Fate/Grand Order 朱槍と弟子 作:ラグ0109
「アルテラァッ!!」
ブーディカ達と別れて、戦車を走らせること更に半刻。
夕日に暮れなずむ平野を歩く、白い少女を前方に確認する。
フン族の戦士…破壊の大王…神の鞭…西方世界を恐怖に陥れたアルテラ、その人だ。
ネロはアルテラの名を叫ぶと同時に僕が抱きかかえる形で戦車を真っ直ぐに走らせ、アルテラに対して突撃させる。
アルテラは名を呼ばれたことに気付いて振り返り、あの3色の剣を一閃してけん引していた馬ごと両断して難を逃れる。
その身に返り血は一切なく、その純白が穢れる事は無い。
「…行く手を阻むのか、私の…」
何処か機械的な冷たい反応を示すアルテラは、何処かぼうっとした様な雰囲気で此方を見つめてくる。
あくまでも事務的に、
僕が優しくネロの身体を降ろすと、その隣に立香さんとマシュが走って此方へとやって来る。
「貴女を先に行かせる訳にはいかないの!」
「そう、阻むぞ。余は貴様を阻もう。藤丸 立香の言う様に、絶対にその先に行かせる訳にはいかぬのでな」
ネロはその手に持つ原初の火を抜き放ちながらも切先を向けると言うようなことはせず、アルテラと対話をしようとでも言うのか何処か優しい声色で語り掛ける。
僕と立香さんは視線だけを交わして頷き、ネロの様子を見守ることにする。
もし、アルテラが凶行に出る様であれば、僕達はそれを全力で鎮圧しなければならない。
「貴様は言った。世界を滅ぼす、とな。だが余には分からぬ。何故、世界を滅ぼすなどと口にするのだ?」
ネロは首を傾げて眉根を寄せながら、ゆっくりとアルテラの方へと歩み寄っていく。
その距離は英霊であれば、一息に飛んで首を刎ねる事さえ容易い距離だ。
僕は自身の心を落ち着かせて、その手に持つ朱槍を強く強く握りしめる。
まだ…ネロは対話を求めている。
その胸の内にある
「世界は美しいもので溢れている。花も良い。歌も良い。黄金も良い。愛も良い。そうとも、何よりも。この
一瞬…一瞬だけ…アルテラの瞳の奥に僅かばかりの動揺が走ったように見える。
しかしその体幹は一切の身動ぎをせず、その手に持つ不可思議な剣を此方に突きつけてくる。
「私は…フンヌの戦士である。そして、大王である。この西方世界を滅ぼす、破壊の大王」
しかし返って来たのは無機質に放たれる出合い頭に聞いた言葉。
あの少女にはそれしか残されていない…否、それしか存在しないと言わんばかりに。
「またそれか…哀しいな、アルテラよ。余はしかし、貴様のその哀しささえ美しく思おう。どうも貴様は放っておけぬ。その在り方に大いなる矛盾と痛みを感じるのだ。貴様はあの首都に降り立った時、敵対した余の客将を討ち取るだけで事を済まし、あの地に住まう民や、余の兵達には手を出さなかったのだから…」
世界を滅ぼす…と言うからには、驚異的な暴力装置であることを求められている筈だ。
にもかかわらず、彼女は呂布達を倒しただけで僕達にトドメを刺すことはせずに、歩き出した。
まるで、この世界を見て回ろうとするかのように。
「だが、この
「…美しさなど。愛など…私は、知らない…」
アルテラは手に持つ剣の切先を下げ、西に沈み行く夕日を眺める様に天を仰ぐ。
それと同時にアルテラの肉体から莫大な魔力放出が確認され、今も尚増大していく。
「ドクター、先ほどとは異なる言葉です。自動的な…機械的な対応を行うばかりではないようです」
