地底ーー
地底には地上から移り住んだ鬼達が築いた都、旧都が広がっている。
そこには危険な妖怪やら怨霊やらが住んでいて、地上の者達からは恐れられている場所。
しかし、そんな地底に住む者達は地底の暮らしにとても満足していて、地上とは少し違いはあるものの、地上と変わらず平穏な時が流れている。
「〜♪ 〜〜♪」
そんな地底を勇儀は上機嫌に鼻歌交じりで足取り軽く下駄を鳴らしていた。その両手にはお気に入りの焼酎の一升瓶を持って。
「あら、勇儀さん。お酒を持ってどちらへ行かれるのですか?」
すると勇儀に声をかける者がいた。
勇儀がその声の主を確認すると、そこには地霊殿の主であるさとりと、その妹であるこいし、更にはペットであるお空やお燐といった古明地一家の面々が立っていた。
「お〜、そっちも珍しいな。家族連れで」
「こいしがやっと帰ってきたので、今日はみんなで外食をと……」
さとりはそう言うとこいしに「ね?」と笑みを向けた。
対するこいしはさとりの右手を握ったまま「うん♪」と嬉しそうに頷いた。
勇儀はそんな姉妹のやり取りに心を和ませていると、お空が「それで勇儀姐さんの方は?」と訊いてきた。
「私はこれからちょっと、な♪」
「うにゅ? ちょっとなんてお店あったっけ?」
「相変わらずお馬鹿だねぇ、お空は……」
お空の的外れな考えに透かさずお燐が苦笑いを浮かべてツッコミを入れた。
「えぇ、どういうこと〜?」
「あんまり深く訊くもんじゃないって言ってんの!」
「うにゅにゅ〜……」
「相変わらずだな〜、お前のペットらは」
勇儀がケラケラと笑って返すと、飼い主であるさとりは「ごめんなさい」と少し恥ずかしそうに謝った。
勇儀はそれを見て透かさず「謝ることはないさ」と言って笑みを見せた。
すると勇儀は何か思いついたような顔をしてさとりの目を見た。さとりは透かさず第三の眼で勇儀の意図を確かめた。
「…………なるほど、分かりました。ではお邪魔させて頂きますね」
「おうよ、大勢で行った方があいつも喜ぶからよ♪」
「とか言って、私達にあの人との仲を見せつけたいのでしょう?」
「そ、そこまで読むなよ……」
「ごめんなさい、読めちゃったものですから♪」
勇儀とさとりのやり取りにこいし達が置いてきぼりにされていると、さとりは「勇儀さんが美味しいお店に案内してくれるそうよ」と言った。
それを聞いたこいし達は「おぉ〜!」と目を輝かせた。
「んじゃ、私のあとに付いておいで♪」
『は〜い♪』
こうして勇儀はさとり達と共に目的の場所へと向かうのだった。
ーー。
勇儀に連れられてきたのは、旧都でもかなり外れの場所。
そんな寂れた所に小さな小さな居酒屋がぽつんと佇んでいた。
「わぁ、こんな所に居酒屋さんなんてあったんだ!」
「あたいも初めてです!」
「どんなお店なのか楽しみ〜♪」
お空とお燐は初めてのお店に少々興奮気味で、こいしもドキドキワクワクといった感じに目をキラキラさせている。
そんなこいし達を見て、さとりは優しく微笑み、それから勇儀は「それじゃ入るぞ♪」と言って店の暖簾を潜ると、こいし、お空、お燐、さとりと順番に続いていった。
中に入るとすぐにカウンター席と小さな座敷があり、カウンターの中には男の鬼がひとり立っていた。しかもその鬼は勇儀よりも背が高く、ガタイもしっかりしていて、尚且つ強面だった。
そんな鬼の迫力に思わず言葉を失っていたこいし、お空、お燐だったが、
「よう、今日は団体客も一緒だぞ♡」
「いらっしゃい。待ってたぞ、勇儀」
その鬼は勇儀と笑顔で話をし始めた。
勇儀に至ってはさとり達と話していた声色とは全く違う明るい声色で、その鬼と仲良く話をしていて更にはカウンター席越しにその鬼の頬にキスまでしていた。
この鬼は勇儀の恋人で、鬼達の間では『
その名の通り山鬼は体格が(他の鬼と比べて)山のようにデカく、山のようにどんな状況にも動じない静かな鬼だが、その力は勇儀をも凌ぐとのこと。
勇儀とは山にいた頃からの顔馴染みであり、勇儀の兄貴分的な感じで前から勇儀が無茶をする度に注意したり、介抱したりと何かとお節介を焼いていた。
そして今ではこの有様である。
「山鬼〜♡ 私、山鬼の作った肉じゃが食べた〜い♡」
「ちゃんと作ってある。でもまずはお客人の方が先だ」
山鬼はさとり達を座敷に招くと、カウンターから出てきてさとり達におしぼりとお冷を出した。
「さとりさん、お久しぶりです。その節はお世話になりました」
「私はただ許可しただけです。あまり気にしないでください」
