東方恋華想《完結》   作:室賀小史郎

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恋人は華扇。


茨歌仙
華扇の恋華想


 

 妖怪の山ーー

 

 この山にある大蝦蟇の池の辺りに、ひっそりと佇む小さな小さな診療所。

 ここはただの診療所にあらず、主に獣を診る場所である。

 

 診療所には背が大きく、心優しい男の鬼が暮らしている。しかし、この鬼は鬼でありながら鬼の象徴である角がない。

 この鬼、名は「烈鬼(れっき)」といい、昔は山で悪逆非道の限りを尽くしていた。

 しかしそのせいで人間に退治され、その際に額の角を折られたのだ。そしてこの烈鬼を癒やしてくれたのは、山の動物達だった。

 それから烈鬼は心を入れ替え、悪さは一切せず、山の動物達を保護したり、角の痕を頭巾で隠し、名を変えて人里のペットの往診をしたりと、動物達へ恩返しをした。

 その甲斐あってか、山の大天狗からは例外的に山に住むことを許可され、今では用のある者達から診療所までくることが多くなった。

 

「これで大丈夫。でも今日は安静にさせることだ」

「ありがとうございました!」

 

 人里から飼い犬を連れてやってきた男はお礼を言って、懐から金の入った巾着を取り出した。

 それを見た烈鬼は「金は取らん」と言ってその巾着を引っ込ませる。

 

「しかし……」

「しかしではない。これは金のためにやってることではないのだ」

「何から何まで……本当にありがとうございました!」

「あぁ、その愛犬と末永くな」

 

 烈鬼はそう言うと指を口に当ててピューっと音を鳴らした。

 すると診療所に二メートルを超える大きく真っ黒な山犬が二匹入ってくる。

 

「帰りに何かあってはいけないからな。この者達を同行させる」

「ありがとうございます!」

「それと七日後に経過を見に往診する。空いている時間帯はあるか?」

「七日後ですと……夕方なら家にいます」

「分かった。では七日後の夕方に伺わせてもらう」

「はい、では失礼します〜♪」

 

 男はそう言うと飼い犬を抱え、山犬達と共に診療所を後にした。

 

 男を診療所の外にまで出て見送った烈鬼が診療所内へ戻ると、

 

「あら、お帰りなさい、()()()()♪」

 

 山の仙人である茨木華扇が烈鬼が普段から座る椅子に座っていた。因みに犬山とは烈鬼の通名である。

 

「姐さん、入るなとは言いませんが、せめて一声かけてから入ってくださいよ」

「私とあなたの仲じゃない♪ それより何かないの〜? こうして私が来てあげたのに〜?」

「いつも勝手に来て食べ物をねだらないでくださいよ……今用意しますから」

「んふふ、そういう優しいとこ、好きよ♡」

 

 華扇の言葉に烈鬼は「どうも」と返して、甲斐甲斐しくお茶と適当なツマミを用意する。

 

 この二人は恋人同士であり、華扇の方から診療所までちょくちょくやってくるのだ。

 きっかけは華扇のペットである大鷲の久米が怪我をした際に、烈鬼の診療所へやってきたことからで、烈鬼の動物への愛情を目の当りにした華扇は、烈鬼を気に入り、度々自身のペットの健康診断と称しては烈鬼に会いに来ていた。

 それから互いのことも話すような間柄になり、華扇からの告白で今に至る。

 山の妖怪達の間では『羨ましいけど嗚呼はなりたくないカップル』と言われいるとか。

 

「烈鬼〜、食べさせて〜♡」

「その手は飾りですか?」

「乙女の手を汚させるの?♡」

「乙女って歳でもーー」

「お・と・め♡」

「アッハイ」

 

 圧力に負けた烈鬼は仕方なく自分が作った小魚の煮物を華扇へ食べさせた。

 華扇は親鳥から餌をもらう雛鳥状態。

 普段真面目な華扇からは誰も今の光景は想像出来ないだろう。

 

「で、今日は何用なんですか?」

「あむあむ……んぅ?」

「だから……何か用があったから来たのではないのか?」

 

 烈鬼は少し声が震えてしまった。

 何故なら、口をモキュモキュさせながら上目遣いで小首を傾げる華扇に、烈鬼は不覚にもキュンとさせられたから。

 

「ごくん……恋人に会うのに何か理由いるの?♡」

「別に無いですが……付き合ってから毎日じゃないですか」

「だってあなたからは来てくれないじゃない」

 

 そう言った華扇は今度は片方の頬をぷっくり膨らませて不満の声をもらすと、またもその仕草に烈鬼はキュンとさせられた。

 

「……診療所がありますから」

「だから私の方から来てるんじゃない。文句あるの?」

「無いです……」

 

