東方恋華想《完結》   作:室賀小史郎

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恋人は天子。


天子の恋華想

 

 天界ーー

 

 変わりなく平穏の時が過ぎる天界。

 しかし、どんなに天界が平穏でもその平穏を退屈と思う者がいる。

 

「総領娘様!」

「総領娘様! どこに隠れているんですか!」

 

 総領娘こと、比那名居天子は今日も適度な悪戯をして退屈な時間をぶち壊していた。

 

 屋敷の者達は天子が割った高貴な壺の責任を問おうと血眼で探している。

 そしてそれは付き人である永江衣玖の元にも飛んできていた。

 

「総領様には私から言っておきます。なので皆さんは壺を片付けておいてくださいませんか?」

「ですが週が始まってこれで三度目ですよ!?」

「前は毎日でしたよ? それも壺だけでは済みません」

「しかし……」

「総領様に怒られるのは彼女自身です。それに異変後は大分丸くなりした。きっと虫の居所が悪かったのでしょう」

 

 衣玖の言葉に屋敷の者達は渋々といった感じに頷き、自分の持ち場へそれぞれ戻っていった。

 

「皆さんはもう行きましたよ、総領娘様?」

 

 衣玖がドアの方を向いたまま声をかけると、天子は衣玖のベッドの下からひょこっと顔を出した。

 

「ありがと、衣玖♪ 助かったわ♪」

「総領様にはちゃんとお叱りを受けてくださいね」

「分かってるわよ〜……」

「今日もまた寂しくて物に当たったんですか?」

 

 衣玖が天子にそう訊くと、天子は小さく頷いた。

 

「あの方も忙しい身なのですから、我慢してください」

「だって、一ヶ月も会えないだなんて聞いてないもん……」

「あの方は元々ご自分のことは語られませんからね……でもそれは総領娘様も良くご存知でしょう?」

「そうだけど……寂しいものは寂しいの!」

 

 天子はそう言うと窓から外に飛び出してしまった。

 そんな天子に衣玖は『ご夕飯までにはお戻りくださいね〜』と声をかけるだけで、あとを追うことはしなかった。

 何故なら天子が向かう場所は一つだったからだ。

 

 

 ーー

 

 天子は天界でも誰もが好んで近づかない場所へ来ていた。

 そこは天界の最北端に位置し、日の光も無いに等しいくらい寂れた場所。

 しかしこんな所にも大きくて厳格ある立派な祠があるのだ。

 

(まだ帰ってない……馬鹿……)

 

 天子は祠に入ると、適当な所に寝転び、天井を見上げた。

 天井の一面にはいっぱいに黒く雄々しい龍の絵が描かれていて、生きているかのように眼光鋭く天子を見つめていた。

 

(早く帰ってこないかな……)

 

 天子が待ちわびているのは、この絵に描かれている黒龍なのだ。

 黒龍と言っても龍の姿ではなく、その見た目は若い青年の姿である。

 

 黒龍は災いをもたらす邪悪の化身とされているため、天界では大きな地位を誇るものの天人達からは恐れられ、ここには誰もやってこない。

 実際には誰よりも争いを好まず、争い事になれば自らの命を投げうってでも争いを止める心優しい龍なのだが、それを知る者は殆どいない。

 

 そんな誰もやってこないところに天子が訪れたのには理由がある。

 この黒龍こそ、天子が最も慕っている恋人だからだ。

 

 天子は元々裕福な家庭で暮らし、天人へなったことで更に苦労というものを知らずに生きてきた。

 親と顔を合わせるのも事務的で、家族よりは殆ど付き人と接するしかなかった。

 そんな中で天子はいつものように家を飛び出した。

 そして気の向くまま行った先で出会ったのが黒龍である。

 黒龍は天子に何も言わないながらも特に邪険にすることもなく、しかも一人の人として接した。

 総領娘としての自分ではなく、一人の人として接してくれた黒龍を気に入った天子は黒龍の元を度々訪れるようになり、今に至る。

 

 そして黒龍が不在なのは龍同士の会議に出席しているからだ。

 

(早く帰ってきてよ……)

 

 天子はそう思いながら、今度は黒龍の布団が仕舞ってある押し入れに潜り込んで、ふて寝していた。

 色眼鏡で自分を見ることなく、どんな文句も黙って聞いてくれる黒龍が恋しい天子。

 しかし恋しい黒龍の匂いがついている布団の上で、天子はいつしかそのまま眠りに就いてしまった。

 

 

 それから数時間後ーー

 

「ん……ん〜……」

(なんだろう……とても温かくて安心する……そして大好きな人の匂いもする)

 

 そう感じながら天子がゆっくりと目を開けると、

 

「…………」

「ん〜……?」

「…………」

「黒、龍?」

 

 視界が段々ハッキリしてきた天子の眼前に黒龍の顔が浮かび上がった。

 

