島村家の元フェザー級日本チャンピオン~challenge again~ 作:伊吹恋
2ヶ月も遅くなり申し訳ありませんでした!
その1「改めての再会」
一樹が営んでいるカフェ「島村喫茶」その喫茶店にはアイドルがやって来ることもある。だがそれを知っているのは極わずかな人間だ。
喫茶店の厨房では弱火にしてグツグツと煮込まれているカレーを一人のプロボクサーが腕に付けている時計とにらめっこしながら鍋を見つめる。
時間を見定め、カレールーを少し小皿に盛りそのルーを口につける。
「よし」
味を確認して火を消すと炊きたてのご飯を大皿に盛り付け、カレールーを入れ、カレーライスを完成させる。トレーにカレーライスの入った皿と水を入れたコップと共に客の前に出す。
「お待ちどうさま。一樹特製、島村カレーだ」
「わざわざありがとうございます…」
前髪で目元が少し隠れた少女は一樹に礼を言い、頭を下げる。
「いいって事さ。わざわざ礼の物を持ってきてくれたんだ。これくらい当然さ」
一樹は厨房にあるまな板の上に置いている包丁を見ながら言う。包丁はまるで刀のように刃は煌めき、先程使ったにしては汚れが少ししかついていない。刃には職人の名前が刻み込まれている。
「それは良かったです。その包丁は刀職人が作った物なんです。卯月ちゃんのお兄さんは料理人とお聞きしましたので」
「ああ、俺もこれ程の業物を握ったことが無い。これなら刃こぼれなんて余程のことが無ければ無いだろう。ありがとう、文香ちゃん」
それは以前に一樹が通りすがりで助けたアイドル鷺沢文香だった。彼女は以前のお礼をしたかったらしいが、一樹の名前も何も知らなかったが、彼女の叔父の古本屋でたまたま一樹の姿が載っているスポーツ雑誌を発見し、一樹の名前を知り、島村の苗字から卯月とコンタクトを取って改めて御礼を兼ねて喫茶店に来店したのだ。
だが一樹に送った包丁は名の知れた刀職人が作った1品で、御礼がとてつもなく割合わない。そこで一樹は腕によりをかけたカレーをご馳走したのだ。
文香はスプーンでカレーライスをすくい、髪を耳にかけて口元に運び口の中に入れる。
スプーンを口から抜き、もぐもぐと口を動かし、喉を鳴らす。
「美味しいです…!これ程美味しいカレーは初めてです…!」
「そうか、それは良かったよ」
彼女の笑顔を見ながら一樹はコーヒーを啜るのだった。
文香もカレーをぺろりと食べきる。
「ご馳走様でした。本当に美味しいカレーでした…」
「お粗末さまでした。改めて島村一樹だ。よろしく」
「鷺沢文香です。よろしくお願いします…。お兄さん」
こうして二人は名前を知ることが出来、親しい友人同士になった。
その2「可愛いの限界」
「うぅぅ…ボクなんて、ボクなんて…」
「(なんだこれは…?)」
夜の居酒屋。今日も大盛況という訳でもなく、ポツポツと常連客の顔が並ぶ中で一人の中学生が顔を赤くしながら机に突っ伏しながらすすり泣いている。
目の前でニコチン、タール無しのマスカット味の電子タバコを吸いながら一樹は少女の空になったコップにソーダを注ぐと、少女はごくごくとソーダを一気飲みする。
「(まるで仕事に失敗したOLだな…)」
心無しかソーダを飲む度に顔の赤さは増していってる気がする。
「あれ、ソーダだよな…?」
思わず一樹は手に持っているペットボトルのラベルを確認してしまう。
「…んで、何があったんだ?幸子ちゃん」
輿水幸子。346プロダクションアイドルで自称世界一可愛いアイドルの彼女。なぜこのアイドルが泣いているのかは一樹には分からなかった。かれこれ2時間このままの状態だ。
「ふぇぇ〜!!どうせボクはブサイクなんですー!!」
店全体に響き渡るような大声が放たれた。それを聞いた一樹は電子タバコの煙を口から出し、口を開いた。
「はっ?」
「失礼します」
疑問しか残っていない一樹の店の入口が開き、そこからスーツの背の高い男がやって来る。
「ああ、いらっしゃい武内さん。ちょうど電話をしようと思ってたんだよ」
「と申しますと?」
「この場酔いした中学生をなんとかしてくれ」
と一樹は目の前の幸子に指を指す。
「私も探していた所なのです。何も言わず事務所にも居なくなり消息が絶ったと聞きまして…」
「遂には行方不明者扱いか…」
「うぅぅ…」
プロデューサーが来たというのに幸子は泣き止まない。いい大人が泣いてる少女を見ているのは何となく罪悪感が湧いてきたのか、二人は近づき耳打ちするように小声で話し出す。
「で、なにがあったんだよ武内さん」
「そ、それが…今回のシンデレラ総選挙で輿水幸子さんは14位という結果で終わりまして…」
「総選挙って、これの事か?」
