東方恋華想《完結》   作:室賀小史郎

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恋人は神子。


神子の恋華想

 

 仙界ーー

 

 果てしなく広がる空間に異彩を放つ神霊廟。

 そんな神霊廟では今日もまったりとした時が過ぎてる。

 

「………………」

 

 神霊廟の創造主である豊聡耳神子は縁側に座り、一心不乱に精神統一していた。

 そんな神子を遠目に見ている者達。

 

「本日の太子様は何やら迫力があるのぅ」

「そうだな〜……」

 

 物部布都と蘇我屠自古である。

 二人は今夜開く宴会の準備をしながら、遠目に見える神子の姿を見ていた。

 布都が言うように、神子はいつもとは違い、並々ならぬ雰囲気を漂わせていて、布都は「流石は太子様じゃ」とそのオーラにご満悦。だが、屠自古の方は心なしか呆れてるように見ている。

 

「戻ったぞー」

 

 すると二人の元に、宮古芳香が宴会の料理に使う食材を大量に背負って帰ってきた。

 

「おぉ、ご苦労じゃったの芳香殿♪」

「キョンシーは疲れないぞー」

「お帰り。食材はこっちに置いてくれ」

「分かったー」

 

 屠自古にそう返した芳香は、屠自古に言われた通りの場所に背負っている食材をドシッと下ろした。

 屠自古はその荷を解くと神子に頼まれた通りに料理を作っていく。

 

「太子は何をしてるんだー?」

「太子様は今精神統一をしておる。見てみよ、あの神々しいお姿を!」

「キョンシーに言ったって分からねぇだろ。いいからお前も料理手伝えよ」

 

 屠自古にそう言われると、布都は「おぉ」と返して料理を手伝い、芳香は食材の切れ端をもりもり処分するのだった。

 

 ーー

 

 宴会の時間が迫ってくると、神子は神霊廟の門前で誰かを待っていた。

 しかしいつも冷静沈着な神子にしては落ち着きなく、ウロウロしたり、しきりに髪を整えたり、服装を確認したりと忙しない。

 それは共に門前で待っている布都には心配され、屠自古には「落ち着いてください」と言われる程で、聖人らしからぬ神子だった。

 

「お待たせしましたわ〜♪」

 

 するとそこへ霍青娥がやってきた。そして青娥に連れられるよう一人の金髪の男もいる。

 その男は腰まである長い髪を先の方で碧、白、朱、黒といった四色の紐で一つまとめにしていて、顔は中性的で穏やかな雰囲気の好青年だ。

 

「ご招待頂き、ありがとうございます」

 

 男はそう言って神子達に頭を下げると、

 

「い、いえいえ! こちらこしょ、ご足労頂きまひて、ありがとうございみゃす!」

 

 聖人らしからぬ噛み噛みの挨拶を神子は返した。

 そんな神子に男は優しく笑みを向けると、神子の二つに尖る髪が獣の耳のようにピコピコと震える。

 

 実はこの二人、付き合って半年となる恋人同士であり、男の方はあの青龍・白虎・朱雀・玄武の四神を束ねる黄龍である。

 黄龍は青娥と古くから交流があり、青娥が黄龍を幻想郷にお忍びで招待し、神子に会わせたのがきっかけだった。

 神子は黄龍の人柄、物事の捉え方などに感服し、憧れるようになり、いつしかその憧れは恋に変わった。

 それから神子は何かと青娥に黄龍のことを訊き、青娥はそれを面白いと思ってけしかけた結果が今である。

 

 黄龍と恋仲になって益々黄龍に首ったけとなった神子。

 今回、宴会を設け、更にはこうして黄龍を呼んだのも、神子は黄龍と次なるステージへ進むためだと考えての宴会なのだ。

 

「さぁさ、立ち話もなんですから、そろそろ宴会の間へ行きましょ♪」

 

 青娥が手を叩いてそう促すと、布都や屠自古は頷いて料理を運ぶために厨場へ向かい、神子は黄龍と並んで宴会の間へ向かった。そしてその後ろを青娥はニヤニヤしながら追う。

 

 ーー

 

 宴会の間へ着くと、そこには布都達が作った豪勢な料理がところ狭しと並んでおり、黄龍は思わず「おぉ」と小さな驚きの声をあげた。

 それからみんなの盃に酒行き渡ると、神子の震え上ずった声による乾杯で宴会が始まる。

 

 ーー

 

「黄龍殿、盃が乾いておりまするぞ! 我が注ーー」

「布都〜、新しい皿出してくれ〜」

「あい分かった!」

 

 布都は黄龍の盃へ酌することなく屠自古の元へ向かってしまった。

 

「布都ったら……すみません、黄龍殿」

「いえいえ、構いませんよ」

「わ、私がお酌しますね♡」

「ありがとうございます」

 

 黄龍は神子からの酌を笑顔で受けると、酒の注がれた盃をクイッと飲み干す。

 

