人里ーー
今日も今日とて穏やかに時が過ぎる幻想郷。
そんな昼下がり、物部布都と蘇我屠自古はこぢんまりした甘味処に訪れていた。
二人は人里に道教の勧誘に訪れていて、その帰りに甘味処に寄ったのだ。
「此度も成果は無しか……ぐぬぬ」
「唸ったってどうしようもないだろ。今は地道に勧誘するしかないんだからよ」
自分の真向かいに座って唸る布都に屠自古は声をかけるが、布都にその声は聞こえていない。
「大体何なんじゃ! 神霊廟に来たとしてもすぐに去りおって! 道教の『ど』の字すら学ばずに!」
「おい……」
「一日二日で道教を極められる訳がなかろう! なのに簡単に! 花を摘みに行くかの如く辞めて行きおる!」
「おいって……」
「そんな心積もりならば端っから来るなと言いたいわい! そんな輩に太子様がーー」
「静かにしろ!」
とうとうキレた屠自古は布都の頭に雷撃を喰らわせた。
「やれやれ……これでちっとは頭が冷えたろ」
「屠自古よ、我の頭は今すごく熱いぞ……」
「あん? もう一撃いっとくか?」
「いっとかぬ」
「ははは、相変わらずですねぇ、お二人さん」
すると二人の元へ甘味処の店主である若い人間の男が、二人の頼んだ甘味を持ってやってきた。
甘味が来たことで布都は「おぉ! 来おったか!」とすぐに復活。それを見て屠自古は苦笑いを浮かべる他なかった。
「お待ち遠様。布都さんがプリンアラモードで、屠自古さんが白玉クリーム餡蜜ですね♪ おまけでどちらもいつもよりクリーム多めにしときましたので♪」
「お〜、流石は店主殿じゃのぉ♪ これからも贔屓にするぞ!」
「ありがとうな、店主♡」
「いえいえ、大切な方と大切なお得意さんですからね♪ では、ごゆっくり♪」
店主はそう言うと一礼し、屠自古にニッコリと微笑みを向けて厨房へ戻った。
屠自古はその背中が厨房に消えるまで嬉しそうに眺め、そんな屠自古を布都は不思議そうに眺める。
「ん、どうした? 食わないのか?」
視線を戻した屠自古が自分のことを凝視する布都にそう問い掛けると、布都はプリンアラモードのイチゴを頬張り、それをごくんと呑み込むと何やら怪しい笑みを浮かべた。
「な、何だよ……その面は?」
「くっくっく……あっははは! 我は分かってしまったぞ、屠自古よ!」
「何が分かったんだ?」
「ここ最近、勧誘活動後は常にこの甘味処に来ておる! そして今の店主殿とお主の雰囲気で我は察したぞ!」
「…………」
「ここの店主殿を勧誘し、神霊廟でもこの甘味を馳走してもらうという魂胆じゃろう、そうであrーー」
「違う」
「なん……じゃと!?」
言葉の途中で否定された布都は思わず「
(んな顔でも食うのな……)
「布都にもちゃんと言ったはずだ」
「ごくん……何をじゃ?」
「だから……その……」
いざ改めて言うとなると恥ずかしくなり、屠自古は思わず尻込みしてしまう。しかし布都は気になって仕方なく、早く申せと言わんばかりにテーブルを軽く叩いた。
「…………私と店主は、だな……」
「お主と店主殿は!?」
「恋人同士なのですわ♪ 物部様♪」
「うわぁ!?」
突然、壁から顔を出して屠自古が言おうとしていたことを言ったのは霍青娥である。
「青娥……いきなり出てくるな」
「あら、ごめんなさい♪ 楽しいお話声が聞こえてきたものですから♪」
屠自古は両手で赤くなった顔を押さえながら青娥に注意するも、青娥は全く反省の色がなかった。
青娥が言ったように屠自古とここの店主は恋人同士である。
何かと苦労の絶えない屠自古が、元から行き付けにしていた店の店主につい愚痴をこぼしたのがきっかけだった。
店主は屠自古の愚痴を嫌な顔せずに静かに聞き、その都度、亡霊相手にも変わらず励ましの言葉や優しい言葉をかけてあげていた。
そんな店主に屠自古は段々と恋心を募らせ、そしてやっとの思いで告白して今に至る。
