博麗神社ーー
本日も何事もなく時が過ぎた幻想郷。
そんな夕暮れ時に差し掛かった頃、霊夢の元には面倒な客が来ていた。
「でね〜、彼ったらね〜♡ 優しく私の頬を撫でてくれてね〜♡」
「………………」
博麗神社のお社のすぐ隣にある霊夢の住いでは、あの大妖怪が締まりなく目を細め、口を半開きにして惚気話をする様を霊夢が呆れながら見つめ、茶をすすっていた。
「んもぉ、聞いてるの、霊夢?」
「はいはい、聞いてる聞いてる……」
「そう、ならいいの……それでね、彼がね♡」
(お布施持ってきてくれるから聞いてるけど、毎度毎度しんどいわ……)
紫は数ヶ月前から人里の外れに暮す木こり職人の青年とお付き合いしている。
二人の出会いは一年程前に遡る。
その日、紫は森の中で不届きな妖怪達に囲まれていた。
すると木こり仕事から帰宅途中の青年がその場へ出くわし、彼は何と紫を助けるために妖怪達へ果敢に立ち向かった。
そんな出会いから紫は青年を気に掛けるようになり、度々彼の元へ足を運び、恋煩い等を経て今に至る。
「あ〜♡ 早く来てくれないかしら〜♡」
紫は青年のことを想いながら夕焼け色に染まっていく空を眺めた。
どうして紫が博麗神社に来ているのかというと、彼は博麗を信仰していて、木こり仕事の前と後に必ず博麗神社で仕事の祈願と無事に仕事を終えられたお礼をしに来るからだ。
更に紫は神社を待ち合わせる場所に使わせてもらっている代わりに、お布施と食べ物を霊夢にあげている。
「あんたが幻想郷以外のことでこんなに夢中になるものがあったなんて思わなかったわ」
紫の変わり様に霊夢がそうつぶやくと、紫は「私だって思わなかったわ」と笑顔で返した。
その返答に霊夢は「は?」と間の抜けた声を出してしまった。
すると紫はクスクスと愉快そうに笑ってから、また空を眺めた。
その瞳は恋い焦がれる人を想う、とても優しい瞳だった。
「前はただの変わり者だったのに、今はいい方に変わったわね……」
そんな霊夢の言葉に紫は「前半のは聞き流してあげる」と言って振り返り、
「私、そんなに変わったかしら?」
と霊夢に訊いた。
霊夢はその問いにすぐさまコクリと頷くと、それを見た紫は「恋って凄いわね♪」とまた愉快そうに笑うのだった。
するとお社の方から砂利を踏む音がした。
霊夢は青年が来たと思い、紫に声をかけようとしたが、そこにもう紫の姿は無かった。
(相変わらず早いわね〜)
そう思った霊夢は苦笑いを浮かべて、紫が使っていた湯呑を片付けるのだった。
ーー。
青年はお賽銭を投げ入れ、博麗の神に感謝の祈りを捧げていた。
(今日もお守りくださり、ありがとうございました)
感謝の祈りを終えた青年が目を開け、もう一度本殿を見ると、
「おかえりなさ〜い♡ 私のダーリン♡」
との声と同時に視界を塞がれた。
しかも顔中に何やら柔らかい感触がし、女性特有の香りが彼の鼻をくすぐった。
紫が彼の頭を自分の胸にヒシッと抱えたのだ。
「
彼は自分にこんなことをするのは誰だかハッキリとしていたので、紫の胸の中で声を発したが、
「あん♡ くすぐったいわ♡ もぉ♡」
と言って、紫はまったく彼を離そうとはしなかった。
しまいにはもっとキツく彼を抱きしめ、紫は彼の髪に顔を埋めクンクンと彼の匂いを嗅ぎ出す始末。
「神の御前で何やってるのよ!」
と、そこへ霊夢が怒号をあげて紫の後頭部を思いっきりお祓い棒で殴ると、紫はやっと彼を離した。
「けほっ、ごほっ……はぁ、はぁ……すぅ〜、はぁ……」
「イッタ〜イ」
彼は酸素の美味しさを噛み締め、紫は後頭部を片手で押さえてちょっと涙ぐんでいる。
「痛いじゃないの霊夢〜……」
「あんたが場所を弁えないからよ」
「私じゃなかったら死んでたわよ? 殺人未遂よ?」
「妖怪を退治して何か悪いことでも? それにあんたはこんくらいで死なないでしょ」
霊夢はそう言って鼻を鳴らすと、紫は青年の元へ駆け寄っていく。
「ダ〜リ〜ン! 霊夢が〜! 霊夢が私を虐めるの〜! あの時みたいに助けて〜!」
彼の左腕にしがみつき、まるで少女のように言いつける紫に、青年は苦笑いを浮かべて紫が霊夢に打たれた場所を優しく撫でることしか出来なかった。
「あんたも紫が恋人だからって甘やかすんじゃないわよ! そもそも恋人だからこそ、迷惑ならしっかり言ってやりなさいよ!」
霊夢の矛先が彼に移ると、彼は余計に苦笑いを浮かべて頭を掻いた。
