地霊殿の正門に凭り掛かり、出かける準備をするお燐を待っていた。朝ご飯を食べてた時には既に私服になっていたというのに、何を準備しているのやら。
「ごめん、待った?」
やっと来た。声のした方向へ顔を振り向かせる。すると、先程とは違いチャイナ服っぽい黒く、所々に赤い花の刺繍が入ったワンピースに着替えているお燐の姿があった。
「いや、まぁ、気にするほど待ってないけど…なんで着替えた?」
「なんでって…まぁ、お出かけだし?」
そんなもんなのか。
それにしても、見たところ服だけじゃないな。化粧などもしているようだ。
「なんか、お燐が化粧してるの新鮮だな。」
「何よ、似合わないとでも言いたいわけ?」
「いや、似合ってる。」
「…そっか。ありがと。」
どこかよそよそしい。まぁ、おめかししていない普段の自分を知られてるから、化粧をした自分を見られるのは恥ずかしいのかもな。
「それじゃ、行こ?」
「そうだな。」
そうして、俺は珍しく1人ではなくお燐と一緒に街へと足を運ばせる。
地底には地霊殿や旧地獄のみではなく、嫌われ者の繁華街が存在する。人口の比率としては8割ぐらいは鬼が住んでおり、食事処や雑貨屋など、多様な店が大通りに沿って整列している。
そういえば、今日はどこに行く予定かは何も聞かせれていない。
「なぁ、どこに行くんだ?」
「そうね…洋服を買いに行こうかな。」
「了解。」
やっぱり、荷物持ちの予感がする。外にいた時も警官の人が「彼女の服選びに付き合わされてて、荷物持ちにされたよ。」と幸せそうに愚痴を言っていたのを覚えている。恋人さえ荷物持ちに使うのだから、友人という関係でもそういう扱いはするだろうな。
お燐の方に目を向ける。まぁ、楽しそうにしてるし、別にいいか。
「ねぇ、玄龍はどんな服が好き?」
「そうだな…ファッションには疎くてな、あまりこれと言って好きなものはないな。」
「ふーん、そうなんだ。」
今までずっと監視されてるし、外に出ていいと許可が出たのもある程度成長してからだからな。その頃には何がカッコよくて何がダサいかなんて区別は出来なくなっていた。仕方がない。
「お燐はどんな服が好きなんだ?」
「私は、そうね〜。かわいい服が好きよ。」
「なんともまぁ、抽象的だな。」
「いいでしょ別に、かわいい服全般好きなのよ。これだってほら、今流行りのワンピース。かわいいでしょ。西洋の服なのよ。」
それが流行りなのか。なんて言うか、モダンガールだな。
「ねぇ、どうなの?かわいい?」
「言っただろ、ファッション分からんから。」
「じゃなくて、その、これを着てる私…」
なんだこの承認欲求の塊は。
「うん、かわいい。」
「えへへ、そうでしょ。」
さっき似合ってるって言ったはずなんだけどな。まぁ、彼女が満足したのなら何よりだけど。
「あ、着いたよ。」
「ここか。服なんて買わんから初めて来たな。」
「そうだと思った。ここでこの服を買ったの。」
地底の繁華街にしては小綺麗な店だ。ワンピースとかが売っている割には和風な建築だが。
「中、入ろ?」
思考してる俺の手を取り引っ張って、お燐はお店の暖簾を潜った。
「あらぁ、お燐ちゃんいらっしゃい。」
「店長さんこんにちは!」
中には白いワイシャツに灰緑のスカートを揺らす女性の鬼が服を畳みながら出迎えてくれた。その人はお燐と俺を交互に見ながらニンマリと笑う。
「今日は彼氏さんと来たのねぇ。」
「ち、違います!彼は地霊殿で一緒に働く友人です!」
「うふふ、そうなのねぇ。あ、私はこの店の店長をしてます『妙』と言います。よろしくねぇ。」
「鬼島玄龍です。よろしくお願いします。」
お妙さんはまるで品定めをするようにマジマジと俺の全身を見て、満足するとお燐にその笑顔を向ける。
