人里ーー
大きな異変もなく、大きな事件もなく、ゆるりと時が流れる幻想郷。
そんな昼下がりの人里を今泉影狼はルンルン気分で歩いていた。
(久し振りの彼とのデートだから今日はちょっとおめかししちゃった♪)
そう影狼はこれから大好きな彼とデートなのだ。
影狼には狼男の恋人がおり、人里ではもうすっかりお馴染みとなった名カップルである。
狼男の名前は「
この部隊は幻想郷の平和を維持するのに紫が立ち上げたもので、人間と妖怪の混合部隊である。
因みに風牙はその部隊で小隊長であり、影狼とデートするのは本当に久々なのだ。
影狼は風牙のためにいつもの長く綺麗な髪をポニーテールにし、左の耳元には風牙がプレゼントしてくれた赤椿の髪飾りも付けている。
(綺麗って言ってくれるかな〜♡)
影狼はそのことを考えると、もうデレッデレのニヤッニヤで辺りにはお花畑が咲き乱れているような雰囲気。
「あれ、影狼ちゃん?」
「お〜、本当だ」
そんな影狼に声をかける者達がいた。
それは人里に住む多々良小傘と赤蛮奇だった。
影狼は二人を見ると、スキップで近寄り、ニッコニコで挨拶をする。
「やっほ、二人共♪ 今日も世界は晴れやかね♪」
「あはは、今日はいつになくご機嫌だね♪」
小傘がにこやかに返す一方で、赤蛮奇の方は「なんだこいつ」と言うような顔をしていた。
「どうしたの、蛮奇♪ 元気無いわね♪ 元気出さなきゃダメよ?♪ こんなに晴れやかなんだから♪」
「どう見たって曇りだろ……おめでたいやつめ」
「んふふ〜、ありがと〜♪」
赤蛮奇の嫌味にも影狼はニッコニコで返し、赤蛮奇は更にイラッ☆とする。こんな状態の影狼に今は何を言っても意味がないと悟った赤蛮奇は、それ以上は何も言わずに小さくため息を吐くのだった。
「影狼ちゃんがご機嫌ってことは〜、これから蝦夷さんとデート?」
「そ〜なのよ〜♡ 今日のお仕事は早く終わるみたいで、これから夜までデートなの〜♡」
小傘にデレッデレで返す影狼。それを見た赤蛮奇は思わず胃もたれを感じた。
「そっかそっか〜♪ 良かったね〜♪」
小傘がそう返していると、すぐ近くから赤ん坊の泣き声が聞こえた。
その泣き声は小傘がおんぶしている赤ん坊だった。
「あれ、赤ん坊いたの?」
「最初からいた。バカ者め」
「おしめ変えてほしいのかな〜?」
小傘は人里でベビーシッターもしていて、赤蛮奇はたまたまこの日その手伝いをさせられていたのだ。
小傘はすぐに赤ん坊を近くのベンチに下ろし、おしめを確認する。
「別に汚れてないな〜。お腹空いちゃった?」
「なら、近くの茶屋で粉ミルク作ってくるから待ってろ」
「うん、お願い♪」
なんだかんだ面倒見の良い赤蛮奇はすぐさま粉ミルクを作りに茶屋へ向かい、小傘は赤ん坊の服を整えてから、赤ん坊を優しく抱っこして「もう少しだからね〜♪」と赤ん坊をあやす。
「力いっぱい泣くわね〜」
「この子元気だからね♪」
「おぎゃ〜! おぎゃ〜!」
泣く赤ん坊に対し、影狼も「お腹空いたね〜♪」と優しく声をかけてあやすと、
「きゃっきゃ♪」
赤ん坊が泣き止み、嬉しそうに笑い出した。それも影狼の方に両手を伸ばして。
「どうしたのかしら?」
「う〜ん……あ、影狼ちゃんの尻尾じゃない?」
小傘の言葉に影狼は「え?」と返し、自分の尻尾を見る。試しに赤ん坊の近くでご自慢のもふもふ尻尾を振って見せると、赤ん坊はまた嬉しそうに笑い声をあげた。
「ほら、やっぱり影狼ちゃんの尻尾に反応してる♪」
「えへ、えへへ♪」
赤ん坊は影狼の尻尾を掴み、そのもふもふにご満悦。
「あ〜、満月が近くて今はちょっと毛深いのよね〜」
影狼はそう言うと複雑な表情を浮かべる。しかし赤ん坊も小傘も影狼の尻尾で笑みを見せているので、影狼はこれはこれでいいかな……と笑みを浮かべた。
