東方恋華想《完結》   作:室賀小史郎

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恋人は小傘。


小傘の恋華想

 

 命蓮寺、墓地ーー

 

 夜になり、人々が家に帰って静まり返る幻想郷。

 寺の墓地も一層静まる中、二人の男女が墓地を訪れた。

 

「ね、ねぇ、やっぱり帰ろうよ……妖怪とか出たらどうするの?」

 

 女の方は引け腰で男の手を引いていた。

 しかし、男の方は「大丈夫大丈夫♪」と言って、全く女の話を聞いていなかった。

 そして墓地の奥に足を踏み入れた、その時、

 

「恨めしや〜!」

 

 と頭上から大きな化け傘が出てきた。

 女は驚きのあまり腰が抜け、男は女を抱きかかえて急いでその場を後にするのだった。

 

「はぁ〜♪ ご馳走様〜♪」

 

 男女の逃げ帰る背中に化け傘からひょっこりと顔を出してそう言うのは、多々良小傘。

 小傘は人を驚かし、その心で自分を満たす妖怪である。

 普段は人里で鍛冶をしている小傘がどうして命蓮寺の墓地にいるのかと言うと、小傘は人里の……主に若者から『恋人と肝試しするから驚かす役をやってほしい』と頼まれることが増え、こうして驚かす役を買って出ているのだ。

 全然驚いてくれなかった前とは違い、今は本当にこういうことが苦手な人々を相手にするので、小傘でも余裕で驚かすことが可能なのだ。しかも自分は満たされるという最高のおまけ付きなので、小傘としては願ったり叶ったりな仕事だった。

 

「小傘さん」

 

 するとそこに寺の住職である聖が現れた。

 

「あ、聖。もう時間?」

 

 小傘がそう訊ねると聖は「はい」と言って頷いた。

 亥三つ刻(午後十一時)になると墓地への門を閉めるのだ。

 それは仏様が静かにちゃんと眠れるようにという聖の思いであり、小傘も墓地を使わせてもらう際の決まり事でもあるため、素直に従っている。

 

「今日は四組の方々がいらっしゃいましたね」

「うん♪ 私も満たされたよ♪」

「それは何よりですね♪」

 

 聖はそう言うと自慢気に胸を張る小傘を優しく見つめた。

 すると聖は「あ、そうそう」と言って懐から包を二つ取り出した。

 

「? あぁ、また修理かい?」

「えぇ、お願い出来るかしら?」

「任せてよ♪ また元通りにしてあげる♪」

 

 そう言った小傘はその包を受け取った。

 包の中には(りん)(仏壇やなんかにある鐘の名)が包まれていて、小傘はたまにこうして仏門関係の修理品も預かるのだ。

 

「もう一つの包は水蜜が漬けたお新香です。よろしければ()()()()と食べてください♪」

「わ、わちきと彼が夫婦と申すのかえ!?」

 

 聖の言葉に小傘は思わず驚いて仰け反ってしまったが、その顔は満更でもない感じだ。

 

「わ、わちきと彼はただ一緒に住んでるだけで、結婚なんて〜♡」

「あらあら……それは申し訳ありません。いつも仲睦まじいとお参りに来られた方々から伺っていたものですから」

「な、仲はいいけど〜……そこまではまだだよぉ♡」

 

 そりゃいつかはしたいけど……と小傘がゴニョゴニョと言うと、聖はそれを微笑ましく見つめ、心の中で頑張ってください、とだけ伝えた。

 それから小傘は天に登るようにフヨフヨと飛び去り、夜の空へ消えていった。

 

 

 人里ーー

 

 小傘は自分の今の住まいである、人里の小さな鍛冶屋に着くと「鈴ちゃん、ただいま〜♡」と元気に言って、中へ入った。

 

「お〜、お帰り小傘。今日の成果はどうだった?」

 

 中に入ると囲炉裏の側に一人の青年が座っていて、おちょこでチビチビと晩酌していた。

 

 この青年は小傘と同じ付喪神の一人で、仏壇にある鐘、鈴の付喪神なのだ。

 壊れて捨てられた鈴が何百年も放置されて生まれたのがこの青年で、名前は鈴道(りんどう)

 小傘とは違って普段は鐘や金具の修理を日頃から行っている職人的な付喪神なのだ。

 

 小傘との出会いは数年前の雨の日だった。

 鈴の付喪神から鈴道は雨がすごく苦手で、突然の雨で身動きが取れなかった。そんな時に小傘が通り掛かり、鈴道に傘を差してやると、鈴道は小傘に心から感謝した。

 そしてその道中、小傘は鈴道に『私の傘、変な色してるから嫌じゃない?』と訊ねると、鈴道は首を大きく横に振った。それを見た小傘が『どうして?』とまた訊ねると、鈴道は優しく微笑んでこう返した。

 