「私がダーリンをギュッてするの迷惑だったの……?」
紫はそう言って瞳をウルウルとさせて彼を見つめた。
すると彼は首を横に振って、紫に優しく微笑み、紫の頬を優しく撫でた。
「僕は紫さんからされることなら、何でも嬉しいです」
「ダーリン……♡」
彼の素直な言葉に紫は思わず声を震わせ、また彼をギュ〜ッと抱きしめた。
「あ〜ん〜た〜ら〜ね〜……!」
そんな二人に鬼の形相を浮かべる霊夢が鋭い眼光を放ってお祓い棒を振り上げた。
それを見た青年は急いで、朴の葉の包みを霊夢へ差し出した。
「何よこれ?」
「木こり仕事中に動物を捕まえたので、そのお裾分けです。血抜きも済ませてありますから」
「血抜きってことは、肉よね!?」
途端にパァッと表情を輝かせる霊夢に青年が頷くと、霊夢は「やった〜!」と大はしゃぎした。
「ま、そういうことなら見逃してあげるわ。あんたは良く参拝にも来てくれるしね♪ ふふふふ♪」
「(神なんて祀ってないくせに……)」
「何か言ったかしら〜?」
「な〜んにも〜♪」
紫のボヤキに霊夢がまた鋭い眼光を向けるが、紫はそれをヒラリと交わし、彼の腕を取って「用が済んだなら行きましょ♡」と言って彼とスキマの中へと消えて行った。
「ったく……ホント面倒な奴だわ」
消えたスキマの方を見ながら、霊夢はそうつぶやくとルンルン気分で台所の方へと向かった。
人里の外れーー
紫はスキマを使って彼を彼の家まで送ると、さも自分の家であるかのように「ただいま〜♪」と言って家の中へ入った。
青年は優しく笑ってその後に続くと、ふと紫が戸をくぐってすぐの所で振り返った。
「紫さん?」
彼が不思議そうに紫に声をかけると、紫は「んふふ〜♡」と楽し気に笑ってから、彼の手を取って満面の笑みで口を開いた。
「おかえりなさい、あ・な・た♡」
「!!?」
紫の言葉に思わずボンッと顔を真っ赤にする青年。
そんな青年を紫は「可愛い♡」と言いながら愛でていると、
「好きな人にそんな可愛いことされたら、誰だってこうなりますよ……」
とはにかみながら紫に返した。
見事なカウンターを喰らった紫も彼と同じく、ボンッと顔を真っ赤にした。
「も、もぉ〜……可愛いだなんて……恥ずかしいわぁ♡」
紫はそう言いながら恥じらうように目を伏せてしまった。
その初々しい仕草がまた、普段の掴みどころのない紫らしくなくて青年は動揺してしまう。
「あなたは本当に変わった人ね……私を可愛いだなんて言うんだもの♡」
「で、でも事実ですから」
「ふふ、ありがと♡」
紫は小さくお礼を言うと、彼を家の中へ引っ張り、その勢いのまま彼の唇に自身の唇を重ねた。
口づけを交わした時間はほんの一瞬だったが、青年はその一瞬はとても長く感じた。
「あなたと触れ合うと、まるで生娘のように心が踊っちゃうわ♡」
唇を離した紫は、彼とおでこをくっつけた距離でそう囁いた。
「紫さん……」
彼が紫の名を呼ぶと、紫は嬉しそうに微笑んで言葉を重ねた。
「あなたに恋をして、今までの自分じゃないみたいよ♡ 本当にあなたが好き♡」
「あなたの姿を見るだけで、体が熱くなって……あなたとこうして目を合わせるだけでも、幸せな気持ちになれるの♡ 名前を呼ばれると尚更♡」
「こんな感情は……遠い昔に味わったきりよ♡」
紫の告白のような言葉に、青年はまた胸が高鳴るのを感じた。
「ぼ、僕も同じ気持ちです……紫さんとこうなれて幸せです」
彼も負けじと紫へ自身の気持ちを精一杯伝えると、
「えぇ……好きよ、あなた♡」
紫は真っ直ぐに青年の目を見てそう告げた。
そして二人はまた吸い寄せられたかのように、互いの唇を重ね合わせた。今度は一瞬ではなく、長く、深く……。
それから、夜も更けた頃ーー
「あの、紫さん?」
「なあに?♡」
「どうして僕の布団の中に?」
「あら、それ聞いちゃうの?♡ それとも言わせるのが趣味なのかしら?♡」
「い、いや、いつもなら帰る頃だと思いまして……」
「私、そろそろ冬眠するから……その前に、ね?♡」
「あ、あ〜、それで……」
「冬眠するまでは離さないから♡」
「も、保ちませんよ……」
「大丈夫♡ ちゃんと
「おうふ……」
「それじゃあ……いただきま〜す♡」
その後、人里では里の外れで夜な夜な男の悲鳴声が聞こえるという怪談話が持ち上がったそうなーー。
八雲紫編終わりです!
デレデレになる紫さんを書きたかったので、こんな感じになりました!
どうかご了承を。
それではお粗末様でした♪