仙界ーー
豊聡耳神子が創り出した自由に幻想郷と行き来が出来る異世界、仙界。
その仙界にそびえ立つ道教道場、神霊廟には主人であり創造主の豊聡耳とその門人の物部布都と蘇我屠自古。それと邪仙の霍青娥が暮らしている。
そんな縁側で青娥は一人お茶を楽しんでいた。
「…………青娥殿」
するとそこへ豊聡耳が神妙な面持ちで声をかける。
「どうしました、豊聡耳様?」
「どうしましたじゃありません。何なのです、あれは?」
そう言うと豊聡耳は自身の手に持つ
「よ、芳香! 離せ! まだ仕事が残ってるんだ!」
「いーやーだー! 離れて欲しくば接吻しろー!」
「どうしてそうなるんだぁぁぁ!」
神霊廟の庭では、背の高い男のキョンシーと青娥のキョンシーである宮古芳香が植木の下で言い争っている。
しかし男の方は木を背にし、芳香は前に伸ばした両手を木に付け、男の自由を奪っている……いわゆる逆壁ドン的な感じなので、言い争っていると言うよりは芳香に襲われている状態に近い。
その証拠に芳香は一方的に男の顔に顔を近づけ、背伸びをして、何とか男に口づけようと頑張っている。
「青春の一ページですわ♪」
「そうじゃなくて、止めさせなさい!」
豊聡耳の言葉に青娥は「えぇ〜」と不満の声をもらす。
しかし豊聡耳は態度は変えず、しっかりと「止めさせなさい」と目でも訴えかける。
すると青娥は「いいですか、豊聡耳様?」と前置きして、何やら語りだす。
「二人は愛し合っているのです。それは主人である私がどうこう言うのは間違ってますわ。ここは静かに見守るのも大切かとーー」
「真っ昼間から公の場で接吻をせがむ風景なんか見守れるわけないでしょうがぁぁぁ!」
青娥の言葉を遮り、とうとう爆発した豊聡耳。
それを見た青娥はクスクスと可笑しそうにしながら、芳香達の元へ向かった。
青娥の背中を見送りつつ、豊聡耳は盛大なため息を吐く。
芳香がご執心の男のキョンシーは数週間程前に青娥が神霊廟の雑用係兼芳香の恋人として術師に蘇生させた新たなキョンシーで、名前は「
芳香と違い、死してすぐにキョンシーとなったので肌色もそこまで悪くない上にどの関節もちゃんと曲がり、脳も芳香程腐っていない。
芳香もすぐに景昌を気に入り、二人は恋人として生活を始めたが、芳香がかなり……いや、積極的過ぎるため、しょっちゅう景昌は芳香に襲われているのだ。
景昌は男だが雑用係として蘇生されたキョンシーなので芳香程の戦闘力は無く、芳香には力では敵わない。
そのため景昌は昼夜問わずあんな感じなのだ。
(仲睦まじいのは結構ですが、もう少しモラルというものを青娥殿は芳香に教えてもらいたいものです)
「せ、青娥様ぁぁぁ! お止めくださいぃぃぃ!」
「っ!?」
景昌の叫び声で豊聡耳が視線を移すと、
「ほら男の子なんだから女の子に恥ずかしい思いさせちゃ駄目よ!」
「接吻すーるーぞー♡」
青娥が景昌の頭を芳香の方へと屈ませ、口づけ出来るように手伝っていた。
「んん〜っ!」
「〜♡♪」
「ほら、しっかり腰も抱いて、舌も絡めて情熱的に!」
芳香は景昌との口づけにご満悦だが、やかましさで情緒も何も欠けている。
「何をさせているんだぁぁぁ!」
透かさず豊聡耳が芳香と景昌の間に割って入り、笏で青娥の頭をズビシッと引っ叩いた。
「あん、痛いですわ。豊聡耳様〜」
「あんではありません。というか、先程は見守るとか何とか抜かしていたのに何で施しているのですか!」
「だってここまで来たらさせてあげたいでしょう?」
「それならせめて人前でさせないでください!」
豊聡耳が青娥を叱りつけている間、
「かーげーまーさー♡ 好きー♡ ちゅー♡」
「んぐむぅ〜!」
倒された景昌は上に乗った芳香にいいように唇を貪られていた。
豊聡耳がそれに気付いて芳香を引き剥がすと、景昌の顔はトマトのように真っ赤で瞳の光は曇り、唇はかなりふやけていた。
ーー
「しかしまあ、大変だったな〜」
「はい……」
景昌は屠自古と厨場に入って夕飯の準備をしていた。
