東方恋華想《完結》   作:室賀小史郎

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恋人は咲夜。


咲夜の恋華想

 

 紅魔館ーー

 

 日も沈み始めた夕刻。紅魔館の主・レミリアはお休みの日は毎回これくらいの時間に目を覚ます。

 

「咲夜〜」

 

 レミリアの声に従者の咲夜が即座にレミリアの部屋へと参じる。

 

「おはようございます。レミリアお嬢様」

「おはよう。今日も宜しく頼むわね」

 

 レミリアの言葉に咲夜は「はい」と笑顔で返すと、咲夜はレミリアの身支度を流れるように開始する。

 お顔を拭き、歯を磨き、お召し物を着換えさせた後、咲夜はゆっくりと丁寧にレミリアの髪を櫛で梳いた。

 

「いつもありがとう、咲夜」

「これが私の仕事ですし、お嬢様のお世話をすることが私の喜びですわ」

「頼もしく育ってくれたわね♪」

「全てはお嬢様のお陰ですわ」

 

 髪を梳きながらこうした会話をしつついると、レミリアがまた一つ話題を振った。

 

「彼との仲はどう? ケンカとかしてない?」

 

 その話題に咲夜の表情から明らかに動揺の色が浮かんだ。

 それを感じ取ったレミリアはクスクスと笑い声をこぼした。

 

「咲夜は彼の話題には本当に弱いわね〜♪ それとも本当に彼とは上手く行っていないのかしら?」

「い、いえ、彼はその……とても大切にしてくださっていますわ♡」

 

 レミリアや咲夜の言う彼とは、数年前に執事として召し抱えた青年で咲夜の恋人のことである。元々は人里で小料理屋を営んでいたが、経営が上手くいかずに破産。

死のうと考えた彼は魔法の森に出没する人を食う『宵闇の妖怪』に身を捧げようとした。

そこで彼は夜の散歩をしていたレミリアと咲夜に出会い、事情を聞いたレミリアは自分の執事として彼を召し抱えた。

そして咲夜の指導を受け、今では立派な執事になり、咲夜も成長していく彼に段々とのめり込むようになり、今に至る。

 

「私の目に狂いは無かったわね♪ 最初は貴女の負担を少しでも減らそうと思って召し抱えたのだけど、今ではフランの相手もしてくれるんだもの♪」

「そうですわね♪ 前にも増してこうしてお嬢様のお世話に専念出来るのも彼のお陰ですわ♪」

「ちゃっかりと頂いちゃってる訳だしね」

 

 そう言ってレミリアは咲夜の方を向いていたずらっぽくウィンクをした。そんなレミリアに咲夜は「も、申し訳ありません」と言いながら顔を赤くさせるのだった。

 

 レミリアの身支度も終わり、レミリアが立ち上がろうとすると、ドアがコンコンコンとノックされた。

 

「入りなさい」

 

 レミリアがドアに向かって言うと、ドアがガチャっと開き、青年が入って来て礼儀正しくお辞儀をした。

 

「おはようございます。レミリアお嬢様。起床後のお茶を持って参りました」

「あら、ありがとう。頂くわ」

 

 レミリアがそう言うと青年は「はい」と短く返事をし、また部屋を出た。そして部屋の前に持って来たティーセットを乗せたステンレスの配膳台を押し、また入室する。

 

 レミリアはソファーへ移動し、彼が淹れる紅茶を待った。

 静かに、そして丁寧に紅茶を淹れ、レミリアの前へティーカップを差し出す。

 

「どうぞ、お召し上がりください」

「ありがとう」

 

 そしてレミリアがそのティーカップに口を付けたその時、

 

「お嬢様、お待ちください」

「?」

 

 どうぞと勧めたはずの彼がそれを止めた。

 そして彼は「失礼します」と言ってレミリアが持っていたティーカップを取り上げ、透かさず香りを確認した。

 

 すると、

 

「…………やはり。咲夜さん、またお嬢様の紅茶へ毒を入れましたね?」

 

 と咲夜に言った。口調は柔らかいが、その目は鋭く咲夜を捉えていた。

 

「咲夜貴女、またやったのね……」

「毎回同じ物では飽きてしまわれると思いまして♪」

 

 呆れた感じに言うレミリアに対して、咲夜は眩しいくらいの笑顔で答えた。

 

「いくらお嬢様が吸血鬼でも、そういうことはなされない方がよろしいかと思います。お嬢様、只今淹れ直しますのでもう暫くお待ちください」

 

 彼はそう言うとレミリアは笑顔で頷き、淹れ直してくれるのを待った。

 

「甲斐甲斐しいですわね」

「元凶は貴女でしょ、咲夜」

「お茶目で瀟洒なメイドジョークですわ♪」

「はいはい、お茶目お茶目」

 

 傍から聞いていれば不届きな発言だが、これはレミリアと咲夜のコミュニケーションの一つなので、青年は涼しい顔をして紅茶を淹れ直し、今度こそレミリアはその紅茶を飲むことが出来た。

 

「……ん、美味しいわ♪」

「咲夜さんが選ぶ最高の茶葉ですから」

「淹れる方がその茶葉を台無しにすることもあるのよ♪ 貴方の紅茶は安定感のある味わいで、私は好きよ」

「勿体無いお言葉です」

 

