文の恋華想
妖怪の山ーー
微風が心地良く頬を撫でる穏やかな昼下がり、そんな日でも、山にある滝の側から周辺を哨戒している椛はある面倒事に晒されていた。
「射命丸様、私まだ哨戒任務の途中なんですけど……」
「大天狗様にはお許しを得て来たから大丈夫! それよりまだ何処か分からないの!?」
「山だって広いんですから、そんなにすぐには見つかりませんよ……星熊様が一緒なので比較的見つけやすいですけど……」
椛の隣に立って「早く早く!」と急かす文。
文は椛にどうしても勇儀を見つけ出してほしいのだ。
何故なら、
「
「星熊様たってのご指名なのですから、それは無いでしょう」
(素直に心配だからって言えばいいのに……)
文の大切な恋人が勇儀と守矢神社に向かっているからだ。
文の恋人は妖怪の山に住む『送り狐』という妖怪の一青年だ。
送り狐はこの妖怪の山で、山の中にある守矢神社や名居守の祠へお参りしたい人間を安全に送迎する案内役なのだ。
文と送り狐の青年は妖怪の山の社会で位は違えど、博麗大結界の成立よりも以前、まだ鬼が山にいた頃からの顔馴染みだった。
青年の仕事柄、人間から面白いお話を見聞きするため、文は彼から新聞のネタを提供してもらうこともしばしば。
更には青年が愛読している『文々。新聞』も彼の人柄から、今では当初に比べて多くの人々に購読してもらっている。
青年は自身の過去の一件から、妖狐でありながら人間には特に好意的であり、更には人、妖問わず多くの者に慕われていて、文もその中の一人だった。
そんな中、近年の幻想郷では人間も妖怪も分け隔てなく暮らせるようになってきた。このことにより二人にも変化が訪れ、文は青年から告白をされた。文もそれに快く頷き、二人は数百年の時を経て、ようやく恋仲となったのだ。
それで今、青年は勇儀に頼まれて守矢神社へ勇儀を案内している最中なのだ。
文としては青年が鬼であり、更には勇儀の無自覚な美貌に魅了されてしまうのではないかと心配し、椛の千里眼を使って様子を見ているのだ。
「私としては、彼は一途なので大丈夫だと思いますけどね」
「何を言ってるの! あのダイナマイトボデーは脅威に決まってるでしょ!?」
「好きなら相手のことを信頼しましょうよ。あとなんですかボデーって……」
「だって勇儀さんって前からあの人のことお気に入りっぽかったんだもん! 勇儀さんに迫られたら逃げるどころか捻じ伏せられて、そのまま美味しく頂かれちゃうかもでしょ!?」
文の言葉に椛は「はいはい」と最早適当に相槌を返していた。
そしてやっと勇儀と青年を見つけると、勇儀は彼の肩に手を回して上機嫌に神社の石段を登っていた。
「仲良く肩を組んで歩いてますね〜。星熊様が一方的に彼の肩に腕を回している感じですが……」
「ちょ、勇儀さんその人は私のですからね!」
椛の報告に文は聞こえるはずのない勇儀にそんな言葉を叫んだ。
「今度は頭を撫でられてますね……彼も狐耳を倒して嬉しそうにしてます」
「きぃぃぃぃ!」
「耳元で変な奇声あげないでくださいよ……」
すると文は「だってだってぇ!」と椛の肩を揺らした。椛は頭をグワングワンとさせられながらも、ちゃんと二人からは目を離さなかった。
「どうして勇儀さんも萃香さんも私の彼氏なのにあんなに馴れ馴れしく接するの!? 毎日あれだけ私との熱愛っぷりを新聞で報道してるのに!」
「彼は過去の教訓から嘘偽りは二度としないと誓ってますからね〜。そこが鬼であるお二人から好感を得ているのでは?」
(殆どは野次馬根性で、射命丸様との恋路を根掘り葉掘り聞かれているだけでしょうけど……)
「大体、あの人は好かれ過ぎなのよ! 人里でデートしてても老若男女問わず声かけられるし、山の中でも野鹿や野猿、野鳥が寄ってくるし、私が全然独り占め出来ないのよ!?」
「はぁ……」
(そもそも仕事以外は彼にべったりのくせに、まだ満足していないのもどうかと思いますけどね……)
文の凄まじい独占欲と嫉妬心に椛はほぼ呆れていると、
「あ、彼だけ守矢神社を離れました。どうやら行きの案内だけの様ですね、射命丸sーー」
言葉の途中だったが、物凄い風と同時に文の姿は無かった。椛がもう一度千里眼で彼の方を見ると、そこにはもう文が彼の左腕を掴んで離そうとしない光景が見えた。
(鬼が苦手なのは分かりますが、最初から一緒にいれば良かったものを……)
椛はそう考えると思わず大きなため息を吐いた。そしてやっと文から解放され、椛は哨戒任務へと戻るのだった。
ーー。
