島村家の元フェザー級日本チャンピオン~challenge again~   作:伊吹恋

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Round14

〜合宿3日目〜

 

『さあここまで防戦一方の挑戦者!チャンピオンは息を乱れたような素振りも見せない!』

 

フェザー級第3回防衛戦。対戦相手は島明久。試合成績は12戦中11回勝利を収めており、時期チャンピオン候補として数えられている。だが、相手が悪すぎた。相手のチャンピオンは現在無敗の王者「橘咲耶」だ。

 

咲耶は相手の様子を伺いながらステップをふむ。その軽々としたフットワークに相手は肩で息をしながら両腕を固めている。そこで咲耶は動き出した。右腕と右足を後ろに引き、左手と左足を前に出す。そう、まるで距離を測っているみたいに。そこに腰を下に低くし、まるでスコープで相手に照準を合わせるような形を取る。

 

「(終わったか…)」

 

技が出ていないにも関わらず一樹はコーヒーを手にして啜りながらそう思う。

 

つぎの瞬間、一樹は何も思わなかっただろうが、シンデレラプロジェクトメンバーと京介と武内は唖然とする。

 

バシュン!

 

それは錯覚なのか、咲耶と明久の距離は一瞬で縮んだ。そしてそこから咲耶の右が放たれる。咲耶の腕は一直線に明久の両腕のガードをすり抜け顔面を捉え

 

ゴシャッ!!!

 

テレビ越しに聞こえるその嫌な音を耳に入れると同時に明久の鮮血が上がる。明久の身体はバタりと倒れる。

レフェリーが明久の様子を見に行くが、それはもう無駄な事だった。レフェリーは直ぐに両手を上げて試合終了の合図を送る。

 

『試合終了ーーーーッ!圧倒的な強さを見せつけたチャンピオン!彼を超えるものは訪れるのかーーーッ!!橘咲耶、3度目の防衛成功ーーーッ!!!』

 

そこまで流れると未央が口を開く。

 

「な、何…今の…」

 

「は、速くて何も見えなかった…」

 

「見えたか、京介…」

 

「…ええ、常人では見えないスピードでしたが、ハッキリ見えましたよ…なんというスピードだ…拳を構えた後に驚異的スピードで間合いを詰めて相手のガードの隙間に拳を叩きつける…さながら、スナイパーという所ですか…」

 

「いや…あの異様な構え…肘を曲げて身体の後方にめいいっぱい引き顔面を捉えたあの姿まるで刀を構えた侍の姿…新撰組…斎藤一…牙突…」

 

「牙突…新撰組三番隊隊長…斉藤一の技でしたよね…」

 

「ああ、あの構え方、あの打ち方と言い、まさしく侍の姿に見えた…」

 

「でもお兄さんなら秘策があるよね!?」

 

「いや…打開策はない…」

 

一樹は静かにテレビの画面をじっと見つめる。その目は研究家の目。闘志の炎を燃やしている戦士の目だった。

 

「今はな…」

 

 

 

 

 

一樹は温泉に入るために脱衣場で服を脱ぐ。

鍛えられた身体を空気に晒し、腰にタオルを巻き付けて入浴場に出る。ここは一応混浴温泉。アイドル達を先に入らせ、男達はその後に入浴するようになっているが、流石に夜中の23:00にもなれば誰もいない。一樹一人貸切状態の風呂に入るためにお湯をタライですくい上げ、頭からお湯をかけて風呂に入る。

 

「ふぅ…」

 

温かいお湯の効果なのか身体から溜まった疲れが抜けていくように力が緩む。肩までちゃんと湯に浸かり、一樹は天井を見ながら黄昏れる。

 

「…」

 

不安はない…と言えば嘘になる。プロの世界に戻ることにして初めての試合。ブランクもあるし全盛期からパワーも落ちている。不安になるなというのが無理な話でもあるのだ。

 

「…のぼせそうだ…」

 

風呂場から身を出し、風呂場から出るために出口に向かい、扉に手を伸ばしたその時、

 

ガラガラ…

 

「…」

 

「…」

 

扉の前に見知った少女が立っていた。

黒い長い髪、凛とした顔立ち。身体はバスタオルで巻いているが、そこからでも艶めかしく、見た者を魅了しそうな程白い肌…

 

という考えをした所で一樹の視界はブラックアウトした。

 

 

 

 

白色の何も無い場所。そこにはぽつんと立っている男の子が1人いた。

男の子は何も言わずに、地面を静かに見つめていた。少年はランドセルを背負っているがその表情は悲しそうに空を見つめていた。

 

『おい捨てられた子!』

 

周りを見ると、少年と同い年ぐらいのランドセルを持った少年が数人やって来た。すると前に出ているガタイのいい少年がこちらに指を指す。

 

『お前親に捨てられたんだろ!貧乏だから捨てられたに決まってるんだ!貧乏人!』

 

ああ…覚えているさ…これは俺だ。

 

 

 

 

 

 

「…」

 

「痛えんだが…」

 

「大声出さなかっただけありがたく思って欲しいんだけど…」

 

