命蓮寺ーー
雲一つなく、広く晴れ渡る幻想郷。
そんな昼下がり、命蓮寺では法話を終え、みんなで茶の席を設けていた。
「今回の法話も実に有難かったですね」
「流石は姐さんですね」
茶をすすりながら寅丸と一輪が法話の内容について話していると、その隣に座る響子やこころは「うんうん」と頷く。
「二人は頷いているが、途中寝てなかったか?」
そこに今日は寅丸の招集に応じて命蓮寺にやってきていたナズーリンがツッコミを入れると、二人は目を逸らしながら「そんなことないよ〜」と返した。
響子は声が震えているし、こころに至っては頭の面がすっとぼけている面なので図星であることが見て取れる。
「ふふふ、まぁ響子さんやこころさんには少し難しいお話だったかもしれませんね」
そんな二人を見て、居眠りをされた聖自身は楽しそうに笑っていた。
「そ、そういえば、ムラサさんはどちらへ?」
すると響子が話題を変えるために、この場にいない水蜜のことを話題にした。
法話の時、水蜜の姿は確かにあったが、今は気配すらないのだ。
「どうせまた血の池地獄にでも行ってるんだろう」
「ムラサったら、またなのね……」
ナズーリンがそう言うと、一輪はやれやれといった感じに肩をすくませた。
「行き先は血の池地獄でも、理由はお前さん達が考えていることとは違うぞ」
するとそこへ居候のマミゾウが煙管をふかしつつ、ニヤニヤしながら現れた。
そんなマミゾウの言葉にナズーリンや一輪は小首を傾げる。
そしてナズーリンが「どう言うことだ?」と訊くと、マミゾウは「もっと平和な理由じゃ♪」とだけ言って、お茶請けの胡麻煎餅をヒョイっと口に運ぶのだった。
「と言うか、お二人はご存知なかったのですね」
「まぁ、お二人はこの手のお話はあまりなさないからでしょう」
更に首を傾げているナズーリン達に、聖と寅丸がそう言って茶をすすると、響子が口を開いた。
「あのですね〜、ムラサさんは大好きな方に会いに行かれたんですよ♪」
「もう半年前からずっとそうしている……」
更にこころも言及すると、ナズーリンと一輪は目を丸くさせた。
水蜜にそんな相手がいるだなんて露程も思っていなかったからだ。
「一応何度かご挨拶にお越してくださいましたよ?」
「その時、一輪は写経をしていましたし、ナズーリンは無縁塚にいましたから、お会いはしなかったのでしょう」
聖の言葉に寅丸がそう言うと、聖は「なるほど」と一人納得していた。
「…………しかしあの船長がなぁ」
「まぁ、ムラサも女の子だしね」
ナズーリンと一輪は驚きつつも、ちゃんと水蜜のことを受け入れるのだった。
それから相手はどんな方なのか、どれくらい進んでいるのか、などと言った俗な話になったが、聖は家族の話として変に誇張はせずに見たままを伝えると、そういう話に免疫のない……というか慣れていないナズーリンと一輪は思わず顔を真っ赤にさせ、茶を何杯もお変わりしたのは言うまでもない。
血の池地獄ーー
地底よりも更に奥深く、閻魔によって裁かれた罪人達が入る地獄の一部である、血の池地獄。
そこには現世で「性」に関する罪……性欲に溺れ、異性をかどわかして苦しめた等の罪を犯した者達が落ちる場所だ。
そんな池の淵に水蜜は立っていた。
すると池から人なら軽くひと呑みにしてしまう程の大きな大蛇が現れた。
これは「ぬるり坊」といって、血の池地獄の主であり、溺れた罪人を飲み込んでは体内に飼っている無数のヒルで更に罪人を懲らしめる妖怪である。
ぬるり坊は水蜜にゆっくりと近寄ると、水蜜の頬を体とは対象的に細く二つに割れた舌でペロリとなぞった。
「あはは♪ くすぐったいよ〜♪」
ぬるり坊が水蜜を歓迎するかのようにじゃれついていると、
「今日も来たのか、水蜜」
と言って長槍を持った長身の獄卒(鬼)が現れた。
この鬼は閻魔から血の池地獄の管理を任せている最高責任者で、名は「
水蜜が地底にいる時からの知り合いで、他の獄卒と違って馬が合うため極めて仲が良かった。
そして地底異変後、地上に戻った水蜜だったが、度々ここへ戻ってきては逢瀬を重ね、今ではその甲斐あって晴れてお付き合いをしている。
