東方恋華想《完結》   作:室賀小史郎

47 / 109
恋人は雛。


雛の恋華想

 

 妖怪の山ーー

 

 冬も本格化してきた幻想郷。

 そんな昼下がりを厄神である雛は一人で、どこか楽し気に玄武の沢に沿って降りていた。

 

 するとそこへ、雛の友達であるにとりが沢から顔を出して雛に声をかけた。

 雛はその声に反応すると、笑みを見せてにとりのそばへ近寄った。

 

「こんにちは、にとり。今日も水浴び?」

「そんなとこ♪ 雛は散歩?」

 

 にとりが沢から上がりつつ、雛にそう訊ねると雛は「いいえ」と首を横に振った。

 それを見たにとりはニヤニヤと怪しい笑みを見せる。

 

「な、何なの?」

「いやぁ、散歩じゃないなら、またあの魔法使いの所にでも行くのかな〜って思ってさ〜」

「…………駄目なの?」

「ダメだなんて言ってないよ〜♪ 相変わらず仲睦まじいなぁと思っただけ♪」

 

 にとりがニシシと笑い声をもらして言うと、雛は顔を赤くしてにとりを睨んだ。

 

 今にとりが話題に出した魔法使い。それは玄武の沢に沿って降りてすぐの魔法の森に数年前から住み着いた男で、この男は今では雛の恋人なのである。

 雛は厄神であるため「見かけても見てない振りをする事」・「同じ道を歩かない事」・「自分から話題に出さない事」等など、多数のタブーがあるのにも拘わらず、その男はそんなタブーを一切気にすることなく雛と交友関係を築いた。因みににとりも彼と似たような感じで近付き、雛と友達になっている。

 初めのうちは雛も男に自分へ近づかぬよう警告したが、男はそれも無視。雛の厄に触れて、不幸が身に降り掛かっても男は雛に引くことなく近寄っていった。

 雛自身、元から人には友好的であったし、今回は向こうから近寄ってきてくれたのが嬉しくあったのもあり、厄が無い時を狙って男に会いに行ったりするようになっていった。

 そんな逢瀬を繰り返す内、二人は惹かれ合い、今では恋人という関係になったのだ。

 

「雛が幸せそうだから、私は友達として素直に嬉しいよ♪」

「……ありがと」

「なっはっは♪ 今日もあ〜んなことやこ〜んなことしてイチャイチャしてくるといいよ♪」

 

 にとりに茶化された雛は我慢の限界とばかりに「にとり〜!」と両手を上げ、顔を真っ赤にして抗議したが、にとりは散々っぱら雛を笑った後に沢の中へ消えていった。

 

 雛はそんなにとりの影を恨めしそうに見送りつつ、ふぅと一息吐いてから、また恋い焦がれる魔法使いの元へと歩を進めるのだった。

 

 

 魔法の森ーー

 

 雛が妖怪の山を降り、山と霧の湖の境に出ると、丁度湖へ流れ込む沢の岩場で魔法使いの男は釣りをしていた。

 それを見つけた雛は小さく笑い、抜き足指し足忍び足でそろりそろりと男の背後へ忍び寄っていった。

 

 それから雛は男が自分の間合いに入ったのを確認してから、

 

「だ〜れだ♡」

 

 と言って彼の視界を両手ではなく余ったリボンの端で塞いだ。

 

「…………雛だろ?」

 

 男は呆れた感じで答えると、雛はぷくっと両頬を膨らませた。

 

「むぅ〜……もっと誰かな〜みたいなのはないの〜?」

「そう言われてもな〜……俺が一つのことに集中してると他が見えなくなるの分かってるだろ? それより早くリボン取ってくれよ」

「構ってくれないから、や〜」

「や〜って……」

 

 雛の可愛らしい我儘に男は胸がキュンと跳ねるが、一方の雛は大真面目。終いにはキュッと視界を塞いでいるリボンをギュ〜ッとキツく締め始めた。

 

「オ、オ〜……ダレカナ〜、ウ〜ン……モシカシテヒナカナ〜?」

 

 男は頑張った。酷い棒読みだが雛のリクエストにちゃんと答えた。

 

「は〜い♡ 正解よ〜♡」

 

 対する雛は満足そうな声でそう返し、男の背中にキュッと抱きついて「これがしたかったの〜♡」と言いながら彼の肩から顔を出して、彼の左頬に頬擦りした。

 そんな雛の頭を彼は優しく撫でると、雛は「ん〜♡」と幸せそうな声をもらした。傍から見れば、それはまるで子犬が飼い主に甘えているような感じに見えることだろう。

 

 男はふぅと一息吐くと、椅子にしていた岩から立ち上がった。

 

「釣りは終わり?」

「あぁ、今晩と干物にする分は釣れたからな」

「私、邪魔しちゃった?」

 

 不安そうに雛が男に訊ねると、彼は小さく笑って「バ〜カ」と言った。

 そして、

 

「雛が来たんだ。これ以上釣りなんてしてらんねぇよ」

 

