Fate/Grand Order 朱槍と弟子   作:ラグ0109

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#16

クー・フーリンを召喚してから早4日…修行して修行してご飯食べて補修作業手伝って講義うけて…と言うある種異常な生活リズムの中、僕はなんとか命を繋ぎながらカルデアで楽しく過ごせています。

楽しく、と言ったは良いものの、カルデア内に悲壮感が漂っているのは間違いなく、職員の皆さんは食事もあまり喉が通らない様子で日に日にやつれていってしまっているように思える。

20余名程度の人数に世界の命運が握られてしまっている…その重圧は計り知れないものだ。

そしてそんな状況で作戦の矢面に立って戦うのがまだ10代の子供である僕と立香さんの2名しかいないともなれば、皆の期待は一身に注がれることになる。

僕は――覚悟はできている。

元より影の国で魂だけとはいえ、女王に鍛えられた戦士見習い…心構えも覚悟もできている。

勇猛に誇り高く戦う者…たとえ敵が強大であろうとも、僕は手に持つ朱槍を落としたりはしない。

それは、きっと絆すらも手放してしまう事に他ならないだろうから。

でも、立香さんは…?

彼女は、ただ連れて来られただけの一般人だ。

それこそ、事情も何も知らされていない状態で極限のサバイバルに叩き込まれ、生死の境を彷徨っていた。

にも拘らず、彼女は折れずに立ち上がり、快活に笑い続けた。

人として異常な様に感じてしまう。

だって普通の人の反応って、オルガマリー所長が取り乱したときの様な反応をする筈なんだから。

 

「…考え事ばかりしていると寝れない…」

 

僕はムクリと自室のベッドから体を起こして、立ち上がる。

寝巻であるスウェットを着たままスリッパを履いて、僕はのそのそとした歩き方で部屋を後にする。

連日の修行の影響で筋肉痛が凄まじい…ルーン魔術で痛みを誤魔化したりして耐えてはいるものの、ここにきて魂魄との違いをまざまざと思い知らされている気がする。

薄暗い通路をペタペタとした足音を立てながら歩き、僕は地下にある食料プラントへと向かう為にエレベーターへと入り、ボタンを押す。

地下にある食料プラントは、主に野菜をメインに生産する所謂野菜工場となっていて、流石に食肉に関しては冷凍と言う形で備蓄されている。

野菜に限って言えば大事に食べていけば1年以上充分生産し続けることが出来るものの、食肉に関しては毎日1食肉入りとして1年保つかどうかと言った具合だそうだ。

タンパク質と言う点では大豆の生産も行っているので、ソイミートとして加工すればまぁ、色々と誤魔化しは利く筈。

けれども食の質が落ち込んでしまうのは、避けようがない事実だろう。

 

「なーんて、僕が心配した所でどうしようもないか~…」

 

誰も居ないエレベーターの室内だと言うにもかかわらず、僕はボソボソと独り言を呟いていた。

僕は周囲に誰も居ない状況になると、ついつい独り言を言ってしまう癖がある。

両親が他界してからと言うものの、家では1人きりの生活が続いていた。

家を訪ねてくるもの等大半がセールスマンで、電話も親戚からかかってくる程度。

学校の友達とは遊びはするものの、深くまで入り込ませようとはしなかった。

そんな状況にもなれば、自然と静寂が嫌になって何かしら音が聞きたくなったのだろう。

こうして独り言を言う癖が出来てしまったと言う訳だ。

ポンと言う軽い電子音と共にエレベーターの扉が開き、僕は食料プラントへ足を踏み出す。

流石に工場内は衣服を洗浄して入る必要があるので立ち入ることは出来ないけれど、通路には工場内が見える様に窓が設けられていて、そこから窓の外を覗くと青々とした緑の光景が広がっているのが見える。

機械的に一括管理されているこの場所は、野菜の生育に合わせて収穫から種撒きまでオートメーション化されている。

正直、人の居ない今の状況下では非常に助かるだろうなぁ…。

通路を変わらずペタペタと歩いていると休憩するためのフロアを見つけ、自販機からオレンジジュースを購入してバルコニー状――と言っても全面ガラス張り――に突き出ている場所まで行きベンチに腰掛ける。

