寺子屋ーー
穏やかなお昼を迎えた幻想郷。
寺子屋では通常の授業も終わり、多くの子ども達が帰る中、ある複数名だけが居残りを強いられていた。
「大ちゃん、算数って何なのかな?」
「変に哲学的なことを言わないで、早く問題解いてよチルノちゃん」
「掛けたり割ったり難しいのだ〜! 調味料を掛けたり、木の実を割ったりした方が簡単なのだ〜!」
「足し算と引き算が出来れば、生きて行く分には十分だと思うんだよね。どう思うてゐ?」
「かけ算やわり算が出来ると生活していく中で、出て来る計算がもっと早く出来るようになって、もっと生活しやすくなるって、お師匠様が言ってたぞ。だから頑張れリグル、ルーミア」
残っているのはチルノ、リグル、ルーミア、ミスティアの四人であり、その四人に付き添うように仲の良い大妖精、橙、てゐは慧音と共に自分に出来る範囲で勉強を教えていた。
しかしミスティアだけは黙々と問題を解いていて、ついにーー
「先生、答え合わせお願いします」
ーーと、一番乗りで慧音の元へプリントを見せに行った。
「おぉ、早いなミスティア。どれ、見せてみろ」
ミスティアは慧音にプリントを渡すと、慧音は一つ一つ採点していった。
そして慧音が「うん」と頷くと、すぐにミスティアの方を見てニッコリと笑顔を見せた。
「全問正解だ。おめでとう、ミスティア」
慧音の言葉に残っていたみんなが歓声のような声をあげた。
「あ、ありがとうございます!」
一方のミスティアは嬉しそうに顔をほころばせ頭を下げていた。
「うんうん。最近のミスティアは本当に賢くなったな♪ これも店をやっているからかもしれないな♪」
慧音はそう言いながらミスティアの頭を優しく撫でると、ミスティアは「えへへ♪」と声をもらした。
「それもあるだろうけど、ミスチーは兄ちゃんに勉強教わってるからじゃないの〜?」
「そ、それもあるかな……えへへ♡」
チルノの言葉にミスティアは少し恥ずかしそうに頷いた。
チルノが言った"兄ちゃん"とはミスティアの恋人で、迷いの竹林へ向かう道のその手前で小料理屋を営んでいる半人半妖の青年のことである。
「チルノ、お兄さんじゃないよ。ミスチーの旦那さんだよ」
「だだだだ旦那しゃん!?」
リグルの言葉にミスティアはボンッと耳まで真っ赤にした。
しかし、リグルがそう言うのも当然で、その理由はミスティアがその半妖の青年と一緒に暮らし、一緒に店をやっているからだ。
青年の方からミスティアに「君と一緒にこの店を営んでいきたい」とプロポーズ並みの告白をされ、ミスティアはそれを快く承諾。傍から見たら夫婦と何も変わりないのだが、ミスティアとしては自分自身がまだまだ半人前なので、一人前になるまでは結婚はしないと彼と約束しているのだ。
「どうせ店が終わったら「うふんあはん」してるんだろ? 男女が一つ屋根の下に居るんだからさ♪」
「…………」
「こらてゐ、そんな話題を出すな。それとミスティアも否定するならちゃんとしろ」
てゐのあっち方面の話題に俯いてしまったミスティアを慧音が助けるも、当のミスティアは顔を真っ赤にしているだけで反応がない。
「でもこの前、お客さんから女将さんって言われても普通にお返事してたよね♪」
「お兄さんを呼ぶ時もミスチーは『あなた〜』って呼んでたのだ〜♪」
「橙が紫様達とお店に行った時は二人並んで、仲良くお皿洗ってたよ〜♪」
「ぁぅぁぅぁぅ……」
大妖精、ルーミア、橙の無自覚な暴露に、ミスティアは顔を両手で押さえ、その場にしゃがみ込んでしまった。ミスティアのライフはもうゼロに近かった。
「こらこら、みんな。ミスティアが困ってるだろう?」
透かさず慧音がミスティアに助け舟を出すが、みんなは「お店では恥ずかしがってないよ?」と首を傾げた。
慧音は「色々とあるんだ」と苦笑いで擁護し、みんなは「へぇ〜」と言ってそれ以上は何も暴露しなかった。
「とにかくミスティア。君はもう帰ってもいいぞ」
「はいぃ〜……」
「ミスチー、後でお店行くね〜♪」
帰ろうとするミスティアにチルノがそう言うと、他のみんなも「私も」と言うように手を振った。
ミスティアは恥ずかしがっているものの、みんなが店に来てくれるのは嬉しいので「待ってるね」とはにかみながら返して、寺子屋を後にした。
「よ〜し! ミスチーのお店に行くために頑張るぞ〜!」
「頑張るのだ〜♪」
「私も頑張ろ♪」
そうして意気込むチルノ達を優しく見守る慧音達だったが、
『この問題どう解くの(だ)〜?』
との言葉に苦笑いを浮かべるのだった。
人里の外れーー
「ただいま〜♡」
