何も——誤解では——」

 

ようやく言語を取り戻しはじめたロックハートに、とどめを刺したのはマクゴナガル先生だった。

 

「それでは、ギルデロイ。あなたにお任せします。私達はあなたの邪魔はしません。好きなように、怪物を料理してやってください」

 

普段の威厳はどこへやら、ロックハートは震えながら支度をする、と言って職員室を飛び出していった。

 

「さて、と。厄介払いができましたね。

寮監の先生方は生徒への連絡をお願いします。明日一番のホグワーツ特急で帰宅させる、と伝えてください。他の先生方は、寮に戻っていない生徒が一人もいないように、見回りを」

 

 

あたかも医務室から戻ってきました、というふうに繕って寮に戻ってきたが、談話室は倦怠の空気に満ちていた。

 

「ハリー」

 

沈んでゆく夕陽を眺めながら、ウィーズリーはポッターに話しかけた。

 

「ほんのわずかでも、可能性があるだろうか。つまり、その、ジニーが——」

「あるわよ。今年ばかりはアルに頼ることはできないけど」

 

ハリーは完全に失望しているのか、その場に沈んだまま動きそうになかったので、代わりに応えた。正直、根拠はない。

 

「ロックハート先生に話そう。なんとかして『秘密の部屋』に入りたいと思っているはずだ」

「そう? あの調子じゃとても無理そうだけど……。まあ、巻き込んでおけば囮ぐらいには使えるかもしれないわね」

 

他にできることは思い浮かばない。せめて、今できる精一杯のことをして足掻こう。珍しく、ウィーズリーに共感させられた。

 

「ポッター、あなたは?」

「ここでじっとしてても仕方ないよ。行くしかない」

 

案外、ポッターもまだやる気は残っていたようだ。二人を連れてこっそりと談話室を抜け出したが、誰もこちらを気にする者はいなかった。

 

「二人とも、できるだけ音を立てないでちょうだい」

 

曲がり角で鏡を使う以外にも、『怪物』への対策はあった。バジリスクはその性質上、移動するときにわずかだが音を立てるうえ、周囲に魔力を放っている。

アルに教えてもらったのは、素早さを活かす方法だけではない。魔力の『察知』、転移魔法に次ぐアルの切り札(といっても実用できる程度になったのはつい最近らしいが)とも言える技術。ミーティスの魔法である魔力『探知』とは違い身体に身につける技で、これは人間なら大抵は身につけられる。

それは、相手が『姿現し』する先や出そうとしている魔法が大まかに分かるなど、案外様々な面で役に立つ。らしい。

 

「集中すれば、そいつを察知できるから」

 

しかし、この術はあたしの体には少々合わなかったようで、発動にはかなりの集中力を要する状態だ。

途中で何らかの魔力が通過して行ったり、通常の二倍ほどの時間はかかったりはしたが、三人は無事にロックハートの部屋にたどり着いた。部屋の中が騒がしいので、ウィーズリーは思いっきりドアを叩いた。

 

「は、はい!」

 

静まった後、ドアがゆっくりと開いてロックハートの目だけが隙間から覗いた。ポッターが口を開きかけたが、先にあたしが切り込んだ。

 

「あなたに伝えるべきことがあるわ」

「えっと、今はあまり——つまり——いや——いいでしょう」

 

心底迷惑だ、というような口調であったが。一応入室を許可されたようだ。ドアを開いて、我々は唖然とした。

 

「えっと、どこかにいらっしゃるのですか……?」

 

壁いっぱいに貼ってあったらしい自身の肖像画やら装飾やらはすべて取り払われて、床に置いてあるトランク以外は誰も住んでいないような状態だ。一度も今年のこの部屋を直接目にしたことはなかったのだが、それでも異常と分かる殺風景さだ。

 

「その——緊急の呼び出しで——仕方なく——」

「逃げ出そうというのかしら? 本や新聞、文字の上ではあんなに偉そうなのに?」

「ジニーはどうなるんだ!」

 

あたしとウィーズリーにまくし立てられたロックハートは、ため息をつくと、先ほどまでとは打って変わって冷静な声で言った。

 

「本は誤解を招く」

「……どういうことだ? 自分が書いたんじゃ——」

「まあまあ、少し考えれば分かることじゃないか。私が——」

 

語り始めたロックハートに割り込む。こんなつまらないことを長々説明させる時間はない。

 

「そうね。あんな物語みたいな活躍を、ピクシー妖精すら片付けられないあなたができるはずないわ。どうせ作り話だろうって……」

「残念ながら、それは半分しか合ってない。私の本に書かれていることは、紛れも無い事実だ。たとえば、これが片田舎の醜い魔法戦士の話だったとする。その人が村の人を『狼男』から救ってそれを本にしたとしても、私の半分も売れないでしょう」

「それじゃ、あんた、まさか。でも、どうやって——」

「『忘却術』というのをご存知かな? 私の仕事は、本にサインをしたり写真に写ったりすることだけじゃないんだ。

話のタネを探して、当事者から信頼を得て、色々と聞き出し、そして、最後には私の存在もろとも忘れてもらう。有名になるのは、楽なことじゃないんですよ」

 

なんとなくポッターのほうを気にしながら、ロックハートは話を終えた。結局半分間違っていたし、話の主導権を渡してしまったが、さっさと終わったのでよしとする。ロックハートは重そうにトランクを持ち上げると、大股で三人との距離を詰める。

 

「さて、と。私にはするべきことが一つ残っていますね」

 

ロックハートが杖に手をかける。しかし、その杖はあたしたちに向けられる暇もなく吹き飛んでいた。ポッターは慌てて周りを見渡すが、その原因はすぐ隣にいる。

 

「この歳で、『無言呪文』を……」

「唱えた場合の一割の威力もないのだけれど? 本当に『忘却術』以外何もできないのね」

 

即座に杖を抜き、ロックハートに無詠唱の『武装解除呪文』を叩きつけたのはあたしだ。杖はまま、ロックハートに真っ直ぐ突きつけたまま。

 

「わ、私に何をしろと……。『秘密の部屋』のことなんて何も……」

「運が良かったと思いなさい。あたしたちは知ってるわ。ついて来なさい」

 

 

「キキさん、まさか……。急がないとっ……!」




今作二度目の年越し。去年は何をしてたっけ?
それではよいお年を!

純血なのに襲われるアルーペ
 純血を巻き込んでしまうおっちょこちょいな怪物さん。

魔力察知
 鍛えればチート。相手が呪文を放つより一瞬早く反対呪文を叩き込むこともできる。
 アルーペのレベルでは四属性が察せる程度、桔梗のレベルでは存在していることが察せる程度。
 霊力はどう足掻いても無理。

世間では夏休みと言われる時期に執筆したのですが、実際に休めてる人ってどのくらいいるんでしょうかね。社会人は変わらぬ日常ですし、学生なんて夏期集中学習期間と言った方が実状に合ってるような気がしますね。
こんなあっつい時に……。筆も進まないです。

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