ボンヤリとした表情で窓の外を眺め、時折ジュースで喉を潤わせていく。

すると、突如目の前に赤い外套の弓兵…エミヤが僕の目の前に霊体化を解いて姿を現した。

 

「こんな夜更けにどうしたのだね…睡眠もマスターとしての立派な仕事だったはずだが?」

「単純に眠れないと言うだけです…本当はエントランスフロアに行って外の景色を見ようと思っていたんですけど」

 

エントランスフロアは、世界の境界ともっとも近しいフロアになってしまっている。

万が一の事故が起きてエントランスフロアの境界に揺らぎが観測されてしまった時、その場に人間が居た場合存在を保証することが出来なくなってしまう。

そういった事情もあって、現在エントランスフロアは立ち入り禁止令が発令し、一切の立ち入りが許されていない状況になっている。

 

「意外だな…君は大概の事には動じない、器の大きい人間だと思っていたのだが」

「そんな大層なものなんてないですよ。数か月前まで学生だったわけですし」

「あの無謀な動きは若さゆえの思慮の浅さ、と言った所か…私としてはマスターは後方に居てくれた方がありがたいのだがね」

 

エミヤはこの数日、立香さんと一緒に英霊とマスターの関係を最良のものとすべく、僕の修行に相乗りする形で一緒に仮想シミュレーターによる訓練を行っている。

もちろん僕は2人の訓練に混ざることは無く、お師匠からくだされた修行内容を淡々と行っていただけだ。

今にして思えば、エミヤと立香さんは僕と言う人間を見定めるために一緒に居たのかもしれない。

 

「マスターである以前に、僕は影の国の女王の門下生…その末席にいる人間です。たとえ蛮勇であろうとも、僕は只管に誇れる戦士でありたい」

「それは…かの女王にとってと言う事かね?」

「いいえ」

 

エミヤの視線がやや鋭いものに変わった気がする。

僕は彼の言葉に首を横に振り、その鷹の様な目を真っ直ぐに見つめ返す。

 

「僕は…僕の誇れる僕でありたい。たとえ他人に蔑まれ様とも、詰られ様とも、憐れに思われ様とも…僕が行ってきたことは正しかったと…誇りに思える自分でありたい。だからお師匠の修行にもついて行く。弱いからと、現実から目を逸らしたくない」

「…理想に溺れ、そのまま溺死する覚悟があると?」

「死ぬ気はありません。結果死ぬことになろうとも」

 

そう、死ぬ気はない…僕は生きて…いつか彼女の前に立ってみたいから。

 

「生き汚さは、かの大英雄と同じ性質か…似た者同士の主従と言う訳だな」

「兄弟弟子ですから」

 

エミヤは呆れたように肩を竦めると、実体から霊体へと切り替えて僕の目の前から姿を消し去る。

立香さんは大空洞での一件…レフを一突きにしたあの瞬間の光景から、僕の事に僅かばかりの恐怖を覚えているのだろう。

それはとても正常な反応だと思う。

普通の感性であれば、人を殺すと言う事に大きな躊躇を覚える筈。

だけど、僕の場合は価値が無いと判断した瞬間、それがまるで虫のように見える。

害虫を殺すことに躊躇を覚える人間なんて極僅かな筈だ。

 

「…思考が危ないなぁ」

 

ボンヤリとそんなことを口から漏らして、頭を軽くノックするようにして叩く。

一度悪い感情は廃棄して、物事をフラットに考えよう。

僕は、大丈夫。

オレンジジュースを一気に飲み干し、容器を近くにあったダストボックスに放り込む。

 

「どーして、こうなっちゃったんだろうね…」

 

期待とかそう言ったこととは無縁の生活だった訳で。

覚悟はできていても、重いものは重く感じてしまう…それでも、前を向き続けなければ立香さんに重荷が行き過ぎてしまう。

彼女にはマシュもいるし、きっと助けてくれるはず…だから、僕は適当にいい人の皮を被っていればそれでいい。

そうすることで、物事が円滑に進むのなら良いじゃないか…我儘は言っていられないんだし。

ぽつり、ぽつりと独り言を繰り返し大きく深呼吸をする。

 