『紫ってとても高貴な色で誇り高い色だよ。それに僕が鈴だった頃、君の傘によく似た色の鈴布団(鈴の下に敷く布団)の上に乗っていたからね。だから変な色なんかじゃない』

 

 その言葉に小傘は胸が高鳴った。

 こんなにも自分の傘の色を褒めてもらえたこともなく、こんなにも自分を必要としてくれることもなかった小傘からすれば、それはこの上ない幸せだった。

 それから小傘は鈴道の元に住み着くようになり、鈴道から愛の告白もされ、今では人里の人々も二人を夫婦として見間違う程の熱愛っぷりを見せているのだ。

 

「えへへ〜、今日もバッチリ驚かしたよ〜♪」

 

 鈴道の問いに小傘は自慢気に返しながら、下駄を脱いで座敷に上がり、鈴道の膝の上に頭を乗せて「褒めて褒めて〜♡」と催促した。

 

「お〜、それは良かったね〜♪」

 

 そう言って鈴道は小傘の頭を撫でると、小傘は「もっともっと〜♡」と更に催促した。

 そんな小傘が可愛くて、鈴道はワシャワシャと小傘の頭を撫でた。

 

「きゃ〜♡ 激しいよ〜♡」

 

 口ではそう言っているが、その声色はとても弾んでいてとても喜びに溢れていた。

 すると小傘の懐から包が二つポロッと落ちてしまった。

 

「あ、忘れてた……」

「何かは知らないが、潰れちゃったりしてないか?」

「だ、大丈夫! 私、軽いし!」

「軽いからとかの問題なのか?」

 

 小傘の言葉に鈴道は苦笑いを浮かべて一つの包を開くと、そこにはヒビの入った鈴があった。

 

「わ、私のせいでヒビがぁぁぁぁ!」

「いやいや、さっき軽いって自分で言ってなかったか?」

 

 鈴道がそうツッコミを入れると、小傘は「あ、そうだった」とコロッと表情を変えた。

 

「それにこれは命蓮寺の鈴だろう? 一度修理した物は忘れないからね、僕は」

「さっすが鈴ちゃん♡ 出来る男だねぇ♡」

「急に持ち上げないでくれよ。それより、この鈴の修理は明日の内に終わるから、終わったら返して来てくれるかい?」

「あ、なら一緒に行こ♡ その後は鈴ちゃんとデート出来るし♡」

 

 小傘の突然の申し出に鈴道は持っていた鈴をポロッと落としてしまった。

 対する小傘は「ね〜、いいでしょ〜?♡」「ねぇねぇねぇ〜?♡」と鈴道の背中に抱きついておねだり攻撃。

 

「とりあえず、これは鍛冶場に持ってくから」

「あん♡ もぉ、鈴ちゃんったら〜♡」

「…………」

 

 顔を真っ赤にして鍛冶場へ向かう鈴道の背中を小傘はクスクスと笑いながら見送ると、もう一つの包。聖が持たせてくれたお新香を小皿に盛って、鈴道のためにまたお酒を追加して待った。

 

 戻ってきた鈴道はまだ顔を赤くしていたが、小傘が「お帰り〜♡」と言うと、照れながらも「うん」と返して、また小傘の隣に腰を下ろした。

 

「鈴ちゃん、つ〜かまえた〜♡ えへへ♡」

 

 鈴道が隣に座ると、小傘はそう言って鈴道の右腕にギュウっとしがみついた。

 

「小傘はいつもそうやって僕を困らせるんだな……」

「え〜、嫌?♡」

「嫌というか……照れくさいというか……」

「二人きりなのに何が照れくさいの〜?♡ それにもう何年もこうしてるのに♡」

 

 そう言って小傘が鈴道の右頬を人差し指でツンツンと突くと、鈴道は何も言えないのを誤魔化すようにおちょこに入った残りの酒を飲んだ。

 

「はい、もう一献♡」

「あ、ありがとう」

「聖から貰ったお新香もあるよ〜♡」

「あ、それ貰い物だったのか……なら明日()()()()お礼を言わなきゃね」

 

 その言葉に小傘は嬉しさのあまり鈴道の右腕に更にギュウっと身を寄せた。

 

「ど、どうしたの、小傘?」

「やっぱり鈴ちゃんって優しいなぁって思って♡」

「仕事ばっかりじゃ駄目だって思っただけだ」

「んふふ♡ そういう鈴ちゃんが私はだ〜いすき♡ ん〜、ちゅっ♡」

「小傘!?」

「えへへ〜♡ 鈴ちゃんは優しいからぁ、夜のお誘いも乗ってくれるよねぇ?♡ ちゅっ、んちゅっ♡」

「…………灯り消すぞ」

「そのままでもいいよ?♡」

「僕が恥ずかしいんだ!」

「あはは〜♡」

 

 こうして朝まで二人は互いを求め合ったーー。




多々良小傘編終わりです!

猪突猛進の小傘ちゃんの愛で夜も眠れない。的な感じにしました!

お粗末様でした〜♪

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