人里ーー
本日も平和に時が過ぎた幻想郷。
夕刻を迎えた人里では、カラスが鳴き、子ども達も足早に帰宅し、多くの民家から炊き出しの煙が登っている。
そして人里へ薬を売りに来ていた鈴仙とてゐも永遠亭へ帰る最中だった。
「れ〜い〜せ〜ん〜、早く帰ろ〜!」
「ちょっと待ってってば! 夕飯の買い物を頼まれてるんだから!」
てゐは鈴仙のスカートの裾を引っ張って「早く」と訴えているが、鈴仙はスカートを気にしながら買い物をしている。
「は〜や〜く〜!」
「あと少しだから待ってってば〜!」
そんなこんなでやっとこ買い物を終えると、てゐは鈴仙の手を引っ張って家路を急いだ。
どうしててゐがこんなに急いでいるのかと言うと、永遠亭で自分の帰りを待っている最愛の恋人が居るからなのだ。
その青年は数年前まで人里で暮していた。
しかし大きな火事で家と家族を失い、ただ一人生き残った青年は生きる希望を捨て、迷いの竹林に身を投じた。
そして野垂れ死ぬを待っていると鈴仙とてゐが彼を見つけ永遠亭へ運び、永琳が治療し、輝夜の許しを得て永遠亭に迎え入れた雑用係である。
最初こそは暗かった青年だったが、てゐが彼を特に気に掛け、彼相手に悪戯をよく仕掛け、てゐの遊び相手になっているうちに徐々に彼も本来の明るさを取り戻した。
そしてそんな二人が恋仲になるまで、そう時間は掛からなかった。今ではてゐはこうした仕事以外で青年の側を離れようとしない程。
「急かしてるけど、元はと言えばてゐが悪いんだからね!」
「そんなの知ってるし! だから早く帰ってアイツの側に居てやりたいんだ!」
そんなてゐに鈴仙は「まったく……」と愚痴をこぼし、てゐに手を引かれるがまま家路を急いだ。
永遠亭ーー
その頃、永遠亭では、
「貴方も大変ね。恋人の作った落とし穴で右腕骨折とか」
「あはは、まぁ幸いポッキリ折れたのでヒビが入るよりはマシだと思ってます」
輝夜が彼を自分の部屋に呼んで暇潰しをしていた。
彼は今朝、いつも通りに永遠亭の庭掃除をしていると、てゐのいつもの悪戯で作った落とし穴に落ちて怪我をしたのだ。
しかし今回は運が悪かった。いつもならてゐが落ちるところを隠れて見ているため、てゐの能力で大事には至らずに済んでいたのだが、今回は落とし穴を掘ったてゐ自身がその存在を忘れていたので彼は右腕を骨折してしまった。
それでも彼はてゐを責めなかったが、永琳や鈴仙はこれでもかとてゐを叱りつけた。
恋人を骨折させてしまったとして、てゐも猛省し、涙を流して二人から叱りを受け、彼に泣いて謝り、そして今に至る。
「輝夜様、お茶のおわかりどうですか?」
「遠慮するわ。そろそろあの子達も帰ってくる頃でしょうし、貴方は自分の部屋に戻りなさい。私は寝るから夕飯になったら起こしてちょうだい」
「畏まりました。では失礼致します」
「立てる?」
「大丈夫です。お心遣いありがとうございます」
彼はそう言ってスッと立ち上がると、輝夜は「ん」と微笑んで布団に寝転んだ。
彼は輝夜の部屋から出る時にもう一度「失礼しました」と声をかけて、自分の部屋へ向かった。
ーー。
「ーーい!」
「?」
「ー〜い!」
部屋に戻る途中で、遠くの方から声がしたので立ち止まると、向こうの方からてゐが彼の元へドタドタと走ってやってきた。
彼は優しく笑ってその場に膝を突くと、てゐは彼にムギュッと抱きついた。いつもなら飛び付くのだが、彼のことを配慮した結果、今回はゆっくりだった。
しかし抱きついて彼の首に回したてゐの手はとても力強く、彼の胸に顔を擦り付けるてゐは「もう離れないから!」と何度も何度も繰り返し言った。
「おかえり、てゐ♪ 今日は一緒に薬を売りに行けなくてごめんね」
「何言ってんだよ! 私が悪かったんだからお前が謝るな!」
「あはは、ごめんごめん」
(お前は優し過ぎんだよ、バカ♡)
それからてゐは彼の鼻先と自分の鼻先を擦り合わせた。これはてゐの「ちゅうしよ♡」という合図なのだ。
すると彼はもう一度優しく「おかえり」と声をかけ、てゐは「ただいま♡」と返して幾度も互いの唇をついばんだ。
「……ちょっとあなた達」
二人で互いの唇を味わっていると、ふと横槍が入った。
それは鈴仙で、鈴仙は頬を赤くして二人を直視しないように両手で目を覆っていた。
「何だよ、鈴仙」
「鈴仙さん、おかえりなさい」
てゐは不機嫌そうに鈴仙に視線だけを向け、青年はいつも通りに挨拶をした。
「て、てゐ、まだ師匠に細かい報告もしてないんだから早く来て」
「んだよ〜、そんなの鈴仙がやればいいだろ〜? 私はコイツの面倒をみなきゃいけないんだから」
「どう見てもイチャついてただけでしょ!」
「イチャついてない! おかえりとただいまのキスをしてただけだ!」
