東方恋華想《完結》   作:室賀小史郎

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恋人は依姫。


依姫の恋華想

 

 月の都ーー

 

「ら〜らららら〜♪ らら〜♪」

 

 穏やかな昼を迎えた月の都。

 そんな中、豊姫は居間の窓から見える宇宙(そら)を眺め、歌を口ずさみながら妹の依姫とレイセンを待っていた。

 豊姫自身はともかく、依姫は日々忙しく自身の鍛練や玉兎達の訓練をしていて、レイセンも玉兎兵として依姫の訓練を受けている。

 そのため食事の際はちゃんと家族揃って食べようと決め、こうして二人を待っているのだ。

 普段料理をするのはペットであるレイセンだが、こういう時のお昼御飯はいつも豊姫のお手製である。

 

 すると依姫とレイセンが「お待たせしました」と姿を現した。

 豊姫は二人に対して「お疲れ様♪」と労いの言葉をかけると、二人は豊姫に笑みを返した。

 それから三人は食卓を囲み、礼儀正しく手を合わせてから昼食をとるのだった。

 

「ーーでね、そこの桃がまた美味しくって〜♪」

「美味しそうですね〜!」

「……お姉様は本当に桃がお好きですね」

 

 豊姫の桃トークをレイセンは素直に聞いているが、一方の依姫は苦笑いを浮かべて、相変わらずだなぁといった感じに言葉を返している。

 

「依姫、何かあったの?」

 

 次の瞬間、豊姫が突然依姫にそう訊いてきた。

 依姫は思わず「え?」と返すと、豊姫は更に言葉を続けた。

 

「だって貴女、さっきからお箸に何も摘んでないのに、お口へお箸だけを運んでるんだもの。気になるじゃない?」

 

 豊姫の指摘に依姫は「うっ」と恥ずかしそうに目を逸らした。

 そんな依姫を見て豊姫が「悩み事なら聞くわよ?」と言葉をかけ、レイセンも「わ、私もお力になります!」と力強く依姫を見た。

 すると依姫は少しの沈黙の後「実は……」と口を開いた。

 

「ここへ戻る前の訓練所でのことです。私は午前中の訓練を終え、レイセンを待っていた時に他の玉兎兵達の話し声が聞こえてきまして、その内容がーー」

 

 ………………

 …………

 ……

 

『ねぇねぇ、最近の依姫様って余計に厳しくなってない?』

『あ〜分かる〜。前の準備体操はフルマラソンだったけど、今はフルマラソン時にフル装備で走らされるよね〜』

『いざって時に必要なのは分かるけど、やっぱキツイよね〜。ただでさえ更に厳しい訓練が待ってるのに……』

『依姫様の訓練より防衛隊長様の方が理に適った訓練してくれるよね〜。何より優しいしさ〜』

『というか、あのお二人がお付き合いしてるなんて未だに信じられないよ、私〜』

『私も〜。あんな厳しい人が恋人だったら窮屈だよね〜』

『防衛隊長様も物好きよね〜』

『何か弱味でも握られてたりしてね〜♪』

『あはは、有り得る〜♪』

『もしそうだったら、防衛隊長様がすっごく可哀想〜』

 

 ………………

 …………

 ……

 

「ーーという会話を耳にしてしまいまして……」

「あ〜、なるほどね〜」

「私、注意してきます!」

 

 レイセンがそう言って立ち上がると、依姫は「その気持ちだけで嬉しいわ」と言ってレイセンの頭を優しく撫でた。

 その一方、豊姫は依姫の話に苦笑いを浮かべていた。

 

 すると依姫はその時のことを思い出したのか、右手にグッと力を込めた。そのせいで罪のない割り箸がペキョッと心地良い音を立てて見事に折れる。

 それを見たレイセンが「ひっ」と小さな悲鳴をあげた。

 

「みんな噂話が好きだから仕方ないわよ〜」

「…………私だって噂話くらいでとやかく言うつもりはありません。でも!」

 

 そう言って依姫は勢い良く立ち上がった。

 

「私があの人の弱味につけ込んでいるなどと言われるのは心外です! そもそも、あの人が私を選んでくれたと言うのに!」

 

 依姫はそう叫ぶと先程折った割り箸を更に手の中で粉々に粉砕した。

 それを見た豊姫は「まあまあ」となだめ、レイセンは冷や汗をドッと掻いた。

 

 依姫には数年前からお付き合いしている恋人の男性がいて、彼はプライベートだけでなく公人としても依姫の相方的存在であり、月の防衛隊長を任せられている。

 何年も前から共に任務をこなし、依姫の中で一番親しい男だった。そんな彼から数年前に告白をされた依姫は快く頷き、晴れて恋仲となり今に至る。

 

「私だって自分が堅物で無骨者なのは重々承知しています! でもそんな私が好きなのだと、あの人は言ってくれたんです! なのに……なのに!」

「おちけつおちけつ。ね?」

「お、おちおち、落ち着いてくだしゃい……」

 

 なだめる豊姫とレイセン。対する依姫は「ふ〜ふ〜!」と興奮した猫のように肩を震わせていた。

 

「依姫の気持ちも分からなくはないけど、事実とは異なるんだしいいじゃないの。貴女は彼と今まで通りラブラブしてればいいのよ」

「ら、ラブラブチュッチュなんてしてましぇん!」

(チュッチュまでとは言ってないんだけどな〜……自白しちゃってるわね〜)

(ラブラブチュッチュ……はわわ〜!)