青娥と芳香はあの後で、豊聡耳が罰として人里へ道教の勧誘に連れ出したので今は留守である。
「愛故に人は盲目的になると言うからのぅ」
そんな二人の後ろで布都は使う皿をせっせと拭いていた。
「こうしと言う偉い人物も恋する男女について書いておるくらいだからな」
「どう書いておられるんですか?」
「うむ、確か……『いらない何も捨ててしまおうーー」
布都の語る言葉に、屠自古は「ん?」と小首を傾げる。
「ーー君を探して彷徨うマイソウル』」
「それ絶対孔子じゃねぇだろ!?」
そこまで聞くと屠自古が透かさずツッコミを入れて言葉を遮る。
「いや、言っておる!」
「どこのこうしだ! 少なくとも私の知ってる孔子じゃねぇぞ!」
「稲葉家のこうしじゃ!」
「紛らわしい言い方してんじゃねぇぇぇ!」
屠自古はそう叫ぶと布都の脳天に小規模な雷を落として黙らせた。
「わ、我が何をしたと……」
「暫く黙ってろ馬鹿異仙」
そう言い捨てると、屠自古は景昌の肩をポンッと優しく叩いく。
「まぁ、なんつうかよ……芳香もどうやって気持ちを表現していいのか分かんねぇんだよ、多分」
「屠自古さん……」
「脳が腐ってても、あれだけ好き好き言ってんだ。男冥利に尽きるってことで、愛想尽かさないでやってくれよ。お前だって好意を寄せられて悪い気はしないだろ?」
すると景昌は少しだけ頬を赤く染めて小さく頷いた。
屠自古はそれを見ると小さく笑い、景昌の肩をポンポンッと軽く叩くのだった。
それからまた料理を再開すると、景昌がふと口を開く。
「自分も芳香に嗚呼して好意を寄せられるのは嫌ではないんです。芳香と引き合わせてくれた青娥様にも感謝しきれないくらいで……」
「そうか……ふふ」
「ただ、どこででも口づけを迫られるのは慣れませんね……隙きあらば押さえ込まれちゃいまして」
「ま、まぁあいつは何事にも真っ直ぐだからな」
「はい……口づけは構わないのですが、せめて二人きりの時にしてほしいです」
「見事に性別が逆転してるな……まぁ気持ちは分からんでもないが……」
「ならば二人きりであれば接吻しても良いと提案してはどうじゃ?」
雷撃から復活した布都がそう提案した。
「言っても聞かないからこうなってんじゃねぇの?」
屠自古が鋭くツッコミを入れると、布都は「むむむ……」と唸り声をあげる。
「ま、世の中にはこうも求めてくれるのはそうないんだから、甘んじとけ。贅沢な悩みってことでさ」
「そうですね……ありのままの芳香を受け入れてこそ、男ですよね」
景昌が胸を張って言うと、布都も屠自古も「その粋だ」と笑顔を見せるのだった。
そして、その夜のことーー
「かーげーまーさー♡ 好きー♡」
「うん……」
夕飯も終えた景昌が外に出て風呂を沸かしていると、また芳香に襲われた。
しかし、今は二人きりなので景昌も顔こそは赤くしているが、ちゃんと芳香を受け入れている。
「好きー♡ 好き好きー♡ 大好きだーぞー♡」
「……好きだよ、芳香」
「うん♡ 好き好きー♡」
芳香は景昌の背中に覆い被さるように抱きつき、景昌の肩に顎を乗せて景昌に頬擦りした。
「夜の景昌は逃げないからもっと好きー♡」
「夜は人目が無いからね」
はにかんだ景昌が頬を指で掻きながら言うと、芳香は「そっかー♡」と返しつつ景昌の頬にぶちゅ〜と口づける。
「吸い過ぎて跡は残さないでくれよ?」
「んー♡」
「そろそろ離してくれないと跡が……」
「んーー♡」
「芳香〜?」
「んーーー♡」
もう跡が残るのは確実だと思った景昌はもう何も言わず、芳香の気が済むまでそのままでいた。
次の日ーー
「で、そのままの芳香を受けれたらそうなったと……」
「はい……」
景昌の顔や首にはかなりの跡があった。
「やれやれ……」
「んー♡ んー♡」
「今は腕に侵食中なのね♪」
「芳香殿は衰えを知らぬの♪」
豊聡耳や屠自古は呆れたため息を吐き、青娥と布都は二人を微笑ましく見守った。
その後も芳香は景昌から離れなかったというーー。
宮古芳香編終わりです!
芳香もストレートな愛をぶつける感じに書きました!
お粗末様でした☆