地底ーー
どうして人は他人に自分のことを知ってもらいたいのだろう。
「……し様」
どうして人は他人のことを知りたいと思うのだろう。
「……いし様」
それなのに
どうして人は自分の心の中を他人に見られるのを嫌がるのだろう。
どうして…………
「こいし様!」
するとすぐ近くで大声で自分の名前を呼ばれた。
私の名前は古明地こいし。地底にある地霊殿の主である古明地さとりの妹。
意識がハッキリしてきた私はゆっくりと瞼を開ける。
すると目の前には私のことを心配そうに見つめる大きなツキノワグマがいた。
「起こしてしまって申し訳ありません。うなされていたようなので心配になりまして……」
礼儀正しく謝って、私を気遣ってくれるこの熊の名前は「
月は私が地上を放浪してた時に私のことをハッキリと認識した妖怪だった。
どうして私を認識出来たのか訊ねたら、月は「嗅ぎ慣れない匂いがした」とか言ってた。
動物のことに詳しいお姉ちゃんにそのことを話したら、熊は嗅覚が鋭い。そして月の場合は妖怪ということもあるから余計に鋭いらしいって言ってた。
「ん、大丈夫……心配してくれて、ありがと♪」
私は月にそう言って月の大きくて逞しく、ゴワゴワした腕に抱きついた。このちょっとしたチクチクがなんか心地良いの。
すると月は「何ともないならいいんです」と言って、私の頭を優しく撫でてくれた。プニプニした肉球の感触が気持ち良かった。
出会った時から私は月を気に入って地霊殿に連れてきた。
地霊殿にはお姉ちゃんのペットが沢山いるけど、月は私だけのペットで、私をちゃんと認識出来るからお姉ちゃんも月を飼うことを快く許可してくれた。
許可してくれなくても私が勝手に飼っちゃう予定だったけど。
「月の腕、ゴワゴワ〜♪」
「そりゃあ、今は熊の姿ですからね〜」
「人の姿の月の髪もゴワゴワだよ〜♪」
「癖っ毛なんです……」
「サラサラヘアー目指す〜?♪」
「遠慮します……」
「え〜、サラサラヘアーの月も見たい〜♪」
「気恥ずかしいので勘弁してください」
月とこうした他愛もない会話をするのが私は一番好き。
だって今は私の恋人だもん。
お互いがお互いを求め合ったというか、もう月がいない日常なんて考えられない。
外出する時は常に月も一緒に来てくれるし、それが今の私の当たり前。
お姉ちゃんも月のことを信頼してるし、私もこう見えて結構強いけど、月だってとっても強いから一人より二人の方が心強いし楽しい。
「今日はどこに行こうかな〜♪」
「紅魔館はどうです? 最近行っておられないようにお見受けしますが?」
「そういえば最近フランちゃんと遊んでないな〜……メイドさんのお菓子も食べたいし……図書館で何か面白そうな本も探したいし……」
「それともなければ魔法の森や太陽の畑なども最近は行っておられませんね」
「あ〜……サニーちゃん達とも遊びたい……でも幽香さんやメディちゃんともお茶したいな〜……」
考えれば考えるほど行きたい場所ばかり。
前は地上を彷徨っててもこれといって目的はなかったけど、月と色々お出掛けしてる間にお友達も増えたし、行きたい場所が増えた。
私としては月と一緒ならどこでも楽しいんだけどね。
「月はどこか行きたいところある〜?」
「自分は特には……」
「もぉ〜、こういう時にハッキリしない男は駄目って地上の新聞に書いてあったよ?」
「すみません……自分はこいし様と一緒ならどこでも楽しいものですから、つい……」
月の言葉に私の胸は思わず高鳴った。だって月も私と同じことを思ってたんだもん。
「月のバカ……♡」
「すみません♪」
私は顔がニヤけてるのを悟られないように月の腕に顔を埋めたけど、多分バレてる。
だって月の声は笑ってるもん。
「月のバ〜カ♡」
「あはは、馬鹿ですみません♪」
「……ホントだよぉ、バカ♡」
私がどんなに馬鹿って言っても月は笑って私の頭を撫でてくれる。
頭を撫でられたり、こうして月の腕に顔を埋めたり、月と触れ合うと胸の奥が温かくなって、月に対する好きって気持ちが溢れてくる。
私はチラッと月の顔を見上げて月のことを呼ぶと、月は「はい?」と優しく私の目を見てくれた。
「あの、ね……♡」
「はい」
「私ね……♡」
「はい」
「月のこと、大好き♡」
「自分もこいし様のことが大好きです♪」
私は好きって言うのにとても勇気出したのに、月はすんなり返してきて狡いと思う反面、堂々と言ってくれるのがすごく嬉しくて、自分でも顔がふにゃふにゃになってるのが分かった。
それでも月は馬鹿にするように笑うんじゃなくて、いつもと変わらない優しい笑みを浮かべてくれてる。
こういう些細なことでも私は嬉しくて……月のことが愛おしくて堪らない。
でも私が飼主なのに……と悔しい思いもあるから、私はまた月の腕に顔を埋めた。
「〜〜……♡」
