ハリー・ポッターと十六進数の女   作:‌でっていう

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第02話 出会い

八月某日。マクゴナガルはスケジュール帳とにらめっこしていた。新入り魔女二人をダイアゴン横丁に案内する日付を決めているのだが、空きが一日しかない。自分一人で二人とも相手できるだろうか。もし無理だといっても、物理的にそうする他にないのだが。あるいは、ミーティスの魔女に頼めば、二人になれたりするのだろうか。

 


 

「えーっと、買い物にいくんでしたっけ。その前にお茶でもしていきます?」

 

あれから数日。家の前にマクゴナガルさんが現れた。家にかかった魔法からそれを教えてもらい、今度は自分で門を開けた。

 

「そうですね、ぜひともあの紅茶をふたたびいただきたいのですが、今日はちょっと忙しいのでまたの機会にお願いします。まず、一緒に日本まで来てもらいます」

「えぇ! 日本?」

 

ふと、日本という言葉をどこかで聞いたような気がした。いや、日本という国は普通に知っているのだが、初めて聞いたはずの言葉が知っていたように感じられるあの感覚、既知感に襲われたのだ。前回マクゴナガルさんがホグワーツについて説明していた最中も、何度か既知感に襲われていた。特に『ホグワーツ』という単語のそれは強かった。こういう話について、なにか知っていたことがあったのだろうか。しかし、詳しいことを思い出そうとすると、突然電源が切れたように思考がぷつっと途切れてしまう。行ってみれば、何かわかるだろうか。

そんなことより、問題なのはいまからそこに行く、ということだ。東に行くのと西に行くのとどっちが近いのか、それすら迷うような距離感なのだが。

 

「それ、あんまり近所じゃないですよね、何しに行くんですか?」

「あなたと同じ、新入生をもう一人お迎えに行きます」

「えぇ、日本から? 留学ってやつですか?」

「そういうことになるんですかね」

 

マクゴナガルさんも詳しいことは知らないといった様子だった。それで、そこまではどうやって行くのだろうか、ということも聞いた。

 

「はい。今のところ『付き添い姿現し』で移動することになってます」

 

そういえば学校で習うほうの魔法にも、そんな名前の転移魔法があるのだった。自分の転移魔法では、いまのところ日本に飛ぶことはできないので、おとなしく手を借りておくことにしよう。

 

「では、私の手を持ってください」

 

門の外に出て、言われるままマクゴナガルさんの手を握ると——世界が回った。世界が縮んだ。世界が伸びた。なるほど、あんまり快適な魔法ではないようだ……。

 


 

『姿現し』した先は、線路と森に挟まれた細い道だった。森のほうはどうやら山になっているらしいが、そう高いものではなさそうだ。線路の続く先を見てみると、駅らしき構造物が見え、その周りにはビルがいくつか建っている。

 

「おや、ここは……。この距離ともなるとちょっとずれちゃいますね。桔梗さんの家は……あ、あそこです」

 

どうやら、『姿現し』は長距離では精度が落ちてしまうらしい。帰りは『こっち』の転移魔法を使わせてもらったほうがよさそうだ。

マクゴナガルさんに先導され、ビルの見えた方角へ歩くと、幅が十メートルほどの、脇をコンクリートで固められた小さな用水路のようなものが現れた。遠くのほうに見える看板によれば、これは五反田川とかいう川らしい。このなりで川とは、日本の川って全部こんな感じなのだろうか?