「お似合いねぇ。」
「も〜!だから違うってば…」
なんだか、元いた世界でもこんな世間話は繰り広げられていたように思える。数年幻想郷に住んでて初めて共通する部分を見つけた気がする。いや、同じ人間なんだから当たり前っちゃ当たり前か。
「それで、今日はどういった服を着たいのかしら?」
「あ、そうそう。今日は玄龍の服を選びに来たの。」
「俺の?」
「ふふん、アンタが同じ服をローテーションしてるから、アタイが選んであげる。」
なるほど、そういう企みね。かわいいもんだな。確かに、同じ種類の服を繰り返し来ているから流石に薄汚くなってきた。そろそろ新しいのも買っていいのかもしれないな。
「ありがとうな。折角なら選んでもらおうか。」
「任せて!アタイはセンスがいいからね!」
「頼もしいな。」
恐らくお燐からしたら俺は着せ替え人形なんだろうけど、こっちも利得はあるし、別にいいか。
「いやー、たくさん買ったね!」
「こんなに服を手にしたのは初めてだよ。」
両手に大量紙袋を持ちながら、何も持っていないお燐の隣を歩く。私物だから荷物持ちではないが…なんだか複雑だ。
「感謝しなさいよ。それと、これから定期的に私とデー…かけてもらうから。」
「はいはい、ありがとうござんした。」
「全然感謝してないじゃない!」
恩着せがましいな、この猫は。それじゃあ、感謝をする気が削がれるだろ。
「うるさいな、感謝してるって。」
「めんどくさがってるじゃん。」
よくお分かりで。
「分かった。アンタの紙袋、片方頂戴。持ってあげるわ。」
「え、なんで。」
「アンタがアタイに感謝することを増やす。」
「なんだそれ。いいよ、十分感謝してるよ。ありがとうな。」
「いいから!」
そう言いながら俺の右手側の紙袋を無理やり奪い取る。なんでコイツはいつも強引なんだ。それに今回は何がしたいのか分からない。コイツ自身も分かってないんじゃないか?
「ふーん、これでアンタはアタイに感謝しまくりなさいよー。」
「どうも、ありがとうございます。お礼に何かしてやるよ。何がいい?」
「え、いいの?」
「常識の範囲内でな。」
コイツなら何かとんでもないことを要求しかねない。こうでも言わないと碌な目に遭わない。
お燐は少しソワソワした様子で口をすぼめた。
「それじゃあさ…手、繋いでよ。」
「手?いいけど、そんなんでいいのか?」
「…うん。」
もしかしてコイツ、いや、まさかな。いやでも、流石に俺でもこれはそう思わざるを得ないというか…好きなのか?恋愛経験が皆無な俺だから分からない。異性の手を繋ぎたいと思うのは、恋愛対象だってことなのか?
いや、からかっている可能性もある。俺の経験が少ないことを笑おうとしているかもしれない。
試すか…?俺はお燐の左手をそっと握る。
「これでいいか?」
「うん、ありがと。」
「…」
特に反応は変わらない。というより頬を赤らめているようにも見える。これはもしかして…やっぱりそういうことなのか?
「なぁ、お燐。」
「…何?」
お燐が赤い瞳でこちらを見つめる。目が若干泳いでおり、握った手に力が加わっているのがわかる。そのおかげで血液が激しく流れているのも感じる。
「お前、俺の…」
その言葉を言おうとしたその時、地底の入口方面から大きな爆発音が聞こえた。それに弾幕の音も。誰かが喧嘩でもしているのか?それにしては激しすぎる。しかも、段々と俺たちの方、もとい地霊殿の方へと迫ってきているようだ。
それに、なんだか聞いたことのある音だ。この音はまさか…
「玄龍、とりあえず地霊殿に戻ってさとり様を守ろう!」
「え、あぁ、そうだな。」
俺とお燐は駆け足で地霊殿へと向かっていった。