「それを普通はイチャついてるって言うのよ!」
鈴仙とてゐがそんな言い争いをしていると、青年は苦笑いを浮かべて「俺も一緒に行くから」とてゐをなだめると、てゐは「仕方ないな〜♡」と言って鈴仙と言い争うのを止めた。
それを見た鈴仙は呆れたようにため息を吐いて「早く行くわよ」と、脱力感に満ちた言い草で体を翻すのだった。
それから三人で永琳の元へ行き、鈴仙とてゐは細かな報告をした。
報告が終えると、鈴仙は永琳の後片付けの手伝いでその場に残り、てゐと青年は夕飯の支度をしに厨へと向かった。
「なぁ、本当に休んでなくていいのか?」
厨へ向かっている途中、青年のことを心配したてゐがそう訊ねると、青年は「大丈夫」とニッコリ微笑んだ。
「頼むから無理だけはするなよ?」
「てゐも手伝ってくれし大丈夫さ。流石に鍋振りは出来ないけどね」
「絶対無理すんなよ!? したら怒るからな!」
てゐがそう念を押すと、青年はまたニッコリ微笑んで「あぁ」と短く返した。
そんな彼の笑顔にキュンときたてゐは、彼に抱きつきたいのをグッと堪え、彼の骨折していない方の腕にキュッと抱きつくのだった。
ーー。
それから二人は厨で料理を始めた。
今日は輝夜がハンバーグをご所望なのでタネはてゐが作り、味や火加減は彼が担当した。
「こんな感じか?」
「うんうん、そんな感じ。後は人参と玉ねぎをすりおろして」
青年の指示にてゐは「分かった」と頷いて人参と玉ねぎをすりおろしていく。
すると青年がてゐを見つめながら小さく笑った。
そんな青年にてゐが「何か間違ったか?」と訊くと、彼は「違うよ」と言って、笑った理由をてゐに語った。
「なんかこうしてると一緒に作ってる感じがして、いいなって思えてさ。なんかこう、幸せだなって」
「そ、そっか……えへへ、実は私もおんなじ事思ってた……♡」
「はは、なら尚更幸せだな」
「うん……♡」
そして、てゐはうさ耳をピコピコと跳ねさせながらまた作業を開始した。
タネも出来上がり、焼く段階に入ると青年は火加減を見ながらてゐに指示を出した。
「両面に焼き色がついたら一回皿に出してね」
「分かった」
「焼いた時に出た肉汁はこっちの器に入れて」
「了解」
その作業が終わると、彼はフライパンに小麦粉を入れそれをバターで炒めるように頼み、てゐは指示通りに小麦粉を炒めた。
その後も彼は隣で水を入れ、調味料や肉汁を加えソースを作った。
そしてそのソースの中に先程のハンバーグを入れ、煮込みハンバーグを完成させた。
「おぉ〜! 凄い! これ私達で作ったんだよな!?」
「俺達っていうよりは殆どてゐが作ったようなもんだけどね」
「お前の言う通りに作ったんだから、私達の料理だろ?」
てゐがそう言って「むぅ」っと片側の頬を膨らませると、彼は優しく笑って「てゐの言う通りだな」と言った。
こうして二人で作った料理は食卓でみんなの笑顔を呼び、てゐは輝夜達に褒められ、みんな幸せな食卓を過ごした。
そして夜ーー
「痒いとこあるか〜?」
「右の真ん中ら辺……あ、そこそこ」
風呂に入れない青年のため、てゐは甲斐甲斐しく彼の世話を焼いていた。
「本当にごめんな。こんなことになっちゃって」
「いいっていいって」
「もっとお前もお師匠達みたいに私を叱ってもいいんだぞ?」
すると青年は向きを変えぬままゆっくりと口を開いた。
「俺はてゐが居たから今の俺があるんだ。孤独だった俺に温もりくれた。そんな人に骨の一本や二本折られたくらいでとやかく言わないさーー」
「ーーそれに、骨折したからこうしててゐに付きっきりで面倒見てもらってるしね♪ こんなに幸せなことはないよ」
そう言うと、てゐは「そんなの反則だ、バカ♡」と青年の背中をペシッと軽く叩いた。
すると青年は「てゐのことが好き過ぎて馬鹿になったんだ」と返し、てゐはまた今度は無言で彼の背中を叩いた。
それからーー
「な、なぁ、てゐ……これはどういうことだ?」
体が拭き終わるとてゐは彼に服を着せぬまま、彼を布団に仰向けで寝かせ、その上に覆い被さってきた。
「ん? どういうことってこういうことだけど?♡」
そう言いながらてゐは妖しく微笑んだ。
「今晩は全部私がシてやるからな♡ 精一杯罪滅ぼしをさせてもらう♡」
「そ、そんなのしなくていいよ!」
「とかなんとか言っちゃって〜、かなりヤル気じゃん?♡ ん?♡」
「そ、それは……」
「ま、お前は楽にしてな♡ 後はこっちがヤルからさ♡」
「おうふ……」
その晩、てゐは何度も彼の上でぴょんぴょんしたーー。
因幡てゐ編終わりです!
これももう結婚してんじゃんって感じになってしまいましたが、どうかご了承ください。
そしててゐは見た目より長生きしてるのでセーフということでお願い致します!
ではお粗末様でした☆