夢の世界ーー
「…………」
夢の支配者たるドレミー・スイートはテーブルに座り、読書をしつつ気ままな時間を過ごしていた。
例の異変以降、目立ったこともなく、悠久の時をただただ平穏に過ごす。それはとても良い。
しかし、少しだけ変化があった。
「…………」
それはドレミーの向かい側に座る、この稀神サグメがちょくちょく訪れるということだ。
ドレミーはサグメに頼まれてあの迷惑な計画に付き合わされた。しかし今となってはもう何ら気にしていない。
ただサグメとしてはその時のことがまだ気掛かりでお詫びとして、色んな本や月の桃などを届けに来るのだ。
あと夢の世界でなら黙っていても、ドレミーがその思考を読んでくれるので楽というのもある。
「もう私はあのことを気にしてはいませんよ?」
「…………」
「いや、まぁ、何だかんだで縁が出来ましたし、私の使命の邪魔をしなければ遊びに来てくれていいわ」
眉尻を下げ、まるで捨てられた子犬のように目を潤ませていたサグメは、ドレミーの言葉でパァッと明るくなった。
ドレミーはこれがあの舌禍をもたらす女神かと思うとつい笑いそうになってしまい、懸命に笑いを噛み殺す。
すると、
「失礼します。ドレミー様、サグメ様。お茶をお持ちしました」
そこに一人の青年が現れた。
この青年はドレミーの手下であり、羊の妖怪である。その証拠に頭頂部の両側からは鬼をも凌駕する程の立派な角がとぐろを巻いている。
夢の世界だから睡眠にまつわる羊の妖怪というのは極自然な感じがするが、実は羊を数える風習は元々は外の世界のイギリスのもので、羊を英語に直すと「
ただここは幻想郷で夢の世界。なのでこんなことも当たり前なのである。
「ありがとう、君は良く気が付くね……いい子いい子♡」
ドレミーはいつもよりだいぶ甘い声で青年の頭を優しく撫でると、青年も嬉しそうに尻尾を振った。
もうわかるだろうが、この二人はプライベートでは懇ろな関係で、あのドレミーが青年の前ではドレ顔をせず、デレ顔になるのだ。
「どうぞ、サグメ様♪」
青年がそう言ってサグメの前に紅茶を置くと、サグメはミルクも砂糖も使わずに紅茶を口に含む。
「あらあら、今日はミルクも砂糖も入れないのね……珍しい」
「………………」
「あら、それはごめんなさいね。でももう慣れたら?」
「…………!!」
「あ〜はいはい、どうせ私達は穢れてますよ♪」
サグメに適当に返しつつ、ドレミーは青年が用意した紅茶を飲むとその美味しさに「うん♪」と頷いた。
「今日のも美味しいわ♡ でも少し熱いかも……」
「それは申し訳ありません」
「だから人肌に戻して♡」
ドレミーがそう願い、ティーカップを青年へ差し出すと、青年は素直にそのティーカップを受け取る。
サグメはフーフーするか氷を入れるのかと思ったが、その考えはすぐに外れだと認識した。
何故なら青年はティーカップに入った紅茶を自分の口に一口含ませ、口の中でモゴモゴし出したからだ。
そして数秒後、青年はドレミーに「ん」と唇を差し出した。ドレミーはそれにニッコリと笑い、その差し出された唇を啄む。するとコクコクと静かに喉を鳴らし、それが鳴り止むと今度は舌と舌、唾液と唾液が混ざる蜜な音が鳴り響いた。
「ん〜、ちゅっ、ちゅ〜♡ んはぁ……ふふふ、やはりこれが一番良い塩梅ね♡」
「ドレミー様……」
「ふふ、だ〜め♡ 続きはあとで、ね?♡」
そう言ったドレミーは青年のおでこに軽く口づけたあとで、青年の顔をぎゅうっとその胸に抱きしめる。青年もそれが嬉しくて尻尾をブンブンに振って嬉しさを猛アピールしている。
「…………」
サグメはそんなバカップルの砂糖弾幕……というよりは砂糖ボムをもろに受け、紅茶で口の中のジャリジャリ感を無くそうとしたが、それは叶わなかった。どんなに流し込んでも新たなる砂糖が生成されてくるからだ。
