清蘭の恋華想
人里ーー
今日も今日とて平穏そのものの幻想郷。
最近は玉兎という種族も人里に出入りするようになり、また違った賑わいを見ている。
そんな昼下がり、一つの茶屋に二人の人物がやってきた。
「………………」
茶屋の中へは入らず、黙ったまま茶屋を眺めるのは稀神サグメ。そしてその隣に控えるのは鈴瑚である。
「…………?」
「あ、はい。ここに清蘭がいますよ、サグメ様♪」
サグメは目で『ここに清蘭が?』と訊くと、鈴瑚はにこやかに頷いて返す。あの異変以降、清蘭や鈴瑚は地上に興味を持って任務(地上人がおかしな行動をしていないか)のついでに人里にも訪れるようになり、清蘭に至ってはこの茶屋でアルバイトをするくらい馴染んでいるのだ。
サグメはそんな清蘭が地上人に酷いことをされていないか心配になり、こうして鈴瑚を伴って清蘭の様子を見にきた。
鈴瑚が「ささ、入りましょ♪」とサグメに入店するよう促すと、サグメはゆっくりと頷いて入店。
「いらっしゃいませー!」
「らっしゃせ〜!」
威勢の良い声にサグメは思わずビクッと肩を震わせたが、鈴瑚が気にせずテーブルに座るので出来るだけ平静を装って鈴瑚の正面の席についた。
「あれ、鈴瑚ちゃん? 今日は珍しい人と一緒なのね♪」
「あ、おみっちゃん♪ この方は私達の上官で、サグメ様って言うの♪ 無口だけどすっごく優しい方だから安心してね♪」
「…………」
茶屋でアルバイトをする娘、おみっちゃんに鈴瑚は屈託のない笑みでサグメを紹介すると、サグメは少し顔を赤くしつつもペコリと頭を下げる。
「それじゃ、月の方なんだ♪ 月には綺麗な方ばかりね〜♪ 取り敢えず今お茶持ってくるから、それまでに何食べるか決めてね♪」
「あ、ちょっとタンマ! 清蘭呼んでくれない? サグメ様から話があるのよ」
おみっちゃんの言葉に鈴瑚が清蘭について言うと、おみっちゃんは「分かったわ♪」と笑顔で頷き、店の奥へと向かった。
「………………」
「おみっちゃんはここでアルバイトしてる娘なんです♪ 素直でいい娘ですよ♪」
「…………」
「そうですよね♪ でも、ここの主人もいい人ですから、だからいい人が集まるんだと思います」
「……♪」
傍から見れば鈴瑚一人がただ喋っているように見えるが、鈴瑚はちゃんとサグメの言いたいことを読み取って話している。どうしても伝わらない時にはサグメが持参しているメモ帳に記すが、鈴瑚にとっては案外簡単に伝わるのでサグメとしては一緒にいて心地よい。
そんなことをしていると、茶を持って清蘭が二人の元へやってきた。
「いらっしゃいませ、サグメ様、鈴瑚♪」
「おっす、清蘭♪」
「…………♪」
清蘭の変わりないところを見て安堵するサグメ。
「サグメ様、私にお話とは何でしょうか?」
お茶を置きながら訊ねる清蘭に対し、サグメはゆっくりと首を横に振る。元々は清蘭の様子を見に来ただけなので、元気な清蘭を見れた時点でサグメから話すことはもう無いのだ。
サグメは持ってきたメモ帳に「元気そうで良かったわ」と書くと、清蘭は嬉しそうに頷いて「ありがとうございます、サグメ様♪」と返した。
それから清蘭は二人から注文を取ると、店主の元へオーダーを伝えに行く。
「店主さん、三色お団子三人前と抹茶アイス一人前です♡」
「はいよ。清蘭ちゃん、休憩に入っていいよ。あの人とは積もる話もあるだろ?」
「え……でもぉ……」
「はは、気にすることはないよ。遠慮するな」
そう言って店主に頭を撫でられる清蘭は幸せそうに頬を緩め、うさ耳も短い尻尾もピコピコと震わせていた。
「………………?」
「あれ、ご報告してませんでした? あの人、清蘭の恋人ですよ?」
「〜〜っ!!!!!?」
そんなことを聞いていないサグメは思わず仰け反ってしまうほどの衝撃があった。
そして今度は睨みつけるように店主の顔を凝視する。
「大丈夫ですよ〜、何か弱みを握られてるとかそんなことないですから〜」
