東方恋華想《完結》   作:室賀小史郎

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恋人はさとり。


さとりの恋華想

 

 地底ーー

 

 私の名前は古明地さとり。

 地霊殿の主であり、他人の心を読む(さとり)妖怪。

 つい数年前まで地霊殿から出ることすらしようとしなかった私だけれど……今の私は旧都の視察に赴いている。

 

 地底での異変以降、相互不可侵の関係だった地上と関係も持つ者が増えたのがきっかけで、今では地上の者達をターゲットにした温泉郷という新たなビジネスを展開している。

 人間を餌にする妖怪や怨霊が住まう地底と言われているものの、それは地上の者達が無闇に地底へ近づかないようにするためのプロパガンダ……つまりお互いのためを考えた言い伝えだが、本当の所は地底の者達で人間を餌にする者達は罪人しか食べていない上に、そもそも人肉でなくても生きていける者達が殆どだ。

 だから温泉郷を作って多くの人々に地底へ訪れてほしい……これはそんな私の夢の実現に向けた視察である。

 

「さとり様、お疲れではありませんか? もしお疲れなのでしたらいつでも俺の背中にお乗りくださいね!」

 

 そんな私のすぐ左隣で私を守るように歩く大きく黒い犬……ではなく狼。

 名前はクロ……可愛いでしょう?

 この子は狼の姿をしてるけど人の姿にもなれる子で、私のペットであり……恋人でもあるの。

 

「ふふ、そんなに心配しなくても大丈夫よ。それに疲れたら飛ぶから」

「えぇ!? せっかくなんですから乗ってくださいよ! 俺がお伴にきた意味がないじゃないですか〜!」

 

 クロは私に残念そうに言う。その証拠にクロの立派な尻尾がシュンと垂れているから。

 この子は異変前に私が拾った狼で、最初はとても小さくて犬にしか見えなかった。

 でも今ではこんなにも頼もしい存在となり、私に絶対的な忠誠を誓って、こうした視察の際にはいつもお伴してくれる。内心では私の側を離れたくないっていうのが強いけれど、こういうところもとても愛おしい。

 

「ふふふ……拗ねないの。私はクロが側にいてくれるだけで凄く安心してるの♡」

 

 私がそう言うと、クロは「本当ですか……?」と弱々しく訊いてきた。いつもは元気で頼もしいのに、こういう弱々しい感じを見ると思わず胸が高鳴ってしまう。

 だって可愛いんだもん。

 

「えぇ、本当よ……だから自信を持ちなさい♡」

「はい!」

 

 クロは元気に返事をすると耳を倒して頭を私の方に向けた。これはクロの撫でてください、の合図。私はそんなクロに思わず笑顔を浮かべて頭を撫でると、クロは嬉しそうに尻尾を振った。

 

「おい、てめぇが古明地さとりだな!?」

 

 クロと触れ合っていると急に背後から邪魔された。

 振り向くとそこにはガタイのいい鬼の男が三人立っていて、私を親の敵のように睨んでいる。その手には金棒やら何やら物騒な物を持って。

 その鬼達の心からは私への憎悪がサードアイで見なくとも感じ取れた。

 

「えぇ、私が古明地さとりですが……何か?」

「てめぇが閻魔なんかに告げ口したせいで、こちとら大迷惑だったんだ!」

「店も取り潰されたんだぞ!」

 

「それはあなた方が鬼の力をちらつかせて地上からきた人々に恐喝していたからです。全て身から出た錆でしょう。寧ろその程度で済んだことを喜ぶべきでは?」

「うるせぇ! てめぇが言わなきゃバレなかったんだよ!」

「俺らみたいな小物の気持ちなんざ、だだっ広い館でぬくぬく育ったお嬢様には分からねぇんだよ!」

 

「確かに分かりません……ですが小物なら何をしてもいいということにはなりません」

 

 するともう我慢の限界だったのか、ひとりの鬼が私にめがけて棍棒を振りかざしてきた。

 しかしそれは私の元に届くことはなく、辺りに砂煙が舞い上がった。

 

「さとり様に手ぇ出す不届き者は、この俺が許さねぇ!」

 

 どうやら人の姿へ化けたクロが鬼を吹き飛ばして舞い上がった砂煙だった。

 その証拠に砂煙が晴れると、長身の男が姿を現し、腰まである藍色掛かった綺麗な黒髪が揺らめいていた。

 

「犬っころの分際で、鬼である俺達に楯突く気か!?」

「楯なんざ必要ねぇ。その前に俺が貴様らの喉笛を引き裂いてやる! そして俺は狼だ!」

「クロ、殺してはダメよ?」

 

 私の言葉にクロは不満そうにしながらも「御意」と頷いた。

 すると残りの鬼達が得物を構えてクロへ突進してきた。

 

 クロは金棒を持つ鬼の攻撃を避けると、その鬼の腕を取り、空振った遠心力を使って鬼を放り投げ、地面に叩きつけると同時に肘でその鬼の溝を潰した。

 

