魔法の森ーー
穏やかに雲が流れ、優しい太陽が降り注ぐ幻想郷。
そんな日和でも薄暗い森の奥地に一人の少女がいた。
「…………」
今指名手配されている鬼人正邪。
指名手配と言っても起こした異変で程度が知れてしまったため、そこまで危険人物扱いされておらず、その動向は紫や映姫にしっかりと監視されているので基本的に自由に過ごしている。
「あ、正邪ちゃ〜ん♪」
「お待たせ〜♪」
するとそこに二人の少女が現れた。フランドール・スカーレットと古明地こいしである。
二人は正邪の友達で日頃からこうして良く集まるのだ。
正邪は口では「友達じゃない」と言いながら、日中に集まる時は敢えて日があまり差していない森の奥地を集合場所にするので、内心では友達を気遣っていることが分かる。
「遅ぇよ! 私は朝からずっと待ってたんだぞ!」
怒る正邪にフランは「ごめんね〜」と謝るが、正邪は「やだ!」と言ってそっぽを向いた。
そもそも集合時間はお昼だったが、正邪の性格からして素直にはなれないのだ。
「あはは、正ちゃんは相変わらずだね〜♪」
「ね〜♪」
そんな正邪の性格を良く知る二人はクスクスと笑い合った。そんな二人の反応に正邪はちょっと嬉しい気持ちになったが、
「う、うるせぇうるせぇ! それよりこいしちゃん! ぬえちゃんはどうしたんだ!」
それを誤魔化すために正邪は話題を振った。
封獣ぬえもこの集まりのメンバーだからだ。
「あ〜、ぬえちゃん今日は来れないよ♪」
こいしがそう答えると、フランが「あ〜、それってもしかして〜?♪」と意味深なことを言い、ニヤニヤと笑った。対するこいしも「そうそう♪」と笑って返す。
「? 何で来れねぇのか二人は知ってるのか?」
「うん、あのね〜♪ ぬえちゃんはね〜♪」
「異獣のお兄ちゃんとデートなんだよ〜♪」
二人の答えに正邪は「は?」と間抜けな声をあげてしまった。
「デートってなんだ?」
「仲良しな男女が一緒にお出かけすることだよ〜♪」
「ぬえちゃん今日を楽しみにしてたもんね〜♪」
「…………あ〜、確かにこの前、んな話をしてたな〜」
やっと思い出した正邪はそう言うと腕を組んだ。
ぬえは数ヶ月前に恋人が出来た。
それはぬえと同じく命蓮寺の門下に入っている異獣という妖怪で名前はセツ。
名の通り女みたいに腰まである長く綺麗な漆黒の髪を持ち、顔も中性的で少し童顔。
仏門に下る前はお腹が空くと人間の前に姿を現して食べ物を物欲しそうな目で見つめ、食べ物をくれた人間にはお礼として何か一つお手伝いするという変わった妖怪だったが、その行いが聖の目に止まり、聖の説得で門下に入った。
そこで当時新参者同士だったぬえとは何かと過ごすことが多く、ぬえがどんなに悪戯しても笑って許すセツに段々と心を惹かれ、今に至るのである。
「よし、ちょいと邪魔してやるか♪」
正邪は楽しそうにそう呟くが、フランやこいしは当然反対した。
「ダメだよ! ぬえちゃんが可哀想でしょ!」
「そうだよ! それに聖が『人の恋を邪魔すると馬に蹴られる』って言ってたもん!」
「はんっ、恋ってのは障害あってこそ燃えるんだよ! ぬえちゃんを思ってこそ邪魔するんだ!(嘘)」
「正邪……」
正邪の言葉にフランは感銘を受けた。
「正ちゃん、そこまでぬえちゃんを応援したいんだね! なら私達も手伝うよ!」
こいしがそう言うと正邪はニヤリと笑い、二人を引き連れてぬえがデートしている場所へと向かった。
妖怪の山ーー
正邪達はぬえがデートに来ている妖怪の山にやってきた。(正邪は指名手配犯なのでこいしが無意識を操って天狗にバレないようにしている)
するとすぐに玄武の沢の所にターゲット達を発見する。
「落ちないようにね、ぬえ」
「あはは♡ ちゃんとセツに捕まってるから平気だよ〜♡」
ぬえはセツの左腕にギュ〜ッと抱きつき、猫なで声でセツとのデートを満喫していた。
ーー
「うぇっ……何だよ、あの空間」
「ぬえちゃん嬉しそ〜♪」
「ラブラブだね〜♪」
ぬえ達の激甘風景を見た正邪達はそれぞれ見た感想を述べ、正邪は早くあの空気をぶち壊そうと決めた。
「よし、作戦を開始するぞ!」
「可哀想だけど、これも二人のためだもんね!」
「頑張って応援しなきゃ!」
「そうだ! じゃあまずはこいしちゃんからだ!」
そう言った正邪はこいしに指示を出した。
こいしの能力でセツの意識を無にするのだ。
ーー
「でね〜♡ そしたら小傘がね……って聞いてるの、セツ?」
