東方恋華想《完結》   作:室賀小史郎

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恋人は衣玖。


緋想天
衣玖の恋華想


 

 天界ーー

 

 天人達が暮らす、雲の上の世界、天界。

 その比那名居一族の屋敷の離れで、衣玖は日向ぼっこしながら茶をすすっていた。

 衣玖は天子が起こした異変以来、比那名居家に天子のお目付け役として召し抱えられた。

 しかし、衣玖本人は元々が面倒くさがりなので自分では最低限のことしかせず、大体のことは()()に任せている。

 

「衣玖〜、たっだいま〜♪」

『た、只今戻りました〜……』

 

 そこへ地上へ遊びに行っていた天子が元気に帰ってきた。その後ろにいる若い男と女は疲れた顔をしつつ、天子に引きずられるように帰ってきた。

 

 この男女が衣玖の連れであり、男の方が衣玖の恋人である。

 彼らは狛犬で天界に住んでいた姉弟で、姉の狛犬(通称コマ)と衣玖は数千年来の友である。

 衣玖が比那名居家で働くことになった際、衣玖が総領様にお願いして二人も召し抱えてもらったのだ。

 何故なら友と一緒にいたいという理由だったが、その裏には恋人の狛犬(通称シシ)と離れたくないからという理由が大きくある。

 

 衣玖自身、元々他人の行動等には興味は無かったが、友達の弟で接しやすく顔を合わせるのが多かったこと、自分とは違い表情が豊かなこと、何だかんだ言いながらも面倒見が良いこと等など、好きになるのにそう時間はかからなかった。

 そして天子が起こした異変後、比那名居家へ仕えることになった衣玖は意を決してシシに告白。シシは驚きながらも衣玖の告白に頷くとコマも連れて今に至る。

 

「お帰りなさいませ、総領娘様」

 

 衣玖が挨拶すると、天子は「ん〜♪」と上機嫌に手を振って離れの庭に植えてある桃の木にかかったハンモックに飛び乗った。

 

「コマとシシもお帰りなさい」

「お帰りなさいじゃないわよ〜、天子様ったら好き勝手喧嘩売って仲裁するの大変だったんだから〜」

「いつものことじゃないの♪」

「いつものことだから疲れたの!」

 

 コマの言葉に衣玖はクスクスと愉快そうに笑いながらいると、天子がシシを呼びつけた。

 シシは衣玖に一礼してから天子の元へ駆け寄ると、天子に「寝たいからハンモックをいい感じに揺らして」と命令され、苦笑いを浮かべながらもちゃんと優しくハンモックを揺らしてあげた。

 

「相変わらず天子様はシシがお気に入りだね〜。狛犬じゃなくて小間使いって感じだけど」

「シシは元々優しいから、総領娘様もその優しさが分かるのよ」

「でも衣玖としては複雑じゃな〜い?」

 

 コマの言葉に衣玖が小首を傾げると、コマはニヤニヤしながら「だって恋人が他の娘と一緒にいると妬いちゃわない?」と訊いてきた。

 

「ふふ、妬かないわよ〜♪」

「ありゃ、何か意外だね〜。シシのこと大好きなのに」

「大好きだからこそ大丈夫なの♪ シシのことを信じてるから♪」

「ひゃ〜、お熱いね〜。アタシもいつか衣玖みたいに幸せになれるといいな〜」

「ならまずはハードル下げなきゃね」

「え、なんでよ? アタシのハードルってそんなに高い?」

「高いっていうか……重いっていうか……」

「そうかな〜。毎日キスしてくれて、毎日愛を囁いてくれて、毎日アタシを満足させるまで抱いてくれるってそんなに重いかな〜?」

「重いと思うな〜、私は」

 

 衣玖が苦笑いを浮かべて返すと、コマは「そんなことないのにな〜」と言いながら衣玖が飲んでいた茶をすすった。

 

「ほら、犬! しっかりと優しく揺らしなさい!」

「やってますでしょ!?」

「やれてないから言ってるのよ、犬!」

「がるるる〜!」

「や〜い、犬〜♪」

「これでどうだ〜!」

「あっはは♪ 楽し〜い♪」

 

 一方で天子はシシのことをからかいつつ楽し気に笑っていた。対するシシもいつしか笑顔に変わり、天子のハンモックを激しく揺らしていた。

 

「…………」

「?」

 

 そんな光景を無表情のまま黙って見つめる衣玖の様子をコマが横目で見ていると、

 

「…………っ」

「!?」

 

 衣玖の握りしめた拳から小さくも青い稲妻がバチッと走るのだった。

 

(めっちゃ嫉妬してじゃん。余裕綽々な振りして強がっちゃってさ〜)

 

 コマは衣玖にそう心の中でツッコミを入れると、何も知らずに天子と戯れ合うシシに心の中で合掌するのだった。

 

