島村家の元フェザー級日本チャンピオン~challenge again~   作:伊吹恋

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Round.17

島村家義長男『島村一樹』は喫茶店を構えたプロボクサーだ。

この店にはアイドルが来店することがあるがそれを知っている者は少ない…のだが

 

今日に至ってはお店は定休日にしてあり看板には本日はお休みさせて頂きますと書かれていた。

一樹が店を休んで向かっている場所がある。

 

「…」

 

長い髪をポニーテールに結び伊達メガネをつけ黒のカッターシャツにジーパン姿の一樹はスマホのマップ機能を使い何とかここまでやって来た。店からまあまあ遠かった為車で来ればよかったと後悔をしていたが何とか歩きで目的地に到着した。

 

「ここが…346プロダクション…」

 

巨大な正門がありそこから見える大きな城のような建築物とその上には大きな時計。それはまるでシンデレラ城と言わんばかりのデザインだった。

一樹がここに来た理由も至極簡単。本日一樹は試合の疲れを癒すため1週間の休養を言い渡されているが…動かないと性にあわないというのが一樹の性格であるため店を休みにして久々に実家に帰っていた。

と言っても歩いて5分もかからないところに店を構えているため久々に両親の顔を見るわけでもなかった。

家の手伝いをしている最中に母が卯月のお昼の弁当を渡し忘れていることに気づき、今に至るという事だ。

 

流石に今の状態で門を潜れば確実に怪しまれることは明白。なので一樹はスマホをマップから電話帳を開き卯月の電話にコールする。

 

1コール…2コール…………7コール

出なかった。

 

「???」

 

何時もならワンコールで出る卯月だか今日に限り出てこない。レッスン中なのか、はたまた仕事中か…仕方ないので武内に電話を掛けるようにした。

 

『もしもし、島村さんですか?武内です』

 

流石はプロデューサーとはいえ営業マンと言ったとこか、武内は3コール内にキッチリ電話に応答した。

 

「武内さん。実は卯月が弁当忘れてるみたいで届けに来たんですよ」

 

『わかりました。スタッフにはお話しておきますのでどうぞ中にお入りください。島村(妹)さんは今レッスン中ですので』

 

「それなら問題はないな」と言い武内にお礼を言い正門を潜る。

中に入ると大きな豪勢なシャンデリアが1つあり中央には階段がある。それだけを見た瞬間一樹の頭の中では全く別の事を考えていた。

 

「(ゾンビが出る館みたいな形してんな…)」

 

そんな女の子たちの憧れる場所の感想を出していると受付の人に一応挨拶と状況を確認してもらう。

すんなりと中の案内図をもらいついでにスタッフからサインの要求をされた一樹はレッスン場に向かって歩く。

 

レッスン教室前

 

「地図の通りならここだよなぁ…」

 

施設案内のパンフレットを後ろポケットに入れてドアノブに手を置き回しドアを開けた。

 

「オッスーお邪魔してます」

 

軽い感じに入るとそこは大きな練習場があった。大きな鏡の前にいるのはトレーナーらしき女性と卯月と数人のアイドルたち。

卯月がいち早く気づいたらしく、

 

「お兄ちゃん!」

 

と喜びの声を上げるといち早く一樹の元に駆け付ける。

 

「ホレ弁当だ…まったく、普通忘れるか?」

 

「あ、あははは…お兄ちゃんごめんなさい」

 

「気にすんな」

 

卯月の頭をやさしく撫でると卯月は人前でも気にしないみたいに顔を赤らめ頬を緩ませる。

 

「卯月ちゃん!そちらは?」

 

卯月の後ろから数人のアイドルが一樹のことを尋ねる。

 

「あ、みなさんは初対面でしたよね。私のお兄ちゃんです!」

 

「島村一樹だ。よろしく」

 

一樹が丁寧にお辞儀をするとそれに続いてアイドルたちが丁寧にあいさつをする。

 

「は、初めまして!小日向美穂といいます!」

 

「初めまして!あたし城ケ崎美嘉だよー!妹がお世話になってまーす!」

 