「………………」
こいしの能力が発動していることも知らず、ぬえはセツが無反応なのに小首を傾げた。
「セツ〜? ねぇ、セツ? セツったら〜!」
「………………」
どんなに呼びかけても無反応なセツ。
ーー
「くくくっ……早速困ってるな〜♪」
そんな二人を木の陰から楽しそうに見つめる正邪。
「ぬえちゃん大丈夫かな?」
「流石に無反応だと可哀想……」
「何言ってんだよ、これを乗り越えてこそだろうが!」
心配そうにこいしとフランが見つめる中、正邪はそう言い聞かせていると、ぬえ達に動きあった。
ーー
「あはは♡ セツはそうやって意地悪して私が困るとこ見たいんだ♡」
「………………」
「ふふ〜ん♡ なら私も対抗策があるよ〜♡」
するとぬえは「えい♡」と言って、セツに抱きつき、そのままセツの唇を奪った。
ーー
「うわ〜……ぬえちゃん大胆〜!」
「あ、異獣のお兄ちゃんも気がついたみたい!」
「って、そのままちゅっちゅすんのかよぉぉぉ!」
最初の作戦は失敗に終わり、ぬえ達は長いキスを終えるとまた歩き出したので、正邪達はそのまま後をつける。
ーー
「はい、あ〜ん♡」
「あ〜♪」
滝が見える岩場でぬえ達はお昼御飯を食べさせ合っていた。
料理は二人でしたようで、二人して「美味しいね♪」と笑みを浮かべて、和気藹々としている。
ーー
「咲夜がお弁当作ってくれたから良かった♪」
「たまごサンド美味し〜♪」
「おにぎりの梅が甘い……」
正邪達もフランが持ってきた咲夜のお弁当を食べながら、ぬえ達の様子を見ていた。
フラン達は平然としているが、正邪はぬえ達の甘さにすっかり取り込まれている。
「おい、フランちゃん! 次の作戦だ!」
「あ、うん、分かった♪」
フランは指についたツナマヨサンドのマヨネーズをペロッと舐め取ってから、
「きゅっとして〜……ドカ〜ン!」
とぬえがセツに食べさせようとするおにぎりを破壊した。
食べさせようとしたおにぎりが目の前で破壊されたぬえ達は、驚きのあまり二人して『うわっ!?』と声をあげる。しかもご飯粒や中の具がセツの顔にベッタリとついてしまった。
それを見た正邪は「大成功〜♪」とご満悦だったが、
ーー
「ご、ごめんね、セツ! 今取ってあげるから!」
ぬえはそう言うと、セツの顔についたご飯粒などを自分の舌を使って舐め取り始めた。
「ありがと……妖精か何かの悪戯かな?」
「ペロ……どうだろ? でも、ペロペロ……ごめんね……ペロッペロ……」
「ぬえ、さっきから唇しか舐めてないんだけど?」
「えへへ♡」
「食べ終わったらしてあげるから、まずは拭く物頂戴」
「は〜い♡」
ーー
「やっぱりラブラブ〜♪」
「あ、またペロペロした♪」
「何なんだよあいつらぁぁぁ!」
この作戦も失敗に終わり、正邪だけがまた砂糖を吐くのだった。
それからぬえ達は昼食を済ますとお昼休みなのか、その場で肩寄せ合って座り、滝を眺めている。
「くそぉ〜……なら最後の手段だ!」
正邪はそう言うと自分の能力でセツの口から思っていることとは反対の言葉が出るようにした。
ーー
「セツ〜♡ 大好き〜♡」
「俺もぬえが大嫌いだよ」
その言葉に、抱き合っていた二人は顔を見合わせた。
「私のこと、嫌いなの?」
「嫌い! とっても嫌いだよ!」
ーー
「ひひひ、最初からこうすれば良かったんだ♪」
二人の反応を見て笑い転げる正邪。
するとフランとこいしが「あっ」と小さな声をあげた。
正邪がそれに気づいてぬえ達を確認すると、
ーー
「セツ……知ってるよ?♡ 嫌よ嫌よも好きの内だよね?♡」
ぬえはセツにそう言うと、セツの胸に顔を埋めた。
「最初はビックリしたけど、考えてみればセツが心からそう言うことないもんね〜♡」
「ぬえ……」
「んふふ♡ 大好きだよ、セツ♡ ちゅっ♡」
二人はまた長く、しかも今度は濃厚に、濃密に互いの唇、舌を重ね合わせるのだった。
ーー
「うわぁ……大人のちゅうだ〜!」
「えっちなちゅうしてる〜!」
「あいつらもうやだぁぁぁぁぁぁ!」
正邪はそう叫ぶとその場から逃げるように去ってしまい、フランとこいしは急いで正邪を追うのだった。
その後、ぬえとセツは変わりなくラブラブなデートをし、更にラブラブになった一方で、正邪は暫く辛い物しか食べなくなったそうなーー。
封獣ぬえ編終わりです!
正邪が何をしてもデレぬえちゃんには効かないバカップルにしました!
お粗末様でした♪