「お姉ちゃん、この鬼さんと知り合いだったの?」
「えぇ、地底でお店を出すには本当なら私の許可が必要なの。山鬼さんのお店はちゃんと何度も地霊殿まで足を運んで正式に許可した私公認のお店なのよ」
さとりがこいしに説明すると、一緒に聞いていたお空とお燐も「おぉ〜!」と声をあげた。
「今この店があるのは全部さとりさんのお陰です。今日はその時のお礼として存分に楽しんでください」
「ふふ、ありがとう。この子達はこう見えて食いしん坊だから助かるわ」
「よ〜し! んじゃ先ずは乾杯だ〜!」
こうして勇儀はさとり達の盃に持ってきた焼酎を注ぎ、細やかな宴が始まった。
「うわぁ! この魚の煮付け美味しい!」
「あたいは勇儀姐さんイチオシのこの肉じゃがかな〜♪」
「この出汁巻き玉子好き〜♪」
こいし達は山鬼が作った料理にすっかり胃を掴まれた様子で次々と箸を伸ばしていく。
そんなこいし達の様子を勇儀は自分のことのように喜びながら盃を仰いでいる。
「どれも本当に美味しい。それに気配りも」
さとりはひとつひとつの料理に舌鼓を鳴らし、お酒をちびちびと飲みながら楽しんでいる。
「お空がいるのに流石に鳥料理は出せねぇよな♪」
「私達は平気だけどね〜♪」
「ですね、こいし様♪」
勇儀の言葉にこいしとお燐がそう反応すると、お空は「えぇ〜!?」とショックを受け、さとりの方に行ってすがりついた。
「よしよし……こいしもお燐も冗談だから泣かないの」
「うにゅ〜♪」
さとりの膝の上で頭を撫でられたお空がご満悦の声をもらすと、こいしやお燐も頭を撫でられたくてさとりのそばに行った。
さとりは三人からもみくちゃにされながらも、優しく三人の頭を順番に撫で、心温まる光景へ早変わりした。
「相変わらず、お前らは仲良しだね〜」
「家族ですから♪」
勇儀の言葉にさとりが珍しく満面の笑みで返すと、勇儀は思わず「羨ましい」と感じてしまった。
鬼として仲間は沢山いたが、家族とういう存在がなかった勇儀からすればそれは至極当然のこと。
独りに慣れていると言ってもこうして家族の団欒を目の当たりにすると、やはり感慨深い物がある。
さとりはその勇儀の心内をふと知ってしまったが、それには敢えて触れず、勇儀へ酒を勧めるのだった。
それから暫く続いた宴だったが、こいしとお空は酔い潰れて眠ってしまったためお開きとなった。
こいしはさとりがおんぶし、お空はお燐の荷車に乗せ、さとりとお燐は山鬼と勇儀に礼を言って店を後にした。
店に残った勇儀はカウンター席に移り、山鬼の食器を洗う光景を肴に酒を楽しんでいた。
「いやぁ、急に静かになったねぇ」
「いつも通りじゃないか」
「そうだねぇ……」
勇儀はそう言って盃を空にするが、その声はどこか寂しそうだった。
そんな勇儀を不思議そうに見つめる山鬼の視線に気が付いた勇儀は誤魔化すように笑い、また盃に酒を注ごうとした。
「…………ちょっと待って」
山鬼はそう言うと奥の棚から赤漆の盃とお銚子を持ってきた。
「小洒落たもん持ってるんだな〜」
「勇儀のために買ったんだ」
「え」
山鬼の言葉に勇儀は思わず胸がドキッと高鳴った。
しかし山鬼はそんな勇儀に構うことなく、大、中、小といった順に盃を重ねた。
そして小さな盃へ酒が入ったお銚子を一回、二回と傾け、三回目で注ぐと、山鬼は一回、二回と盃に口を付け、三回目で盃の酒を飲み干した。
山鬼が次も同じように注ぐと、今度はその盃を勇儀に勧めた。
「な……こ、これって……♡」
勇儀は突然のことで思わず声が裏返ってしまった。
何故なら山鬼がしているのは三三九度で 「三献の儀」。つまり新郎新婦が盃を交わすことに契りを結ぶという意味で、婚礼の儀式の中にあるひとつなのだ。
「嫌なら受けなくていい」
「い、いいのか、本当に私なんかで……?♡」
「何を今更……勇儀だからこうしてるんだ」
「〜♡」
山鬼の真っ直ぐな言葉に勇儀は嬉しそうにしながらもモジモジとしてしまい、まるで生娘のようにしおらしくなってしまった。
「俺の嫁として、これからは俺の隣で酒を飲んで、俺の料理を食ってほしい」
「うん……私、山鬼の嫁さんになる♡」
こうして勇儀は山鬼と三三九度を行い、細やかな契りを結んだ。
そしてふたりの鬼はひとつの家族となり、末永く寄り添い、盃を酌み交わすのだったーー。
星熊勇儀編終わりです!
何かと豪快な勇儀姐さんですが、こういうロマンチックなお話もいいかなと思ってこう書きました!
今回は甘さ控えめでしたがご了承を。
お粗末様でした☆