東方恋華想《完結》   作:室賀小史郎

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恋人は正邪。


正邪の恋華想

 

 人里ーー

 

 穏やかに晴れ、人々の笑顔が溢れる幻想郷。

 お昼時を迎えた人里では、とある定食屋がそこそこの賑わいを見せていた。

 

「三番テーブル、出来たぞ! それから五番もだ!」

「へいへい!」

 

 店主に言われ、威勢良く返すのはあの鬼人正邪だ。

 どうしてあの正邪が人里で真面目に働いているのかというと、正邪が閻魔との取り決めで極刑にしないという代わりに無償で働き、善行を積むという約束をしたから。

 何故正邪がそんなことを承諾したのかというと、この店の店主と触れ合って心を入れ替えたからだ。

 

 それは数ヶ月前、正邪は散々逃げ惑い、生きるためにこの店に強盗に入った。

 するとこの店主は『好きなだけ持ってけ』と正邪に怯えることもしなかったので、正邪は強盗を止め、この店主に興味を持つ。

 話してみると、この店主は化け狐で名前は(きょう)と言い、長い年月を人里で暮らしてきた低級な妖怪。

 正邪のように強引に物事を斜めに捉えることはしないものの、どこか達観していて、正邪はそこが気に入って店に入り浸るようになった。

 それから正邪は匡の言う事なら聞くようになり、正邪の中で匡は大きな存在へと変わり、匡に迷惑をかけないために閻魔の元へ出頭。閻魔もそういうことならと正邪へあの提案をした。

 こうした経緯で今に至るのである。

 

「あぁ〜、疲れた〜」

 

 やっとお昼のラッシュが終わり、カウンター席に座って突っ伏す正邪。

 

「お疲れさん。まかない作ったから食べるといい」

 

 匡はそう言って正邪の頭を叩くように撫でると、正邪は「言われなくても食うよ♪」と無邪気な笑みを返して厨房へ入る。

 

 それと同時に店のドアが開くと、萃香、針妙丸、霊夢の三人が入ってきた。

 

「お邪魔するよ〜♪」

「こんにちは〜♪」

「お邪魔するわね」

 

「へい、いらっしゃい。お好きな席へどうぞ」

 

 匡に言われ、霊夢と萃香はカウンター席に座り、針妙丸に限っては小人なのでテーブルの上に座る。そのままだと足が痛くなるため、匡は針妙丸用の座布団を出した。

 

「巫女さん、今日はツケかい?」

「方方でお祓いしてお金入ったからツケも払うわよ。じゃなきゃ二人も連れてこないっての」

 

 匡の言葉に霊夢が苦笑いを浮かべて返すと、匡は「さいですか」と返し注文を訊く。

 

「私は肉じゃが定食、御飯大盛りで」

「私はねー……焼き肉定食!」

「私はいつもので♪」

 

 それぞれ注文すると匡は「はいよ」と返して調理に取り掛かった。

 

「ねぇねぇ、狐さん、正邪は?」

 

 すると針妙丸が匡に訊いた。あの異変で利用されていたとはいえ、針妙丸は正邪のことを許しており、正邪のことはいつも心配しているのだ。

 

「今皆さんに隠れて飯食ってますよ」

 

 匡は隠すことなく伝えると、正邪が立ち上がって「もがふご〜!」と意味不明な叫び声を出す。恐らく匡がすんなり教えたことに対しての叫び声だろう。

 

「ほら、ちゃんと座って食え。それと物を口に入れたまま喋るな」

「ごくん……分かったよ」

 

 正邪は素直に返事をすると、また座って匡が作ったまかない料理を口に運んだ。それを見た匡は「偉いぞ」と言ってまた正邪の頭を叩くように撫でると、正邪は顔を赤くし、でもどこか嬉しそうに匡の手を退ける。

 

「正邪は相変わらず素直じゃないね〜。狐さんに撫で撫でされるの内心では喜んでるのに♪」

「う、うるせぇ! こんなの嬉しくも何ともない! ウザいだけだ!」

 

 針妙丸に正邪はそう言って否定するも、萃香に「嘘だって私には分かるけどね〜」と言われ、正邪は顔を真っ赤にして何も言い返さずに座り直すのだった。

 

「心を入れ替えたら、こんなに可愛い子鬼になるだなんてね。匡さんって意外とタラシ?」

「人聞きの悪いこと言わないでくださいよ。この子は元々根は真っ直ぐないい子です。あっしが何もしなくてもいずれはちゃんと変われたでしょう」

 

 霊夢に匡がはっきりと返すと、正邪はそれを聞いて思わず頬が緩んだ。

 

「お待ち。味噌汁と浅漬けのおかわりの時は声をかけてください」

 