「城ケ崎…ああ、莉嘉ちゃんのお姉さんか。こちらこそ義妹がお世話になってます」

 

美嘉と美穂に挨拶を済ませ、一樹は颯爽とここから出ようとする。

 

「あっ、待ってくださいお兄ちゃん!せっかくなので練習風景を見ていきませんか?」

 

「えっ?まあ、確かに店は一日休みにしてるが…迷惑にならんか?」

 

「そんなことないよー!ねっトレーナー」

 

美嘉がトレーナーの女性に話しかけるとトレーナーの女性は首を縦に振った。

 

「まあ、卯月ちゃんのお兄さんだし大丈夫だろう。ここまで来れたということはプロデューサーから許可も得てるってことだろうし」

 

「良いのかよ…」と小さな声でツッコミを入れて一樹は直ぐにレッスン場の隅っこに座り邪魔にならないように見学することにした。

 

「…」

 

アイドルとはいえそのレッスンは厳しい。少しの音楽と踊りのズレが生じた際はトレーナーが声を上げて再び同じところを繰り返す。その繰り返しだった。その動作はまるでボクサーも精通しているようだった。同じところを完璧に合わせられるまで行う。そして耳に入るのは踊りの際に使われるBGMと靴と床が接触しキュッキュッと音がなる。

 

その音が一樹の心の中でいつの間にかリズムを取りさらに拳が時折動く。

 

ついには身体が勝手に動き出した。

伊達メガネを外しそれをシャツの胸ポケットに挟むように入れ拳を構え足でリズムよくステップを取る。アウトボクシング型のシャドウだ。

 

「シッ!シシッ!」

 

キュッキュッ

音楽のリズムに乗り足を動かし拳を動かす。

 

いつの間にか一樹の額から汗が流れるほど体の動きは激しくなっていく。

 

「シシシッ!」

 

リズムに乗っていく拳は軽いものから重い一撃に変わっていく。

だがあることに気が付き一樹の拳は止まる。さっきからBGMが止まらないのだ。しかも拳を振ることに夢中になりすぎたのか、みんなの方を見ると全員が一樹のことを見ていた。

 

「いや…あの…」

 

顔がみるみると赤くなり一樹は構えていた拳を下げる。

 

「すまん…」

 

素直に頭を下げる一樹。しかしそんな一樹にみんなは拍手をして称えた。

 

「すごいです!リズムにあんな簡単に乗って動けるなんて!」

 

「莉嘉から聞いてたけど噂以上にすごいじゃん!卯月ちゃんのお兄さん☆」

 

「確かに、動きはともかくリズム感は完璧だった。島村さんは何か習い事でもしていたのですか?」

 

「あ~…ボクシングを…というかプロライセンス持ちでして…」

 

顔を指でポリポリとかきながらばつの悪そうな顔で答えると卯月と美嘉は莉嘉から聞かされているからなのかそれ以外のみんなは驚き声を上げる。

 

「「「ええええええーーっ!!??プロボクサー!?」」」

 

「まあ、はい…」

 

「ボクサーであそこまでリズムを取る事ができるなんて…」

 

「え?マジ?莉嘉からはボクシングしてるって聞いただけだから習い事程度だと…」

 

「でもお兄ちゃん、何時もアウトボクサーの構えした事ないのになんで出来たんですか?」

 

「ウチのジムにアウトボクサータイプのフェザー級(京介)が居るだろ、アイツに習って少しかじっただけさ」

 

一樹はもう一度腰の姿勢を低くくして足を動かす。

 

「最近京介もアウトボクサーとして板がついてきてな。俺もハードボクサーとしていつまでも打たれ続けながら反撃機会を待つのは流石に不味い。だからアウトボクシングを身に着けていこうと思った」

 

リズムを取り拳を突き出す。空を切るジャブを二、三発ほど放ち直ぐに足を動かす。

一樹のパワーボクシングに足りないもの、それは相手の懐に入るためのスピードではなく相手を翻弄するためのスピードだ。

 

