東方恋華想《完結》   作:室賀小史郎

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恋人は弁々。


弁々の恋華想

 

 人里ーー

 

 人と妖、霊と神、異なる思想と宗教。いかなる種族も和気藹々と時を過ごす幻想郷。

 この日の幻想郷にも夕暮れを迎え、子どもたちは家に帰り、大人たちは仕事帰りの一杯と洒落込む。

 そんな中、人里の一つの橋に紺の長着に紺の羽織物を着用している一人の青年がポツンと立っていた。

 

 その青年は行き交う人々をどこか楽しげに眺めている。

 すると青年は懐に手を入れ、何やらゴソゴソとしだした。

青年が取り出したのは古代朱色の少し歪な尺八で、青年はそれを丁寧に手で擦り、小さく息を吐くと優しく尺八へ息を吹き込んだ。

 

 辺りには優しく優雅な尺八の音が響き、その音に足を止める者、更には引き寄せられるかのように青年の側へ寄る者と、たちまち青年の周りには人々が集まった。

 優しく、どこまでも透き通る尺八の音。そして青年の優しい表情に、人々はうっとりと時間を忘れて聞き惚れる。

 

 ーー

 

 そんな中、とある建物の物陰でその青年をこっそりと見る者達がいた。

 

「姉さん、いつまで見てるの? 早く行きなよ」

「や、八橋は黙ってて! 今いいところなの!」

 

 九十九姉妹の九十九弁々と九十九八橋である。

 二人……正確には弁々が隠れて、青年の演奏を食い入るように見つめているのだ。弁々は時たま「ふひっ」と言うようなおかしな笑い声を出しているので、八橋からすれば周りの目が気になって仕方がない。

 

 どうして弁々がこうしているのかというと、弁々は今尺八を演奏している青年と恋仲の関係にあり、青年の演奏しているところを見るのが好きなのだ。

 青年は人間であり、弁々は琵琶の付喪神。種族こそ違えど、今の幻想郷においては何ら珍しいことではなく、寧ろ今の幻想郷を代表するカップルとまで言われている。

 

「うふふふ、素敵な音色……♡ あの指さばきも、吹いてる表情も全部好き……♡」

 

 弁々は怪しく笑い、目や自身の周りにハートマークを浮かべてご満悦の様子。

 

「確かにいい音だけどさ〜、お願いだからその『ドゥフフフ』って笑い方やめてよ。めっちゃ周りの人が怪しんでるんだけど?」

 

 対する八橋は苦笑いを浮かべて、弁々を注意する。しかし弁々に八橋の声は届いておらず、弁々は青年の演奏が終わるまでその笑い声をあげ続けるのだった。

 

 ーー

 

「ふぅ……ありがとうございました」

 

 演奏を終え、青年が一礼すると聞き入っていた人々から拍手が巻き起こった。中には青年の手に小銭を握らせる人もいるほど。

 

 集まった人々が散り、それを眺めながら青年は尺八を懐に仕舞い、うんと伸びをする。

 そこでやっと弁々達は青年の元へ近づいた。

 

「こんばんは〜♡」

「お兄さん、こんばんは〜……」

 

 青年にデレデレしながら挨拶する弁々に対し、八橋の方はなんだか疲れ切った顔で挨拶する。

 

「おや、弁々さんに八橋ちゃん、こんばんは♪ 今日も来てくれたんだね♪」

 

 青年がニッコリと笑って二人に声をかけると、弁々は「また来ちゃった〜♡」なんて言いながら青年の手をぎゅうっと両手で握って、更にデレデレな顔をした。

 

「あはは、来てくれて嬉しいよ♪ これからどこかで演奏するの?」

「ううん♡ 魔法の森で演奏してきたから、今日はもう演奏予定はないよ〜♡」

「強いて言えば、お兄さんの尺八を聞くためだけに来たみたいなもんよ」

「そっか……いたなら一緒に演奏してくれればよかったのに」

 

 少し残念そうに言う青年。しかし弁々はそれもまた自分が好きな青年の表情なので、弁々は更にだらしない顔へと変わる。

 

「ごめんね〜♡ どうしてもあなたの演奏だけを聞きたかったの〜♡ 今度は必ず入るから、そんな顔しないで、ね?♡」

「約束だよ? 弁々さん達と一緒に演奏するの好きなんだから」

「私もあなたと演奏するの好きよ〜♡」

 

 弁々は青年に抱きつき、甘えた声でそう告げると、それに呆れる八橋が口を開いた。

 

「なんならもういっそのこと、今から合わせれば? まだ人、結構歩いてるし」

 