 青年がレミリアに対して礼儀正しくお辞儀すると、一方の咲夜は「むぅ」と頬を膨らませた。レミリアの言った『好き』という言葉に少しだけヤキモチを焼いているのだろう。

 そんな咲夜の反応を見たレミリアは小さく見えないように口元をニヤリとさせた。

 そして、

 

「貴方は本当に優秀な執事になったわね♪ 喜ばしいことだわ♪」

 

 と言って青年の頭を優しく撫でた。 

 

「っ!?」

 

 それに対してあからさまに眉間にシワを寄せる咲夜。

 

「お、お嬢様……私にこの様なことをなされなくても……」

「あら? フランはこうすると喜んでくれるのだけれど、貴方は嫌?」

「い、嫌ではありませんよ? しかし……」

 

 そう言うと彼は咲夜の顔色をうかがうようにチラチラと咲夜の方を見た。

 

「〜〜!」

 

 咲夜は明らかに怒っていた。その証拠に今度は完全に両方の頬を膨らませて顔を真っ赤にしている。

 それを見た青年は「お、お嬢様……」と声を震わせて戯れを止めるように目で訴えた。

 

「あら、貴方の髪って触り心地いいわね〜。暫く撫でていたいわ♪」

 

 しかしレミリアは尚も止める気は毛頭無く、彼の頭を撫で続けた。

 すると、

 

「私、そろそろお食事のご用意に移らさせて頂きますわ」

 

 怒りで顔を真っ赤に染める咲夜はそう言って、瞬く間にその場を後にした。

 

「あらあら♪ ちょっとやり過ぎたかしら♪」

「ちょっとではありませんよ……」

「まぁ、いつものお茶の仕返しには丁度いいでしょう?」

「それによって私が責められるのですが?」

「恋人を優しく慰めるのも大切なことよ?」

「ああ言えばこう言う……」

「私は貴方達にほんの少しの刺激を提供してあげてるのよ♪ 感謝なさい♪」

「有り難き幸せに存じます」

 

 明らかに『ありがた迷惑だ』と言わんばかりの瞳で言う青年に、レミリアは愉快そうに笑い声をあげるのだった。

 

 

 紅魔館内・廊下ーー

 

(全く、レミリアお嬢様は本当にお戯れが過ぎますねぇ)

 

 配膳台をコロコロと押して厨房へ戻る青年は、そう心の中で愚痴をこぼしていた。

 

(咲夜さんになんて言って許してもらえばいいのやら……手作りケーキ? それともこの前喜んでくれた膝枕の耳掻きとか?)

 

 どうやって彼女のご機嫌を取ろうかと考えながら居ると、

 

「…………咲夜さん?」

「んぅ〜」

 

 咲夜が彼の背中に抱きついて不満の唸り声を出していた。

 

「能力の無駄使いはお嬢様に怒られますよ?」

「(…………またお嬢様の話する)」

「え?」

 

 その時、咲夜は彼に抱きついている両腕に更に力を込めた。

 

「今はお嬢様のお話をしないで……私だけを見て……」

「私はいつも貴女のことを見ていますよ、咲夜さん?」

「嘘つき……さっきはお嬢様に頭を撫でられて嬉しそうにしてたもん……」

「ま、まぁ、お嬢様に頭を撫でられて嬉しくない方が無理かと……」

 

 すると咲夜はカチンと来た。なので咲夜は強引に彼の頭を自分の胸にグイッと寄せ、ガッチリとホールドして彼の頭を優しく撫でた。恐らくはレミリアに対抗しているのだろう。

 

「さ、ささ咲夜さん?」

「ん、だらしない顔……貴方のその表情は私だけが知ってる愛しい顔よ♡」

「い、いやいや、そりゃあ好きな人にこうされたら誰だって……」

「ふふ、嬉しい……いくらお嬢様でも貴方のことは譲れない♡」

「お嬢様はちゃんと理解してくださってますよ……ですからこうしてお付き合い出来ている訳ですし……」

「それでも貴方の心がお嬢様に奪われてしまうかもしれないでしょう?」

「そんなことはありません! 私はちゃんと咲夜さんだけを心から愛しています!」

 

 思わず大声で叫んでしまった彼は、叫び終わって顔を真っ赤にした。それを見た咲夜はニッコリと微笑み、彼の唇にソッと自分の唇を重ねた。

 

「ん〜、ちゅっ♡ 私も貴方を愛しているわ♡」

 

 こうしてご機嫌になった咲夜は、彼の頬を一撫でしてまた姿を消した。

 

 

 厨房ーー

 

「んふふ♡ お嬢様に感謝して今日のお食事は血の滴るお肉料理にしましょ♡」

 

 こうして咲夜は青年から大声で愛の言葉を約束通り引き出してくれたレミリアに、とびきり豪勢な食事を振る舞うのだったーー。




十六夜咲夜編終わりです!

策士咲夜さんといった感じにしました♪
レミリアも従者のために一肌脱ぐ心優しい主にしました!
今回は甘さ控え目だったかもしれませがご了承を。

では此度もお粗末様でした☆

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