魔法の森ーー
平和に時が流れ、穏やかに日が降り注ぐ昼下がり。
魔法の森にある開けた場所で、プリズムリバー三姉妹と九十九姉妹、更には堀川雷鼓が森に住む妖精や妖怪達に対してリサイタルをしていた。
その中には人間の姿もちらほらあり、みんなそれぞれの演奏に夢中だ。
「……みんな、聞いてくれてありがと〜!」
トリを飾った雷鼓が演奏を終え、手を高らかにあげて叫ぶと、聞いていた者達は揃って歓声をあげた。
ーー
観客達が帰ると、演奏者達はそれぞれリサイタルの成功を喜び合った。
「いやぁ〜、最高のライヴだったね〜♪」
「雷鼓さんの太鼓は今日もキレキレでしたね」
「聞いててこっちまで楽しくなったよ〜♪」
ルナサとリリカに褒められ、雷鼓は上機嫌に笑い、二人に「ありがとね」と返す。
「今日の八橋ちゃんはノリノリだね〜♪」
「え、そうかな〜? いつも通りだったけど……」
メルランに褒められた八橋は謙虚に返したが、ルナサもリリカも、更には雷鼓までもが今日の八橋の出来を褒め、八橋は少し照れくさそうに頭を掻いた。
「そりゃあ、今の八橋は乗りに乗ってるからね〜……自然と演奏にも熱が入るわよね♪」
皆の様子を見ていた弁々がそんなことを言うと、三姉妹も雷鼓も「どういうこと?」と言いたげに小首を傾げる。
それを見た弁々は「実はね……」と前置きし、少し怪しく笑って理由を話そうとした。
「ちょ、待って姉さん!」
弁々がどんな話をしようとしているのかを察した八橋は、慌てて弁々を止めようとしたが、
「八橋にはつい最近、恋人が出来たのよ〜♪」
弁々は八橋に構うことなく話してしまい、八橋は「なんで言うのよ〜!」と猛抗議。対する雷鼓達は「おぉ〜!」と驚き、しかしどこか楽しげに八橋を見ていた。
「遅かれ早かれみんなにすぐバレるんだからいいじゃないの♪」
「そ、それでも恥ずかしいの!」
「そんなにあのお兄さんと付き合ってるって知られるのは嫌なの〜?♪」
「嫌じゃないけど、そんなあからさまに言われるのは嫌なの!」
八橋は弁々にそう言うと、弁々の肩をグワングワン揺らす。対する弁々はいつも八橋に振り回されているので、ささやかなお返しを楽しんでいた。
「へぇ、あんたらやっと付き合ったんだ♪」
「おめでとう」
「どっちから告白したの〜?♪」
「やっぱ八橋ちゃんから!?」
みんなからの反応に八橋は怯んだ。何故なら自分が片想いしていたのがみんなにバレていたから。
「だ、誰とか訊かないの?」
「はぁ? んなの訊かなくたって分かるよ」
「よくお店の前で演奏させてくれる、茶屋のお兄さんでしょう?」
雷鼓とルナサが当然のように言うと、八橋は顔を更に真っ赤にして俯いてしまった。否定しないとは認めていることになる……つまりは図星。
八橋は最近人間の恋人が出来た。
その人間は人里で中華風の茶屋を営む若い男で、八橋の一目惚れから様々なドラマを経て、八橋の告白によって今に至る。
「な、なんでみんな分かってるのよ……」
八橋がそうつぶやくと、メルランとリリカは「だってね〜?♪」と顔を見合わせる。
「あんたはお兄さんに夢中で気付いてないだろうけど、傍から見たらかなり分かりやすい反応だったわよ」
呆れたように説明する弁々に、他のみんなも揃って首を縦に振る。
「あんなにお兄さんのことを目で追ってればね〜?♪」
「挨拶する時もいっつも声が上擦ってたしね〜?♪」
「それなのにあいつはなかなか八橋のことに気が付かなくてな〜」
「二人を見る度にやきもきしてたわ」
「〜〜〜〜〜っ」
みんなからの言葉に、八橋は言葉にならない声をあげて手で顔を押さえた。
そんな八橋に弁々はポンと軽く肩を叩いて「ね? バレバレでしょ?」と声をかけると、八橋はそのままの状態でコクコクと頷くのだった。
「ねぇ、そんなに私って分かりやすかった?」
八橋の言葉にみんなは揃って頷く。
「そ、そんなにあの人のことばかり見てた?」
またも一斉に頷かれると、八橋は「うわぁぁぁん!」と大声をあげ、その場に座り込んでしまった。
