仙界ーー
悠久の時が流れる仙界。そしてそんな仙界を象徴するかのようにそびえる神霊廟。
今日も神霊廟は穏やかに、そして賑やかな時が過ぎていた。
「太子様〜! 我はどうしたら良いのでしょうか〜!」
「えぇい、っさい! 静かにしろバ解仙!」
神子と屠自古が茶をしていると、そこにいつもながら突然やってきて、神子の前で泣きじゃくる布都。
「我は尸解仙じゃ!」
「そこだけキッチリ返すんじゃねぇ! 静かにしろってんだよ!」
布都は屠自古に何を言われても静かにしなかった。神子もこのままでは話すら出来ないのでお手上げ状態。
「黙れって言ってるだろうが!」
屠自古はそう叫ぶと布都の脳天に小さな雷を落とし、布都を大人しくさせた。しかし、それでも布都の手は力強く握られている。
「はぁ……あのよ、誰も話を聞かないとは言ってねぇだろ。先ずは落ち着けってことだ」
「そうですよ、布都。先ずは落ち着きなさい。そのような状態では話もまともに出来ないだろう?」
こんな布都は珍しい。そう感じた神子と屠自古は優しく布都の手を取って、諭すように声をかけた。
すると布都はむくりと起き上がり、二人に「申し訳ありませぬ……心を乱していました」と返して服のすすを払う。
「で、今回は何なんよ?」
「聞いてくれ! 我は今大ピンチなのじゃ!」
布都が屠自古に詰め寄ると、屠自古は「近ぇ!」と言って布都のでこをペシッと叩いて落ち着かせる。
「す、すまぬ……それでなーー」
「大方、恋人と何かあったんだろ?」
屠自古が呆れた感じに言うと、布都は大きく頷いた。
「布都の恋人……確か数週間前にお付き合いを始めた、人里で古本屋を営む青年ですね。一度挨拶に来ましたし、誠実そうな方という印象ですが……その方とーー」
「そうなのです! ただ誠実だけではなくてですね、優しく、気概もあり、我のことをいつもーー」
「だからその恋人と何があったんだって訊いてんだよ。寒いからって店に火でも放ったのか?」
「お主は我を何だと思っておる!?」
言葉を遮った屠自古に布都が詰め寄ると、屠自古はハッキリ「放火魔」と言い放つ。
「まあまあ、二人共……それで布都。その青年と何があったんだ?」
二人を仲裁しつつ神子が改めて訊ねると、
「それがですね、太子様! あやつ! 我という者がいながら春画本をたんまりと持っていたのです! それも店に堂々と並べて置いていたのです!」
布都は興奮気味に理由を話した。しかし対する神子も屠自古もポカンとした顔をする。
「巧妙に隠したと思っていたのでしょう。しかし謀で我を欺くなど笑止千万! 見つけた瞬間にあやつの頬を一叩きして、その春画を焼き払ってやったのです! 勿論外で焼き払いましたぞ!」
その後もガツガツと力説する布都。要するに恋人が春画を持っていたので、それが悔しくて悲しくて自分でもどうすればいいのか分からないということらしい。
布都が話し終えると、屠自古だけでなく神子までも盛大なため息を吐いてしまった。
「ど、どうしてため息を吐かれるのです!?」
解せぬと言わんばかりに布都が二人の反応に声を荒らげると、神子は屠自古に目配せする。それを確認した屠自古は静かに口を開いた。
「あのよぅ、布都。お前の恋人は何を
「何戯けたことを! 古本屋に決まっておろう! それもどんなに保管状態が悪くともしっかりと綺麗にしてーー」
「だからそれだよ」
布都の言葉を遮って屠自古が言うと、布都は「む?」と小首を傾げる。
「だからよ……その見つけた春画。店の品だろうって言ってんだよ」
屠自古がそこまで言っても解さぬ様子の布都。それを見た神子はふぅと小さく息を吐いて口を開く。
「古本屋……ただ古くなった本を売るだけでなく、買取も行っています。そして中にはそういった物を売る人はいる。ならばそれも品として並べて置くのが普通だろう?」
「…………」
「その本達は店の隅の棚などにまとめて置いてあったのでは?」
「…………確かに、隅にありました」
「つまりお前は勘違いして恋人に一発喰らわせた挙句、品物も焼き払って来たってことだ」
屠自古がハッキリ言うと、布都の顔はみるみる青ざめていく。
「皿の代金だけでなく、その燃やしてしまった本の代金も捻出しなくては……春画とは言え、著名な者の作品ならば幾らでも値は釣り上がるからお幾らになるやら」
