地底ーー
地上から移り住んできた者達が暮らす地底。
その地底の都・旧都へ繋がる大きな橋に、守護神的存在として番人をするひとりの鬼神が今日も立っていた。
番人と言っても、今の旧都は前ほど閉鎖的ではなく、温泉目当ての観光客が多い。
そのため、番人のパルスィは番人というよりは案内人的な存在と化している。その証拠として、今は橋に設置した椅子に座って『温泉郷はこの先真っ直ぐ』と書かれたプラカードを持っているのだ。
パルスィ自身も己の糧となる他人の嫉妬心が蓄えられるので、今の生活には概ね満足している。
しかし、一方で少し困ったこともある。
それは、
「お姉さ〜ん、良かったらお茶しませんか〜?」
ナンパがたまにやってくるのである。
パルスィは鬼神であるが、それと同時に女神でもあり、容姿端麗で誰もが見惚れる存在である。
そんなパルスィが橋にひとりでいれば、声をかける輩もいるのだ。
(温泉郷なんて出来て、こんな面倒な奴も来て……こういう奴等はみんな軽そうで妬ましいわ)
パルスィはそう考えながらナンパには返事もせずにシカトしていた。
「そんなムスッとしてないでさ〜♪ 俺、こう見えても結構金持ってるし、欲しいのあれば買ってあげるよ?♪」
ナンパはそれでも構わずパルスィにしつこく声をかける。
(金があるなら遊郭にでも行けばいいのよ……そのハッピーな頭が妬ましいわ)
そんなナンパにパルスィはただ無言で眺めていた。
すると、
「てめぇ、人が下手に出てりゃいい気しやがって……」
ナンパの声色が変わった。
「お高く止まってんじゃねぇよ! 少し美人なだけでよ!」
そう叫ぶとナンパはパルスィの手を力強く掴んだ。
それでもパルスィは何も言わずにいた。それもその目は凄く冷たかった。そして表情は何処か哀れんでいるようにも見えた。
「どうせ誰にも相手にされねぇんだろ!? なら俺が一晩だけ夢見せてやるってんだよ!」
本性というか、本音がだだ漏れのナンパはパルスィの手を引いて、強引に連れ去ろうとした。
するとその時、
「下賤な人間が来るたぁ、地底も甘く見られたもんだなぁ」
と声をかける者が現れた。
ナンパは「あ"ぁ"?」と高圧的な態度で振り向くが、その勢いはすぐさま何処かへ消え失せてしまった。
「威勢のいい人間だなぁ……殺るなら相手になるぜ?」
ナンパのすぐ真横に立ちはだかっていたのは、鬼だったのだ。
その鬼は口に大きく黒い煙管を咥え、ナンパを見下ろしていた。
腰まで伸びる真っ白で鋭い髪とは別に頭の左右には蛇がとぐろを巻いているような太く真っ赤な角が生えており、ナンパのことを白眼も見えない大きな黒眼で捉えている。
そして着ている真っ黒な着物の胸元からは明らかに普通の厚さではない胸板がチラリと覗かせていて、着物の捲くられた袖から見えている腕も分厚い筋肉で覆われているのがハッキリと見て取れる。
鬼は不敵な笑みを浮かべていたが、ナンパはその笑顔やオーラに思わず腰を抜かし、声を震わせながらヘコヘコと這いつくばりながら逃げていった。
「けっ、つれないねぇ……挨拶くらいしろってんだ。礼儀がなってねぇ」
「あなたが挨拶したら死んでたわよ、あの人間」
パルスィが呆れたように言うと、鬼は「そうか?」と首を傾げつつ、また煙管を吸った。
「何もされてねぇか?」
「変な言いがかりをされたくらいよ」
「やっぱご挨拶してくるわ」
ニッコニコの笑みを見せてナンパの後を追おうとした鬼だったが、透かさずパルスィに「いいからここにいなさい」と言われた。
鬼は明らかに不満そうな顔をしてパルスィを見ると、パルスィはふぅと小さく息を吐いて口を開いた。
「あんなのより、私のところにいなさいよ……妬ましい」
少し目を逸らし、頬を微かに赤く染め、鬼の着物の袖を掴むパルスィ。
そんなパルスィを見た鬼は上機嫌に頷き、胸いっぱいに煙管を吸った。
実はこの二人……恋人同士である。
最初、この鬼はパルスィの警護と怪しい人物が旧都へ行かぬようにするため、さとりに頼まれた護衛兼取締役だった。
しかし、パルスィに一目惚れしたこの鬼は、仕事そっちのけで猛烈アピールをし、パルスィはそれに折れるような形で恋仲となり、今ではパルスィも満更でもない様子で二人の恋路は順調そのものである。
この鬼、元は悪鬼であり、地上にいた頃は人里に祟りを起こす名前の通りの悪い鬼だった。
その力は勇儀や萃香なんかも一目置くほどの実力者だ。
パルスィという守るべき存在が出来たことで今ではかなり丸くなったが、今でもその実力は健在で純粋な力比べなら勇儀と互角、もしくはそれ以上であり、元々兄貴気質なところも相まって人脈も広く、仲間達からは恐れられるより、憧れや尊敬といった対象となっている。