 仲間が一瞬で伸されるのを目の当たりにした残りの鬼は「ひぃ!?」とたじろぎ、弱腰になった。

 そして目標を変え、私の方へと突進してきた。

 戦術としては正しいけれど、本当なら逃げるべきだった。

 

 クロは透かさず私と鬼の間に入ると、大振りしてくる刀に合わせて側転。それと同時に脚で鬼の頭を絡め取り、側転でついた遠心力で鬼の脳天を地面に叩きつけ、それと同時に絡めた脚で鬼の喉を潰した。

 

 ほんの数分……いや、数秒で鬼達は伸びてしまった。

 

「クロ……やり過ぎ……」

「で、でもこれでも十分手加減したんですよ!?」

 

 すると最初にクロに吹き飛ばされた鬼が起き上がった。

 

「ほ、ほら! ちゃんと生きてます!」

「ふふ、そうね……じゃあ、あの鬼をこちらへ連れてきてちょうだい」

 

 私が命令すると、クロは透かさず起き上がった鬼の腕をガッチリと決めて私の前に連れてきた。

 

「見せしめに殺ろうってか?」

「黙ってさとり様のお言葉を待て」

 

 私はゆっくりとその鬼の前に立ち、口を開いく。

 

「今度ね……また新しく旧都に温泉宿を作ろうと思ってるんです」

「だから何だってんだ?」

「まだ気付かないかしら? その宿を建てるのに人手がいるんですよ」

「…………は?」

「どうせ何もすることがないなら私が雇ってあげましょう。勿論ちゃんと働いてくれれば宿が完成したら、その後はその宿の従業員として雇用することを約束します」

「ま、マジかよ……」

「旧都の雇用問題も私の仕事の内……それでどうかしら?」

「それはあいつらも入ってるんだよな?」

 

 鬼が伸びているふたりの鬼を見て言う。

 私はニッコリと笑って「勿論」と返すと、その鬼は「なら頼む」と頭を下げてきた。

 

「じゃあ詳しい話は後日ということで……そうね、三日後のお昼に地霊殿へ来てください。お食事しながら話を詰めていきましょう」

 

 そう言うと鬼は「はい!」と返事をして伸びた仲間を介抱に向かった。

 

「…………」

 

 そんな鬼をクロはまだ許せていないのか、険しい表情で見つめている。

 

「クロ、お座り」

「え、あ、はい」

 

 私の言葉に素直に反応したクロがその場で跪くと、私はクロの左頬にそっと口づけた後で、更にクロの左手の指先にも口づけた。この口づけには意味があり、頬には親愛や満足感。指先には賞賛という意味合いがある。

 

「さ、さとり様!?」

「守ってくれてありがとう……嬉しかったわ♡ ますますクロのことが好きになっちゃった♡ どうしてくれるの?♡」

「そ、そう言われましても……」

「ふふふ、じゃあクロからもして♡」

「は、はい……失礼します」

 

 するとクロは跪いたまま私の左手を取り、手の甲に口づけ、手を離してから今度は私の左足のすねに口づけた。手の甲には敬愛。そしてすねには服従という意味がある。

 でも私がしてほしいのはその場所ではない。

 

「…………やり直し」

「えぇっ、何か間違ってましたか!?」

「クロは私のペットだけれど、恋人でもあるのよ? この場合、口づけるべき場所はどこ?」

 

 私の問いにクロは「えっと……」と言ってあたふたしてしまった。こういう鈍感なところも可愛くて仕方ないけれど……。

 

「ここよ、ここ」

 

 早くしてほしくなってしまった私が痺れを切らし、クロに向かって唇を差し出した。

 

「し、失礼します」

 

 やっと気が付いたクロはそう言うと私の唇に口づけてくれた。

 そして心の中にある私への愛の言葉が沢山私の元へ流れ込んできて、私の心からもクロへの愛がこれでもかと溢れ出した。

 

 唇を離すとクロは蕩けた顔をしていて、それも凄く愛おしかった。

 

「ねぇ、クロ?♡」

「は、はい?」

「疲れちゃったから視察地まで運んでもらってもいいかしら?♡」

「は、はい! 喜んで!」

 

 するとクロは狼の姿に戻ろうとしたので、私は「待って」と言ってクロの手を握った。

 

「?」

「私、今は抱っこがいいわ♡」

「抱っこ……ですか?」

「えぇ、してくれる?♡」

「よ、喜んで!」

 

 そう言うとクロは私の体を軽々と持ち上げてくれた。

 

「で、ではちゃんと掴まっててくださいね……」

「えぇ、お願い♡」

 

 私はそう返すとクロの首に手を回し、すぐ目の前にあるクロの頬にまた口づけた。

 

「さ、さとり様!?」

「視察地につくまでクロのほっぺを独り占め♡」

「…………元から俺はさとり様のです」

「そうね……これからもクロは死ぬまで私のペット(恋人)♡」

「はい!」

 

 こうしてクロは私を抱きかかえて足取り軽く目的地へ向かった。

 クロに抱っこされながら私は、私達を周りで遠巻きに見ている者達の反応を見たけれど、それはとても楽しかったーー。




古明地さとり編終わりです!

主導権を握りつつもデレデレのさとりにしました!

お粗末様でした☆

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