東方恋華想《完結》   作:室賀小史郎

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恋人はヤマメ。

※グロテスクな表現が少し入りますので、苦手な方はご注意ください。


ヤマメの恋華想

 

 地底ーー

 

 地底には地上での罪人がたまに放り込まれる。

 放り込まれた者は生きて地上へは戻れない。

 どんなに運が良くとも、最後の最後で必ず姿を消す。

 

 そして、今もひとりの罪人がその場へ足を踏み入れた。

 

(ここさえ抜けりゃ、後は地上へ上がるだけよ……)

 

 男は息を殺し、気配を殺し、地上へ繋がる縦穴を登っていく。かなりの傾斜だが這うようにすれば登れなくはない。その代わりに身動きはかなり制限される。

更には登るのにかなりの時間を有する上、隠れる場所もないため、追跡者からは丸見えの状態だ。

 しかし、唯一の救いは明かりがないため暗いということ。

 

(これだけ暗けりゃ見つかんねぇだろ。さっさと登っちまおう)

 

 男は旧都で盗んだ黒い羽織りで全身を覆い、ゆっくりゆっくりと着実に登っていく。

 

(よし! 見えた! これでーー)

「ほぅ、貴様。運がいいな」

 

 地上へ繋がる出口まであと少しのところで、男は声をかけられた。

 男の前に現れたのは、長身で筋骨隆々の青年だった。

 

(どうして!? というかなんでこんな急斜面で普通にしてられんだ、こいつ!?)

「この縦穴は俺の縄張りなんでね。貴様が来た時から分かっていた」

 

 青年はそう言うと右手の指先から真っ黒な糸を出してみせた。

 

「ひっ」

「俺は牛鬼……貴様みたいな運の良い奴を狩るのが仕事だ」

「ま、待ってくれ! やっとここまで来たんだ! 命だけは助けてくれ!」

「貴様に殺された母娘も同じようなことを言っていたな……貴様はその時どうした?」

 

 牛鬼の問いに男は何も言い返せなかった。

 

「言えないよなぁ。貴様はあの母娘の泣き叫ぶ声を聞きながら、犯し、じわじわと殺したんだからなぁ」

「あ、あいつが俺を捨てたのが悪ぃんだ!」

 

 男は見苦しい言い訳を叫ぶが、次の瞬間には声が出なくなった。何故なら牛鬼の糸に喉元を潰されたから。

 

「ーっ! ーーーっ!」

「やっと静かになったな……俺は貴様の事情なぞ興味はない」

 

 すると牛鬼は妖しく笑い、男の元へ近づいていく。

 男は逃げようとするも、既にその身は牛鬼の糸に絡まり、逃げられない。

 

「先ずは貴様の手足から食らう……俺は一番美味いところは最後に食らう主義でね」

「ーーーーーっ!」

「貴様があの母娘にしたように、俺もじわじわと貴様を食い殺してやろう」

 

 ーーーーーー

 ーーーー

 ーー

 

「今回もお疲れさん♪ また頼むよ♪」

「あぁ、俺のところまで来る奴がいればな」

 

 ひと仕事終えた牛鬼は小町と話していた。

 小町は牛鬼が処分した罪人の魂を運ぶため、牛鬼とはこうして良く顔を合わせる仲である。

 

「ま、これで多分暫くは何もないからさ。気長に待ってておくれよ♪」

「そうさせてもらうよ。俺だって忙しいんだからよ」

「悪かったって〜、後で映姫様にあんたの手当てに色つけてくれように頼んどくからさ〜♪」

「それは勘弁してくれ。それが理由で地獄に落とされちゃかなわんからな……まぁ既に地獄行きは決まってるようなもんだが、少しでも罪を軽くしたくてこの仕事を受けてるんだからよ」

「なはは……ま、まぁ、とりあえず終わりだからさ。あんたは帰りなよ」

 

 苦笑いを浮かべて小町が返すと、牛鬼は「あぁ」と短く返して旧都の方へ歩いていった。

 小町はそれを見送った後で、罪人の魂を運んで行くのだった。

 

 

 牛鬼が旧都の入り口へ着くと、橋からある人物が牛鬼の方へ駆けてきた。

 

「ダーリン〜♡」

 

 その人物は牛鬼の恋人であるヤマメで、ヤマメはお花畑が咲き乱れたかのようなオーラをまとって牛鬼の胸へダイブした。

 

「戻ったよ、ヤマメ」

「うん、待ってた♡」

 

 ヤマメはそう返すと、牛鬼に「お仕事お疲れ様〜♡」と言って、何度も何度も牛鬼の頬や首筋にキスをした。

 

「くすぐったい……」

「えへへ、ごめんごめん♡ じゃあこっちにするね♡」

 

 するとヤマメは牛鬼の唇に自身の唇を重ね、何度も何度も牛鬼の唇をついばんだ。

 対する牛鬼もヤマメの体をしっかりと抱きしめ、ヤマメの口づけに応えていた。

 

「ダーリン……ちゅっ♡ んっ♡ ずっと、んんっ、ずっと♡ 待ってたの……ちゅっ、ん、れろ♡」

「待たせて、んん、悪かった……ちゅっ」

「んはぁ…………えへへ♡ それじゃ、早速デート行こ♡ デート♡」

 

 やっとチュッチュするのを止めたヤマメがそう言って牛鬼の左手を取ると、牛鬼は「あぁ」と優しい笑みを見せて恋人繋でその場を後にした。

 

