人里ーー
今日も穏やかに時が流れる幻想郷。
「藍様〜! 次はどこのお店に行くんですか!?」
そんな昼下がりの空の下、橙は藍と共に夕食の買い物に赴いしていた。
「後は酒と味噌を買わねばならんかrーー」
「
「ん、そうだ♪」
藍の言葉を遮って橙が次に行く店を答えると、藍は少し嬉しそうに頷いた。
橙の言った"兄様"は人里で酒屋を営む若い男店主のことで、その酒屋では酒だけでなく、醤油、お酢、味噌等も自家製で売られていて、八雲家はそこのお得意様である。
「着きましたよ、藍様!」
「あぁ、そうだな……」
店に着いたが藍は入ろうとせず、先に前髪や後れ毛を手櫛で整え、服の裾や袖の埃を払い、何処か落ち着かない様子でいそいそと身支度をしている。
「入らないんですか?」
「ま、待ちなさい。そう急ぐものではないぞ?」
「はい……」
いつもは余裕で満ち溢れているのに、今の藍は声も上擦っていつもの藍らしくない。
橙はそんな藍を不思議に見ながら、深呼吸までしだす藍を待った。
それから藍は「よし!」と小さく気合いを入れ、ようやっと店の暖簾をくぐった。
「ごめんくださ〜い!」
「ごごごご……ごめんくだしゃい!」
元気に入って行く橙に対し、藍は頬を赤く染めてどもっている。
それもそのはず、藍はこの店の店主である若い男と恋仲になっているのだ。
顔を合わせる機会も多く、結界の見回りの休憩時や人里へ来た際には必ず立ち寄り、短いながらも多くの逢瀬を重ね、つい数週間前に紫の許しを得て正式にお付き合いを始めた。
付き合うことに対して紫に許しを得るため、二人で挨拶した際には「まだ付き合ってなかったの?」と呆れたように言うほど、藍とその男は仲睦まじかった。
「あ、はい。いらっしゃいませ、藍さん、橙ちゃん」
暫くして店の奥から店主である男と、
「おや、お客さんだね。んじゃ、儂もそろそろ戻らせてもらうよ」
と言いながら初老の男が現れた。
「こんにちは!」
「お〜、これは元気な子だね。親の教育がいいと見える」
橙が元気に挨拶すると、初老の男は目を細め橙の頭をポンポンと撫でた。
藍は「ありがとうございます」とお礼を言って男に会釈をすると、男はうんうんと頷いて店の出入り口へと向かった。
そしてその去り際、
「じゃあ、先程の話は考えておいてくれよ? お前さんにも悪い話じゃないんだからな」
と笑顔を見せて店を出ていった。
それを店主の男は苦笑いを浮かべながら店の前まで行って見送り、初老の男の背中が小さくなるのを確認した彼は、その場で盛大なため息を吐いた。
「兄様、大丈夫? よしよしする?」
「あ〜、大丈夫だよ橙ちゃん。ありがとう」
橙の心遣いに男はお礼を言って橙の頭を優しく撫でると、橙は「にゃ〜ん♪」と嬉しそうに鳴いた。
「何か大事か?」
藍が二人の側へ来て心配そうに男へそう訊ねると、男は「あ〜……」とバツが悪そうに頭を掻いた。
それを見た藍は、
「橙、すまないがお使いを頼まれてくれないか?」
と橙に言った。
橙は「はい」と頷くが藍の唐突なお願いに少し首を傾げている。
「紫様に甘味を頼まれていてね。橙の好きな物で構わないから、これで買える物を買って来てほしい」
そう言った藍は橙に桜色の巾着を手渡した。
橙は自分の好きなお菓子を買っていいとのことで、藍から巾着を受け取ると「行ってきます!」と元気にその場を後にした。
「気を遣わせて申し訳ありません」
「いいさ。お前の悩みは私の悩みでもあるのだからな」
「藍さん……」
「そ、それに私達はその……恋人同士、だろ?」
藍はそう言うと男の左手をキュッと握って彼の顔を下から覗き込むように見上げた。
それを見た男は笑顔で「はい」と頷き、藍の右手を握り返した。
それから男は店の前に「休憩中」と貼札をし、落ち着いて話せるように店の奥にある客間へ藍を連れて行った。
しかし、男は客間の前で立ち止まってしまった。
藍は男の行動に小首を傾げていると、男は小さく息を吐いて、
「怒らないでくださいよ?」
と前置きした。
しかし藍は、
「私はお前の様にお人好しではない。事と次第では分からん」
と至って真面目に返した。
それに対し、彼は苦笑いを浮かべたが「分かりました」と言って藍を客間へと入れた。
男に座るよう促された藍は座布団に座ると、男は隣の部屋から本らしき物を何冊持って戻ってきた。
男は藍の前にそれを置くと「見てください」と言った。
藍は「では……」とその一冊を手に取って開いてみると、
「っ!!!?」
