妖怪の山ーー
秋も過ぎ、冬が訪れて暫く経つ幻想郷。
雪が降るのも近い今日この頃の昼下がりを、穣子は姉の静葉と共にふもとをのんびりと散歩していた。
「秋以外の季節なんて無くなればいいのに……」
「まあまあ、四季がある幻想郷は美しいんだから、そう言わないの」
「穣子は私よりも信仰を集めてるからそんなことが言えるのよ」
「紅葉を楽しみにしてる人達だって多いじゃない」
「農民より少ないもん!」
静葉の悲痛の叫びに穣子は思わずたじろぎ、苦笑いを浮かべる他なかった。
「大体、穣子は最近、豊穣の他にも信仰を集めてるじゃない……」
「え、そうかな?」
穣子がそう言って小首を傾げると、静葉は何度も首を縦に振った。
「そうよ……最近の穣子はーー」
「すみません!」
静葉が説明をしようとすると、突然背後から声をかけられた。
二人が後ろを振り返ると、そこには若い男女が立っていて深刻そうな顔をしていた。
「あの、そちらのお帽子を被った方、あなた様は秋穣子様ですよね!?」
「え、はい、私が秋穣子ですが?」
すると男女はパァッと顔をほころばせ、透かさず穣子の元に跪いた。
そんな二人に穣子はオロオロしていると、見てらんないとばかりに静葉が二人に「何の用なの?」と訊いた。
静葉の言葉に男の方が「ははぁ!」と声を出すと、頭を下げたまま説明を始めた。
「実は私共は結婚して五年になる夫婦でして……」
「ふむふむ……」
「しかしまだ子宝に恵まれておりません……」
「ほうほう……」
「なので穣子様のお力を借りようと!」
男がそこまで言うと静葉は「だとさ」と話題を穣子に振った。
穣子は苦笑いを浮かべつつ、夫婦に対してゆっくり諭すように語った。
「五年の間で子宝に恵まれなかったのは、さぞお辛かったでしょう。でも知っての通り私は豊穣を司る神。あなた方の願いはお引き受け出来ません」
穣子の言葉に夫婦は「そんな!」と声をあげるが、それを穣子は優しく手で制すと、
「私ではどうもすることは出来ませんが、その願いはこの妖怪の山にいる神へお伝えしましょう。土着神でありますが人身御供もありませんのでご安心を」
と付け加えると夫婦は穣子にまた恭しく頭を下げ、持ってきた米や川魚を穣子へ捧げて帰っていった。
それを見送ると、穣子は「それで何の話だっけ?」とまた静葉に訊くと、静葉は「それよ、それ」と穣子が貰った米や川魚を指差した。
「これ? でもこれ守矢神社に持ってく物だよ?」
「そうじゃないのよ! 穣子がそうやって人々の願い事を守矢神社に伝えに行くから穣子の株が上がってるのよ!」
「株って……だって私じゃ子どもなんて与えてあげられないもん」
「だからってそんな甲斐甲斐しく面倒見てやる必要もないでしょ!?」
「そうかな〜……人間あっての豊穣じゃない? 人間がいないと作物だって作れないんだし、私達神は人間あってこその神なのよ?」
穣子の主張に静葉はぐうの音も出なかった。
静葉が反論も出来ずにいるのを穣子は気にする素振りも見せず、帽子から小さな鈴を取り出すとそれを鳴らした。
辺りに透き通るような鈴の音が響くと、山の中から一人の若い男が現れた。
「俺をお呼びかい、穣子さん?」
「うん♪ また守矢神社にこれを運んでほしいの♪」
すると男は「あいよ」と言って米と川魚をヒョイッと持ち上げた。
「いつも頼っちゃってごめんね?」
「好いた女の頼みだ……これくらい気にするな」
「えへへ、ありがと♡」
穣子が笑顔でお礼を言うと、男は小さく笑って「おう」とだけ返した。
この男は穣子の恋人であり、正体は妖怪の山に住む『だいだらぼっち』という巨大な妖怪なのだ。
幻想郷に来た際に自身の大きさを変えられる能力を得たため、今では基本的に人間とそう変わりない背丈をしている。
しかしその力は群を抜いて強く、あの勇儀が一目置いているくらいだ。
そして穣子とは共に人間の田畑の手伝いをしている時に意気投合し、今では皆が呆れるほどのバカップルである。
そんな二人を見て、人里の多くは穣子に子宝のご利益もあるのではと考え、先程のように人々が信仰するのだ。
しかし穣子が言うように自身は豊穣の神であって子宝の神ではないため、最初は戸惑ったがだいだらぼっちが『それなら守矢神社に頼むといい』と発したのを期に、穣子は人々の願い事を守矢神社に伝えることにしたのだ。