 

 その日の夜ーー

 

「あ、あのぉ〜、衣玖さん?」

「何?」

「どうしたんですか?」

「そんな気分なの〜」

 

 天子も眠り、やっと今日のお勤めが終わったシシ達。

 コマは婚活パーティに出かけ、シシは風呂上がりに自分の部屋でお酒を飲みながら一人でほろ酔い気分に浸っていた。

 するとそこに衣玖が入ってきた。

 シシが『衣玖さんも一杯どうです?』と声をかけたが、衣玖は何も言わず、無言のままシシの元へ近寄り、シシを背後から抱きしめて、今に至る。

 

「衣玖さん、俺、また何かしてしまいましたか?」

「…………」

「無言ってことはしてしまったんですね?」

「…………」

 

 シシは頑張って今日一日の出来事を思い返した。

 しかしほろ酔い気分というせいもあり、これといった事柄が思い浮かばず、ただただ無言の時間が続いた。

 

 すると不意に衣玖が「……シシ」と声をかけた。

 シシがその声に反応すると、衣玖はシシの顔を強引に自分の方へ向け、シシの唇を奪うように自分の唇を重ねた。

 

 衣玖と口づけを交わした瞬間、シシは身体全体に電流が走ったかのように硬直し、衣玖に為す術なく制圧されてしまった。

 ほんのりとシシの口の中に残った日本酒の香り……シシの苦しそうな息遣い……自分にされるがままのシシに衣玖は適度な昂りを感じつつ、シシとの口づけを堪能した。

 ちゅぱっとはしたない音と共に互いの唇が離れると、二人は互いに蕩けた顔をしていた。

 

「衣玖……さん……」

「シシは……私だけ♡」

「はい……」

「私も……シシだけ♡」

「はい……」

 

 衣玖はそれからシシの前に移動し、シシの掻いたあぐらの中に腰を下ろした。

 シシも盃を置いて衣玖のことをお姫様抱っこするように抱えると、衣玖はシシの首に手を回し、ギュッとシシに抱きついた。

 

「衣玖さん、本当にどうしたんです? 何かしてしまったなら言ってください」

「あなたは何も悪くない……私の意思が弱いだけ……」

「え?」

 

 すると衣玖はシシに抱きついたまま、耳元で静かに口を開く。

 

「あなたが私を置いてどこかに行ってしまいそうで、怖いの……総領娘様がシシと触れ合っていると特に……」

「…………」

「総領娘様がシシを気に入ってるのは見れば嫌でも分かるわ……でもどんなにあのお方が望んでも、あなただけは渡さない……渡したくない……」

「衣玖さん…………」

「でもあのお方が絶対的な権力であなたを私から奪うようなら、私は……!」

「衣玖さん!」

 

 シシは強引に衣玖の話を終わりした。それ以上の言葉は聞きたくなかったからだ。

 

「大丈夫です……天子様はそんなことをする方ではありません。それは衣玖さんが一番分かってるはずです」

「…………」

「それに俺は衣玖さんしか……その……す、すす、好きになれませんから……」

 

 せっかくの言葉をどもり、顔を真っ赤にして言うシシ。

 そんなシシの言葉や想い、仕草に衣玖はこれでもかと胸が高鳴り、よりシシへの愛情がこみ上げてきた。

 

「ふふふ……そこはちゃんと言って欲しかったな〜♡」

「む、無茶言わないでくださいよ……想いを伝えるのはまだ恥ずかしいんです……」

「もう何年も一緒にいるのに……まだ慣れないの?♡」

「慣れる慣れないの問題じゃないんです」

「お酒飲んでても?♡」

「こういうのはお酒の力で言いたくありません」

「真面目なんだから……でもそういうところも大好きよ♡ ちゅっ♡」

 

 衣玖がシシの耳に優しくキスをすると、シシは顔を真っ赤にし、衣玖を抱きしめたまま立ち上がった。

 

「きゃっ♡」

「衣玖さん!」

「野獣さんに変身ね♡」

「……ダメですか?」

「ここまで来てそういうこと訊かないの……それとも言わせたいのかしら?♡」

「す、すみません」

「ふふ、ほ〜ら♡ 早くシシのベッドに連れてって♡ 続きしましょ、ね?♡」

 

 その夜、二人は沢山サタデーナイトフィーバーし、朝から天子に「昨晩はお楽しみでしたね♪」とニヤニヤ顔で言われるのだったーー。




永江衣玖編終わりです!

天子と衣玖さんの関係は原作では顔見知り程度なので、こちらでは独自設定高めで書きました。
面倒くさがりの衣玖さんでも恋すればこうも変わるっていいと思うんですよ(個人的に)。

ではお粗末様でした〜☆

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