『この反応は…そうか!取り込んだ聖杯の魔力を御しきれていないから暴走状態にあるんだ!だとすると、もう対話なんかじゃ止まらない!』
Dr.ロマンはアルテラの魔力反応を精査検証し、彼女の霊基がどのような状態にあるのかを把握し始める。
その調査結果が確かならば、言葉を交わすことは最早意味を成さず、互いに刃を交えて制する他無い。
此処が正真正銘の正念場と言うやつだろう。
『これがこの地での本当の最後の指令よ!フンヌの大王、アルテラを撃破しなさい!!』
所長の宣言が終わると同時に先に動いたのはアルテラ…彼女はその場から剣をネロに向けると3色のエネルギー弾を剣から放出し、その一撃で仕留めようとする。
しかし、そんな見え透いた飛び道具は此方の弓兵が見逃すはずがない。
アーチャー・エミヤは黒弓を投影して素早く矢を放ち、正確にそのエネルギー弾と撃ち落とす。
「そら、お主は私を楽しませてくれるのだろうな?」
「こっちも必死なんでな!往生しろや!!」
エネルギー弾がエミヤの放つ矢によって阻まれ、爆炎があがる。
その中を突き破ってアルテラに肉薄するのは、ケルト最速の英霊クー・フーリンとその師スカサハ。
クーフーリンは素早く手に持つ朱槍を必殺の角度で突き放ち、逃げ場を塞ぐ様にお師匠の持つ2本の朱槍がアルテラの首と足を薙ぎ払おうとする。
だがアルテラは顔色一つ変えずに手に持つ剣の刀身を鞭のようにしならせ、蛇の様に自身の身体に巻き付かせることで都合3撃放たれた朱槍を巧みに弾く。
弾かれた瞬間に加速の乗っている方向に飛び出した2人は、お師匠がクー・フーリンの腕を掴み取ってジャイアントスイングの要領で投げ飛ばし、再びアルテラに肉薄させる。
「猟犬はそう簡単に得物から離れねぇもんさ!」
「ふっ!」
蛇の様にうねる刀身を元の剣へと戻したアルテラは、クー・フーリンこの獣の如き突きを華麗な剣捌きでいなし、しかし徐々に加速していくクー・フーリンの速度に対応しきれないのか防戦に追い込まれていく。
朱と蒼の彩る残影は激しい応酬を生み出し、やがて赤い華を咲かせる。
「慣れて、きたな」
「いいねぇ!アンタみたいな強い奴は大歓迎だ!惜しむらくは…!!」
浅いとは言え、アルテラとクー・フーリンの頬に僅かではあるが切り傷が生まれる。
それはアルテラの剣戟結界の隙を突いたと言う証拠でもあるし、クー・フーリンの神速の踏み込みにアルテラが追い付いたと言う事の証拠でもある。
其処に真紅の薔薇が凄まじい速度で突撃し、必殺の一撃を叩き込むべく大きく踏み込む
「
「チッ…!」
アルテラはその場から跳躍してネロの渾身の一撃をひらりと躱し、身体から魔力放出を行う。
その爆炎の様に噴き出す魔力放出は、空中で隙を晒したアルテラに飛来する無数の矢を弾き飛ばし、その爆発を推進力の代わりとしてお師匠に向かって一気に突き進む。
「お前が…一番強いな…」
「本気は出さん。あぁ…きっと、な」
流星の如き渾身の一突き、その一撃をお師匠は横に軽く身体を逸らせることで避け、手に持つ朱槍を手放して無防備をさらけ出すアルテラの腹部に掌底を叩き込んで軽く身体を浮かせる。
そのまま流れる様にアルテラの脇腹に回し蹴りを叩き込めば、地に落ちる瞬間の朱槍を更に蹴り込んで弾き飛ばされたアルテラに向かって叩き込む。
多くの勇士を驚嘆せしめた絶技
しかしその一撃は絶えずアルテラの肉体から高密度で噴出している魔力放出によって阻まれ、その軌道は逸らされていく。
「これは中々の難敵。久々に運動のし甲斐がある!!」