この川を渡った向こうが桔梗という人の家のようだ。橋までは少し距離があったため、短距離の『姿現し』で向こう岸に渡る。あんまり気持ちよくないので頻繁に使わないで欲しいものだが、少しでも歩くのを減らしたいくらい暑いのは同意できる。特にマクゴナガルさんの格好は暑そうだ。

階段を上り、マクゴナガルさんは桔梗さんの部屋の呼び鈴を鳴らした。間もなく、黒髪に大きな赤いリボンを付けた、わたしより少し身長が高いくらいの女の子が出てくる。マクゴナガルさんを見て顔を輝かせた後、こちらの存在に気づいた。

 

「マクゴナガルさんね……。えっと、そちらは?」

「はじめまして、アルーペ・ミーティスです。あなたが日本の魔女さん?」

「うん。あたしは桔梗よ。キキって呼んで」

 

そのとき、『ホグワーツ』と聞いた時と同じ、強い既知感に再び襲われた。『キキ』の名を聞くのは初めてではないと、そう脳が言っているのだ。一体なんなのだろうか。マクゴナガルさんと最初に会って以降、明らかに頻度が増えている。

心の中で頭を抱えていると、桔梗さん改めキキちゃんはマクゴナガルさんのほうに向き直って言う。

 

「色々、買いに行くのよね。はやく行きましょ! 楽しみだわ!」

「そうですね。では、私の手を握って……」

 

ストーープ! マクゴナガルさんが再び『姿現し』しようとするので、わたしは静止した。

 

「帰りはわたしの転移魔法を使ってみません? 精度と快適性には自信がありますよ」

「えぇっ、アルーペさんの? もう魔法使えるのかしら?」

「使えるやつはちょっとは使えるよ」

「へぇ、おもしろそう、やってみてよ」

 

キキちゃんはわたしの魔法に興味を示した。いや、『マグル生まれ』らしいし、魔法そのものに、だろうか。マクゴナガルさんも少し迷いを見せたが、了承をくれた。

 

「帰りも使うし、学校に通うなら繰り返しになると思うから、わたしが付き添わなくても使える魔法陣式のほうにしたいんだけど」

「魔法陣?」

「そう。それで、道に落書きするってわけにもいかないから、キキちゃん家のどっかに設置したいんだけど」

「なるほど、そういうことなら入って」

 

日本の作法に従い靴を脱いで上がらせてもらうと、第一印象は冷房が効いてて快適、だった。

 

「かあさん、お客さんよ。えーっと……」

「お邪魔します、魔女のアルーペ・ミーティスです」

「あら、あなたも魔女さん! そっちはマクゴナガル先生ね。これからお買い物って聞いてたけど……」

 

キキちゃんのお母さんらしき人が笑顔で出迎えてくれた。今日の予定は聞いていたらしく、わたしたちは予定外の来客ということになる。手短に済ませたほうがよいだろう。

 

「魔法陣を作るらしいわよ」

「はい。えっと、床になにか置いても邪魔にならない、このくらいのスペースってあります?」

 

ちょうどよくキキちゃんが主題をぶっこんでくれたので、手で五十センチメートル四方ほどの四角を作って説明すると、キキちゃんのお母さんは驚き、少し悩んだのち、こう答えた。

 

「うち狭いからね……。使わないっていうと、ベランダの端っこぐらいしか……」

「あ、それで大丈夫です!」

 

キキちゃんの母へついてベランダへ向かう。たしかに自分の無駄に広い屋敷に比べたら狭いが、生活するにはこのくらいで十分だろう。広すぎても掃除が面倒なだけである。庭がないのはこういうとき困るが。

 

「はい、ここよ。できるだけ端っこでお願いね」

「ご心配なく」

 

杖を取り出し、雨で消えないインクを生成し、床に大小さまざまな円や四角、記号をいくつか書く。そんな自分を見ながら、渡邉親子が話をしている。

 

「これ、なんの儀式です?」

「なんかね、イギリスまでひとっとびできる魔法なんだって」

「そういえばホグワーツとやらはイギリスだったね。私もイギリス旅行できたりしちゃう?」

 

そこに、マクゴナガルが割り込む。

 

「魔法の使える者の場合は省略できるよう政府同士で合意してますが、マグルは入国審査とかが必要なんじゃないですか」

「あらまぁ、それは残念。パスポートの期限なんてとっくに過ぎちゃってるわよ」

 