 そんな話をしているうちに匡はみんなの定食を作り、みんなはそれぞれ手を合わせてから口いっぱいにその料理を頬張る。

 霊夢達が美味しそうに食べているところを匡は嬉しそうに眺め、その匡をしっかりと見ていた正邪も同じように嬉しそうな表情を浮かべるのだった。

 

 ーー

 

 日も沈み、店を閉めた定食屋。店の暖簾を正邪が店の中に仕舞うと、正邪はすぐに匡の元へ行ってその背中にギュッと抱きつく。

お店が終われば甘えてもいい……という二人の暗黙のルールである。

 

「まだ洗い物してるんだから、離れてくれ。手伝ってくれてもいいんだぞ?」

「やなこった♡ 今日の私の仕事は終わったもんね、もうこれからは私の時間だもん♡」

 

 自分の顔を匡の背中に押し当てて、甘える正邪。正邪は認めないが、天邪鬼でも好きな人には甘えん坊になるのだ。

 

(匡の匂い好き♡ それにこうしてると温かい……好き、大好き♡ 匡大好きぃ〜♡)

 

 口には絶対にすることは出来ない匡への想いを正邪は爆発させ、匡へこれでもかと甘える。それは子犬が飼い主に甘えるような、そんな愛くるしさだ。

 

「匡〜♡」

「どうした?」

「呼んだだけ〜♡」

「そうか」

「匡〜♡ 匡〜♡」

「はいはい」

 

 正邪はその後も匡を何度も呼び、匡はその都度、嫌な顔もせずに応えた。匡からすれば、どうして正邪が自分の名を呼ぶのか分かっているから。

 

「今晩の飯は何が食いたい?」

「匡が自分で考えろ〜♡」

訳)匡の作った物なら何でもいい。

 

「なら余り物でいいか? 捨てるのは勿体無いから」

「残飯処理かよ〜♡ 匡のケチ〜♡」

訳)余り物でもいいよ。匡の料理だもん。

 

 こんな具合に正邪の言葉を匡は熟知しているため、会話も成立している。傍から聞けば支離滅裂だが、二人にとってはこれが当たり前。

 

「んじゃ、洗い物が終わったらな。それまで大人しくしていろ」

「やだね♡ 私はずっとこうしてるもん♡」

 

 その後も匡の言葉に正邪はことごとく反発した。しかし反発しても今では可愛いワガママなので、匡は二つ返事で正邪の好きにさせつつ自分の仕事をこなすのだった。

 

 ーー

 

 晩御飯や風呂も終えると、正邪の甘えモードは更に増す。

 今も正邪は居間に座る匡のあぐらの中に入り込み、匡と向き合ってホールド中だ。匡も嫌な顔せず正邪の頭を優しく撫でている。

 

「ん〜♡ 気安く撫でるなよ〜♡」

「はいはい」

「誰が止めていいって言ったんだよ〜♡」

「お前は相変わらずだな」

 

 匡はそう言って苦笑いをすると、正邪はどこか嬉しそうにしながら匡の胸板に顔を埋め、甘える。

 

「匡〜、嫌〜い♡」

「嫌いなら離れればいいだろ?」

「やだ♡ 絶対に離れてやんないもんね〜♡」

「嫌いな割には随分と甘えるんだな?」

「甘えてねぇし♡ 寒いから仕方なく匡にくっついてるだけだし〜♡」

 

 ああ言えばこう言う正邪に匡は「そうか」と返しつつ、正邪の額にそっとキスをした。正邪が必要以上におでこの辺りを擦り付けていたのでした次第で、この正邪の行動はそこにキスして欲しいという合図なのだ。

その証拠に正邪は幸せそうに顔をデレデレさせている。

 

「何してんだよ〜♡ もっと優しくやれよ〜♡ 優しくなかったからやり直しだ〜♡」

「はいはい……ちゅっ」

「んぁ……ダメだ、気に食わない♡ やり直し♡」

 

 それから何度も何度もやり直しを命じる正邪に言われるがまま、匡は正邪にキスをした。

 何度もされているうちに正邪の顔は蕩け、今度は自分から匡にキスをし、匡はそんな正邪を優しく受け入れる。

 

「嫌い……ちゅっ♡ 匡なんて、大っ嫌い……ちゅっ、んんっ、れろっ……ちゅぱっ♡ ずっとずっとつきまとってやる、んちゅっ♡」

「あぁ、ずっと一緒だ。正邪」

「〜♡」

 

 その夜も正邪は匡に沢山甘え、朝までコースだったそうなーー。




鬼人正邪編終わりです!

デレッデレの正邪を書きたかったので、こうなりました!
ご了承ください。

お粗末様でした♪

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