人里ーー
夕暮れ時となった幻想郷。人と妖、更には妖精や天人、神などといった種族も問わず、みんなが助け合い、笑い合いって生活していて、近頃の幻想郷は本当の意味での幻想郷であり理想郷。
そしてとある居酒屋でも人間と妖怪のグループが楽しいひと時を過ごしていた。
「ん〜、やっぱおでんは大根だよな〜♪」
「私は牛すじかな〜♪」
魔理沙の言葉に隣に座る影狼はそう返しつつ、牛すじを頬張る。
「私はこんにゃくかな〜……あ、でもちくわも好き♪」
「私は食べ物なら何でも好き」
魔理沙達の前に座る小傘と霊夢も、二人の話に乗りつつ思い思いのタネを食べている。
霊夢と魔理沙は人里へ久々に飲みにやってきて、この店に入るとそこに小傘と影狼が居合わせたので、こうして相席しているのだ。
そもそもどうして小傘や影狼がこの店にいるのかというと、
「熱燗の追加、持ってきたぞ」
友達の赤蛮奇がここで働いているからである。
小傘や影狼は赤蛮奇の様子を見るついでとしてちょくちょく訪れているため、店の常連客だ。
「あぁ、それと、
赤蛮奇がそう言うとみんなは大喜び。思い思いのメニューを注文すると、赤蛮奇は「ん」と返して厨房へそれを伝えに戻る。
「相変わらず、いい感じみたいだね♪」
「ね〜♪ 蛮奇の表情も明るいし♪」
小傘の言葉に影狼は笑みを浮かべて同意していると、魔理沙が口を開く。
「そういや、なんでお前達は赤蛮奇の様子を見に来てるんだ?」
魔理沙の疑問に小傘や影狼が答えようとすると、それより早くに霊夢が「あれを見れば分かるわよ」と言って、とある場所を指差した。
魔理沙がその先に目をやると、そこはカウンターで赤蛮奇とこの居酒屋の店主である男が親しげに話しているところだった。
「あ〜、そういうことか♪」
それを見た魔理沙が納得すると小傘や影狼はニコニコと笑みを返す。
「そういえば、あいつも妖怪だったよな」
「えぇ、
「へぇ〜、結構長いんだな」
「妖怪からすれば短いでしょ。私達とは寿命の長さが違うんだら」
霊夢がお酒を飲みつつ言うと、魔理沙は「それもそうか」とあっさりした言葉を返した。
この居酒屋は化けイタチである『鼬』が経営する店である。
本来テンという動物は漢字にすると「貂」であるが、この鼬はイタチが長い年月を生き、妖怪化したもの。
外の世界の一部地域では「狐七化け、狸八化け、貂九化け」とも言い、狐や狸よりも化けるのが上手いとされていた。しかしその認識も薄れ行き、こうして幻想郷へやってきたのだ。
こっちへ来てからは人里で開業。そして鼬が従業員として雇ったのが赤蛮奇であり、これが二人の出会い。
鼬が赤蛮奇に一目惚れし、猛アピールの末が今なのである。
元々物事を斜めに捉えていた赤蛮奇だったが、鼬の誠意に根負けした形で、赤蛮奇自身は鼬がうるさかったのでお情けで付き合ってやっている……とまだ少し素直になりきれていない。しかし二人の仲は誰がどう見ても相思相愛である。
「女将さ〜ん、ハムカツとおにぎり追加で〜!」
「はいよ〜♪」
このように今では客から「女将」と呼ばれても素直に返事をしている上、否定もしない。更には赤蛮奇も何処か嬉しそう。
「あれでお情けなんて無理があるだろ」
「だよね〜♪ さっさと素直になればいいのにさ〜♪」
「あれはあれで素直なんじゃないの? なんだかんだ言ってこの店辞めてない訳だし」
「仲良しはいいことだよね〜♪」
みんなしてそんな話をしていると、赤蛮奇が先程注文したメニューを運んできた。
「小傘と影狼はおでん盛りで、魔法使いがきのことほうれん草のバターソテー、巫女が豚の生姜焼きだったよな?」
それぞれのメニューを前に置く赤蛮奇。すると、
「サンキュな、女将さん♪」
「ありがとう、女将さん♪」
魔理沙と影狼がニヤニヤしながら赤蛮奇のことを敢えて女将と呼んだ。
「はいはい、どういたしまして。何言っても値段はまけないからな」