一樹の手に持っているのはアイドル雑誌。その1ページには第6回シンデレラガールズ総選挙と大きく載っているページだった。第1位の名前を見ると高垣楓と言う名前が大々的載っている。
「島村さんも見るのですか?アイドル雑誌を」
「いや、これは京介忘れ物だよ」
雑誌を軽く机に叩きつけるように手元から離すと、再び一樹は電子タバコを口に咥える 。
「うぅ〜ボクなんて、ボクなんて」
「これは重症だなぁ…仕方ねえ、俺が一肌脱ぐしかねえか。武内さん、一つ貸しな」
「の、望みは?」
「今度卯月の限定ポスターが出るらしいな。CD購入者限定の先着100名だったか」
一樹は電子タバコの煙を口から吐き出しながら武内に顔を向ける。まるで悪魔のような顔で。
その顔を見て武内の額から汗が流れ、それは頬を伝い、流れ落ちた。
「ま、まさか…」
「10枚ほど俺に回してくれればいい。店に貼る用に8枚。もう一枚は俺の部屋に飾る…」
「も、もう一枚は…?」
「保存用だ…」
義妹に対し溺愛し過ぎているその言葉を聞き、その場にいた客はこう語った。
『やはりこの人はシスコンなんだな』と
一樹は電子タバコを机の上に置き、幸子に話しかける。
「まあまあ、幸子ちゃんそう落ち込まずに」
「でも、マスターさん…」
「マスターじゃねえが…まあ、確かに悔しい気持ちは分からんでもない」
「うぅぅ〜!マスターはどう思いますか!?ボクは可愛いですか!!?」
「卯月の方が可愛いのは揺るぎないぞ」
「「「ええええええ!!!!!?????」」」
その場にいた客を含めた全員が声を大にしてあげた。ここまで来ておいて一樹はお世辞も言わず、自分の思ったことを口にした。これには関係のない客も口を開けて唖然とする。それは口に含んでいた酒をまるでマーライオンのように垂れ流しにし、持っていたグラスを傾けたままにして酒を滝のように流してしまうぐらいに。
「や、やっぱりボクなんて…」
「でもそれがどうした」
「えっ?」
「幸子ちゃんは可愛い。卯月に比べる前に誰もが思う美少女だろう。でもこのアイドル戦国時代の中でどうしても人間は自分の中で好きな子を選んでしまうものだ。卯月が好きなファンがいれば幸子ちゃんを好きなファンがいる。でもそこで負けてしまって、それで終わりかい?」
「どういう…」
「負けてしまった。それは結果として出てしまった。しょうがない事だ。可愛い子なんてこの世にいくらでも居るんだ。でも幸子ちゃんの『可愛い』は、それで限界なのかい?」
「…!」
「負けたんなら次はそれに追いつけるくらい可愛くなればいいじゃないか。可愛いに限界なんて無い。寧ろ可愛いには無限の広がりがあるんだ。服が可愛い。アクセサリーが可愛い。顔が可愛い。色々だ。君の思っている可愛いの頂点はなんだい?」
「……ふふ、決まってます。ボクは、世界一可愛いんです!だから、ボクはもっともっと可愛くなって、ファンをメロメロに出来るくらい可愛いくなるんです!!」
「そういう事さ。可愛いとか、可愛くないとか、自分の物差しで計るものじゃないんだ。幸子ちゃんは可愛い!もっと可愛くなれるんだ!」
両手を広げてまるでオカルト教徒のように頭上を見て口を開く。それは他人から見たらミュージカルでも見させられているのかと錯覚してしまう程だった。
「まあ、ウチの卯月が…」
「「「それはもういい!!!」」」
客からの一斉のツッコミにより、一樹の言葉を制止させる事に成功する。
幸子は席を立ち、カバンから財布を取り出す。
「ごめんなさい、マスター。お会計お願いします」
「いいよ今日は俺の奢りだ。若人よ悩め、そして精進しろ!努力は必ず報われるんだ。例え世界が感心しなくても、君の身近の人間は君が努力している事に気がつくはずだ。あとマスターじゃねえ」
空いたコップを手に持ち、一樹は厨房の中に入り、そのコップを洗い出す。幸子はその姿を頬をほんのり赤らめながら見ていた。
「貴方がボクのプロデューサーなら良かったのに…」
幸子の放った声は小さく、一樹はおろか、他の客にも聞こえなかったが、幸子の表情を見て誰もが思った。
「天然タラシがまたやったぞ」と
この日がきっかけで、幸子は島村喫茶に出向く回数が増えた。そこには、先輩からアドバイスを受ける恋の表情に似た表情をした少女の姿があった。
「お兄さん!可愛いボクがやって来ましたよー!」
「すいませんお兄さん、お邪魔します…」
「文香ちゃんと幸子ちゃん!?また来たのか!?今週三度目だぞ!?」
一樹が営んでいるカフェ「島村喫茶」その喫茶店にはアイドルがやって来ることもある。だがそれを知っているのは極わずかな人間だ。
今日も喫茶店にアイドルが来店する。
今回はアイドルとの出会いということで
鷺沢文香と輿水幸子の出会いでした!
本日9/18 21:00からYouTubeにて生放送を行います!
それでは次回をお楽しみに、
ボックス!!