「全く……ちゃんと入り口から入りなさい」
すると店の入り口から苦言を呈しつつ豊聡耳神子がやってくる。その後ろには宮古芳香もいる。
「太子様まで……どうされたのですか?」
「太子様ぁ! こちらの席が空いておりますぞ〜!」
神子達は屠自古達が座るすぐ隣のテーブルに座ると、店主に甘味を注文してから屠自古の問いに答えた。
「おやつ時ですから私達もこうしてお茶をしに来たまでのことです」
「決して蘇我様と店主様の熱々娘々を冷やかしに来たわけではありませんわ♪」
「あんたはもう少し歯に衣着せてくれないか!?」
「あらやだ、ちゃんと衣は着てますわ♪」
「羽衣と歯の衣を掛けておるのですな! 座布団二枚ですぞ!」
「おめぇは黙ってろ!」
またも屠自古の雷撃を受けた布都はそのままテーブルに顔を突っ伏し、そんな布都を青娥はクスクスと笑って眺める。
「…………つまりお茶するついでに様子を見に来たということでいいですか、太子様?」
「えぇ、そういうことです。私の屠自古がお世話になっているのですから、たまにはこうして赴いて礼を言おうと」
「あら豊聡耳様、蘇我様はもう豊聡耳様のではありませんわ?」
「屠自古は店主のだぞー」
「芳香!」
「お〜、これは失敬。確かに今の屠自古は店主殿のだ。そしてこれからも!」
「何良い顔して言ってるのですかぁぁぁ!」
屠自古が真っ赤にした顔で声を荒らげると、もう一人の渦中の人物である店主が神子達の甘味を持ってきた。
「お待ち遠様です。豊聡耳様が白玉ぜんざい、青娥さんと芳香さんが抹茶クリーム白玉餡蜜ですね♪」
「ありがとうございます♪」
「いえいえ、それではごゆっくり♪」
店主は一礼して厨房へ戻ろうとすると、透かさず神子が声をかける。
「店主殿。今お時間よろしいか?」
「はい、大丈夫ですよ?」
(店主を呼び止めてどうする気ですか、太子様……)
神子の行動に不安を隠せない屠自古。
「屠自古との関係は良好ですか?」
「な、ちょ、たた太子様!?」
屠自古は思わずまた声を荒らげてしまった。何故なら神子が店主にストレートに訊くとは思ってすらいなかったから。
「はい、とても良いお付き合いをさせて頂いております♪ 屠自古さんのような方が恋人で幸せでございます♪」
「お前も素直に答えるにゃぁぁぁ!」
もういても立ってもいられなくなった屠自古はそう叫ぶと、店主の口を両手で押さえた。そして興奮した猫のように「ふ〜ふ〜!」と息巻いている。
「屠自古のその反応を見る限り、お二人の仲は良好のようだ♪ 安心しました♪」
「熱々娘々で常夏ですわね〜♪」
「ラブラブなのかー♪」
「屠自古と店主殿は恋仲じゃったのか! だからいつも屠自古は店主殿の話をしていたのじゃな!」
「うるせぇぇぇぇっ!」
本日三度目の雷撃が放たれると、布都は「何故……」と掠れた声をあげて床に転げ落ちた。
「ぷはぁ……屠自古さん、流石に今のは可哀想ですよ」
「だってこいつが!」
「いつものことなのですから、いいではないですか♪」
「そう、だけどよぅ♡」
店主から優しく頭を撫でられた屠自古はこれまでの威勢が無くなり、トロ〜ンと顔を蕩けさせる。
それを見た周りはニヤニヤと二人を眺めた。
「ふふ、こんな屠自古は本当に珍しいですね♪」
「恋する乙女となっては怨霊も可愛いものですわね♪」
「からかわないでください!」
「でも屠自古さんはいつも可愛いですよ〜♪」
「おい!」
「可愛いです♪」
「あ〜……もぉ!♡ それでいいよぉ!♡」
「照れてる屠自古さんもまた可愛いですね〜♪」
「やめろ〜!♡」
それからも屠自古は店主に可愛い可愛いと言われ、帰る頃には顔がフニャフニャのデレデレになるのだったーー。
蘇我屠自古編終わりです!
今回は甘さ控えめって感じですが、とじーのイジられて照れてる所をメインにしました!
お粗末様でした☆