「一先ず外出の準備を致しましょう。着替えとご朝食を持って参ります」
「分かった……♡」
私が頷くと月は「では少々お待ちください」と言って私の頭を一撫でしてから部屋を出ていった。
暫くすると月は人の姿で私の朝御飯と着替えを持って戻ってきた。
私が着替えてる間、月は今度は外出の準備に取り掛かった。
私が「手ぶらでいい」と言っても、月は「何かあってからでは遅いので」と言っていつも食べ物やら飲水、更にはキズ薬や絆創膏といった物まで肩に掛ける鞄に入れる。
お姉ちゃんも月も過保護っぽいところがよく似てる。
私のことを思っての行動だから嬉しいんだけどね。
着替え終わった私は月と一緒に朝御飯を食べて、ちゃんとお姉ちゃん達に一言言ってから外出した。
地上ーー
間欠泉を登り、地上に上がると、太陽が煌めいてた。
「いい天気だね〜♡ 絶好のデート日和って感じ♡」
「あはは、そうですね♪」
肩車してくれてる月に私が笑顔で言うと、月も笑って言葉を返してくれた。
「それで……」
「ん?」
「本日はどちらへ行かれますか?」
改めて行き先を訊かれた私は「う〜ん」と考えた。
そして、
「今日は月とデートの日にする〜♡」
と宣言した。
すると月はそんなことは考えてもいなかったみたいに「え」とした顔をしてる。
「いつも一緒にお出掛けはしてるけど、二人っきりでデートって暫くしてないでしょう? だから♡」
私がそう言うと月は「分かりました♪」と嬉しそうに頷いてくれた。
「そうと決まれば人里へ出発進行〜♡」
「了解です、こいし様♪」
こうして私と月の久し振りのデートが幕を開けた。
人里ーー
「あ〜……むっ……ん〜♪ このお団子美味しい〜♪」
新しく出来た茶屋のお団子は控えめな甘さでとても美味しかった。
それに月に食べさせてもらってるから余計にそう感じるのかも。
月は私の反応を見て「それは何よりです♪」と自分のことのように喜んでくれてて、それもまた嬉しかった。
だから、
「はい月も、あ〜ん♡」
と今度は私が月にお団子を食べさせてあげた。
月は私に一礼してから私が差し出したお団子を食べる。
「美味しい?♡」
「はい♪ こいし様に食べさせてもらえたので、一層そう感じます♪」
「っ……え、えへへ、そっかそっか♡」
また私が思ってたことと同じことを月が言うから、また胸が高鳴った。
するとどこからか話し声が聞こえてきた。
「仲の良い父娘だな」
「んだな。俺の娘なんかもう近寄ってすらきてくれねぇよ」
「いやいや、男の方は若いし兄妹じゃねぇか?」
その話し声は私達に向けられてるとすぐ分かった。
確かに私と月の外見じゃそう思われても仕方ない。
頭ではそう理解してるけどなんかモヤモヤする。
そう感じた私は月には悪いけど、月を急かして場所を移した。今度は無意識を操って。
適当に人里の中を月の手を引いて歩く私に、月は何も言わずについてきてくれた。
その優しさが嬉しくて……でもどこか寂しくて……私は足を止めた。
「こいし様?」
そんな私に心配そうに声をかけてくれる月。
でも私は何も言わなかった。
ううん、言えなかった。
だって自分がどうしたいのか、何を言えばいいのか分からなかったから。
私がただ黙ってると、月は後ろから私のことを包み込むように優しく抱きしめてくれた。
そして、
「自分は他の人にどう見らていても一向に構いません。こいし様と共にいられるのであれば」
と言ってくれた。
でもその言葉を私の心が否定した。
「…………やだ」
「え?」
「月と恋人同士に見られないのはやだ! いつも一緒にいるのに! こんなにこんなに好きなのに!」
「こいし様……」
自分でも何言ってるんだろうと思った。
でもそれを言うととても心の中がスッキリした。
すると月が私の肩を掴んで自分の方へ私の体を向かせた。
「こいし様……能力をお解きください」
「え……うん、分かった」
能力を解いて、月はどうする気なんだろうと考えた瞬間、月は私に口づけした。
人里のど真ん中なのに……ただでさえ、いきなり存在を現した私達を行き交う人達が注目してるのに。
「んはぁ……げ、月?♡」
「これで皆から恋人同士だと分かってもらえたでしょう」
「あ……うぅ〜……やることが極端過ぎるよぅ♡」
「そうですね……自分も流石にこれは恥ずかしいです」
「バカ♡」
「とりあえず、退散しましょうか」
「うん♡」
そしてお互い顔が真っ赤っかの私と月は手を繋いで人里の道を走り出した。
「ねぇ、月?♡」
「はい?」
「大好き♡」
「自分もこいし様が大好きです」
この日、私は初めて心の中を曝け出し、心の中を読まれることの気恥ずかしさを覚ったーー。
古明地こいし編終わりです!
なんかちょっとセンチっぽくなりましたが、こいしちゃんらしさは出せたかなと思ってます!
ではお粗末様でした☆