二人の口撃も赤蛮奇はスルリと避け、澄ました顔で厨房へ戻っていく。魔理沙と影狼はその反応につまらなそうに口を尖らせた。
しかし霊夢と小傘は角度的に見えてしまった。嬉しそうに微笑む赤蛮奇の横顔を。
霊夢と小傘は心の中でご馳走様と赤蛮奇に言い、またみんなで料理とお酒を堪能するのだった。
ーー
そして店を閉めた真夜中、赤蛮奇と鼬は仲良く後片付けをしていた。
「〜♪」
赤蛮奇は鼬の隣に立ち、鼬が洗った食器を丁寧に拭いている。今日は更にご機嫌なようで鼻歌まで口ずさんでいた。
「今日は妙に機嫌がいいね、せっちゃん」
「あ? 普通だよ、普通。別に影狼達に女将って呼ばれたのが嬉しかった訳じゃない♡」
本心がだだ漏れである。
「はは、みんなせっちゃんのことを女将だと思ってるんだね」
「まったく、困ったもんだよな♡」
「その割には嬉しそうだけどね?♪」
「は? そんなことはない。寧ろこっちは迷惑してるんだ♡」
本当に素直ではない。でも赤蛮奇はニコニコしているので、鼬は「そっか」と笑顔で返しつつまた洗い終えた皿を赤蛮奇に渡した。
そして鼬はふと思ったことを口にする。
「そんなに迷惑かな……この店の女将って言われるの」
「迷惑だな♡ でももう諦めてるよ……恋人が店主してて、そんなとこで私が働いてれば周りからそう見えるのは仕方ないと思ってる。だから気にしなくていいぞ♡」
「なら、本当の意味で女将になるかい?」
鼬の思いもよらない言葉に赤蛮奇は思わず頭をポロッと落とししまった。
「い、いい、いきなり何を言い出すんだ! 今のがどう言う意味か分かってて言ってるのか!?」
浮かんだ頭だけでなく、体の方も鼬の肩を軽く叩いて照れ隠す赤蛮奇。すると鼬は赤蛮奇の頭を優しく持ち上げ、そのままギュッと抱きしめた。
「こ、今度はなんだよ……離せよ♡」
口ではそう言いつつも、赤蛮奇は大人しく鼬に抱かれている。
「あんな言葉、冗談じゃ言えないよ……せっちゃんは僕がそんな冗談を言えない奴だって分かってるでしょ?」
「そ、そりゃあ、なんだかんだで付き合いも長いからな……♡」
「なら僕がさっき言ったのも、どう言う気持ちで言ったことか分かるよね?」
優しい声で諭すように囁かれる赤蛮奇はどう答えていいのか分からず、ただ顔を真っ赤にしたまま押し黙ってしまう。
すると赤蛮奇はとあることに気がついた。
ドッドッドッドッ……それは赤蛮奇の耳の近くでハッキリと聞こえ、更にはその音に伴って頬に微かながら振動を感じる。
この音と振動の正体が鼬の鼓動だとすぐに気付いた赤蛮奇。すると鼬への想いが溢れ、自分も更に顔が熱くなり、体の方では胸がキューンと締め付けられる。
「せっちゃん、僕と結婚しよう……今は無理だって言うならせっちゃんがそう思ってくれた時でもいい」
「…………♡」
「僕と結婚したいってせっちゃんに思ってもらえるように、これからもっとせっちゃんに愛情を注ぐよ」
「…………♡♡」
鼬が赤蛮奇への想いをゆっくりと語る間、赤蛮奇は嬉しくて何も返せなかった。
それからもプロポーズとも言える言葉を鼬が並べる中、ようやく赤蛮奇は「おい」と口を開き、鼬の言葉を止める。
「黙って聞いてれば、歯が浮くような台詞ばっか言いやがって……このアホイタチ♡」
「ご、ごめん……」
「ふんっ……お前のその変な妄言を聞いてやれるのは、私しか居ないだろう……♡」
「え?」
「だ、だからその妄言に騙されてやるって言ってるんだよ……みなまで言わすな、アホイタチ♡」
「せっちゃん……嬉しいよ……せっちゃん、これからも大好きだよ!」
「耳元で叫ぶな!♡ 仕方なく、仕方なくなってやるんだからな!♡」
こうして誕生した夫婦は、これからも末永く幸せに暮したそうなーー。
赤蛮奇編終わりです!
ツンデレっぽく仕上げました!
似たようなオチが続きましたがご了承を。
お粗末様でした☆