白玉楼ーー
今日も穏やかな日和に恵まれた冥界の昼。
しかし、白玉楼ではちょっとした異変が起こっていた。
「…………ご馳走様」
「ゆ、幽々子様?」
幽々子は妖夢が用意した料理を一口、二口食べて箸を置いてしまったのだ。
「ごめんなさい、妖夢。もう下げていいわ」
「か、畏まりました」
妖夢は幽々子が残した料理を片付け始めると、幽々子はふらぁっと何処かへ向かってしまった。
(今日で一週間、ずっとこんなご様子……どうしたらいいんだろう……)
「やっほ〜、妖夢♪」
すると妖夢の向かい側にスキマが開き、そこから紫がひょこっと顔を出した。
「あ、紫様……こんにちは」
「あなたの様子とこの残った料理を見る限り、幽々子ったらまだ復活しないのね」
「はい……」
「幽霊だからそこら辺は大丈夫だけど、元気がないと困るわね〜」
「はい……」
「ちょっと幽々子と話してくるわ」
「お願いします。私では出来ることが限られているので……」
妖夢が紫にそう言って深々と頭を下げると、紫は「あなたも思い詰めちゃダメよ」と優しく声をかけてから幽々子の所へと向かった。
ーー。
紫が幽々子の居る場所へスキマを開くと、幽々子は縁側に座って、ぼ〜っと空を眺めていた。
「………………」
「幽々子」
「あら、紫? いらっしゃい」
「…………えぇ」
明らかにいつもの幽々子らしくない様子に、紫は「さて、どうしたものか」と考えながら幽々子の隣に腰を下ろした。
「…………ねぇ、幽々子」
「何?」
「彼は実家に帰省してるだけなんだから、気にし過ぎじゃないの?」
「…………」
「貴女が彼にくびったけなのは私や妖夢も知ってるわ。でもそれにしたって気にし過ぎよ」
「…………」
紫の言葉に幽々子は黙ったまま俯いて何も言い返そうとしなかった。
紫が言った"彼"とは幽々子の恋人で白玉楼の料理人をしている若い青年のことである。
青年は数年前までは人里の外れで小料理屋を営んで居たが、立地条件が悪かったため借金を抱えていた。
そしてとうとう店を売り払うことになり途方に暮れていると、そこへ前から彼の店をご贔屓にしていた幽々子が手を差し伸べ、彼を白玉楼で住み込みで働くよう召し抱えたのだ。
彼は自分を救ってくれた幽々子に毎日美味しい料理を振る舞った。更には料理だけでなく白玉楼の掃除等も積極的にこなし、妖夢に負けず甲斐甲斐しく幽々子に尽くした。
そんな彼の誠意や真心に惹かれた幽々子は彼に夢中になり、今では妖夢や紫達が呆れるほどのバカップルになっている。
そして今、幽々子の元気が無い理由は紫が言っていた通り、彼が実家へ帰省しているからなのだ。
幽々子としては彼が自分の家族に会うための本当にたまにの休暇として帰省を許しているが、その都度幽々子はこうして元気を無くすのである。
「毎回こうなるって分かってるんだから十日間もお休みあげなきゃいいのに……」
「だ、だって毎日毎日あんなに働いてくれているのに一日や二日の休暇じゃ嫌われちゃうかもしれないじゃない!」
「妖夢には休暇あげてないのに?」
「失礼ね。妖夢には週に二日、ちゃんとお休みあげてるわよ。うちはアットホームで笑顔が耐えない職場なんだから!」
「その言い回しだと逆のイメージになるわよ……」
「とにかく! 私は普段から住み込みで働いてくれてる彼のために時たまだけど十日間の休暇を与えてるの! それを彼がどう使ったってそれは自由だもん! そんなことまで彼を縛って嫌われたくないもん!」
「もんって、貴女……」
(そもそも本心ではずっと束縛していたいって言ってるようなものね……)
そう思いながら紫は、隣で「うぅ〜」と唸り声をあげながら人魂をギュ〜ッと抱きしめている幽々子に苦笑いを浮かべた。
するとそこへ妖夢が「遅くなって申し訳ありません」と言って、お茶が入った湯呑とお茶菓子をお盆に乗せてやって来た。
「あら、ありがとう、妖夢」
「ありがとう……」
妖夢は二人に「いえ……」と言って二人の間にお盆を置いた。
すると幽々子が何かに気付いた。
「妖夢、このお菓子って……」
「はい。お察しの通り、この羊羹は彼が作り置きしていった物です」
「…………」
幽々子はその羊羹が乗った小皿を震える手でソッと持ち上げた。
そして小皿に添えられた竹の楊枝で一切れを取り、一気に口へ頬張った。
「幽々子、もう少し味わったら?」
「はぁ……幽々子様ったら」
妖夢と紫がそんな幽々子に苦笑いを浮かべていると、幽々子は大粒の涙をこぼした。
「ゆ、幽々子様!?」
「っ……ぐすっ……うぇぇえええ……」
「ちょ、ちょっと、幽々子?」
「うあぁぁぁんっ」