何故か風呂場に戻された一樹は凛と共に湯船に浸かっていた。

 

「で、なんでまた入ってるの?」

 

「お前が殴ってから放置してたから湯冷めしたんだよォ!」

 

一樹は「たく…」と湯船に肩まで浸かりながらため息をつく。

 

「ちっ…」

 

小さな舌打ちが響く。一樹は苛立ちを隠そうとせず、ただ静かに湯船に浸かる。

 

「…なんだか機嫌が悪いね。そんなに麻雀に負けて悔しいの?」

 

「そんなんじゃねえよ…夢見が悪かっただけだ…」

 

前髪についた水滴が落ち、ポチャンという水の音が小さく響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

「あー…のぼせちまった…」

 

すっかり長湯をしてしまった一樹は自販機でコーヒーを買い缶コーヒー片手に廊下を少しふらつくように歩く。そんな中で廊下の曲がり角で誰かの声が聞こえてくる。

 

「やっぱり…このままじゃいけないのかな?」

 

いつもは猫耳を付けた女の子が下を見つめて何かを考えている。一樹はみくに声をかける。

 

「よう、みくちゃん」

 

「うぇっ!?う、卯月ちゃんのお兄さん!?ど、どうしかしたにゃ!?」

 

「いや、こちらの台詞なんだが…」

 

一樹の声かけにみくはびくっと驚きながら訪ねるが、一樹は至極当然のように質問を返す。

それにみくはバツが悪そうな顔をしている。

 

「なにか悩み事か?」

 

「…じ、実は」

 

みくは自分の手に握りしめている携帯を一樹に見せる。

そこにはSNSの画面がスクリーンに映っていた。内容は前川みく猫耳古い説と書かれたものだった。一樹はそれを見て眉を動かす。

 

みくのアイドルとしてのキャラは猫耳キャラである。彼女は猫が大好きであるがためいつも猫耳を付けている。だが猫耳キャラのアイドルなんて昔から居たのでは?という疑問がネット上で上がったらしい。

 

「(確かにアイドルってなんだか猫耳を付けてるイメージが強い気がする…いや、それはアキバのメイドカフェとかいう奴か?)」

 

アイドルのことをあまり詳しくないど素人の一樹からしたらそれくらいのイメージしか出てこないということになるのだが、彼の中ではアイドルは猫耳を付けているイメージが強いらしい。

思わず頭を縦に振って頷いてしまうところであった。

 

「お、お兄さんはどう思うにゃ?」

 

「えっ?」

 

「猫耳って…古い…にゃ?」

 

上目遣いで泣きそうな声を出すみく。それに対し一樹はその涙ぐんだ上目遣いに少しドキッとしながらも指で顔の頬をかきながら言う。

 

「…古いかどうかはさておき、だからって今のキャラをやめるか?」

 

「…やめたく…ないにゃ…」

 

必死に出た言葉なのだろう。みくの口から発せられた小さな声を聴き、一樹は頷く。

 

「ならそれでいいんだ」

 

「えっ?」

 

「古い古くないの前に、それは個人の個性だろ?個性を生かせてるんだから古いもなにも無いだろ?人って言うのは、個性が出てるからこそ輝けるんだぜ?例えば凛はその名の通り凛としたクールなアイドル象だし、未央は元気ハツラツでみんなに元気を与えてくれるアイドルだ。卯月はその笑顔でみんなを幸せな気持ちにしてくれている。だからその個性が好きだからこそファンが出来るんだ。みくちゃんはファンの期待を裏切るのかい?猫のように可愛いアイドルを自ら壊したいのかい?」

 

一樹の真剣な眼差しにみくは顔を赤くしながら下を向いて口を開く。

 

「そ、そんなことないにゃ!みくは猫ちゃん達が大好きにゃ…!今の自分を壊してまで人気を得たいなんて思わないにゃ!」

 

その言葉を聞き

一樹はみくの頭に手を置いた。そして髪を傷つけないほど優しく頭を撫でた。

 

「それでいい。周りの声なんて気にせずに真っ直ぐ自分を貫けば良い。そっちのみくちゃんの方が、俺は好きだぜ」

 

「すっ…!?」

 

顔を真っ赤にさせるみく。一樹はみくの頭を撫でていた手を離す。

 

「まあ、個性なんて人それぞれってことだ。俺は応援してるぜ…子猫ちゃん…」

 

「こねっ!?」

 

「って、キザっぽかったかな?がははははは!!」

 

豪快な笑い声を発しながら一樹はみくに背中を見せて廊下を歩く。その姿をみくは未だ火照って赤くなっている顔のまま見つめるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

「お兄ちゃん!みくちゃんに聞きました!みくちゃんの頭を撫でて上げたって!」

 

「情報出回るの早いなオイ!!」

 

「もう、女の子の頭を気軽に触っちゃ、め!なんですよ!!」

 

「しかも卯月が怒るのかよ!!」

 

「そんなに撫でたいなら私の頭を撫でてください!!」

 

「(そっちが本音っぽいな…)」

 

このあと、メチャクチャ撫でてあげた。


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