「わ、我はなんてことを……」
「今回は財政的にもやってくれたな〜」
すると布都は恋人に謝るため、大急ぎで古本屋へ向かった。
「ったく……」
「私達も向かおうか。ささやかながら詫びを持って」
「分かりました。直ちに準備いたします」
こうして神子達も準備に取り掛かるのであった。
人里ーー
「邪魔するぞ!」
恋人の営む古本屋へやってきた布都はそう言って店内に入ると、青年は空いた棚に新たな古本を並べている最中だった。
「お〜、布都ちゃん。本日二度目だね♪」
あんなことをしたのに、青年は変わらず優しく布都を出迎える。そんな恋人を見て、布都は胸が張り裂けそうな気持ちになった。
「ちょっと待ってね〜。今この棚の陳列しちゃうかーー」
青年の言葉を待たず、布都は青年の背中にギュッと抱きついた。
そんな布都に青年が「布都ちゃん?」と声をかけると、
「…………すまぬ」
布都は小さく謝った。その声は掠れ、震えている。
青年は布都の方に体を向け、布都の瞳から溢れている涙を優しく指で拭い、口を開いた。
「確かに驚いたけど、こっちもちゃんと説明してなかったしお互い様だよ。だからそんなに思い詰めないで。勘違いだって分かってもらえただけで十分だから」
「しかし! 我の勘違いで、お主の顔を……売物を……!」
「大丈夫大丈夫。あれがずっと売れなかったし、そろそろ処分しようと思ってたから」
それからも布都は何度も何度も謝り、青年もその都度優しく言葉を返して、布都が落ち着くまで背中を優しく撫でてやるのだった。
ーー
「本当に申し訳ありませんでした」
「申し訳ありませんでした」
後からやってきた神子と屠自古は青年に深々と頭を下げる。
「お気になさらず。確かに驚きましたが、私が至らぬことが招いたことですので」
「お心遣い感謝する」
「これはお詫びの饅頭です。どうぞ」
屠自古はそう言うと青年へ大きな包を渡した。
「いやいや、頂けませんよ!」
「どうか受け取ってくれ。布都がしたことは私達の責任でもある」
すると青年は「では……」と包を受け取る。
「燃えた本の代金も今度支払わせてもらう。ただあいにく今すぐには用意出来ない。どうかお待ち頂けると……」
「いえ、このお饅頭で十分です。布都ちゃんにも説明したことですが、あの本達はずっと売れなかったので今度燃そうと思っていましたので」
「しかし、その間に売れた物もあっただろう?」
「確かにそうかもしれませんが、私は売れない物だと思ってましたから気にしていません。ですので、これで十分です」
青年がニッコリと笑って返すと、神子は屠自古と共に改めて深々と頭を下げた。
それから二人は青年……正確には青年の顔より少しだけ下に視線を下げる。
「すぅ……すぅ……」
その先には布都が青年の膝に乗って規則正しい寝息を刻んでいた。布都は泣き疲れて、あの後で青年の体に自分の体を預けて眠ってしまったのだ。
「布都のこと、よろしくお願い致します」
「よろしくお願い致します」
二人は青年にそう言うと青年は「はい」と笑って頷いた。それから二人は布都を残し、神霊廟へ戻っていった。
ーー
「…………ん、ん〜」
「お、起きたね、布都ちゃん♪」
「おぉ〜……そうか、我は眠ってしまったか」
「おはよ♪」
「おはよう♡」
すっかり元気を取り戻した布都は青年と笑顔で挨拶すると、青年の胸に頭を擦りつける。そして青年はそんな布都の頭を優しく撫でてやった。
「……お主の手が冷たくなっておるのぅ。すまぬ」
「体は布都ちゃんのお陰で温かったから大丈夫だよ」
「それでは我の気が済まぬ! ほれ、少し手を貸せ!」
布都に言われたまま青年は布都の前に手を出すと、
「こんなに冷たくなって……はぁ〜、はぁ〜」
布都が優しく青年の手に温かい息をかけた。
「ありがとう、布都ちゃん♪」
「お主は我の大切な恋人じゃからな♡」
「布都ちゃん……」
「こんな我じゃが、これからもよろしく頼むぞ♡ 我はお主を心から好いておるからな♡」
「こちらこそ♪」
こうして布都と青年はまた一つ、恋人としての絆を深めるのだったーー。
物部布都編終わりです!
勘違い、でも素直な布都ちゃんのドタバタストーリーにしました!
お粗末様でした☆