東方恋華想《完結》   作:室賀小史郎

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恋人はサグメ。


サグメの恋華想

 

 月の都ーー

 

 月人や天人が穏やかに暮らす都がある、月。

 戦争はあったものの、もういつもの都に戻っている。

 

 とある屋敷に住む、あの稀神サグメも穏やかに過ごしており、今も寝室のベッドの中で規則正しい寝息を刻んで夢の中。

 

 するとそこに一人の男が静かに入室する。

 この男はサグメの懐刀……側近中の側近でサグメが一番信頼を置いている者。そしてサグメが心から愛し、慕っている掛け替えの無い存在である。

 

 サグメは自身の能力のため、口を開くことが極めて少ない。

 ただし能力を使うには少し面倒な条件を満たす必要がある。

 それはサグメ本人が事象の当事者に対して、その事象について語らなければいけないということ。

 

 更に能力自体も、

 逆転する事象を選べないことや、都合の悪いことも良いことも同時に反転すること

 すでに起きたことを書き変えられるのではなく、あくまで「運命の車輪」≒「流れ」を変えることしか出来ないこと

 言ったことと正反対のことが起きるのではないこと

 

 と、これだけややこしいとサグメ自身も滅多に使うこともしないし、ましてやふとした時に条件を満たして発動するのを阻止するために口を閉ざさなくてはいけないのだ。

 

 ただ、側近のお陰もあり自分の意図を説明することは出来る。当事者でない側近に意図を伝え、その意図を側近が当事者に伝える。この形ならサグメの能力は発動しないのだ。このことを見つけたのが側近であり、サグメはそのお陰で誤解されることがかなり減った。

 側近が忠義を尽くし、自分に接してくれるのでサグメは心から信頼を寄せ、今では恋仲と、順風満帆である。

 

「サグメ様、そろそろ起きてください。朝食が片付きませぬ」

「……ん……んぅ……」

 

 側近がサグメの肩を揺すって声をかけても、サグメは寝返りをうって背中を向ける。

 

「サグメ様……サグメ様……」

 

 めげずに声をかけ続けると、サグメはようやく薄っすらと瞼を開けて「うん?」と側近の顔を確認した。

 

「ようやく起きられましたね。おはようございます、サグメ様」

 

 ニッコリと笑みを浮かべて挨拶されたサグメは、自分も小さく笑って側近の肩に腕を回す。

 それに小首を傾げる側近だったが、時既に遅し。側近はサグメに抱かれるように掛け布団の中へ引きずり込まれてしまった。

 

「サグメ様! 寝惚けているのですか!?」

「そうではない♡」

「ならこのようなお戯れは止してください! それと早く起きてください!」

「や〜だ♡」

「可愛く言っても駄目です。今朝はサグメ様の好きなふわとろオムレツですよ? 冷めても知りませんよ?」

「…………起きる」

 

 少〜しだけ悩んで渋々起きることを選択したサグメ。

 側近が体を起こすと、サグメは「ん♡」と両手を側近へ広げる。これは「起こして♡」の合図なのだ。

 

「甘えたな女神様ですねぇ」

「ん〜、ん〜ん〜!」

「駄々をこねないでください。ちゃんと起こしますから」

「うん♡」

 

 それから側近は子どものように甘えるサグメを起こし、身支度等を甲斐甲斐しく行ったあとで、ようやく居間へと移らせることに成功したのだった。

 

 ーー

 

「食べながらで恐縮ですが、時間が無いので本日のご予定をお知らせします」

 

 サグメはその言葉に頷きつつ、朝食をモキュモキュする。

 

「朝食後は豊姫様、依姫様達との会合。昼食を挟みまして、午後一から研究室にて技術者達からの報告会、その後は小休憩を挟んで、海の視察というご予定です」

「うん……はむはむ♡」

「ちゃんとお聞きになられてました?」

「うん……あむあむ♡」

 

 一抹の不安は残るものの、ちゃんと聞いているのがサグメである。

 その証拠に本日の仕事も滞ることなく終えたのだった。

 

 

 その日の夜ーー

 

「サグメ様、入りますよ」

 

 サグメが湯浴みも終え、寝るまでの自由な時間を過ごす時、男はこれまでの側近の顔から恋人という顔に変わり、サグメの所へ訪れる……サグメの方からは恥ずかしくていけない乙女心なのだ。

 

 サグメは入っていい時は返事をしないので、男は「失礼します」と言って部屋の中へ。

 

 中に入ると、ベッドの上で白い寝間着姿のサグメが微かに頬を染めて、男へ微笑みを向けていた。

 

「今日もお疲れ様でした、サグメ様」

 