 

 そんな依姫の自爆を豊姫はにこやかに眺め、一方のレイセンは顔を赤くしていると、静かに居間のドアがノックされた。

 

 豊姫はそのノックに「どうぞ〜」と声をかけると、依姫のお相手である男が「お食事中に失礼致します」と言って居間へと入ってきた。

 

 すると、

 

「あなた〜♡ ここまで来るなんて、どうかしましたか?♡」

 

 と先程まで興奮状態だった依姫が一変し、男の元へ素早く駆け寄り弾んだ声で話かけた。

 

(切り替え早っ)

(依姫様、嬉しそう……)

 

 デレデレモードに切り替わった依姫に、豊姫達は二者二様の驚きをしている。

 

「いえ、贔屓にしている店の店主から桃を多く譲ってもらいまして、そのお裾分けに参りました」

「うわぁ、嬉しいです♡ ありがと♡」

 

 桃と言えば豊姫なのだが、いち早く反応した依姫は周りにハートをばら撒くようなオーラで男から桃の入ったカゴを受け取った。

 

「ちょっとお兄さん。少しいいかしら?」

 

 豊姫がそう声をかけると男は「はい、何でしょうか」と言って豊姫の元へ行ってその場で片膝を突いた。

 

「公的な場ではないのだから、そこまでしなくていいわ。直りなさい」

「はっ」

「で、依姫のことで少しお話があるのだけれど」

「はい」

「ちょ、お姉様!?」

 

 慌てて止めに入ろうとする依姫だったが、豊姫に「静かに」と御された依姫は黙るしかなかった。

 それから豊姫は先程依姫から聞いた話を男にし、それを話した上で「貴方はこの話をどう思う?」と訊ねた。

 

「言い方は悪いですが、周りからどのように言われても私は気にしません。私は依姫様が好きで共にありたいと願いましたから……流石に行き過ぎた噂話には注意をしますけどね」

 

 男のキッパリとした答えに、豊姫は満足そうに頷き、彼のすぐ隣に居る依姫に「だそうよ?」と言った。

 

「あなたぁ♡ あぁ、あははっ……そこまで言い切ってくれて嬉しいです♡」

 

 依姫は恍惚な表情と恍惚なポーズをし、目にまでハートマークを浮かべている。

 

「私は当然の意見を述べただけです。そのような噂話、私の依姫様への想いで掻き消します。こんなにも依姫様への愛が私にはあふれているのですから」

「はうぅ……わ、私もあなたのこと好きですよ?♡ いえ、大好きです♡」

 

 男が依姫の手を取って優しく言葉をかけると、依姫も嬉しそうに声を弾ませて返した。

 

「これはご馳走様と言う他ないわね〜♪」

「ラブラブです〜♪」

 

 豊姫とレイセンがそう二人に言うが、

 

「依姫様……」

「あなた……ふふっ♡」

 

 互いに手を取り合い、見つめ合いながら二人だけの世界に浸っていた。

 

「私達が居るのに、二人だけの世界を作らないでよ〜」

 

 そんな二人を見て豊姫が苦言をもらすと、レイセンは「幸せなのですから、良いではありませんか♪」と二人をフォローした。

 

「まぁそうなんだけどね〜」

 

 レイセンの言葉に豊姫は同意するも、何処か歯切れの悪い感じだった。そんな豊姫にレイセンが小首を傾げると、豊姫は「あちらを見なさい」と目配せした。

 

「依姫様……心からお慕いしております」

「あぁ、あなた……私もあなたが、好きです♡ 大好き♡ 本当に、好き……んっ♡」

 

 愛の言葉を囁き合った後で、二人は豊姫達の前であるのにも拘わらず口づけをし始めてしまった。

 そんな二人を見たレイセンは刺激が強過ぎて、顔を真っ赤にして硬直してしまった。

 

「……ほら二人共、ラブラブチュッチュするなら他でやってちょうだい」

 

 呆れた豊姫が二人の手を引くと、二人は今更ながらはにかむのだったーー。




綿月依姫編終わりです!

豊姫同様、依姫編も色々と独自の設定をぶっ込みましたが、どうかご了承ください。

此度もお粗末様でした!

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