ミスティアが帰ってきた頃は、丁度お昼のラッシュも終わり、店にはお客が居なかった。
「おかえり、ミスティア」
そして彼は洗い物をしながら、ミスティアへ笑顔を送った。
ミスティアは「今手伝うね」と笑顔で返し、奥の座敷へ寺子屋の荷物を置いてから、すぐに彼の隣へ並んだ。
「帰ってきたばかりなんだし、休んでていいんだよ?」
「いいの♡」
彼の心遣いにミスティアはそう言うも、彼は「でも……」と顔を曇らせた。
するとミスティアは彼の目を真っ直ぐに見つめて、
「
と上目遣いで微笑んだ。
彼はミスティアのその表情に胸をドキッとさせられ、少し顔を赤く染めて「ありがとう♡」と返した。
すると店のガラス戸がガラガラと開き、妹紅が入ってきた。
「邪魔するよ」
「いらっしゃい!」
「いらっしゃいませ♪」
妹紅はいつものように店の一番奥のカウンター席に座ると、彼が「いつものですか?」と訊ねた。
妹紅が「あぁ」と笑みを返すと、彼は「はい」と元気に返して調理に取り掛かった。
「お冷とおしぼりです」
「ありがとう。今日ミスティアが居るとは思わなかったな」
「居残りが早く終わったので♪」
「あ〜、そういえば慧音が褒めてたぞ。最近のミスティアはちゃんと授業内容を覚えられるようになったって」
おしぼりで手を拭きながら妹紅がそんな話をすると、ミスティアは嬉しそうに「えへへ♪」と笑い声をもらした。
「女将としても板についてきて、客足も上々……順風満帆じゃないか」
「そうですかね〜♪」
「後は結婚だな♪」
「ひゃう!?」
妹紅の「結婚」という言葉に明らかに動揺するミスティア。
「僕の方は受け入れ体制万全なんですけどね〜♪ お客方からも「早く結婚しちまえ」ってよく言われます♪」
「あっはは♪ なんだ、後は女将の決心だけか〜♪」
「うぅ〜」
それから妹紅はいつもの豚玉丼をペロリと平らげると、お勘定を済ませ「ご馳走さん」と言って竹林へ帰っていった。
妹紅へ出した食器をまた青年が洗い、ミスティアががテーブルを拭いていると、ミスティアがふと彼に言った。
「…………待たせてごめんね」
「気にしなくていいよ。僕達にはまだまだ時間はあるんだから」
ミスティアの言葉に彼は手を休めずに優しく返すが、ミスティアとしてはやはり申し訳ないと思う気持ちの方が強かった。
そんなミスティアの表情を見て、彼は洗い物を終えてからミスティアを呼んだ。
ミスティアがカウンター席から「どうしたの?」と厨房の方に身を乗り出すと、それと同時に彼がミスティアの唇に自身の唇を重ねた。
「んむぅ!?♡」
ミスティアは驚いたが、すぐに彼を受け入れ、自らも彼の舌に自身の舌を絡めた。
店には二人の舌が絡み合う音だけが響き、互いの唇が離れる頃にはミスティアの顔は幸せそうに蕩けていた。
そしてそんなミスティアの頬を優しく撫でながら、彼はゆっくりと声をかけた。
「恋人でもミスティアとこうして居られるなら、僕は幸せだから。だからゆっくりでいいんだよ」
彼の言葉にミスティアは胸の奥がトクントクンと高鳴った。
そして今度はミスティアの方から彼の唇を奪った。
「んっ……み……っ、てぃ……んんっ」
「んんっ、っ……ちゅぱっ……んふぅ♡」
先程とは違い、激しくどこまでも求めてくるようなキス。ミスティアの唇が彼の唇を放した時には、互いに小さく肩で息をする程だった。
「私、必ず一人前になってあなたのお嫁さんになるから♡ だからそれまでずっと離さないでね♡」
「結婚しても離す気なんてないよ。ずっとずっと」
「うん♡」
嬉しそうに頷いたミスティアは、また彼の唇に今度は短くついばむようなキスをした。
「えぇぇ、そこまでいったなら結婚しちゃえよ〜!」
突如としてすぐ隣で聞こえてきた声に、ミスティアは「へ?」と間の抜けた声を出して声がした方を向くと、
「おいおいおい! そこまで言ってまだ恋人止まりかよ〜!」
「いっぱいちゅうしてたのだ〜♪」
「ちゅうしたなら結婚しなよ♪」
「てかもう結婚してるようなもんじゃん♪」
てゐ、ルーミア、チルノ、リグルと、
「見ててドキドキしちゃった〜……」
「ミスチー幸せそうだよ〜♪」
「皆に昼食をご馳走に来たんだが、邪魔してしまったな」
大妖精、橙、慧音が立っていた。
それを認識したミスティアは顔を真っ赤にし、ポーッと頭から湯気を出して気を失ってしまった。
しかし青年に抱えられたミスティアはとても幸せそうな顔に変わった。
後日、ミスティアは寺子屋チルノ達から質問攻めされたのは言うまでもないーー。
ミスティア・ローレライ編終わりです!
赤面するミスチーが書きたかったのでこの様なお話にしました♪
此度もお粗末様でした☆