東方恋華想《完結》   作:室賀小史郎

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恋人はわかさぎ姫。


輝針城
わかさぎ姫の恋華想


 

 霧の湖ーー

 

 深い霧に覆われる湖周辺。しかしどんなに濃霧でも、それが薄まる時がある。

 そんな時間を狙って、湖に住むわかさぎ姫の元へ仲良しの妖怪達が集まってきた。

 

「姫〜、遊びに来たよ〜!」

「途中でお前が好きそうな石も拾ってきたぞ〜」

 

 元気にわかさぎ姫を呼ぶのは今泉影狼。そして、石をチラつかせているのが赤蛮奇である。

 すると湖の中央付近から、チャプっとわかさぎ姫が顔を出した。

 

「姫〜、こっちこっち〜♪」

「お〜い」

 

 わかさぎ姫は二人の姿を確認すると、猛スピードで二人の元へ泳いでくる。その早さに二人は思わずたじろぐが、ザパッと二人の前に現れたわかさぎ姫は今にも泣きそうだった。

 

「ど、どうしたの、姫!?」

「何かに追われているのか?」

 

 影狼はすぐにわかさぎ姫を湖から引き上げ、蛮奇は頭を飛ばして湖を確認する。しかしどんなに探っても水面上からは穏やかないつもの湖でしかなく、蛮奇はやむなく探索を終え、わかさぎ姫にどうしたのか訊ねた。

 

「そんなに慌てて、どうした?」

「私達に話してみて」

 

 二人してわかさぎ姫に優しく声をかけると、わかさぎ姫は目にいっぱいの涙を浮かべ、

 

「…………ないの

 

 と小さく声を絞り出した。

 

「え?」

「すまん、わかさぎ姫。もう少し聞こえるように頼む」

「彼が一週間も会いに来てくれないんですぅ!」

 

 今度はハッキリとした声で言ったわかさぎ姫。二人はその声に星を見つつ、キーンとなった耳を撫でた。

 

 わかさぎ姫が言う、彼とはわかさぎ姫の恋人でまだまだ若い小豆洗いである。

 小豆洗いは妖怪の山に暮らしていおり、洗った小豆でアンコを売って生計を立てている大人しい妖怪だ。

 

 二人が出会ったのは数年前で、妖怪の山に繋がる川をわかさぎ姫が遊泳散歩している最中に知り合ったのがきっかけだ。

 互いに他人に優しく、大人しい性格の似た者同士である二人は、それからちょくちょく会うようになり、小豆洗いの告白で今に至る。

 

「いつものように川を上ればいいじゃないか」

「そうよ、いつもそうしてるんでしょう?」

 

 二人がわかさぎ姫にそう言うと、わかさぎ姫の方は「何度も行きました。でも会えませんでした」と悲しげに返した。

 

「やっぱり、私が人魚だから捨てられちゃったんでしょうか……」

「そ、そんなことないよ!」

「そうだぞ、もしそんな理由なら付き合ってすらいないだろう」

「蛮奇、それフォローになってない」

 

 影狼のツッコミに蛮奇は「およ?」と間の抜けた返事を返すが、わかさぎ姫はそれどころではない。

 

「なら、今までお情けで……そうよね、彼は優しいからきっと言えなかったんだわ。それなのに私が調子に乗って彼の優しさに甘えてばかりいたから、もううんざりされて……」

 

「ほら〜、もう蛮奇のせいで姫が病みモードになっちゃったじゃな〜い!」

「す、すまない……」

 

 わかさぎ姫はこうなると最終確認に相手を殺して自分も死のうという結論に至るので、影狼はこうなった時用の話題を口にする。

 

「でもさ、姫。小豆洗いから告白されたんでしょ?」

「はい……」

「それは姫が好きだから告白したんでしょ?」

「多分……」

「多分じゃなくてそうなの。姫はこれまで小豆洗いと話してて、その時の笑顔も小豆洗いが無理して作ってたものだと思うの?」

「…………」

「そんな不誠実な奴だって姫は思うの?」

「……思わない」

 

 影狼はわかさぎ姫の瞳に光が戻ったのを確認すると心の中で勝利のポーズをした。こうなればもう危ない思考には走らないからだ。

 

「では、どうして会えないんでしょうか……」

「ならアイツを呼ぶか」

 

 蛮奇がそうつぶやくと、

 

大変だ〜! 影狼がわかさぎ姫を食おうとしてるぞ〜!