「今更何恥ずかしがってるのよ」
「だって、こんなに知られてるなんて思ってもいなかったんだも〜ん!」
弁々は八橋を落ち着かせようと頭を撫でるが、八橋はずっとうずくまったまま。
「よし、それじゃ今からあの茶屋に行くか♪」
「いいわね。打ち上げも兼ねて行きましょうか」
雷鼓の提案にルナサが頷くと、メルランもリリカも乗り気で「杏仁豆腐食べる〜♪」などと言って盛り上がる。
「ほら八橋、私達も行くわよ? それとも一人だけ借家に帰る?」
「………………行く」
声を絞り出すように八橋が返すと、みんなは八橋を急かしつつお目当ての茶屋へと向かうのだった。
人里ーー
人里までひとっ飛びし、八橋の恋人が営む茶屋に着く。
みんながすんなり入る中、八橋だけは髪を整えたり、服の埃を払ったりしてなかなか入ろうとしなかった。
すると痺れを切らした弁々が八橋を後ろから押して、少々強引に店の中へ入れる。
「ちょ、姉さん、ま、待っーー」
待ってと言おうとした八橋。しかしそれより先に何かにぶつかってしまった。
「八橋さん、いらっしゃいませ♪ 弁々さんもいらっしゃいませ♪」
それは八橋の恋人である店の店主で、八橋は店主の胸板にぶつかってしまっていたのだ。
八橋は急いで退こうとするも、その背中は弁々がしっかりと押さえているため、動くに動けない。
一方で弁々は八橋の背中を押しつつ、男に「いつも妹がお世話になってます〜♪」などと挨拶している。
「いえいえ、私の方がお世話になりっ放しで……この前も忙しい時間帯に手伝いに来てくれたんですよ♪」
男はそう言いながら八橋の頭を優しく撫で、それからも八橋を褒めちぎっては弁々に惚気た。
八橋はもう恥ずかしいやら嬉しいやら、照れるやらで男の胸に顔を埋めたままやり過ごすしか手はなかった。
ーー
恋人と姉に散々いじられたあとで、八橋はようやく解放されて雷鼓達の座るテーブルについた。
それでもみんなは八橋をニヤニヤと見つめているので、八橋は全く気が休まらない。
「かなりラブラブじゃな〜い♪」
「杏仁豆腐より甘いぞ〜♪」
「やめてよぅ、もう……」
「メルランもリリカも、そんなに冷やかさないの」
ルナサに注意された二人は「ごめんなさ〜い♪」と謝るが、その口調はまるで反省してなかった。
「まぁ、なんだ。幸せそうで何よりだよ♪」
「超幸せよね、八橋?♪」
「幸せですけど何か……?」
雷鼓と弁々に八橋はそう言いながら睨むが、二人はニヤニヤして「別に〜♪」と返してくる。八橋はこの状況が嫌になり、机に突っ伏してしまった。
「皆さん、そんなに私の恋人をイジメないでやってください」
するとそこに男がお茶と店自慢の杏仁豆腐を持ってやってきた。男と九十九姉妹が話しているうちに雷鼓達が他の店員に頼んでいたのだ。
「おぉ〜、良かったな八橋♪ ナイトが来てくれたぞ〜?♪」
「…………」
「八橋さん、大丈夫ですか?」
机に突っ伏したままの八橋に、男は配膳しつつ優しく声をかける。
「大丈夫……♡」
すると八橋はチラッとだけ恋人の方へ目をやって伝えると、男は「そうですか♪」と返して八橋の頭を優しく撫でた。
恋人に頭を撫で撫でされた八橋は、その気持ち良さに思わず「んにゃ〜♡」と甘えた声をしまう。
やばい……と思った八橋だったが、もうその時点で遅く、みんなからは更にニヤニヤされていた。
「うぅ〜」
「八橋さんは相変わらず可愛いですね〜♪」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど……み、みんなの前で言わないでぇ♡」
「えぇ〜、こんなに可愛い恋人は皆さんに自慢したいですよ〜」
「ぁぅぁぅぁぅ……♡」
その後も八橋は、散々恋人に可愛がられ、みんなからは冷やかされるのだったーー。
九十九八橋編終わりです!
いつも振り回す役の娘が振り回されてるのって可愛いですよね?という個人的な思いを書きました!
お粗末様でした♪