できたー! 仕上げに書いた魔法陣を杖でたたくと、魔法陣は淡く緑色に光り始めた。これで、転移魔法のネットワークにこの魔法陣が登録された。こんなこともあろうかと、家の庭に設置した魔法陣だけのネットワークを用意していたので、そこに参加させている。

キキちゃんとマクゴナガルに使い方を説明する。といっても、上に立つと脳内で行き先を聞かれるので、それに答えるだけだ。ペットを含む持ち物も触れていれば一緒に転移される。

 

「それじゃ、そろそろ行きましょうか」

 

キキちゃんのお母さんに見送られ、まずは手本および動作確認として自分が魔法陣に乗る。行先として『ミーティス家庭』だけ表示されるので、それを念じる。目を開けば、まわりの風景は見慣れた自宅の庭になっていた。もちろん、場所は魔法陣の真上である。うまくいったようだ。まもなく、残りの二人も同様に移動してくることとなった。

 


 

ミーティス家の門を出てさらに『姿現し』して、わたしたちは『魔法使いの商店街』へ案内された。なぜ自分の転移魔法でないのかといえば、それは知らない場所や目印のない場所には転移できないからである。はじめに日本に行くときに使えなかった理由も同じだ。

商店街のほうは、鍋屋やらなんやら、いかにも魔法、という感じの商品を売っている店がずらりと並んでいる。キキちゃんはそれぞれの店を興味深そうに観察し、マクゴナガルさんに尋ねた。

 

「えっと、ここ、どこ?」

「ダイアゴン横丁です。普通の学用品なら、ほとんどここで揃います。えっと、買うべきものは……」

 

マクゴナガルさんは上着のポケットを探るが、目的のものは見つからないらしい。学用品の一覧なら確か捨てていなかったはずだ。腰に下げた袋を漁ると、ちょうど目的のものが出てきたので、マクゴナガルさんに渡した。

 

「ありがとうございます。覚えていないわけではないのですが、ちゃんと文面で確認しないと……」

「その袋、小さいのにいろいろ入ってるのね」

 

マクゴナガルさんの言葉に共感していると、キキちゃんに声をかけられた。そういえば説明してなかったっけな。

 

「うん。家にある収納と繋がってるんだよ。転移魔法の簡単な応用だけど、思いついた先祖さまは偉大だよ。あ、そうだ。あとでキキちゃんにもあげるよ。作るのは簡単だから」

 

これも転移魔法のネットワークの一種。人が転移できるのだから、当然物も転移できる。ちなみに、駆動するには魔力が必要だが、魔力もネットワークで転移できるので、周囲から魔力が得られないような場所でも使うことができる。

 

「ほんと? でも、勝手に収納いじられたら困るんじゃないかしら?」

「心配ないよ、別に収納を用意するから。今日がいちばん荷物多そうなのに、すぐじゃなくてごめんね」

 

袋から接続できる収納は個別に指定できるので問題ない。もちろん、同じ場所を共有することもできる。

 

「そんな、大丈夫よ」

 

袋のことは一段落して、話は学用品に戻る。

 

「ところでマクゴナガルさん、色々買うにはお金がいるわよね? あたし、日本円しか持ってないわよ」

「そういえば、わたしも普通のお金しか持ってない……」

 

マクゴナガルさんは、魔法界では専用の通貨を使う、と言っていた。魔法のお金というのは、もちろん魔法で増やせないように対策されているのだろう。しかし、ミーティスの魔法ではどうだろうか……? うん、考えるのはやめよう。

 

「安心しなさい、マグルのお金は魔法使いのお金に換金できます。グリンゴッツ魔法銀行に行きましょう」

「魔法界でも銀行ってあるのね。魔法で守れば、預けておかなくてもと思ったけど……」

「盗む方も魔法使いなんですよ」

 