「矢は放つだけ無駄だな…マシュ嬢、マスターを頼むぞ」
「はい!!」
お師匠、クー・フーリン、エミヤ、ネロ…3騎と1人がアルテラへと躍りかかり、だが徐々にその身体に手傷を負っていく。
清姫も出したいところだけど、恐らく彼女を出すと今現在拮抗しているバランスを崩しかねない。
張り切りすぎると僕の魔力を大量に食ってしまうので、お師匠とクー・フーリンに魔力を回すだけの余裕が無くなってしまう。
決して侮っている訳ではない…純粋に僕の魔術師としての力量、マスターとしての資質が足りていないが故だ。
「ははっ!英霊の身であることが惜しいくらいだ!これ程の相手、全力でなければ面白くない!」
「戦闘狂も大概にしたまえよ!此方も後が無い状況なのだからな!」
「余はちっとも楽しくないぞ!ええい!アルテラ!大人しく止まらんか!!」
「言って止まる様な奴かよ、皇帝陛下!」
お師匠は相手の強さに歓喜を覚え、そんなお師匠にエミヤは辟易としつつも正確な斬撃をアルテラに浴びせ、ネロは不満げに声を荒げながらも原初の火を煌々と燃え滾らせ、クー・フーリンはネロの不満に釘を刺す。
これだけ手を並べているのに、アルテラは僅かな手傷を負うだけで大きなダメージを受ける事無く、難なくやり過ごしていく。
残り2画…令呪を切るべきタイミングを見計らおうとすると、アルテラを中心に緑光の大爆発が起こり、3騎と1人が僕達の元まで押し返される。
「聖杯による…遊星の紋章…復刻…完了」
『不味い…不味いぞ!あの宝具の時よりも魔力放出量が増大!一刻も早くこの場から退避してくれ!!』
ロマンの警告が耳に届くや否や、いつの間にか夜の帳が落ちていた空に巨大な魔法陣が浮かび上がる。
背中に走るその悪寒…それは死を前にした恐れ…あのクリードを目前に見上げた時の恐怖に匹敵するもの。
僕は全力で令呪を起動させる。
「
「
手に持つ剣を逆手に持って天へと掲げれば、柄頭よりポインターの様な光が魔法陣へと伸び、魔法陣の中心で莫大な魔力が渦巻き始める。
「発射まで、2秒。軍神よ我を呪え。
「スカサハ、令呪二画を以て宝具を全力解放!アルテラを討て!!!」
燃え尽きてしまうのではないかと言うほどの痛みが令呪より発せられ、お師匠…スカサハは特に愛用する朱槍を手に持つとワープしたと言わんばかりの速度でアルテラの目の前へと出現。
まるで矢を引き絞る様に力強く槍を構える。
「『
「『
宝具の発動はほぼ同時…スカサハの朱槍は確かにアルテラの心臓を穿ち抜き、そしてアルテラの宝具は僕達の頭上から確かな熱量を以て涙の如く降り注ぐ。
死を前にすると、その直前がゆっくりとした時間になる。
それは脳が必死に現状を打破するための対策案を練ろうとしている為だとか、今までの人生を走馬燈として名残惜しむ様に見る為だとか言われている。
あぁ…ごめんなさい…父さん、母さん…お師匠…。
――
――故に我ら歴代の皇帝が――
――未来ある
最早、後は灼かれるだけ…血が滲むほどに朱槍を握り込んで、それでも下を向くまいと天を見上げていると、足元から凄まじい勢いで真紅の樹木が急成長を始めてアルテラの宝具とぶつかり合う。
――過去・現在・未来…大河の如く流れる奔流が如く後の世まで続き、拡大変容を続ける我らが
「これぞ、我ら皇帝の
ネロを守る様に現れる朧げなゴースト達…その中には僕達が出会った僭称皇帝を名乗る英霊の姿もあり、何よりも雄々しく決して崩れることの無い礎…神祖ロムルスの姿がそこにあった!