「よし、愚痴ったぞ!」

 

とりあえず、不満と言う不満を頭の中にぶちまけて、自分の事は棚上げにして来た道を戻り始める。

少しばかり足取りが軽くなるのは、空元気からではないと信じたい。

幸いなことにエレベーターは使われておらず、すぐに乗り込むことができた僕は素直に居住ブロックまで階層を昇っていき、到着するのを壁に寄りかかって待ち続ける。

いざ扉が開かれれば、またペタペタと言う足音をさせながら僕は自室に向かって歩き続け、部屋の中に入り込む。

 

「くぁ…」

 

欠伸をしながらベッドに倒れ込む様にして寝転がると、僕はそのまま瞼を閉じて眠り始める。

 

―――夢の中で、何処か安心するような匂いがした気がした。

 

 

 

 

「おぉ…なんとか直ったか…」

「いや~、手伝わせちゃって悪かったね」

 

管制室の大きな扉の修復作業をダ・ヴィンチちゃんと一緒に行い、これを無事に終了した。

今日は何故かお師匠から休養を言い渡され、シミュレーター内で槍の素振りでもするかと管制室に向かったら、扉の前で四苦八苦しているダ・ヴィンチちゃんの姿を見かけたのだ。

中身は男性とは言えこれを見過ごして良いとは言えず、僕が手伝う旨を申し出たらダ・ヴィンチちゃんは満面の笑みで首肯し、今に至ったわけだ。

僕はダ・ヴィンチちゃんと協力しながら、管制室の扉にかけられていたブルーシートの折り畳み作業を行う。

 

「いや~、流石に助かったよ。万能の天才とは言え、1人でこの扉を修復するのは骨だったからね」

「まぁ、緊急時とは言えぶっ壊した張本人ですし…」

 

僕が初めて実戦で扱った全力のルーン魔術…その威力をもって、燃え盛る管制室とを隔てていたこの扉を破壊したのだ。

今思えば相当な無茶だったろうが、あの時は結界に綻びが生じていたからこそどうにか破壊できたように思える。

 

「本当の意味で壊してくれたのはレフ・ライノールだったけどね。まぁ、彼も存外に詰めが甘い。いや、上位者と言う立場に酔いしれて危機管理がなっていなかった…と言うのが正しいかな」

「お師匠が言う小姓以下じゃないですか…」

 

ブルーシートを畳み終えたら荷物を抱え、ダ・ヴィンチちゃんに連れられるようにして彼…彼女の工房へと向かう。

一先ず今日の補修作業はここで終わりだ。

連日のように根を詰めて作業し続けても、身体に悪いだけだから。

これは所長が全職員に『必ず充分な休息をとること』と言うお達しがあった為で、僕としても納得できるところだ。

1年しかない…ではなく、1年もあると言う風に考えるのはとても前向きな事だと思う。

研究ブロック内にあるダ・ヴィンチ工房は、そのまんま彼女のアトリエを模した内装となっている。

カルデアの近代的な内装と相反し、その室内には木と画材と薬品の匂いが染みついている。

ある意味で人の営みが色濃く出ているように感じられる。

 

「ここまで運んでもらっちゃって悪いね~。ブルーシートは適当にその辺に置いておいて」

「分かりました」

 

ダ・ヴィンチちゃんは、工房の奥に向かいながら僕にそう指示をして姿を消す。

何やらゴソゴソと音を立てているので、何かしらの用意をしているようだ。

僕は工房の片隅にブルーシートを置いて一息つき、工房の中を改めて見渡す。

工房…と言うよりも芸術家のアトリエと言った側面の強いこの部屋は、女性らしさと言うものからはかけ離れていて、どこか男の子の秘密基地と言った趣を感じる。

自分の趣味の為の自分だけの城…そういう物には多少なりとも憧れてしまうものだ。

 