「お代わりはどうですか、サグメ様?」
「…………」
青年が気が付き、サグメに声をかけると、サグメは顔を真っ赤にしたままティーカップを差し出した。
青年がまたティーカップに紅茶を注ぐ間、ドレミーがふと口を開く。
「そう言えば、貴女。彼の羊姿は見たことないわよね?」
「?」
「今の彼の羊姿は毛が凄いの♪ もうこれでもかってくらいモフり甲斐があって……貴女、好きでしょ、モフモフしたもの?」
そう言われると、サグメはまた別の意味で赤面した。
サグメはモフモフした可愛い物が好きで、たまに玉兎を褒めるという名のもとに玉兎達の耳や尻尾をモフモフしているのだ。そして夢では良くモフモフに囲まれ、幸せそうにしているので、ドレミーにはそういったことも筒抜けなのである。
「君、彼女に羊姿を見せてあげなさいな♪」
「え、でも……」
「大丈夫よ、彼女はモフリスター(モフモフマイスターの略)だから♪」
何がどう大丈夫なのか不明だが、青年は「わかりました」と頷き、ポンッという音共に立派な雄羊の姿になった。それはメリノ羊で体中にモフモフのふわふわな毛がモッサリと生えている。
それを見た瞬間、サグメは目の色が変わり、鼻息荒くギラギラした目付きになった。
「ちょ、ちょっと怖いんですけど!?」
「こんな彼女は珍しいわね〜、まぁこのフワモコを目の前にしたら変わるのも当然よね♪」
青年は思わずドレミーの背中に逃げると、ドレミーは笑いながら青年の背中ら辺の毛をモフモフと叩く。
するとサグメは更に鼻息を荒くさせ、両手をワキワキさせながら目をシイタケにして、若干ヨダレも垂らしつつにじり寄る。
「ど、ドレミー様! あの目は肉食動物が獲物を捕える時の目ですよよよぉぉぉお!?」
「こんなに豹変するとは思わなかったわ♪」
「楽しんでないでどうにかしてくだしゃあぁぁぁぁ!」
「別に獲って食われるようなことにはならないし、早くモフらせてあげれば?」
「ででででも、めっちゃ怖いんですけどどどど!!?」
しかしもう覚醒したサグメは青年の背中にモフり付いてしまった。それからは青年がどんなにお願いしてもサグメが満足するまで青年のふわふわモコモコな毛に顔を埋め、まさに「ドルルルル!」っといった感じでモフり倒されるのだった。
ーー
「………………」
「お〜い、まだ機嫌直らないの〜?」
サグメがキラキラしながら帰ってから数時間の時が過ぎたが、青年は不機嫌なまま。
その証拠に青年は人の姿に戻ったあとで、部屋の隅で体育座りをしていじけている。
「もうお嫁にいけません……サグメ様にあんなとこやあんな場所まで擦られてしまいました……」
「お嫁って……」
思わずツッコミを入れてしまったが、ドレミーとしてもサグメがあそこまでドルルするとは思ってなかったので、確かに青年に悪いことをしたと思ってチクチクと罪悪感に苛まれいた。
「……どうせされるなら、ドレミー様が良かった……」
ふとした青年のつぶやきにドレミーは思わず胸がキュンと締め付けられる。普段凛としているのに、こんな弱々しくも保護欲に溢れた状態でその台詞はクライボム級の破壊力だ。
それが直撃したドレミーは思わず青年の背中に抱きついた。
「ど、ドレミー様?」
「そんなおねだりたされたら、我慢出来なくなっちゃうわ♡」
「お、おねだりなんて……」
「君の全ては私のもの♡ 今から夢よりも気持ち良いことをしてあげる♡ 私の愛しい君……私の愛を存分に♡」
「お、お手柔らかにお願いします……」
「ん〜、無理ね♡」
「えぇ!?」
「眠らせはしない♡ 甘美な夢は今ここで作られるから♡」
その後、青年はドレミーから沢山の愛という夢をその身に刻まれるのだったーー。
ドレミー・スイート編終わりです!
夢オチじゃないちゃんとした甘々に出来たかと思ってます!
お粗末様でした♪