「見るがいい!是こそが後の世まで続き、名を忘れられ、形を変えられ、語り継がれることが無くなろうとも!!人に!その精神にくすぶり続ける
神祖達を中心にして成長を続ける巨樹は、見事アルテラの一撃に打ち勝ちその雄大な姿を見せる。
過去から現在へ…そして未来へと繋がる想い…それが形となった宝具『
きっとこの巨樹は美しいものなのだと…命が助かったことも忘れて呆ける様に僕は見上げていた。
「あぁ…そう、か…私の剣でも、破壊されないものが…在る、のか…」
「…白き巨人…よもやな」
お師匠は何事か呟くと、深々と突き刺さる朱槍を引き抜き、その身が地で汚れる事も厭わずにアルテラの身体を抱きかかええる。
アルテラは天高く聳え立つ真紅の巨樹に手を翳して、少しだけ少女の様な微笑みを浮かべる。
「あぁ…
アルテラは心の底から嬉しそうに微笑み、霊基は聖杯へと還っていく。
その姿が消えてしまえば、3色の光を放つ剣…
「あぁ…終わったんだなぁ…」
僕の中でプツリと緊張の糸が切れて、世界が徐々に暗転していく。
最後に見たのは光り輝く聖杯を、何処か冷たい眼差しで見るお師匠の姿だった。
それから。
僕が気が付いたのは第2特異点修復から2日後のことだ。
医務室で点滴に繋がれる形で僕はベッドに横たわっていて、何故か清姫が長襦袢姿で同衾していた。
勿論、問答無用で令呪を使って自室謹慎させた。
駄目です、女の子が簡単に同衾しちゃ。
…うん…清姫…なんだかいい香りだったな…。
「落ち着いたところで…ご苦労様、無事に第2特異点は修復された。これで初期から見つけていた特異点は残り2つ…隠されている残り3つについても集めた聖杯を元に割り出してみせるよ」
「あ、あのDr.ロマン」
あの夜…僕はらしくもなくロマンの事を糾弾してしまった。
僕が思う様な事を言った訳でもないロマンを、だ…。
このまま何もアクションをしないままでは、今後のカルデアでの生活で軋轢を生みかねない。
ロマンだけでなく、他のスタッフだった命を削る想いで僕達をサポートしているのだろうから。
「気にしないでくれ、東雲君。君は君の信念に従って案じてくれたんだ。僕達は君と立香ちゃんに頼るしかない…けれど、僕達は僕達のできる事を見えないところでやっていると言う事は知っておいてほしい」
「分かってはいたんです…けれど、あの時は激情に駆られて…本当にごめんなさい」
「だから、気にしないでくれってば…ところで、これから軽いティータイムでも洒落込もうと思うんだけど、1人だけでは寂しくってね。付き合ってくれるかい?」
ロマンは屈託のない笑みを浮かべると、医務室の奥にある給湯室へと向かう。
…僕は、何であの時ロマンが何か悪い事を考えているのではないかと思ってしまったのだろうか?
短い付き合いとは言えそれなりにロマンとは会話を交わしているし、今みたいにお茶に付き合ったりもしている。
だと言うのに…。
僕は心がどうかしてしまったのだろうか?
僕はそんな不安を心の奥底に取り敢えず置いておいて、深く溜息を吐いたのだった。
第2特異点永続狂気帝国セプテム、人理定礎完了。
心の奥底に何か引っかかる想いを残し、それでも無情にも時は過ぎ去っていく
次回
幕間の物語~カルデア騒乱記~
「あれは、良い文明。これは、そこそこ良い文明」
「ふむ…とりあえず、此処には悪い文明は無いのだな?」
「そう言う事にしておいてつかぁーさい…」