ただそんな鬼にも弱点があり、その弱点とはお酒なのだ。
酒に強いイメージがある鬼だが、この鬼は全く飲めず、おちょこ一杯でふにゃふにゃになってしまうほどだ。お酒が飲めない分、かなりの愛煙家であるため、周りからは『
「あなたが煙草の葉が無くなったとかで買いに行っちゃったのが悪いのよ、馬鹿」
「す、すまねぇ」
「私よりも優先されるコイツが妬ましいわ!」
そう言ってパルスィは煙鬼が咥えている煙管を睨んだ。
「妬ましいって言われてもなぁ……」
「(まぁ、あなたの煙管を吸ってる時の仕草が好きだから吸っててくれた方がいいんだけど♡)」
「ん、何だって?」
「何でもないわ。それよりもっと隣に来てよ、私寒いんだけど?」
パルスィからそう言われた煙鬼は「おう♪」と返事をし、透かさずパルスィのすぐ右隣に移動して逞しい左腕をパルスィの肩に回した。
「これでどうだい、お姫様?」
「まぁまぁ……まぁまぁね♡ でも悪くないわ♡」
「そいつぁ良かった♪」
「〜♡」
その後も二人は肩寄せ合って仕事をし、行き交う人や妖怪達に生温かく見られたが、二人にとってそんなことは些細なものだった。
本日地底へ訪れる予定の者達が全員橋を通り終えると、二人は互いにふぅと息を吐いた。
やっと本日のお勤めが終わった瞬間である。
「終わった終わった〜」
「あなたはただ煙管吸ってただけでしょ、妬ましい」
「だって俺には話しかけてくる奴いねぇもんよ」
「話しかけようとしたら逃げられるものね♪」
パルスィはそう言うとクスクスと可笑しそうに笑った。
そんなパルスィの言葉に煙鬼は思わずムスッとして、片っぽの頬を膨らませる。
そしてそんな煙鬼の仕草が愛らしくてパルスィの心はぴょんぴょんと跳ねる。
(高度なギャップ萌えを見せるあなたは妬ましい!♡)
そう心の中で叫んだパルスィは「えい♡」と煙鬼が膨らませた頬を指で突くのだった。
突かれると煙鬼の口からはプシュっと可愛らしい音を立てて空気が抜け、煙鬼は更にご機嫌を損ねてパルスィに背を向けてしまった。
パルスィは「やり過ぎた」と反省し、透かさず煙鬼の背中に抱きついて「ごめんね」と謝った。
「別に怒ってねぇし……」
「嘘つき……ならこっち向いてよ」
「…………」
「今晩手料理ご馳走するから、許して……ね?♡」
「……ふわとろオムライスがいい」
「ふふふ、相変わらず可愛い食の趣味してるわね♡ いいわよ、作ってあげる♡」
パルスィがそう言うと、煙鬼は「じゃあ早く帰ろう!」と言って振り向くと、透かさずパルスィをお姫様抱っこして自分の家へ駆けるのだった。
最初こそは驚いたパルスィだったが、煙鬼の無邪気な笑みに毒気を抜かれてしまい、ただ「馬鹿♡」とだけ言ってしっかりと煙鬼に捕まり、その身を預けるのだった。
煙鬼の家に着くと、パルスィはエプロン(自前)をつけて、腕によりをかけて大好きな煙鬼へふわとろオムライスを作った。
そして大好きな煙鬼が美味しそうに自分の手料理を食べるところを眺めながら、パルスィは幸せな食卓を過ごした。
そしてーー
「らから〜、パルスィは俺の嫁しゃんにするんらお〜♪」
煙鬼は酔っ払っていた。
何故なら、
「はいはい、気長に待ってるわよ♡」
パルスィがこっそりとお酒を飲ませたからだ。
パルスィはこの酔っ払ってふにゃふにゃになった煙鬼が愛くるしくて堪らないので、一緒に晩御飯を食べる時は必ず食後のお茶にお酒を盛るのである。
「れも〜、まら、恋人パルスィとラブラブしたいんらお〜♪」
「うん、沢山ラブラブしようね〜♡」
「するぅ〜♪」
すっかり酔っ払った煙鬼は煙管そっちのけでパルスィの膝に擦り寄っている。
「ふふ、こんなに大きいのに子どもみたいに可愛いわね〜♡」
「子どもじゃらいお〜、俺はパルスィの夫なんらお〜!」
「はいはい♡ あなたは私の夫よ♡」
「ん〜♪ パルスィ、ちゅ〜♪」
「は〜い♡ ちゅ〜♡」
二人は互いの唇を軽く何度も重ねて、チュッと可愛らしい音を立てた。
「パルスィ〜♪」
「な〜に〜?♡」
「今夜は帰っちゃらめ〜♪」
「ど〜して〜?♡」
「パルスィとラブラブしるから〜♪」
「じゃあお布団のところ行く?♡」
「うん〜、いく〜♪」
こうしてパルスィは朝まで煙鬼と濃密にラブラブするのだったーー。
水橋パルスィ編終わりです!
ツンデレっぽく書こうと思ったのですが、パルパルパルスィでありながら、甘々パルスィって感じにしました!
デレデレパルスィもありですよね?
ではお粗末様でした〜☆