魔法で護っても、魔法で破られる。なるほど、その通りだろう。自分の家の護りも破られてしまうことがあるのだろうか。ミーティスの魔法の中でも最上級の魔法の詰め合わせと聞いているが、これから知る魔法がその上をいってしまう、ということがありえるのだろうか。なるほど、もしかしたら、魔法を取り込むというのは、そういうときにすることなのかもしれない。

 

「グリンゴッツは魔法界で一番安全な場所です。ホグワーツを除いては」

「ホグワーツってそんなに安全なんですね」

「そんな場所で学べるなら、わざわざ日本から来た甲斐もあるわね。というか、ホグワーツ以外にも魔法学校ってあるのかしら?」

「世界中にありますよ。確か日本にも。さあ、つきました。グリンゴッツです」

 

いや、日本にもあるならなんでイギリスになったの。声にならないツッコミを入れながらマクゴナガルさんについて白い石段を上がる。グリンゴッツは通りの中でもひときわ目立つ、石造りの立派な建物だった。

 

「この人……達は?」

小鬼(ゴブリン)です。……気難しいので、あまり関わらないほうがいいと思います」

 

入口の扉を開けて目に飛び込んできた光景について、マクゴナガルさんに尋ねた。小さな人のような生き物で、なるほどいかにも気難しい顔をしている。何も言わず、書類の山を前に、ただ黙々と仕事をこなしていた。マクゴナガルさんは受付の小鬼に話しかけた。

 

「すみません、マグル通貨の換金と、この子達の金庫をお願いします」

「了解です。係りの者をお呼びします」

 

しばらくして皿を持って現れた『係りの者』も小鬼だった。

 

「お待たせしました、マグル通貨の換金ですね。こちらにマグルのお金を……」

「アル、お先どうぞ」

「ありがとう」

 

皿の上に所持金の半分ほどを置くと、小鬼は天秤で重さを計り始めた。そのあとは、一枚一枚の硬貨をじーっと見つめていた。見るだけで本物かどうかわかってしまったりするのだろうか。

しばらくして、魔法使いのお金と思われる金銀貨を渡された。キキちゃんも同じように換金して受け取ると、マクゴナガルさんに聞いた。

 

「あの……」

「何ですか?」

「このお金、どのくらいなんですか?」

「補助金と合わせれば、卒業まで困ることはないと思いますよ。ミーティスさんもです」

 

なんと、補助金が出るらしい。換金の為替も、換金分とそれがそれぞれいくらなのかも分からないが、卒業まで持つのなら十分だ。

こちらの話が終わったのを察してか、小鬼が次の案内を始めた。

 

「次は金庫をお作りするのでしたね」

「あ、はい。この二人の分をお願いします」

「……ついてきてください」

 

奥の方にある扉を開けると、石造りの急な坂になった通路に、線路が敷かれていた。まもなく、トロッコが勢いよく上がってきた。

 

「さあ、乗ってください」

 

マクゴナガルさんに押されるままトロッコに乗った。全員が座ったのを小鬼が確認すると、急加速して地下へと降り始めた。イメージとしてはめちゃくちゃ凶悪なジェットコースターだ。とんでもないスピードで地下を走り抜け、やがて急停車した。

 

「ジジ、大丈夫だった?」

 

キキちゃんが猫に声をかけた。大丈夫な生命体がここにいるようには思えなかった。

 

「お二人の金庫は一〇二三番と一〇二四番です。どちらか好きな方の扉に触れてください」

「一〇二四……キリがいいね。わたし、こっちでいい?」

 

綺麗な数字を当てたことに感動していると、キキちゃんに訳を聞かれた。

 

「どうぞどうぞ。でも、なんで一〇二四でキリがいいの?」

「二の十乗。十六進数に直すと040になるんだよ」

「十六進数……?」

 

あー、普通は十六進数なんて使わないんだった。普段使っているのは十進数。九のつぎの十で位が上がる数え方だ。となれば、十六進数は『一の位』の次が『十六の位』になるということ。そうキキちゃんに説明したが、あんまり伝わっていない様子だった。