「…………!!!!?」
「さっきも言いましたけど、主人はいい人ですよ? 私達がお腹を空かせて倒れてるところを助けてくれたんですから」
「…………」
「サグメ様だから言いますけど、地上人って穢れてるって言われてますが、私達は穢れてるなんて思いません。寧ろ月人にはない温かさがあります」
「………………」
「別に懐柔されたと思ってもらっても構いません。ですが、地上人には地上人の文化と歴史があります。それを否定すること自体がおこがましいと思いますし、差別という心も月人よりは激しくありませんから……」
鈴瑚の言葉にサグメはそれ以上睨むのを止めた。玉兎という種族は軍でも捨て石扱いする者が多い。月人の貴族の間では「飼う」という扱いでもある。
月では下の位である玉兎が穢れた地では平等に扱われている……これがどれほどすごいことかサグメは理解出来た。だから清蘭や鈴瑚がこの地上で任務に励めている理由も分かる。それを思うとサグメはこの地が楽園と呼ばれているのも十分頷けた。
「サグメ様〜、休憩頂いちゃいました♪」
「…………」
「はい、とっても優しくて素敵な人です♡」
「……」
「えへへ〜♡」
清蘭の惚気モードを目の当たりにして、サグメは自分の方が赤くなってしまう。何しろこんなに眩しい笑顔で、好いた相手のことを惜しげもなく言うことなんて月ではないからだ。
「清蘭は本当に主人が好きだね〜。団子の甘さも無くなっちゃうよ〜」
「大好きなんだもん、仕方ないじゃん♡ いっぱいいっぱい大好きだもん♡」
「…………っ」
「大丈夫ですよサグメ様。清蘭はちゅっちゅはしてますけど、あっちまでは進展してませんから♪」
それを聞いたサグメは思わず口に含んだ茶を思いっきり吹いた。玉兎同士ならそんなネタは日常茶飯事だろうが、サグメにとっては全く解せない話題なので耐性がないからだ。
「…………!!?」
「え、口づけですか? 確かによくしてますけど……♡」
「……!!!!?」
「後学のために、ですか?」
サグメは清蘭に後学のために口づけがどのような感じなのか教えてほしいと目で伝えた。決してやましい思いからではなく、後学のためである。念のためもう一度、決してやましい気持ちではない。
「そうですね〜……なんて言えばいいんでしょうか……」
「………………」
「わくわく♪」
どう説明すればいいのか悩む清蘭だが、サグメも鈴瑚も身を乗り出して待機している。
「つきたてのお餅って感じですかね……温かくてフワフワのモチモチで、癖がなくて何個でも食べられちゃいそうな、そんな感じですね♡」
「…………」
「お〜、それは分かりやすい!」
「口づけの話しなんてしてたら、したくなってきちゃった♡」
鈴瑚は大興奮、サグメは顔を真っ赤にして小刻み震え、清蘭は火照った頬を両手で押さえ、なんともカオスなことに。
そんな中、渦中の人物と言っても過言ではない店主が直々に清蘭達のテーブルへ、品物を持ってやってきた。
「お待ちどう様です。三色団子三人前と抹茶アイス一人前です……清蘭ちゃんはこっちのみたらし団子ね♪」
「ありがとうダーリン♡ ちゅっ♡」
「んんっ!?」
清蘭は口づけがしたいのもあり、そのまま店主に抱きついて口づけをしてしまった。
これにはサグメも鈴瑚も目が飛び出るような勢いで見開いてしまう。
「ん……ちゅっ、んはぁ、んんっ♡」
「せいら、んんっ……んはぁ、はぁ、まだ仕事中なんだぞ!?」
「えへへ〜、だってダーリンと口づけしたくなっちゃったんだもん♡」
「だからってお客様の前でしなくても……」
「もうしちゃったもん♡ もう遅いもん♡」
「ったく……」
その後もイチャイチャちゅっちゅする清蘭と店主を見て、鈴瑚は目を輝かせていたが、サグメは暫く地上には来ないと誓ったそうなーー。
清蘭編終わりです!
明るい無自覚デレデレにしました!
お粗末様でした☆