「あ、文、いきなりどうしたんだ? こんなに甘えてくるなんて?」
「私以外の女の人とデートなんかするから……」
ムスッと顔をしかめている文はそう言って、青年の腕にグリグリと頭を擦り付けている。
青年はそんな文を見て、「仕事だよ」と言って苦笑いを浮かべた。
「勇儀さんに撫でられて嬉しそうにしていたそうじゃない?」
文はジト〜っと青年を睨んで言うと、青年はまた苦笑いを浮かべて自身の頭を軽く掻いた。
「貴方は隙が多過ぎなのよ。いつもいつも愛想振り撒いて……」
「職業柄人見知りなんてしてられないからな。しかめっ面してるよりは、ニコニコしてる方がいいだろ?」
「それはそうだけど……」
「俺だってニコニコしてる文の方が好きだぜ♪」
「っ!!」
青年の不意打ちに文は思わず残機を一つ減らしてしまい、文はそのまま彼の肩にもたれ掛かった。
そんな文を見て、青年は文の肩をトントンと叩きながら「文〜?」と声をかけるが、文の方は「何でもない♡」としか返すことが出来なかった。
(今顔上げられない……私絶対に変な顔してるもん♡)
文は青年に言われたことが嬉し過ぎて顔がニヤけてしまっていたのだ。
それから文は顔の緩みが直るまで青年の二の腕に顔を埋め、そのまま山道を歩いた。
ーー。
「勇儀さんはどうして守矢神社へ?」
落ち着いた文が青年の腕にしがみつきながら、ふとそんなことを訊いた。
「何かかなり重い物を運ぶから手伝ってもらうんだと」
「なら貴方じゃなくて、早苗さんに案内をしてもらえば良かったんじゃ……」
「姐さんも最初はそのつもりだったんだけど、早苗ちゃんは色々と準備があって案内出来ないってことで俺んとこに話が来たんだよ」
「そう……」
すると青年は何かを思い出したような表情をした。
「そう言やぁ姐さんから、文と何処まで行ったんだってかなり訊かれたよ」
「それで?」
「昨晩は朝まで睦み合いましたって答えた!」
青年がはにかんで文に答えると、文は「そっか♡」と嬉しそうに笑った。
「新聞に載ってる通りなんだなって、すげぇ笑われたけどな〜」
「ふふん、捏造新聞なんてもう誰にも言わせないからね!」
「でも俺達の仲をあんなに書かれるのは、ちょっとな〜……」
頬を微かに赤らめて言う青年に、文は思わずドスの利いた声で「何か問題でも?」と彼に詰め寄った。
「問題って言うか……何と言うか……」
「ちゃんとした理由があるなら言ってよ。隠し事はしないって約束でしょ? それとも私とのスイートメモリーが世に知れ渡ると何か不都合なことでもあるの? 無いわよね? だって私のことを愛してくれているんだもんね? 何百年も前から私は貴方に恋してた。貴方から告白されてとても嬉しかった。今でも凄く幸せなのに何が問題なの?」
文はマシンガンならぬ機関銃の如く言葉を並べ、更には「どうしてどうして?」と何度も何度も青年に問い詰めた。
「お、おい、落ち着けよ! 俺が嫌なのは文の可愛さが他の男達に知られるのが嫌だなって思ってるだけだ!」
「あやややっ!?♡」
青年の言葉に文はボンッと顔を真っ赤にして硬直してしまった。対する彼もしまったと言ったような表情を浮かべ、耳まで真っ赤になって文から目を逸らして虚空を見つめた。
すると文はモジモジとしながら青年の袖をキュッと片手で掴むと、
「…………私はずっと貴方だけの女だよ?♡」
と上目遣いで彼へ甘い言葉をかけた。
青年はそんな文からの可愛らしいスペカを喰らい、ゴリゴリとライフを削られた。
「お、俺だって文だけだ……出来ることなら誰にもこんな可愛い文を見せたくない」
耐え切れず青年はそう言って文を力強く抱きしめた。
すると文もそれに応じるように青年の背中に手を回し、「ふぇっへっへ〜♡」とだらしない笑い声をあげた。
「変な鳴き声が聞こえてるぞ?」
「私の勝手でしょ〜?♡」
「鴉だけに?」
「うん♡ どうせなら、このまま私も貴方のお家へ帰ろっかな♡」
「え?」
「貴方にしか見せない私のあんなとこやこんなとこ、沢山見せてあげる♡」
そう言った文は妖しく笑い、青年の唇をついばんだ。
「貴方が私にしか見せない色んなとこも独占取材させてね♡」
「お手柔らかにな」
「加減が出来ればね〜♡」
それから青年は文に耳や頬、首筋等に何度も何度も口づけされながら家へと帰るのだった。
そして次の日から『文々。新聞』は更なる激甘新聞となるのだったーー。
射命丸文編終わりです!
ちょいヤンデレっぽくなったこと、独自設定が強くなったことにはご了承を。
ではお粗末様でした〜!