それから赤蛮奇が粉ミルクの入った哺乳瓶を持って戻ってくると、赤ん坊は今度はミルクに夢中になり、一生懸命にミルクを飲む。
「一生懸命飲んでて可愛い〜♪」
「やっぱりお腹空いてたんだね♪ 泣き方覚えとかなきゃ♪」
「人間の赤子によくそこまでしてやれるな」
「そういう蛮奇だって、なんだかんだ言いながらちゃんと世話してるじゃない♪」
「泣いたままだと近所迷惑だからだ……」
影狼の言葉に赤蛮奇がフンと鼻を鳴らしてそっぽを向くと、小傘も影狼もそんな赤蛮奇を微笑ましく眺めた。
「あ、そういえば影狼ちゃん。デート向かう途中だったんじゃなかった?」
その言葉に影狼はビクンと肩を震わせる。
「お前、忘れてたな?」
「私達が呼び止めちゃったから、ごめんね!」
「ううん、いいの! 気にしないで!」
影狼はそう言うと、二人と赤ん坊に一声かけてから猛スピードで風牙との街合わせ場所へ向かった。
「あんなに急ぐと髪型が崩れるんじゃないか?」
「あはは……まぁ、そこはご愛嬌ってことで」
小さくなっていく影狼の背中を見つつ、二人はそんな話をして影狼を見送るのだった。
ーー
「…………」
街合わせの橋の上に立つ風牙は、穏やかに里の中に流れる小川の表面を楽しみつつ影狼を待っていた。
すると物凄い風と共に影狼がやってくる。
「お、遅れて……はぁはぁ、ご、ごほっ……ごめん、なさい……はぁはぁ」
膝に両手をつき、肩で息をし、言葉も途切れ途切れで謝る影狼。
しかしそんな影狼に風牙は優しい笑みを浮かべ、影狼の頭をポンポンと叩くように撫でる。
「あはは、待つのも楽しみのうちさ♪ それに男は女を待つもんさ♪」
「お、怒ってないの?」
「怒る必要ないじゃないか。こんなに息を切らせて飛んできてくれたんだから、寧ろ嬉しいくらいさ」
ニカッと爽やかに笑い、影狼に返す風牙。そんな風牙の優しさに影狼は思わず胸がときめき、自然と尻尾もブンブンと振っていた。
「ほら、綺麗な髪も崩れちゃってるぞ、そのままな?」
「ぁん……ありがとう♡」
それから風牙は影狼の髪を優しく手で梳き、それが終わると二人して手を繋いでデートへ繰り出すのだった。それも互いの指を絡め合う恋人繋ぎで。
ーー
「どうかな、これ?♡」
「ん〜、こっちの方が影狼には似合うと思うぞ」
二人は人里の露店でアクセサリーを見ていた。
風牙は影狼に似合うと思ったアクセサリーを影狼の耳元にあて、うんうんと頷く。
「ならこれ買っちゃおうかな〜♡」
「それならこれくらいですぜ、ご両人」
「え、そんなに安くて大丈夫ですか?」
「はい♪ ご両人はお似合いのご夫婦ですからねぇ、安くしやんすで、身につけて宣伝してくだせぇ♪」
「やだ♡ 私達まだそんなーー」
「ありがとうございます♪ それではその値段で頂きます♪」
影狼の言葉を遮り、風牙は店主に言われた金額を払って影狼の手を取って歩き出した。店主が二人に「ご馳走様です〜♪」と言って見送ると、影狼は思わず顔を真っ赤にしてしまった。
「ど、どうしたの風牙……いつもよりちょっと強引だったよ?♡」
(こういうのも嫌じゃないけど♡)
「せっかく夫婦に見られてるんだ、否定することないだろ? 影狼は俺と夫婦に見られるの嫌か?」
「う、ううん!♡ そんなことないよ!♡」
「なら、今日はそういうことでいいだろ?」
風牙はそう言って「な?」と悪戯っ子みたいな笑みを見せると、影狼は「うん♡」と満面の笑みで返し風牙の腕にキュッと抱きついた。
「影狼、好きだよ。これからもずっと」
「私も♡ 私もだよ風牙♡」
こうして二人はそれからも仲睦まじく人里を練り歩き、最後は二人仲良く迷いの竹林へ帰るのだったーー。
今泉影狼編終わりです!
今回は普通のラブラブカップルにしました!
お粗末様でした♪