 

「持っていく分はこれだけで足りるでしょう。他はここに置いておくといいです」

 

マクゴナガルさんがひとつかみほど金貨を持って言った。キキちゃんは言われた通りに一掴みポケットに入れたが、不安に思ったのか、マクゴナガルさんにもう一度確認する。

 

「え、これだけ?」

「はい、この世界では大抵のことは魔法で済むので、物価が安いんです」

「へぇ〜」

 

自宅に置いておくのと、自分で持っているのと、どれが一番安全なのかは分からないが、こちらにも少しは置いておくことにした。安全性を確かめるには……自分で破ってみる? いやいや。物騒な考えを振り払い、換金したうちの三割ほどを金庫に、残りを『袋』に放り込んでトロッコへと戻った。帰りもトロッコの速さは変わらず、あっという間に地上にたどり着いた。

 

「いよいよ買い物ですね! どこから行きますか?」

 

学用品の一覧を見ながら問うと、マクゴナガルさんは一考して答えた。

 

「まずは制服を仕立ててもらいましょう。時間がかかると思うので、その間に他の買い物を済ませましょう」

「教科書とかね。いよいよって感じね。贈りもののふたをあけるときみたいに、わくわくしてるわ!」

 

キキちゃんの足元を歩くジジが、その言葉に応えるようににゃーんと一声鳴いた。

 

「そうね、多分いつか言ったわ」

 

おや? もしかして猫との間で会話が成立している? さっきのトロッコでの言葉も一方的なものではなかったのか。

 

「えーっと、キキちゃんは誰と話して……?」

「え? あ、ジジと話してたのよ。『どこかで聞いた言葉だね』って言われたから」

「えぇっ。猫と会話できるの?」

 

やっぱり。キキちゃんは猫と話をしていたらしい。人間や生き物の心を読む魔法はあるらしいが、直接会話もできるものなのか。

 

「魔女の猫だけよ。でも、ジジの方は魔女以外の人間の言葉も分かるらしいわ」

「へぇ……」

 

ミーティスには使い魔の文化はないが、魔法使いのペットというのはずいぶん賢いらしい。

 


 

「——で、杖を買うわけですが」

「杖って、すごい魔女っぽいわね!」

 

キキちゃんははちょうど『贈りもののふたをあけるとき』のようにはしゃいでいた。マクゴナガルさんはその様子に苦笑いしつつ、こちらに真剣そうに話しかけた。いや、今までも真剣だったが。

 

「だって魔女ですもの。で、ミーティスさん」

「はい?」

「あなたは既に杖を持っていますね」

 

そういえば、ミーティス家の魔法、これから習う魔法、どっちの魔法も杖を使う魔法だ。

 

「あ、はい。でも……」

 

しかし、今持っているのはあくまでもミーティス家に伝わる杖。この杖で……

 

「でも、こちらの魔法が使えるかどうかは分からない、そうですね」

「は、はい」

「それを確認するために、オリバンダーに見てもらうというのはどうですか?」

 

目の前の古びた店の看板を見上げれば、『紀元前三八二年創業高級杖メーカー』とある。なるほど、オリバンダーはここの杖職人なのだろう。

 

「はい、別に構いませんけど……」

 

使えなかったら、新たに杖を用意する必要がある。そうでなくても、キキちゃんはまだ杖を持っていないので——。

 

「あたしの杖はその人が作ってくれるってこと?」

 

——になる。どちらにせよオリバンダーのお世話になるということだ。

 

「そうですね。作ってくれるというより、杖があなたを選びます」

「杖が……?」

「やってみればわかりますよ」

 

返事を待たず、マクゴナガルは店の戸を開いた。続いて入ると、中も外装と同じく古ぼけていたが、目を引くのはカウンターの向こうの棚にぎっしりと詰められている大量の細長い紙箱であった。おそらくは、あのすべてに杖が入っているのだろう。