 

 大声で空高く大ぼらを吹いた。

 すると瞬く間に風が吹き、

 

「スクープ! 特ダネですぅ!」

 

 射命丸文が颯爽と登場する。

 

「お〜、流石は早いな〜♪」

「天狗を呼ぶためだけに変なこと言わないでよ……」

 

 ケラケラ笑う蛮奇に対し、影狼は思わず苦笑い。

 

「? どういうことです?」

 

 状況を理解出来ない文が小首を傾げていると、蛮奇が文を呼んだ経緯を説明した。

 

「ーーということでな。そういうことに詳しそうだから釣った」

「ぐぬぬ……なんて卑劣な……」

「お前の書く記事よりは卑劣じゃないと自負している」

「泣きますよ? 清い私のハートはガラスより繊細なんですよ?」

「繊細でもどんなに頑張っても割れない防弾ガラスだろ? 毎回変な記事を書いて色んなやつから怒られてるんだからさ」

 

 蛮奇の言葉に文はぐうの音も出せなかった。すると話の論点がズレていると影狼にツッコまれ、蛮奇はハッとして本題に戻る。

 

「それで、お前の方で何か知らないか?」

「知ってますけど〜、これまでの態度がですね〜?」

 

 ニヤニヤと悪い顔で笑う文。蛮奇はキッと睨んだが、文は相変わらず「お〜、怖い怖い」と言うだけで、話が進まなかった。

 

「文さん、お願いします! 彼の身に何があったんですか!?」

 

 そんな文にわかさぎ姫が物凄い剣幕で迫ると、文は思わず狼狽。それだけわかさぎ姫の顔は怖かった。

 観念した文は小さくため息を吐くと、小豆洗いの現状を説明。それを終えると文はまた新聞のネタを探すため、三人の元を後にした。

 

「まさか……彼が……」

「いや、すごいショック受けているようだが、あいつは熱で寝込んでるだけだぞ?」

「だけってなんですか! 一週間も! 一週間も熱でうなされていたんですよ!?」

「お、おぉう、すまぬ」

「あぁ、あの人が苦しんでいるのに、私はこの身体のせいで何も出来ない……うぅ……」

 

 わかさぎ姫はついに大粒の涙を流してしまう。

 

「なんなら私が小豆洗いの家まで運ぼうか? 家は知らないから教えてもらわなきゃいけないけど」

「本当ですか? いいんですか?」

「うん♪ その代わり、戻る時は小豆洗いにお願いしてね♪」

 

 こうしてわかさぎ姫は小豆洗いの元へ向かうのこととなり、急いで準備をするのだった。

 

 

 妖怪の山ーー

 

 小豆洗いの家に着くと、影狼は戸を叩く。

 すると弱々しい声がし、ゆっくりと戸が開いた。

 

「どちらさーー」

「どうも〜♪ 赤い狼の宅急便です♪」

「…………はい?」

「お前にお届け物だ。()()だから注意しろよ?」

 

 小豆洗いが困惑する中、二人はせっせと中に大きな包を運び、小豆洗いの布団の側にそれを置くと「あざした〜!」と適当に言って帰っていく。

 

「な、なんだったんだ?」

 

 嵐のように去っていく二人の背中を見つめ、まぁいいか……と考えた小豆洗いは取り敢えず包の中を確認するため、包の結び目を開いた。

 

「ぷはぁ……小豆洗いさん♡ あなたの愛しい愛しいお姫様が参りましたよ〜♡」

 

 包を開くと大きな桶に入ったわかさぎ姫がパンパカーンと現れた。これには小豆洗いも腰を抜かし、夢でも見ているのではと思うほどだった。

 

「え、なんで、わかさぎ姫さんが?」

「文さんにあなたが熱を出しているとお聞きしたので、影狼さんや蛮奇さんに頼んで連れてきてもらいました♡」

「と、取り敢えず水を桶に入れますね……」

 

 そう言うと小豆洗いは水瓶からバケツでわかさぎ姫が入る桶に水を注ぎ、ある程度注ぐとまた床に就いた。

 

「ごめんなさい、寝たままで」

「気にしないでください。それに今の私は看病に来たんですから♡」

 

 わかさぎ姫はフンスフンスとやる気満々。

 

「では失礼しますね♡」

 

 するとわかさぎ姫は小豆洗いの額に自身の手をあてた。

 

「私、皆さんと違って体温低いですから、よく冷えますよ♡」

「はい、気持ちいいです♪」

「ふふふ、治るまでずっと一緒に居ますからね♡」

「治っても一緒に居てほしいで……あっ」

 

 熱で弱っていたせいか、小豆洗いはつい常日頃から思っていたことを口にしてしまい、慌てて訂正しようとする。

 しかし、

 

「あむ♡」

「っ!?」

 

 わかさぎ姫に唇を奪われた。ひんやりとしたわかさぎ姫の舌が自身の火照った口の中を巡り、それだけで小豆洗いは腰砕けになってしまった。

 

「んはぁ……ふふ♡」

「わかさぎ姫さん」

「とっても嬉しいです♡ 私もいつまでもあなたのお側に居たいです♡」

「はい……結婚しましょう」

「はい♡」

 

 後日、風邪が治った小豆洗いはわかさぎ姫が不自由しないよう川岸に家を建て、そこで末永く幸せに暮したそうなーー。




わかさぎ姫編終わりです!

恋人から夫婦へという甘いお話にしました!

お粗末様でした☆

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