 と言ってニカッと歯を見せて雛に笑顔を向けた。

 そんな彼の笑みに雛はグングンとエクステンドを上昇させ、彼の胸に抱きつき嬉しさを爆発させるかのように、自身の顔を彼の胸にグリグリと埋めるのだった。

 

 それから二人は恋人繋ぎで手を繋ぎ、男の家へと向かった。

 

「そういや、今日は泊まっていくのか?」

「え、うん……そのつもりだったけど、都合悪かった?」

 

 男の問いに雛が答えて逆に訊き返すと、男は首を横に振って、

 

「いや、ただその言葉が聞きたかったんだ」

 

 とはにかんで返した。

 その反応が不意打ち過ぎて、雛のエクステンドはまたグググ〜ンと上がり、雛は「もぉ〜♡」と言って男の左肩に頭を預けるのだった。

 

 ーー

 

 男の家に着いた二人が中に入ると、彼は「適当な所に座っててくれ」と雛に言って釣り竿等を片付けてお茶の準備をした。

 雛はその間、男の家の中に溜まった微かな厄を彼に気付かれないように吸い取り、彼が戻るのを待った。

 

「緑茶でいいか?」

「えぇ、何でもいいわ♡」

「それが一番困るんだが……」

「ふふ、もっと困っていいのよ?♡」

「どうしてだよ……」

「それは困ってるあなたの顔が可愛らしいからなのと、困ってる間は私のことで頭がいっぱいになっているからよ♡」

「…………そうかよ」

 

 男が恥ずかしそうにしながら頭を掻いて返しすと、雛はまた嬉しそうに彼を見て頷くのだった。

 

「あぁ、そういや、また売れてたぞ、雛人形」

 

 男は思い出したかのようにそう言って、雛へお金が入った巾着を見せた。

 

「あら、いつも回収してくれてありがとう♡」

「俺はただ回収だけだ。気にすんな。勿論一銭も盗ったりしてないからな」

「分かってるわよ、あなたは本当に誠実な人ね♡」

「……うるさい」

 

 雛は流し雛で川に溜まった雛人形から厄を吸い取り、厄の除かれたその雛人形達をリサイクル品として人里に無人販売所を設けて売っている。

 男は、普段から人間のことを思って山から出てこない雛のことを思い、その雛人形を無人販売所へ足しに行くのと代金を回収するのを雛の代わりに行っているのだ。

 そのため、人里で男は魔法使いではなく雛人形職人として知られていて、たまに雛人形の予約まで貰ってくるほどだ。

 

「……後、二件予約もらった」

「うん、分かったわ……ふふ、本当に雛人形職人さんが板についてきたわね♪」

「ただの代行だって言ってるんだがな〜」

「私はあなたとお仕事してるみたいで嬉しいわ♡」

「……そうかよ」

「ふふふ、照れちゃった?♡」

「うるさい」

「静かに話してるじゃない♡」

「…………」

「可愛い♡」

 

 雛がそう言うと男はまた頭を掻いて茶をすすった。

 

「あちっ!?」

 

 すると急いでいたせいもあり、まだ熱かったお茶が猛威を奮った。

 

「あら、また厄のせいかしら?」

ふぉ、ふぉへほほひほふぁ(お、俺の落ち度だ)……」

 

 呂律の回っていない男を心配した雛は「べ〜ってして?」と言って彼に舌を見せるよう訊ねた。

 男は素直にべ〜っと雛へ舌を見せると、雛は「ちょっと赤くなってるわね〜」と言った。

 そして、

 

「はむっ♡」

 

 と可愛らしい声をあげて男の舌を優しくついばんだ。

 

 雛の行動に度肝を抜かれた男だったが、雛にガッチリと肩を固定されているので振りほどけなかった。

 くちゅくちゅ、ちゅぱちゅぱと言った音を立てて雛にされるがまま舌を優しく愛撫された男は、次第に自分も雛の腰に手を回して雛の身体を自分の方へと寄せた。

 

「ん……んぅっ、んはぁ♡ ふふ、少しは和らいだかしら?♡」

「少しどころじゃねぇよ……」

 

 互いに少し息を荒げつつ笑い合うと、雛は「あらあら♡」と妖しく笑った。

 

()()も腫れちゃってるわね〜♡」

「ひ、雛のせいだ……」

「じゃあ、ここの厄も吸い出してあげなきゃね♡」

「…………頼む」

「ふふふ……じっくりと吸い出してあげるわね♡ あ・な・た♡」

「ひ、雛……」

「どうしたの?♡」

「いや、その……する前にちゃんと言いたいんだ……好きだよ、雛」

「私もあなたのこと大好き〜♡」

 

 そしてその晩、雛は沢山厄を吸い出して、朝にはツヤツヤになり、男の方は真っ白になるのだった(ちゃんと生きてる)ーー。




鍵山雛編終わりです!
コツコツ書いて大晦日に合わせました!

色々とタブーがある雛ですが、そこはご了承を。
でも雛もこんな風に幸せになるってのもありですよね?

ではお粗末様でした♪
良い年末をお過ごしください☆

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。