自分の発言が発端なので、だいだらぼっちは供物を運ぶなどして穣子を手伝っている。
「それじゃあお姉ちゃん、私はだいだらぼっちと守矢神社に行くからね♡」
「失礼する」
「はいはい、行ってら〜」
声を弾ませてその場を去る穣子と、礼儀正しく頭を下げるだいだらぼっちに静葉はそう返し、
「あんなに仲睦まじいなら子宝の神と思われても仕方ないわよね〜」
とつぶやいて自分は散歩を再開するのだった。
守矢神社ーー
「早苗ちゃ〜ん、神奈子さ〜ん、諏訪子さ〜ん」
守矢神社へ着いた穣子達。
境内に入ると穣子は透かさず三人を呼んだ。
「あら、穣子さん、だいだらぼっちさん、こんにちは♪」
本殿の中から早苗が顔を出して二人に挨拶すると、早苗は急いで靴を履き、パタパタと二人の元へやってきた。
「またいつものですか?」
「そうなの。お願い出来ない?」
「これが供物だ」
「はい、分かりました! その願いは守矢が叶えます!」
シャキーンと言うような決め顔をした早苗に、穣子は苦笑いを浮かべて「お願いします」と返すが、だいだらぼっちの方は顔色一つ変えずに「これは本殿の御膳に置くぞ」と言って本殿に向かった。
「だいだらぼっちさんはいつも優しいですね♪ 妖怪のみんながだいだらぼっちさんみたいに心優しい妖怪ならいいんですけど」
「まぁ、怖がられることで自分の存在意義を得る妖怪がいるくらいだし、こればっかりはね〜」
「それもそうですよね。でも前みたいに人の命を脅かすような事態にはならないので安心はしてますけどね♪」
「罪のない人間は襲わないようになったもんね。お陰で彼も心無い人々から変な言い掛かりをされなくなったわ」
そう言う穣子は優しい顔をしていた。
だいだらぼっちは元々害のない妖怪として知られていたが、妖怪は妖怪。それを快く思わない人間もいたのだ。
「いやぁ、今日もお熱いですね〜♪ だいだらぼっちさんへの好き好きオーラプンプンです♪」
「そ、そうかな? 私はいつも通りだけど……」
「ではいつも好き好きオーラプンプンなのですね!」
キリッと言うような顔をして早苗が言うと、穣子は「やめてよ〜」と言いながら赤く染まった頬を両手で押さえた。
「俺の穣子さんを困らせるな」
すると本殿から戻っただいだらぼっちがそう言いながら、穣子を早苗から守るように抱きしめた。
(
穣子はだいだらぼっちの言葉が嬉し過ぎて思わず頬を緩めた。
「いえいえ、困らせてませんよ〜♪ だいだらぼっちさんの
「ならいい……そういや、中で神奈子様が呼んでいたぞ」
「あ、ホントですか? ならば行かなくては! ではお二人共、願いは聞き入れましたとお伝えください!」
早苗はそう言い残すと「では!」と言って、その場を後にした。
「穣子さん、大丈夫か?」
「え、あ、うん……」
「顔が赤いが?」
「な、何でもないから……」
「そうか……穣子さんが何もないなら信じよう」
だいだらぼっちはそう言って優しい笑みを穣子に送ると、穣子の胸はキュンキュンと跳ねた。
「ね、ねぇ……♡」
「どうした?」
「この後って暇?♡」
「暇だが?」
「じゃ、じゃあ、夕方までデートしない?♡」
照れ笑いを浮かべて穣子が訊ねると、だいだらぼっちは快く頷いた。
それを見た穣子は、
「やった♡ じゃあじゃあ、人里に何か美味しい物食べに行こ♡」
と言ってだいだらぼっちの手を引いた。
「あぁ、いいとも。穣子さんと一緒にいられるなら何処でも楽しいから」
「もぉ〜、ばか♡」
「事実だからな」
だいだらぼっちが平然と返すと、穣子は耐え切れずに彼の胸にギュッと顔を埋めた。
そんな穣子の頭をだいだらぼっちは優しくポンポンと撫でると、穣子は顔を上げ、
「…………ちゅう、したい♡」
とおねだりした。
だいだらぼっちはそれにしっかりと頷いた後で、
「でもここでは不謹慎だ。だから……」
「きゃっ♡」
穣子をお姫様抱っこした。
「神社の外に出たらしよう」
「うん♡ いっぱいしてね♡」
こうして二人はラブラブオーラ全開で守矢神社を後にするのだったーー。
秋穣子編終わりです!
穣子は妹なので妹っぽく甘え上手な感じ?にしました!
ではお粗末様でした〜!
またこつこつ書いて出来上がったら更新します!