 烈鬼がそう言うと、華扇は「ならいいでしょ♡」とにこやかに返し、また烈鬼に向かって「あ〜♡」と口を開ける。

 

「仙人様は修行しなくていいんですか?」

「ほうはほぅひぃいほ♡」

「お行儀悪いですよ?」

「ごくん……今日はもういいの♡」

「さいですか」

 

 すると診療所に先程の山犬達が戻ってきた。

 

「お〜、お前達、帰ったか♪」

「お帰り〜♪」

 

 二匹に烈鬼達がそう言うと二匹は揃って軽く吠え、烈鬼の元に擦り寄る。褒めてほしいという合図だ。

 

「ははは、よくやったぞ〜♪」

 

 いつも物静かな烈鬼はこういう時だけはにこやかに、そして親バカのように二匹を褒めて、二匹の頭や顎を優しく撫でる。

 更に片方の山犬は尻尾を振ったまま床に寝転び、烈鬼へお腹を見せた。この甘えん坊な方はサクラと言って、烈鬼を心から慕っているのだ。

 

「お前はここぞとばかりに甘えるな〜、愛いやつめ♪」

「〜♪」

 

 烈鬼にお腹を撫でられ、嬉しそうにするサクラ。するともう片方が嫉妬して烈鬼とサクラの間に割って入り、烈鬼に体を擦り寄せてきた。こちらはウメと言い、サクラの姉である。大人しい性格をしているが、このウメも烈鬼のことが大好きなのだ。

 

「こらこら、お前もちゃんと撫でてやるから。そんなに押し付けてくるな♪」

 

 横腹辺りをポンポンと優しく叩いて離れるように言っても、ウメは寧ろ気持ち良さそうにしている。

 

「よし、んじゃまたよろしくな♪」

 

 そう言って烈鬼は立ち上がると、戸棚から大きな骨(人里の飲食店から頂いた豚や牛の骨)を取り出し、二匹にそれぞれ渡すと、二匹は骨を咥え、大喜びで診療所の傍にある自分達の寝床へ帰っていった。

 

「はは、あいつらめ♪」

 

 それを楽し気に見送る烈鬼。

 すると何やら背中にポフッと柔らかい感触が伝わった。

 

「どうしました、姐さん?」

 

 その正体は華扇で、華扇は烈鬼の背中に抱きついて顔や頭をグリグリと押し当てている。

 

「浮気者〜〜」

「浮気なんてしてませんよ。あいつらを構ってて、姐さんを放っておいたのは謝りますけど……」

「あの子達、雌でしょ?」

「雌ですね……というか姐さんがあいつらを引き取ってほしいって連れてきたんですが?」

「そうだけど……」

「もしかして、姐さん……嫉妬してます?」

 

 すると華扇はギュ〜ッと烈鬼の腰の肉を摘んだ。

 見透かされたので華扇は顔を真っ赤にして、無言で抗議している。

 

「図星突かれたからって無言で摘まないでくださいよ……かなり痛いんですよ、これ」

「浮気者のくせに〜」

「だからペットですよ……」

「浮気者浮気者〜」

「なら姐さんだって浮気者ではありませんか? 姐さんのとこには雄のペットが多くいますよね?」

 

 痛いところを突かれた華扇は「うぐっ」と怯み、手を緩める。

 しかし背中からは離れようとしなかった。

 

「どうして私ばっかり……ズルい……」

「ズルいと言われましても……」

「ズルいもん……ズルっ子だもん」

「ズルでも何でもいいんで、そろそろ離れてくれません?」

「やだ♡」

「こっちからもちゃんと抱きしめたいんですけど?」

「…………♡」

「姐さん?」

 

 すると華扇は黙ったまま烈鬼の前に回り、両手を広げて「抱っこして?♡」とおねだりした。これにキュンと来ない訳はなく、烈鬼は透かさす華扇を抱きしめる。

 

「烈鬼〜♡ 大好き〜♡」

「大好きですよ、姐さん」

「ちゃんと名前呼んで〜♡」

「大好きです、華扇さん」

「えへ〜♡ もっと〜♡ もっと名前呼んで〜♡」

 

 甘えた声でねだる華扇に烈鬼は何度もその名を呼び、その都度華扇は顔を蕩けさせた。

 そして烈鬼は華扇の方が何倍もズルいと感じながらも、それは口に出さず、甘えん坊な恋人を優しく抱擁し続けるのだったーー。




茨木華扇編終わりです!

ダブルスポイラーのあとは茨歌仙なので、華扇様を書きました!
こんなに嫉妬しちゃう華扇様って可愛いですよね?
という妄想をそのまま書きました!

お粗末様でした♪

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