 黒龍は天子が眠ってしまった数十分後に祠へ帰ってきた。

 祠に入ると天子の靴があったが見回しても姿がなく、気を探ると押し入れで眠っていたので、起こさないように持ち上げ、座して天子を抱えたまま、起きるのを待っていたのだ。

 

 天子は黒龍だと気付くと、目をパッと見開き、黒龍の胸板や顔をペタペタと触り出した。

 黒龍が小首を傾げていると、天子は「やっと帰ってきたのね、馬鹿黒龍〜♡」と叫んで黒龍にしがみついた。

 黒龍はそんな天子に優しい笑みを浮かべ、更に優しく天子の背中をポンポンと叩くように撫でた。

 

「黒龍〜♡ 黒龍〜♡」

「♪」

 

 黒龍の胸板に顔を埋めてご機嫌の天子。そんな天子を見て黒龍も何も言わないながらも嬉しそうに笑みを浮かべていた。

 すると天子はあることを思い出して素早く祠の外を見た。

 

 外は来た時よりも暗くなっていて、明らかに夜だというのが分かる。

 それを知った天子は「あちゃ〜」とバツが悪そうな声を出した。

 

「衣玖に夕飯までには帰ってくるように言われてたのにな〜」

 

 すると黒龍が首を横に振った。

 天子は「どうしたの?」と訊くと、黒龍は机の上に置いてあった手紙二通を天子に渡した。

 

「一つは衣玖の字ね。もう一通のは……げ、お父さんからだ」

 

 明らかに嫌そうな顔をする天子だが、黒龍から「そんなことを言うな」という視線を飛ばされた。

 天子は「ちゃんと読むわよ」と言って苦笑いを浮かべつつ、まずは衣玖の手紙から読んだ。

 

『総領娘様へ

 

 お時間になっても帰って来られなかったので

 黒龍様の所までお迎えに参りましたところ

 黒龍様のお膝元で幸せそうに寝ていたので

 今回は帰ります。

 

 私の手紙と一緒に総領様のお手紙も

 預かっているので必ず読んでください

 

               永江衣玖より』

 

「衣玖に悪いことしちゃったわね〜……で、次はお父さんからのか……」

 

『愛する娘へ

 

 壺のことは怒ってないよ☆

 明日には必ず帰って来てね♪

 それと黒龍様に失礼がないように(・へ・)

 

                byパパ』

 

「何がパパよ……いつも仕事仕事でこういう時ばっかり父親面して……てか文面キモッ」

 

 天子は思わずつぶやくと、黒龍が軽く天子の頭を叩いた。

 そして天子に「そんなことを言うな」という視線を送った。

 

「わ、分かってる……今のはつい口が滑ったのよ」

「…………」

「そ、そんなに怖い顔しないでよ……ちゃんと明日謝るから」

「♪」

 

 天子が反省の色を見せると、黒龍はまた優しく天子の頭を撫でた。

 

「ていうか、お父さんって私達のこと知ってたんだ……何も言わないから知らないのかと思ってた」

 

 すると黒龍はまた一通の手紙を天子に見せた。

 

「またお父さんの字……」

 

『此度の文、拝読しました。

 私の娘と蜜月な関係になったとのことで

 私としては驚いております。

 

 娘は私のせいで愛情というものを

 よく知らぬまま育ってしまいました。

 こんなことを申すのは恐れ多いのですが

 どうか我が娘、天子を

 末永くお願い致します。

 情に深い黒龍様にしかお願い出来ません。

 何卒、天子を宜しくお願い致します。  』

 

「黒龍から先にお父さんに手紙出したの!?」

 

 天子が驚いて訊くと、黒龍はコクリと頷いた。

 

「律義というかなんというか……」

 

 黒龍に苦笑いを浮かべていると、天子はある文字に注目した。

 

「というか『蜜月』って……私達結婚もしてないのに……♡」

「?」

「てか、こう書かれてるってことは親公認なのよね?」

 

 天子の言葉に黒龍がしっかりと頷くと、天子は思わずニヤニヤしてしまった。

 そんな天子に黒龍が小首を傾げていると、

 

「じゃあ、今度私の屋敷に黒龍を連れてっていいのよね?♡」

「!?」

「お父さんとお母さんに私達がラブラブなの教えちゃいましょ♡ 蜜月な関係ならもういつ私をお嫁さんにしてもいいってことだもんね♡」

「………………」

「黒龍、だ〜いすき♡ ずっと離さないんだから♡」

 

 次の日、天子は黒龍を連れて屋敷に戻ると比那名居一族総出で黒龍を歓迎した。

 そしてその日から天子は黒龍の祠で過ごすようになり、毎日愛に包まれた幸せな日々を過ごし、退屈な日々が消え去ったそうなーー。




比那名居天子編終わりです!

これも色々と独自設定を濃い目にしましたがご了承を。
何かと破天荒な天子も恋すればこうなるかなと思って書きました!

ではお粗末様でした☆

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