キスメの恋華想
地底ーー
幻想郷の地下に広がる、広大な洞窟空間の世界、旧地獄。それが地底だ。
鬼が築いた巨大都市「旧都」があるが、そこに行くには橋姫が番人を務める橋を渡る必要がある。
と言っても今では地底も異変後に地上との相互不可侵が緩まり、地上との交流が増え、温泉郷なんていう観光地的な名として知られているため、怖いもの知らずの人間や地上で暮らす妖怪達なんかはちょくちょく訪れているため、橋姫も番人としてではなく殆ど道案内人として橋に立っている。
そして、この橋よりももっと前。地底へ繋がる縦穴の底にひとりの鬼が立っている。
この鬼は
だいだらぼっちは巨大な鬼であるが、手洗鬼は自分の能力(幻想郷入りと同時に会得)で背丈を変えられるので普段は人間と同じくらいの背丈をしている。
どうしてこの鬼がここにいるのかというと、
「鬼さん、今回もよろしくお願い致します♪」
「ん、帰るのか。それじゃ送ろう」
地底から帰る人を地上へ送り届けるということをしているのだ。
降りてくる時はヤマメや勇儀が築いた階段を降りてくればいいのだが、せっかく温泉に入った後に何百もの階段を昇るは酷なので、元々人間に対して友好的だった手洗鬼が自分の能力を使って人々を送り届けることをし始めた。
手洗鬼は人々を無駄に怖がらせないために地底へ移った心優しい鬼なので、こうして人々の助けとなり、触れ合えるのは自分としても嬉しいことなのだ。
「さぁ、乗るといい」
ある程度大きくなった手洗鬼は人間達のグループにそう言って手を差し出すと、みんなは「お願いしま〜す」と言いながら靴を脱き、脱いだ靴を持って手洗鬼の掌に乗った。
人間を地上まで送ると、みんなは手洗鬼にお礼を言い、そして酒や食べ物をお礼として掌に乗せた。
手洗鬼としては見返りを求めていなかったが、人々の厚意から断り切れず、今ではこれがお代みたいになっている。
そして人間達が去ると、
「やあやあ、今日もよくやってるねぇ♪」
と聞き慣れた声がした。
その声の主は萃香だった。
手洗鬼は縦穴からヌッと顔を出して確認すると、そこには博麗の巫女や白黒の魔法使い、七色の人形使いの姿があった。
「皆さん、ご無沙汰してます。皆さんで地底にご用事でも?」
手洗鬼がそう訊ねると萃香が元気に「温泉と酒♪」と完結に答えた。
しかしそれだけでは分からないので、隣にいた霊夢が透かさず補足した。
「さとり達にご招待されてね。こうして遊びに来たのよ」
「左様で……ならばお乗りください。せっかくですので地下までお送りしますよ」
霊夢達にそう言うと、魔理沙や萃香は「元よりそのつもりだ♪」と言って掌に乗った。
霊夢とアリスはそれに呆れながらも、手洗鬼に「お願いね」と言って自分達も掌に乗った。
霊夢達が掌から降りると、手洗鬼もみんなが話しやすいようにいつもの背丈に戻った。
「ありがとな♪ 帰りも頼むぜ♪」
「その時は酒置いてってやるよ♪」
「お気遣いありがとうございます」
魔理沙と萃香にそうお礼の言葉を返すと、アリスが「なら私も地底のお饅頭でも買ってきてあげますね」と言った。
「いやいや、お気になさらず。自分が勝手にしてることなので」
「そうそう。笑顔でお礼言えば十分よ」
手洗鬼の言葉に霊夢がそう言うと、魔理沙やアリスから「それは霊夢が何もあげれる物持ってないからでしょ?」とツッコまれた。
「御札くらいなら何枚だってあげれるもん……」
「そうしたらこいつの能力が使えないだろ」
「霊夢さん、自分はお気持ちだけでありがたいですから」
慌てて手洗鬼がフォローすると、霊夢は「うぅ〜」と申し訳なさそうな表情を浮かべて唸った。
すると萃香と魔理沙が「無い袖は振れないんだから気にすんな♪」とフォローしたが、それは逆効果だった。
それを見たアリスは「なら私が霊夢の分も出してあげるわよ」と言ったので、霊夢はアリスにお礼を言いながら抱きついた。
アリスは顔を真っ赤にして「分かったから離れなさい!」と言ったが、霊夢を強引に引き剥がそうとはしなかった。
そんなこんなで賑やかに霊夢達はその場を後にしたが、霊夢達がその場を去ってすぐに手洗鬼は頭に凄まじい衝撃を受けた。
「………………」
「キスメ……痛いじゃないか……」
衝撃の正体はキスメで、手洗鬼はヒリヒリする頭を押さえてキスメに抗議した。
「浮気した罰」
「浮気なんて……」