 八橋の提案を聞き、弁々は青年に「しちゃう?♡」と上目遣いであざとく可愛く訊くと、青年はニッコリと頷きを返す。

 

「よぉ〜し、じゃあやっちゃお〜♡ 八橋、好きに奏でちゃって! 私と彼で合わせるから!」

「え、私も入ってるの!?」

「当然でしょ! ほら、早く!」

「わ、分かったよぉ」

 

 いつもは八橋が弁々を振り回す立場であるが、青年が絡むとその関係は逆転し、弁々が八橋を巻き込む形になる。しかし八橋ももう慣れたので、八橋はマイペースに自分が想い描く音色を奏で始めた。

 琴の音色が辺りに響き渡ると、また人々が足を止める。更に琵琶と尺八が加わると、より一層人々が集まり、ストリートライブとは思えないほどの一体感が生まれた。

 

 ーー

 

 演奏を終えた弁々達は聞いてくれた人々から多くの気持ち(銭)を貰い、せっかくなのでその銭で夕飯をちょっと豪勢にすることにした。

 弁々は当然青年も自分たちの住む借家へ誘い、今は三人一緒に鍋をつついている。

 

「ふぅ、ふぅ……はい、あなた♡ あ〜ん♡」

「あ〜……あむ、うん、美味しい♪」

「えへへぇ〜♡ 愛情たっぷりの弁々鍋だからね♡」

 

 弁々は青年の隣に座り、青年に甲斐甲斐しく作った鍋を食べさせていた。

 対する八橋はこの鍋、私も一緒に作ったんだけどなぁ……と思いながらも、何も言わずに二人がイチャイチャしているのを眺め、黙々と鍋を食べている。

 

「八橋ちゃん、ほっぺたにご飯粒付いてるよ?」

「え、どこ?」

「あはは、反対だよ♪ ほら♪」

「ありがとう、お兄さん♪」

 

 八橋はお礼を言うと、青年が取ってくれたご飯粒をそのままパクンと口に含んだ。それは本当の兄妹のようで、弁々はそれを微笑ましく眺めている。

 

「そう言えばさ、私ずっと気になってたことあるんだけど、訊いていい?」

 

 八橋がそう言って青年を見ると、青年は「何かな?」と優しい笑みを浮かべて返した。

 

「お兄さんは姉さんのどこが好きで付き合ってるの?」

「へ?」

「や、八橋!」

「だって姉さんはいつも惚気けてるからわかるけど、お兄さんからは聞かないんだもん。そもそも告白だって姉さんからで、基本的に姉さんが押せ押せでお兄さんは受け身でしょ? ずっと気になってたんだ〜」

 

 八橋がそう言うと、青年は「簡単なことだよ?」と返す。八橋はそれに頷くと、青年は弁々の方を向いた。

 弁々は青年がなんと言うのか気になり、微かに頬を赤く染めたまま真剣に青年の目を見つめ返す。

 

「音楽に対する熱意、それでいて優しい音色、何に対しても一途なところ、かな? あげたらキリがないから、特に好きなところをあげてみた」

 

 臆面もなく言った青年の言葉に、八橋は「ほうほう」と頷く。その一方で弁々は顔を真っ赤にしたまま硬直してしまった。

弁々は普段、自分がデレデレ、ニヤニヤと青年の好きなところを褒めて惚気けてるので、今回のような逆パターンの耐性がないのだ。

 

「良かったね、姉さん。姉さんの一方的な愛じゃなくて♪」

「……うるさい……♡」

「いつも思ってるよ。弁々さんのことが本当に大好きだから」

 

 青年のまっすぐな眼差しとまっすぐな言葉に弁々はもう耐えられなかったのか、両手で顔を押さえてしまう。

 こんな弁々は珍しいので、八橋は「お〜」と感嘆の声をあげた。

 

「照れている弁々さんも、いつもニコニコしている弁々もどれも可愛い」

「や、やめて……あなたが私を好きなのはとても伝わったから……♡」

「いえ、いつも弁々さんに言われてたから、今回はちゃんと自分から弁々さんへの想いを伝えようと思う! 弁々さん大好き! ずっとずっと大好きです! 死んでも大好きです!」

「は、はうぅぅぁぁぁ……♡」

 

(こりゃ今夜、姉さんは寝れないね〜)

 

 その後も弁々は青年から愛の言葉を沢山言われ、その都度なんとも言えない声をあげた。

 そしてそんな姉を八橋は助けることなく、ニヤニヤしながら眺めるのだったーー。




九十九弁々編終わりです!

いつもは冷静な弁々も恋すればデレデレになるかなと思い、こうしました!

お粗末様でした!

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