まず、マクゴナガルはわたしたちが新入生であることと、わたしの杖が使える状態かどうかを調べてほしいということを、カウンターに座っていた老人、オリバンダーに伝えた。

 

「これは……、桜の根かね? 長さは二十四センチメートル。なるほど、強い魔力を感じますよ。しかし……」

「しかし?」

「その魔力を、私には使わせてくれない、それぐらいに忠誠心が強いようじゃ。安心してくだされ、あなたならきっと使いこなせますよ」

 

オリバンダーはわたしの杖を受け取るとこう言った。杖に記録された情報などは本人でないと読み込めないようになっているので、オリバンダーさんに扱えないのは自然なことだ。どうやらこれから習う魔法のほうもそれと同じ状態らしく、わたしなら使える、という結論のようだった。それよりも、『桜の根』という言葉が引っかかるが。

 

「そうですか、ありがとうございます! 次はキキちゃんの番だね」

「そうね。えぇと、オリバンダーさん。どうやって杖を選べば……選んで貰えばいいのかしら?」

「心配せんでええ。私が渡す杖を軽く振ってくださればいいのじゃ。お嬢さん、杖腕はどちらですかな?」

「杖腕? 利き手なら右ですけど……?」

「それでよい。右腕を伸ばして」

 

キキちゃんが言われるままに腕を伸ばすと、巻尺が勝手に長さを測り始めた。何故か髪の毛の長さや胸囲など、明らかに関係ないところまで測っている。

 

「もうよい。ではこれを持ってくだされ。柊と不死鳥の羽、二十八センチメートル」

 

キキちゃんはそれを振ろうとしたが、その前にオリバンダーに取り上げられてしまった。どうやら相性が良くないようだ。その後も数本の杖を試したが、どれも降ると爆発が起きたり取り上げられたりするだけだった。

 

「難しいのう、これはどうじゃ。桜の枝と杉の幹、二十六センチメートル」

 

桜? わたしのと同じ? キキちゃんはこれまでと同じように杖を持った。しかし、何かが違うようだ。杖から、得体の知れない力が漏れているのがここからでも分かる。言葉には表現できないが、どうやらオリバンダーにも分かるらしく、期待に満ちた目をしている。

 

「さあ、振って」

 

キキちゃんが同じように杖を振ると、なんということだ。小さな花火が杖から飛び出し、はじけた。

 

「完璧ですの」

「……あの、オリバンダーさん?」

「なんじゃ」

 

キキちゃんの杖選びが終わったのを見計らって、オリバンダーに尋ねた。

 

「キキちゃんの杖、桜の枝って言いましたね。そしてわたしのが桜の根……。同じ桜だけど、素材によって特徴があったりとかするんですか?」

「そうじゃの、物理的な特徴は似てくるじゃろう。桜なら、磨けば光沢が出てくる。しかし、魔法的な特徴はその杖による、としか言いようがないのじゃ。わかったかの?」

「はい。ありがとうございます」

 

同じ素材ならなにか特別な関係があったりとか、そんなことを期待して尋ねたが、あまり関係は無いようだった。ただ、例外として同じ個体だったりすると向き合わせたときに誤動作を起こすらしい。今回はその心配はなさそう、とのことだった。杖の代金(どれも七ガリオン均一らしい)を払い、店を後にした。制服を回収し、わたしの転移魔法で帰還。マクゴナガルさんの最終確認が入る。

 

「全部揃っていますか? 教科書と、道具と、杖と、制服と……大丈夫そうですね。そうでした、学校の外で魔法を使ってはなりませんよ。退学になりますからね」

 

んん? わたしたちはたった今、わたしの転移魔法で戻ってきたところなんだけど?