(あ〜、飲む仕草も、何もかも素敵♡)

 

 神子は黄龍をジーッと見つめ、またも髪をピコピコと震わせる。

 

「大勢で飲む酒は格別ですね……愛する神子さんのお酌ならなおのこと美味しく感じます」

「っ!?♡」

 

 突然の剛速球に神子は思わず顔を伏せた。

 

(やだやだ……!♡ そんなこと言われたらどんな顔していいのか分かんない!♡)

 

(と、とにかく何か言葉を返さなきゃ!♡ あ〜、でも何て返したらいいの!♡)

 

(そ、それに、今の私、絶対に変な顔してる!♡ こんなだらしない顔見せられない!♡)

 

(そもそも今声出したら絶対に変な声出ちゃう!♡ でもこのまま何も言葉を返さないってのも失礼だし、どうしたらいいの!♡)

 

(愛するだなんて言われて嬉しいよぉぉぉぉ!♡ 私も黄ちゃん愛してるぅぅぁぁぁ!♡)

 

 神子は心の中がかなりかき乱れ、ああでもないこうでもないと百面相する。そんな神子を黄龍は可愛いと思ってにこやかに眺めつつ、手酌した酒を飲んでいた。

 

「……ぷくく……」

「青娥ー、ご飯ー♪」

「ちょ、ちょっと待ってね、芳香ちゃ……くふふっ」

 

 そんな神子の姿を向かいで見る青娥は、笑いを堪えきれずに盛大に両肩を震わせている。

 

「太子様〜! お顔が真っ赤ですぞ〜! 水を持って参りました!」

「あ、ありがとうございます」

 

 結局何も返せなかった神子は布都から水の入ったコップを受けると、その水を飲み干し、ふぅ……と息を吐いた。

 

「太子様、飲み過ぎたのでしたら、少し夜風に当たってきてはいかがですか?」

「いえ、これくらい大丈夫です……」

 

 屠自古の提案を神子は断るが、それを見逃す青娥ではない。

 

「倒れたら黄龍様が悲しまれますわ♪ ここは素直に向かわれた方がよろしいかと♪」

「しかし……」

「黄龍様も勿論付き添って頂けますわよね?♪」

「!?」

「はい、勿論です」

 

 神子が「なぬ!?」と言うような顔をしているのをよそに、黄龍は青娥の言葉にすんなりと頷く。

 この状態で二人きりになると考えただけでもオーバーヒートしそうな神子。しかしそんな神子の状態を知ってか知らずか、黄龍は立ち上がると笑顔で神子へ手を差し伸べる。

 これには神子もその手を取るしか選択肢はなく、神子は親に手を引かれる子どものように黄龍と宴会の間を後にした。

 

「見ていて面白いですけど、流石にもたもたし過ぎですわ〜」

「いい性格してるよな、あんたは」

 

 屠自古にそう言われると、青娥は「それ程でも♪」と返して芳香の口に料理を運んぶ。屠自古は布都が二人の元へ要らぬお節介を焼きに行かないように見張りつつ、神子に陰ながらエールを送るのだった。

 

 ーー

 

 二人は庭へやってきた。

 酒で火照った頬を夜風が優しく撫で、雰囲気もバッチリである。

 

「…………」

「…………」

 

 神子が俯いて真っ赤にした顔を隠している一方で、黄龍は神子の隣に立ってにこやかに今の状況を楽しんでいた。

 

(せっかくのチャンスなのに……言葉が見つからない……♡)

 

 どうしようどうしようと悩む神子に、黄龍はそっと神子の肩を抱いて引き寄せる。

 

「お、黄龍殿!?♡」

「今は二人きりです。いつものように呼んでください」

 

 神子に優しく黄龍が声をかけると、神子は「……お、黄ちゃん♡」と控えめにその呼び方を口にした。

 

「何か私に話があるのではないですか?」

「あ……うぅ〜……あると言えばありますが、まだ心の準備が……」

「多分、私も神子と同じ考えです」

 

 ニッコリと笑って黄龍が言うと、神子は「え」と黄龍の顔を見る。すると黄龍は「私の欲を聞いてご覧?」と神子に言った。

 

『貴女と口づけがしたい』

 

 黄龍の欲は神子が考えていたことと同じで、それを知った神子はまた改めて黄龍の顔を見る。

 

「しても、いいですか?」

 

 黄龍はそう言うと、神子の頬を優しく撫でてから神子の顎をくんっと自身の方へあげた。

 黄龍の琥珀色の瞳に神子は釘付けになり、「どうぞ」と言わんばかりにそっと瞼を閉じる。

 

「愛していますよ、神子」

「私もです……んんっ♡」

 

 二人の初の口づけはほんのりと甘い酒の味だったというーー。




豊聡耳神子編終わりです!

初キッスというほんのり甘めのお話にしました!

お粗末様でした♪

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