今まで一樹が戦ってきた相手は大体アウトボクサーだったこともある。だがこれからは自分と同じパワー型のボクサーもいるしその両方を使うボクサーやオーソドックスとサウスポー両方を使いこなすスイッチ型ボクサーもいる。

これからのプロボクサーとしての活動は更なる過酷な道になることは確実なのだ。

 

そんなことを考えているとトレーナーが時計に目をやると既に短い針は真上を向いていた。お昼時間だ。

 

「おっと…今日のレッスンはここまでにしよう。明日も同じところを練習するからな!解散!」

 

どうやら一樹の話で数分無駄になってしまいレッスンは終わった。少し罪悪感のようなものを感じながら一樹は帰ろうとドアに手を置くと、卯月が一樹の腕をつかむ。

 

「お兄ちゃん、これからお昼一緒に食べませんか?」

 

「…いいのか?ここアイドル事務所だろ?男の俺がいること自体が場違いだし…」

 

トレーナーの女性に目配せするとトレーナーは首を縦に振る。

 

「プロデューサーさんから許可を得てるなら問題ないと思う。島村兄はお客様なのだからな」

 

「ですって!お兄ちゃん、行きましょう!」

 

「お、おい」

 

卯月に引っ張られレッスン場を後にする一樹は他の三人に軽く会釈してその場を去った。

 

 

 

 

 

 

 

おまけ話

 

「うぅ〜…腹痛と腰痛が…」

 

「(お月さんか…)」

 

デリカシーのない言葉を口に出さないように一樹は伊達メガネ外し携帯を出して武内に連絡する。

 

「わかりました。俺の方で何とかします」

 

今日のスケジュールをキャンセルしてもらうと一樹は卯月の部屋に行き看病をする。まずは一樹が知る生理の現象。

流石に女の子のデリケートな話になる為本人にどんな感じかと言うのは失礼だろう。だが現在ならインターネットや本やらでいくらでも調べられる時代になっている。生理に対しての対処法はいくらでも書いてあり尚且つそれをどのように的確に対策すればいいか頭で考えつく。

 

「卯月、ココアとハーブティーどっちがいい?」

 

「それじゃあココアでお願いします…」

 

相当今回の波はキツイのか気だるそうに答える卯月。

一樹は「わかった」と一言伝え部屋から出てキッチンに立つと髪を纏めて後ろで結びお湯の準備をする。

 

「あら、一樹どうしたの?珍しいわね貴方がここで調理するって」

 

「卯月がお月さんだからな。少しは俺も苦痛を柔らかくすることが出来るだろうと思ってな」

 

「鎮痛剤飲ませたの?」

 

「嗚呼、だが効かないらしい…義母さん、ココア以外に何か良い方法はある?」

 

「そうねえ、豆料理とか、出してしまった鉄分補給にレバーとかひじきとかを食べると良いわね。後は夜更かしをせずに早めに休むのも良いわ」

 

「流石歳の功というところか…こう考えると体を冷えないようにしていればいいかもな…となれば…生姜とかもいいかもな…レバーは生姜と炒めれば一緒に摂取できる。後は冷えないように毛布を…」

 

「一樹、後でお話があるからリビングに来てね…?」

 

その時の一樹はこう語る。

 

『母親に…というか女性に歳の話を出すのはNGだ。遠くにいても彼女たちは歳の話をした瞬間地獄耳で容易にこちらの会話を聞き取る』と…

 

卯月の容態は軽くなり、これを他のメンバーに話すと「私にもしてほしい、家に来てほしい」というオファーが来たのは言うまでもない。

 

「家事出来る分不利になってる気がする」

 

「いや知りませんよ…ちなみにこの後の予定は?」

 

「…みくちゃんがダウンしてるから看病…」

 

「ドキュメンタリー番組かな?」

 

今日もその家事フェザー級チャンピオンとしてそのスキルを振るうために島村一樹はアイドルの家に訪れる。

 

 

 

 

 

「勘弁してくれ…マジで」

 

 

 

 

 


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