「したもん! あの鬼巫女達と仲良さ気に話してたもん!」
「いや、あれはただ話してただけで……」
手洗鬼はそう説明するも、キスメは「ふんっ」と鼻息荒くそっぽを向いてしまった。
キスメと手洗鬼は恋仲で、キスメは少し前に手洗鬼の元へお昼御飯を持ってここへ来ていたのだ。
ただキスメは元々内気で積極的に人とは話さないので、バレないように上に上がって、手洗鬼達の様子を見ていたら、恋人の手洗鬼が他の娘と仲良く話をしていたことにヤキモチを焼いてしまったのだ。
「せっかく愛情込めて沢山おにぎり握ってきてあげたのに……」
「だから、浮気してないって……」
「嬉しそうにしてたもん……」
「そりゃあ、人と話せるのは嬉しいからで、下心があった訳じゃないんだよ」
「…………本当に?」
「あぁ」
手洗鬼は真っ直ぐな眼差しでキスメの言葉に頷くと、キスメはニパッと笑って「じゃあ信じる♡」と機嫌を直したが、
「でも嘘だったらあなたの首を落として私だけのものにするから」
と鎌を首筋に当てて警告した。
「大丈夫だ……キスメ一筋だから、他の女子に興味はない」
「や〜ん♡ そうやってまたキュンキュンさせて〜♡」
手洗鬼の言葉にキスメは明らかに先程の声とは全く違う声で「やんやん」と言う具合に、両頬を手で押さえて首を左右に振った。
それからキスメは桶から出ると、適当な岩に手洗鬼と座り、持ってきた風呂敷を広げた。
そこには二段重ねの大きな重箱があり、一段目は大ぶりのおにぎり。二段目には肉や魚等といった煮物や焼物が入っていた。
「こっちはお茶ね♡ 温かいのと冷たいの両方持ってきたけど、どっちがほしい?♡」
「冷たいのを頼む」
キスメは「は〜い♡」と返事をすると、冷たい緑茶が入っている竹水筒からお茶を紙コップに注いだ。
その一方で手洗鬼は近場にある水場で手拭いを濡らし、その手拭いで手を洗った。
「召し上がれ♡」
「頂きます」
手洗鬼はそう言って、まずは大きなおにぎりを手に取って口いっぱいに頬張った。
適度な塩加減と握り具合、そして香ばしい焼き海苔の香りと白米の香りが口の中に広がり、手洗鬼は思わず顔がほころんだ。
そんな表情を見たキスメは嬉しそうに笑みを浮かべ、自分も自分用に握ってきた小ぶりのおにぎりを頬張るのだった。
「もぐもぐ……美味い……むぐむぐ」
「あはは、そんなに慌てなくても、まだまだ沢山あるよ♡」
「それは分かってるが、美味いから仕方ない……もぐもぐ」
「た〜くさん愛情込めたも〜ん♡ 美味しいに決まってるでしょ♡」
キスメの言葉に手洗鬼は「あぁ」と頷きつつ、一つ目のおにぎりの最後の一口を口に放り込んだ。
そして二つ目を手に取ろうとした際、キスメが手洗鬼を止めた。
「こっち向いて♡」
「?」
「ご飯粒ついてる♡」
「す、すまん」
「普段はしっかりしてるのに、こういう子どもっぽいとこもあるのよね〜♡」
「面目無い……」
「私はそういうとこも好きよ♡ 私しか知らないあなたの可愛い一面だもん♡」
そう言うとキスメは取ってあげたご飯粒を手洗鬼に食べさせてあげるのだった。
手洗鬼は恥ずかしそうに顔を赤らめつつ、素直にキスメの指にあるご飯粒食べた。
その直後、キスメはその指をペロッと一舐めし、自分もまたおにぎりを食べるのだった。
その仕草に内心ドキッとした手洗鬼は、耳まで赤く染めて二つ目のおにぎりを頬張るのだった。
ーー
「ご馳走様でした」
「お粗末様でした♡」
仲良く手を合わせてご馳走様をした二人は、食後に温かい緑茶を肩寄せ合って飲んだ。
「ねぇねぇ♡」
「ん?」
「食後に甘い物食べたいな♡」
「え」
傍から聞けばデザートのおねだりだが、二人にとってこれはただのデザートではない。
「食べたいな〜♡」
「…………」
キスメはそう言いながら手洗鬼の唇を優しく撫でるように指でなぞった。
手洗鬼は顔を真っ赤にし、辺りに人がいないか確かめた。
「別に見られたっていいじゃない♡ みんなに私達のアツアツでアマアマなキスシーンみせちゃおうよ♡」
「恥ずかしい……」
普段キリッとしている手洗鬼の初心な反応を目の当たりにしたキスメは、身体の中からゾクゾクと何かが込み上げてきた。
そして次の瞬間、有無を言わさず唇を奪い、暫くの間辺りにちゅぱちゅぱと何とも言えない音が響くのだったーー。
キスメ編終わりです!
内気だけど心を許した相手には強気なキスメにしました!
お粗末様でした〜☆