 いつも通りの言葉遣い。しかしその口調はこれまでとは段違いで優しく、男の表情も柔らかいので、それを見たサグメは嬉しそうに頷く。

 

 サグメのベッド、サグメが座る直ぐ近くへ男が腰を下ろすと、サグメはちょこちょこと男の隣までやってきて肩と肩をくっつける。

 

「もう、こうして私がサグメ様のお部屋を訪ねるのが日課ですね……たまにはサグメ様が私の部屋へ来て頂いてもいいのですよ?」

「……うぅ……♡」

 

 サグメは恥ずかしそうにモジモジしだす。

 

「行くようになると、私の部屋に入り浸ってしまうからですか?」

 

 男の問いにサグメは「……うん♡」と控えめに答える。

 そして、

 

「でも、こうして待つのも好き、だから♡」

 

 と偽りない眼差しで告げられ、男は胸が高鳴った。

 

「そう思ってくださり、凄く嬉しいです、サグメ様。ですが、サグメ様が私に会いたいと思ったら、いつでも私の部屋を訪ねて頂いてよろしいのですよ? サグメ様が来てくださるのは、私にとって喜びなのですから」

「…………」

「サグメ様も待つだけでなく、望んでください。急には難しいと思いますが……」

「あなた……♡」

「せっかく恋人同士なのですし、私的な時は対等になりませんか?」

「……♡」

 

 男がそう告げると、サグメは男を見つめてそっと耳元へ口を近寄せる。

 

後悔しても知らないわよ?♡」

 

 耳打ちされた男はその言葉に驚いてサグメと顔を見合わすと、サグメはいつになく色めいた瞳を男へ向け、そのまま男へ身を預けてきた。

 

「私は……もっとわがままになるわよ?♡」

「どうぞ、朝があれですからね。わがままにはもう慣れてます♪」

「なら、私がいいって言うまでーー」

 

 そこまで言うと、サグメは「ん♡」と両手を広げる。サグメは「私がいいと言うまで抱きしめなさい」と、そう目で言っているのだ。

 男は頷き、サグメに手を伸ばして、優しく抱きしめる。

 

「これでいいですか?」

「もっと♡」

 

 まるで子どものようにねだるサグメに、男はまた胸が高鳴った。それと同時に、サグメへ愛の言葉を伝えるように、気持ちを込めて、自分を感じてもらえるよう力を込める。

 

「まだ……まだ足りないわ……♡」

 

 込める力、想い、気持ち、男の愛をその身に受けるサグメは自然と甘い吐息がもれる。しかしなおも「もっと♡」と抱擁を求めた。

 

「わがままな女神様ですね」

 

 男はサグメを少し離して言うと、サグメは「いけない?♡」と上目遣いで小首を傾げて見せた。

 

「いえ、可愛らしく思います♪」

「良かった……これで音をあげられるとーー」

「困りますか?」

「うん♡」

「どうして困るのですか?」

 

 男が訊ねるとサグメは少し目を伏せ、顔を赤くして「だって……」とモジモジと体をくねらせる。

 

「もっとわがままなお願いをしようとしてます?」

「うん……するぅ♡」

「あはは、何でしょうか、サグメ様?」

 

 するとサグメはまた「ん♡」と両手を広げた。

 透かさず男がサグメを抱きしめると、

 

「そのまま、頭を撫でて……♡」

 

 ささやかなわがままが追加される。

 その後も「次は……♡」、「それから……♡」と求めるサグメ。そんな可愛い願いを男は全部叶え、愛すのだった。

 

 ーー

 

「それではサグメ様。もう時間も時間ですし、私はお暇させて頂きますね♪」

 

 沢山甘え、愛を育んだあとで男はそう言って立ち上がると、まるで拗ねるような顔をしたサグメは、そろそろと男に近づき、男の服の袖を掴んだ。

 

「帰っちゃ……や♡」

「サグメ様……」

「まだ一緒に……だから帰っちゃ、やぁ♡」

 

 その願いに男は頷くしか選択肢はなく、その夜は朝までサグメに寄り添うのだったーー。




稀神サグメ編終わりです!

サグメ様からおねだりされたら頷くしかないですよね?

お粗末様でした♪

それとお知らせがあります。

旧作の方はやるのか、と多くの方々からご質問を受けておりますので、ここでお知らせします。

旧作は書きません。

何故ならば、この作品を書くにあたりまして、元々旧作キャラまで書こうとはしていなかったという私の身勝手な理由のせいです。本当にごめんなさい。
旧作キャラに嫁さんや大好きなキャラが居られる読者様方には大変申し訳ないのですが、何卒ご了承お願い致します。

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