「何か気になる物でもあったかい?相応の物を持ってくれば、私だって売るのは吝かではないけれど…」

「いえ、秘密基地みたいで良いなぁ、と思っていただけです」

「秘密基地!なるほど、それはそうだろう。何といってもこの部屋は私が私の為に趣味全開で無許可で構築した所だからね」

 

…所長の許可を取らずに勝手にカルデアの一室を占拠しただけでなく、部屋まで改装したのか…自由人此処に極まれり。

僕が呆れた様な目で目の前の万能の天才を見つめていると、ずいっとマグカップが差し出される。

 

「さ、飲みたまえ。淹れたてのホットチョコだよ」

「あ、ありがとうございます」

「なに、扉の修復を手伝ってくれた、ほんの謝礼さ」

 

マグカップの中身は、甘い香りが漂うホットチョコレートがなみなみと注がれている。

季節としては真夏なのだけれど、生憎とこの場所は標高6000メートルの山の頂上…しかもカルデア内部は空調が行き届いていて、快適に過ごせるようになっている。

夏と言う言葉とは、既に無縁な場所と化している。

 

「はー…」

「甘いものと言うのは疲れを取りやすくしてくれる。君はちょーっと頑張り屋さんだからね。肩の力くらいは抜いたほうが良いと私は思うよ」

 

マグカップの中身を一口飲むと、優しい甘さが口いっぱいに広がっていき、思わず縁側でお茶を飲む老人の様なため息がこぼれる。

ダ・ヴィンチちゃんはそんな僕の姿を見てクスリと笑い、これまた老人のような助言を――。

 

「何か言ったかな?」

「いえ、何でもないです」

 

素直な感想を頭の中で思い浮かべていたら、僕の頭の真横をダ・ヴィンチちゃんが常に着けているガントレットがロケットパンチの様に勢いよく飛んで、背後の壁に突き刺さる。

…勘が良いと言うのだろうか…?

 

「まぁ、冗談はさておいてだ――」

「いえ、冗談では済まされないものが僕の頭を掠めていったのですが」

「君はもう少し自分がただの人間だと言う自覚をしたまえ」

「アッハイ」

 

僕の主張は丸っきり無視され、ダ・ヴィンチちゃんはジトーっとした目で僕の事を見ている。

恐らく、ダ・ヴィンチちゃんは僕の仮想シミュレーター内での訓練の動きの事を言って非難しているのだろう。

クー・フーリンと共に戦場に飛び出し、兄弟子の討ち漏らしから逃げて身を守るでもなく寧ろ前進して朱槍を自ら振るう…おおよそマスターがすべきことでは無いと言う事は理解しているものの、魂に染みついてしまっている戦い方なので僕としても止め様がない。

バトルジャンキーと言う訳ではないと思うのだけれど…。

 

「私たちは君も立香クンも失う訳には行かないんだ…若い君たちに重荷を背負わせていると自覚しても尚ね」

「…お気持ちはありがたいですよ。大切にしてくれることは分かりますから」

 

でも、きっと僕は止まらない。

坂を転がり落ちる小石の様に戦場を駆け抜けていくことだろう。

その点、ダ・ヴィンチちゃんには申し訳なく思う。

 

「肝に銘じてほしい。クー・フーリンは兎も角、スカサハは()()()()()()()()()()()()だ。キチンと体調管理をしたまえよ?」

「…?はぁ、わかりました」

 

クー・フーリンは兎も角…とはどういう意味なのだろうか?

思わず首を傾げつつも、体調管理はしっかりしなくてはならない事は確かなので素直に頷く。

僕はマグカップの中に残っていた冷めたホットチョコを飲み干し、マグカップをダ・ヴィンチちゃんに手渡す。

 

「ごちそうさまです」

「お粗末様。さぁ、どこへなりとも行きたまえ」

 

用は済んだ、と言わんばかりに手を振られ、僕は大人しく工房を後にする。

僕は再び槍の素振りを行うべく、管制室へと向かうのだった。




次回

邪竜百年戦争オルレアン

「兄さん、恨み言吐いてしまいましょう」
「その前にこいつら片付けてからだけどな!」

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