驚きのあまり声を失った。
男が持ってきた物は全てがお見合い写真のアルバムだった。
「最近、妙にこういった話が多くて……」
「そ、そ〜なのか〜……」
「店も繁盛しててお前も年頃だから、ここいらで嫁さんでも貰ったらどうかね……と、このアルバムを押し付けられるように置いて行かれてしまいまして……」
「…………」
男が説明するも、藍は黙ってそのアルバム一つ一つを見ていく。しかしその背中には九尾の炎とは別のどす黒い炎が烈火しているように見える。
「一つ訊きたいことがある」
「何でしょう?」
「この中にお前が心惹かれた者は居るか?」
「居るはずがありません! 藍さん以外なんて眼中に居りません!」
温厚な彼が珍しく声を荒げたことに藍は驚いたが、それと同時に喜びが込み上げ、男への愛しさで胸が高鳴った。
「そうか……ふふ、そうかそうか……お前は前からそういう男だったな♡」
藍は愉快そうに笑い、立派な九尾をこれでもかとブンブンに振っている。この上ない喜びを感じているのだろう。
「当たり前です……藍さんと出会って、こうして恋仲になれたのに、他の人とだなんて……」
「まぁ当然だな……お前は私にベタ惚れだ。その証拠にお前は私の前だとすぐにだらしなく顔を緩めるからな。それはもうアホなくらいに♡」
藍はそう言うがブーメランになっているとは気付いていない。
「そこまで言わないでくださいよ」
男が藍に苦笑いを浮かべて返すと、藍は「事実だからな♡」と胸を張った。
しかし藍は次の瞬間に「まてよ……」と腕を組んだ。
藍の行動に男が首を傾げると藍はブツブツと考えを語りだした。
「だが普段のお前はそこそこモテるし、この様に押しに弱いから心配だな。お前は顔も愛嬌があるし、誰に対しても優しいし、マメで頭も切れる……」
「恥ずかしいので褒めちぎるのは止めてください。それにモテると言っても年齢的な意味だからかと……」
「何を言うか。そこら辺の娘ならお前の誠実な人柄を見れば好きになるに決まってる……私が身を持って体験したのだからな♡」
「は、はい……」
(藍さん、とても尻尾振ってる……)
「嫁の嫁ぎ先として、これ程良い物件はそうそうあるまい。しかし、お前は私のだ! 今更ポッと出の生娘なんぞにお前を譲ってやれる程、私はお人好しではない。というか今更出て来ても遅いんだ!」
プク〜ッと頬を膨らませた藍は、男の側へ行くと『彼は私の!♡』と言わんばかりに彼の身体に絡みつくように抱きついた。いわゆる何たらホールドである。
「藍さん……私は藍さんだけですよ。これまでも、これからも、ずっと……」
藍を優しく抱きしめ返した男が藍へそうつぶやくと、
「お前の全ては私のだ! 例えお前が死んだとしても! お前の灰も! 骨も! 全部全部! 私が朽ち果てるまで土には還してやらんからな!」
駄々っ子のように言って彼を離そうとはしなかった。
「嬉しいです。死んでもなお、貴女の側に居られるなんて……」
「ふふ、嬉しいに決まってるだろ、愚か者め♡」
そして藍は妖しく微笑むと、彼の首筋に噛みつき、自身の歯型の痕をハッキリとつけた。
「この歯型は特別だ。死ぬまで消えぬ……これでお前は誰が見ても私のだ♡」
「はい、藍さん……」
男がそう返事をすると藍は堪らず男を押し倒した。
そして、
「では、契が済んだところで……今度は交わるとしよう♡」
と言って妖しい舌なめずりをした。
男も「どうぞ、お好きなように」と微笑み、藍にその身を預けるのだった。
ーー。
『くっ、んあぁぁ♡ 好きにしていいのは、んっ♡ 私のはずだろっ♡ んあぁぁぁんっ♡』
『私だって男ですからね。好きな人を悦ばせることくらい心得てます、よ!』
『んひぃぃっ♡ そんにゃ、激しくぅぅ♡』
扉を隔てた向こうで、行われる弾幕ごっこ(意味深)。
「藍様が負けてる……兄様って一体……」
その様子をお菓子の入った紙袋を手にした橙が見つめていると、
「橙、男女の愛の弾幕ごっこは見ちゃ駄目よ?」
と言いながら紫がスキマから現れた。
「そうなんですか?」
「そうよ。あなたも藍くらいになれば分かるわ。さ、あなたはこちらにいらっしゃい。藍はもう少し遅くなるから」
「分かりました、紫様♪」
その後、藍が帰ってきたのは夜になってからだった。
藍は紫に叱られたが、叱られている間も幸せそうにニヤけていたため、紫は叱る気が失せたそうなーー。
八雲藍編終わりです!
恋人から夫婦へという感じになりましたがご了承を。
ではお粗末様でした☆