彼の作った羊羹を食べたことで、幽々子は大好きな彼の優しい声や笑顔、温もりを思い出し、今まで抑えていた感情をとうとう吐露してしまったのだ。
幽々子は涙を止めようと自身の手を顔へと近づけるが、止めることは出来ない。
せきを切ったようにその涙は勢いを増し、頬を伝い続ける。
「ふぇ……か、ふぁっ……ひっく、ひっ……彼にぃ……ぐす……あ、ひぐっ、会いたいよぉっ」
「幽々子……」
「幽々子様……」
子どものように大声で泣きじゃくる幽々子に紫も妖夢もどう声をかけたらいいのか分からず、ただただ幽々子が泣き止むのを待った。
そして暫くすると、わんわんと泣いていた幽々子がピタッと泣き止んだ。すると次の瞬間、幽々子は物凄い速さで飛び立ってしまった。
「幽々子様!?」
「心配しなくても大丈夫よ、妖夢」
「しかし!」
動揺する妖夢をよそに至って冷静な紫は「大丈夫」と微笑んで、妖夢にスキマで冥界と顕界の結界付近を見せた。
そこには、
結界付近ーー
(少し早いけど帰って来てしまった……)
幽々子の恋人である青年が荷物を持って立っていた。
(いつも十日間も一気に休暇をもらっても、仕事していないと落ち着かないんだよな〜……それにーー)
そう考えながら白玉楼へ向かって一歩を踏み出した矢先、
「おかえりなさ〜い!♡」
「うあぁぁぁっ!?」
幽々子が青年めがけて猛スピードで突進してきた。
あまりの展開に青年はそのまま幽々子に押し倒される形で地面へ背中を打ち付けた。
「くっ……ぐぅおぉぉぉ……」
激しい痛みにより彼は何とも言えない声をあげているが、幽々子は彼の胸にグリグリと顔を押し当てながら「ん〜♡」と幸せいっぱいの声をあげている。
「幽々子様……い、如何されたのですか……?」
「あなたが帰ってきたの分かったから、この通り飛んできたの♡」
「さ、左様ですか……」
「うん♡ はふはふ♡ ちゅっちゅ♡」
幽々子は青年の匂いを嗅ぎ、首筋や頬へこれでもかと口づけをする。その姿は先程まで泣いていたとは思えないくらいだ。
「ゆ、幽々子様……お止めください」
「や〜♡ 一週間もあなたと離れてたんだもの、これくらいじゃ離してあげないんだから♡」
「で、ですが、他の亡霊の方々が見てます!」
「私達のラブラブなところを見せつけてるのよ〜♡ ん〜、ちゅっ♡」
「んんっ、ちゅっ……ゆゆ、こ、んっ、んはぁ、さまぁ……っ」
今度は幽々子からの熱烈な口づけに彼の口は制圧され、言葉を遮られてしまう。
ようやく幽々子が唇を離すと、互いの唾液が糸を引いていた。
「んふふ、おかえりなさい♡」
そう言った幽々子は彼の口の端に漏れていた唾液をペロッと舐め取った。
「毎度毎度、勘弁してくださいよ……」
青年は顔を真っ赤にしながら自身の口を服の袖で拭きながら幽々子へ文句を言うが、幽々子はマタタビに酔った猫のように、彼の頬に自身の頬を擦りつけ「んにゃ〜♡」とご満悦な声をあげている。
そしてやっと落ち着いた幽々子は、青年の胸元を人差し指でクリクリとこねくり回しながら訊いた。
「帰ってきてくれたのは嬉しいけど、どうして今回は早く帰ってきたの〜?」
「せっかくのお心遣いなので今まで言えなかったのですが、自分には十日間も長い休暇は要りません」
「どうして?」
すると彼は少し頬を赤く染め、幽々子から目を逸らして答えた。
「す、すすす……」
「す?」
「好きな人に十日間も会えないのは嫌なんです!」
「!?♡」
彼の告白は幽々子の胸をズキューンと射抜いた。
「女々しくて申し訳あrーー」
「私も本当は十日間もあなたに会えのは嫌だったの〜!♡」
彼の言葉を遮って幽々子は彼をこれでもかと抱きしめた。
「ゆ、幽々子様!?」
「私達、やっぱり同じ気持ちだったのね♡ 嬉しいわ♡ ますますあなたを好きになってしまったわ♡」
「幽々子様……」
「あん、もぉ、いつまで様付けなの? こんな時くらい呼び捨てにして……ね?♡」
「………………幽々子」
「は〜い♡」
そして二人は暫くその場でキャッキャウフフするのだった。
白玉楼ーー
「ちょっと素振りしてきます……」
「はいはい」
そんな二人の様子を見ていた妖夢は口の中に違和感を感じながら物凄い速さで素振りをし、紫はそれを苦笑いで眺め、
「恋って凄いわね〜♪」
と言いながら、スキマから見える幽々子達を見つめて茶をすするのだった。
それから彼の休暇は十日間と変わらなかったが、彼は二日程で白玉楼へ戻り、残りの日数は幽々子とイチャイチャするのに使うようになったそうなーー。
西行寺幽々子編終わりです!
かの偉大なる歌手が歌ってました。
会いたくて会いたくて震える。と……。
恋する幽々子も会いたくて会いたくて食欲不振になるのもあるかも!
ということで、お粗末様でした☆