 元々今日は朝からヤマメとデートする予定だったが、罪人のせいで半日を無駄にしてしまった。

 二人は地底では誰もが知っている名物カップルで、二人は旧都が出来る前から付き合っている仲である。

 そのラブラブさはあのパルスィでさえ妬むのを止めているくらいで、周りからは『さっさと結婚しろ』と言われている。

 実際二人は同じ家に住んでいる上、付き合いも何百年単位なので、事実上は結婚しているようなものだ。

 しかし二人からすれば恋人以上夫婦未満の関係を楽しみたいということで、結婚はしないであくまで恋人として付き合っているのだ。

 

 地底は今、温泉街として賑わっていて、地上に暮らす妖怪も度々訪れている。

 

「ねぇねぇ、ダーリン♡ 地底マップ(雑誌)で新しい休憩所が出来たんだって♡ 行ってみない?♡」

「ヤマメが行きたいなら一緒に行くよ。俺はそういうのには疎いから」

「ダーリンは我が道を行くタイプだもんね〜♡」

「違うな」

「えぇ〜、そうかな〜?」

 

 すると牛鬼はヤマメの手を優しく両手で握りしめ、ヤマメの目を見つめた。

 

「俺が進む道はヤマメと同じ道だ。常に俺はヤマメと共に歩んで行きたい」

「ダーリン……♡」

 

 牛鬼のプロポーズ並の言葉にヤマメの胸はキュンキュンと心地良い締め付けを感じた。

 

「不意打ち過ぎるよぅ♡」

 

 ヤマメは恥ずかしそうにしながら返すが、その瞳ではちゃんと牛鬼の目を見つめ返している。

 すると二人の距離は互いに引かれ合うように徐々に縮まり、またしても互いの唇をついばむラブラブチュッチュタイムに突入するのだった。

 

「ま〜たやってますね、あの二人……」

「まぁ、地底名物だからね〜」

 

 そんなヤマメ達を、散歩に来ていた地霊殿の主・さとりとそのペットでお伴していたお燐が眺めていた。

 ヤマメ達は人前だろうが、何だろうがラブラブチュッチュタイムに突入すると暫くあのままである。

 地底にある茶屋で一休みしていたさとり達は二人のすぐ真横、ある意味では特等席でヤマメ達を見ていた。

 

「全く気にせずに口づけしてますね〜」

「そうね……いつもいつもラブラブだわ」

 

 顔を真っ赤にしてヤマメ達から目を逸らすお燐とは正反対に、さとりはお茶をすすりながら涼し気な顔をしてヤマメ達を見ている。

 

「さとり様はどうしてそんなに見てられるんですか〜?」

「幸せな光景だから……かしらね。私もあそこまでは行かなくとも、いずれはあの二人のように、私に寄り添ってくれる人がいたらいいな……とか考えちゃうのよ」

「さとり様にはこいし様とあたいやお空、地霊殿のペット達がいるじゃないですか〜! 寂しいこと言わないでください!」

「ふふふ……そうね、今の私も十分幸せなのよね……ありがとう、お燐」

 

 さとりはそう言うとお燐の頭や顎を優しく撫でた。

 お燐はその優しい手付きに思わず喉を鳴らし、さとりの肩に頬擦りするのだった。

 そしてさとりはそんなお燐を優しく眺めつつ、ようやくラブラブチュッチュタイムを終えて歩き出したヤマメ達の背中を見送るのだった。

 

 

 ヤマメ達は目的の場所、新しく出来た休憩所に着くと、早速中へ入った。

 外観はパッと見るとただの大きな木組みの家だが、中は小綺麗でどの部屋も完全個室という地底では珍しい休憩所だった。

 適当な部屋に通されたヤマメ達。

 その部屋のベランダからは旧都が広がり、遠目だが地霊殿も見えている。

 

「いい部屋だな……休憩所というよりは宿みたいだ」

「そうだね♡ 追加料金払えば泊まることも出来るって言ってたしね♡」

「でもいきなり休憩所で良かったのか?」

「うん♡ ダーリンお仕事の後だったから、とりあえず先にゆっくりさせてあげたいって思って♡」

「ヤマメ……」

「えへへ♡ ほら、こっちにおいで♡」

 

 ヤマメはそう言って牛鬼に向かって両手を広げた。

 牛鬼は吸い寄せられるようにヤマメの膝枕に身を預けた。

 

「素直なダーリン可愛い♡」

「ヤマメの方が可愛い。絶対に」

「ありがと♡ ダーリンから言われるとすっごく嬉しい♡」

「大好きなヤマメの匂いがする……」

「やん♡ くすぐったい♡ なら私もダーリンの匂い嗅いじゃうんだから♡」

「仕事した後だから嗅がないでくれ」

「や〜♡ 私だけ嗅がれて不公平だもん♡ それに私は好きよ、ダーリンの汗の匂い♡ 嗅いでるとクラクラしちゃう♡」

「なら余計に嗅がない方が……」

「もう遅いで〜す♡」

 

 その後もヤマメと牛鬼はラブラブいちゃいちゃして過ごした。

 そしてその光景は休憩所の部屋の窓からバッチリ見えていたので、目撃した者達はことごとくその場で砂糖を吐いたそうなーー。




黒谷ヤマメ編終わりです!

蜘蛛らしく糸で絡めて離さないようなヤマメにしようと思ったのですが、デレデレで周りが見えてないヤマメは新しいかと思って今回のような感じにしました!

お粗末様でした〜☆

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