 

「あの、マクゴナガルさん先生」

「あなたの魔法は……。大丈夫でしょう。そもそもこの家の護りの中では、魔法省の監視は通らないみたいです」

 

マクゴナガルさんは聞く前に内容を察してすぐに答えた。やましいことはないにしても、使った魔法が全て筒抜けというのは決して居心地の良いものではないので、これは嬉しいことだ。これを聞いて、キキちゃんも尋ねる。

 

「ここならあたしも使えるってこと?」

「そうなりますが、一応ダメってことになってますよ」

「はーい」

 

肯定の言葉であるが、いいことを聞いてしまった、とばかりの口調でキキちゃんは答えた。マクゴナガルさんは苦笑したが、すぐに真面目な顔に戻り、ポケットからなにかを取り出した。紙切れ……切符、だろうか。

 

「最後に、ホグワーツにはこの列車で行きます。キングス・クロス駅は分かりますね? では、私はこれで失礼します。また新学期、お会いしましょう」

「ありがとうございました」

 

マクゴナガルさんは門の外に出て、消えた。受け取った切符に目を下ろして……うん?

 

「……で、キキちゃん」

「なに?」

「九と四分の三番線ってどこだと思う?」

「え、九と四分の三は九と四分の三……。え、そんなホームあるわけないじゃない!」

 

切符には、九月一日の十一時に、九と四分の三番線から『ホグワーツ特急』が発車すると書かれている。しかし、普通に考えてそんなホームはあってはならない。キングス・クロスは大きな駅なので何度か使ったことがあるが、そんなのは見たことがない。

 

「だよね……。もしかしたら、行ってみればわかるかもね。九月一日は、ちょっと早めに行こう」

「そ、そうね」

「キングス・クロスなら行ったことあるから転移魔法が使えるし、十時半に来てくれれば間に合うよ」

「えっと……」

「あ、日本だと……。十八時半かな。時差があるってすっかり忘れてた……。魔法陣に体内時計とか腕時計とかを補正する魔法もつけておいたから心配しなくて大丈夫だよ」

 

自分は過去に時差ぼけで旅行が全く楽しめなかったことがあった。そんなことは誰でも体験するだろうと思って対応する魔法を探したが、そもそもそんな概念が無かったらしく、既存の魔法ではどうにもならなかった。仕方なく、生まれてはじめて自分で発明する魔法として時差ぼけ補正を実現することになったのだ。

 

「あ、そういえば時差ぼけしてないわね」

「よかった、ちゃんと効いてる。日本はそろそろ夕方だから、はやく帰ったほうかいいんじゃない?」

「えっと、八時間進んでるから……。そうだわ、早く帰らないと。ここに乗って、行先を選ぶだけでいいのよね」

 

キキちゃんは魔法陣に乗り、手を振りながら日本へと消えた。

 

「さて、ここでは魔法使っても大丈夫っぽいし、予習でもしちゃおうか!」

 

適当に杖を振ると、『転移魔法禁止』の看板は再び爆発し、灰となった。




ハリポタ二次創作に出てくる『異種の魔法』ってだいたい杖なしですよね。杖に完全に依存しているアルさんの魔法は少数派かな?

魔法陣
 「魔方陣」に誤字ると頭が痛くなるのでやめましょう。

ずれる姿くらまし
 たぶん原作にはない勝手な設定を追加。

キキって呼んで
 あだ名強制。桔梗は本名で呼ばれ慣れてないみたいです。

できたー!
 ロロナのアトリエかな?

閉じ込められます(二度と出られません)
 姿くらましする位置が数メートル違っただけで人生は180度変わってしまう。

日本の魔法学校
 実在したらいいなぁ(切実)

贈りもののふたをあけるときみたいに、わくわくしてるわ
 魔女宅(原作)一巻より。

柊と不死鳥の羽、二十八センチメートル
 地味に出てくるハリーの杖。

時差ぼけ回避
 すごく実用的。

八時間
 サマータイム。

なぜかスマホが通信制限ギリギリになったので、機内モードで執筆に専念してました。
あと、ちょうど金ローでハリポタが放送されてた。

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