獄卒の恋人が出来たからか、付き合ってから水蜜は水難事故を起こすことが無くなり、修行にも更に真面目に取り組むようになったので、聖や寅丸としては良い傾向だと思い、二人の仲を認めている。
問題は閻魔の方で、獄卒が妖怪と付き合うことに反対。しかし反対はしているものの、権力を使って別れさせてはいないため、変なことをしなければいいようである。
「クレちゃん♡ やっほ〜♡」
「おう」
紅を見つけると水蜜は紅の胸に飛び込み、紅はそんな水蜜を優しく抱きとめた。
「えへ〜、クレちゃ〜ん♡」
水蜜は幸せそうに紅の胸に顔を擦り付けているが、
「おいおい、どさくさに紛れてぬるり坊のよだれを俺の服で拭くなよ」
と苦笑いを浮かべて指摘すると水蜜は「あ、バレた?」と言って胸から離れ、悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
「まぁ、これにも慣れたけどな……」
そう言った紅だが、すぐに水蜜の顔にまだ残っていたよだれを懐から取り出した手拭いで優しく拭いてやった。
「ん〜……えへへ、ありがと♡」
水蜜が満面の笑みでお礼を言うと、紅は「おう」と短く返して、ぬるり坊にまた池へ戻るように指示してから水蜜の手を取って池の事務所へと向かった。
ーー
事務所に通されると、血の池地獄に勤務している獄卒達が声を揃えて水蜜に挨拶した。
水蜜が紅の恋人ということはみんな知っているので、みんなとも顔見知りなのだ。
「クレさん、また女房連れてきたんスか〜?」
「血の池も煮えちまうほどお熱いッスね〜♪」
「閻魔様に見つかったら怒られますよ〜?♪」
休憩していた獄卒達は紅にそうヤジを飛ばした。
水蜜は満更でもないようにニコニコしていたが、紅の方は「うるせぇ、うるせぇ」と照れ隠しに怒鳴って水蜜の手をしっかりと握り、足早に自分の部屋へ入っていってしまった。
それを獄卒達は「ご馳走で〜す♪」と二人をはやしつつ、持ち場へ向かうのだった。
「ったく、あいつ等……いつもいつも好き勝手言いやがって」
「なら別の所にすればいいのに〜♡」
「ここ以外、二人きりになれる場所がねぇの知ってるだろ……」
「私は何処でもいいよ〜♡ みんなに何言われても気にしないし♡」
水蜜がそう言うと、紅は「俺が気にするんだ!」と顔を真っ赤にして返すのだった。
そんな紅が可愛いやら愛しいやらで水蜜は思わず笑いが込み上げ、小さく笑ってしまう。
すると紅はドカッとソファーに座り、そして、
「ん……」
と小さく言って、自分の隣をポンポンと叩いた。
これは水蜜に「隣に座れ」という紅なりの合図である。
「あはは、クレちゃんは相変わらずやることが可愛いね〜♡」
「うるせぇ……」
水蜜にからかわれたと感じた紅はそう言って、顔を水蜜から逸した。
「もぉ〜、拗ねちゃや〜だ〜♡」
「拗ねてねぇ」
口ではそう言うが、未だに顔を逸しているので拗ねていることは明白である。
水蜜は「ほら〜、こっち向いて♡」と言って紅の頬を人差し指でツンツンすると、紅は小さな唸り声のようなものをあげながら水蜜の方を向いた。
その顔はとても真っ赤で、耳まで赤くなっている。
「クレちゃん♡」
「なんだ?」
「好き♡」
「おう」
「大好きだよ♡」
「わ、分かった」
「クレちゃんは?♡」
「…………」
「私のこと好きぃ?♡」
「知ってるだろ」
「え〜、言ってくれなきゃ分かんな〜い♡」
「……こいつ……」
「それで〜?♡ 私のことどう思ってるの〜?♡」
「…………水蜜を好いている」
また訊かれた紅は観念したかのように掠れた声で、愛の言葉を絞り出した。
「私もクレちゃんのこと大好き〜♡」
紅の口から愛の言葉を出させた水蜜は、そう言って紅の首に手を回してギュ〜ッと抱きついた。
恥ずかしがっている紅だが、水蜜をちゃんと抱きしめ、二人は時間が許す限り二人して抱き合い、愛を囁くのだったーー。
村紗水蜜編終わりです!
船長らしくグイグイいく水蜜にしました!
因みに「血の池地獄」は、経血や出産時に血を流し、地神を穢れさせた罪で堕ちる地獄という記述もありますが、あくまでこのお話では本編に書いた地獄という解釈でお願い致します。
お粗末様でした〜!