白玉楼ーー
この日も冥界は穏やかな時がゆっくりと過ぎていた。
冥界とは罪の無い死者が成仏するか転生するまでの間を幽霊として過ごす所である。
そしてこの冥界に一際大きなお屋敷、白玉楼がある。
そこに暮らす剣術指南役兼庭師である魂魄妖夢は、自分の主である西行寺幽々子にお昼御飯を振る舞っていた。
「ん〜♪ 妖夢の作る料理はいつも美味しいわ〜♪」
「ありがとうございます、幽々子様」
テーブルに所狭しと並べられた料理を、まるで水を飲むかの如く平らげていく幽々子。
「あの、幽々子様」
「ん、何かしら?」
「今日はその……洗い物が終わったら刀を鍛えに人里へ行ってもよろしいでしょうか?」
妖夢がそう訊ねると、幽々子は笑顔で頷いた。
それを見た妖夢はニパッと太陽のような笑顔を浮かべた。
「でもね、妖夢……」
「はい?」
「わざわざ人里に行く用事を作らなくても、やることをちゃんとやった後なら好きに過ごしていいのよ?」
「わ、私は別に用事を作っている訳では……」
すると幽々子は空いた丼を妖夢に渡した。
妖夢はそれを見て透かさずその丼にご飯をてんこ盛りによそった。
そして丼を受け取った幽々子は諭すような口調で妖夢に言った。
「私はこのご飯が食べたいから食べるの。だから妖夢も好きな人に会いたいから会いに行く。妖夢が私に『物を食べるな』と言わないように、私だって妖夢に『会いに行くな』なんて言わないわ」
「幽々子様……」
「彼に会いに行ってらっしゃい」
幽々子が笑顔で妖夢に言うと、妖夢は満面の笑みで「はい!」と頷いた。
しかし、
「ですが、食べ過ぎはいけません。白玉楼の家計は日を追う毎に食費で減り続けているんですからね!」
と釘を刺された。
幽々子は「せっかくいい風にまとめたのに」と思いながら、舌ではなく口で「ちっ」と言うのだった。(舌打ちが出来ないから)
それから妖夢は幽々子が綺麗に食べ終えた食器を全て洗い終え、意気揚々と人里へ向かうのだった。
そしてそれを幽々子は屋敷の縁側から優しく見送った。
すると、
「スキップなんてしちゃってまぁ……乙女ね〜」
スキマを使って八雲紫と八雲藍が現れた。
「あら、いらっしゃい。紫に藍ちゃん」
「はぁ〜い♪」
「お邪魔します」
「お茶飲む?」
「そのために来たのよ。藍」
すると紫はスキマからお茶会の道具を取り出して藍に渡し、それを受け取った藍はしずしずとお茶を点てる準備を開始した。
「妖夢はまた人里にいる半妖の所へ?」
「えぇ、最近は鴉天狗に撮ってもらった二人の記念写真を自分の机に飾って良く眺めてるわ♪」
「まぁあの娘はクソ真面目だから変な男に捕まらなくて良かったわね」
そう話す紫に幽々子は「そうね〜♪」とにこやかに返した。そして二人は藍が点てたお茶を飲みながらスキマを使って妖夢の恋路を覗……んん。見守るのであった。
人里ーー
妖夢は数ヶ月前から人里で鍛冶屋を営む半人半妖の男と恋仲になった。
ある日、妖夢が人里で盗っ人を成敗した時、その場に居た彼から「刀が傷んでいる」と言われ、半ば強引に鍛冶場へ連れて行かれた。
妖夢は最初「無愛想で失礼な人」と思っていたが、彼の仕事に対する誠実さや真剣さを目の当たりにし、刀も見違えたことから、ちょくちょく刀を見せに来るようになった。
そして彼は刀だけではなく、鍋や鎌、鍬といった道具の修理まで積極的に取り組む姿勢に惹かれ、次第に彼にのめり込み、やっとの思いで恋仲になれたのだ。
妖夢は恋人に会いたい一心で心をみょんみょんと弾ませながら、足取り軽く彼の鍛冶屋へ向かった。
ーー。
鍛冶屋の前に着いた妖夢は一度髪を手櫛で整え、服やスカートの埃をパッパッと払った。
そして小さく深呼吸をして気合いを入れた。
(よし……いざ!)
意気込んで入口の戸を開けようとしたその時、
「戸の前で深呼吸なんかしてどうした?」
と背後から彼に声をかけられた。
妖夢は思わず「みょん!?」と素っ頓狂な声をあげてしまった。
「驚かせて、すまん」
「う、ううん、大丈夫大丈夫!」
「さっきまで鍛冶場に居たから」
そう言って彼は肩に乗せた五本の鍬に目配せした。
その鍬は綺麗に鍛え上げられていて、まるで新品のようだった。
「そうなんだ……またあとで来た方がいいかな?」
彼の仕事の邪魔はしたくないので妖夢がそう訊ねると、彼は首を横に振って妖夢の右手を掴んで中に入るよう促した。
「お邪魔するね♡」
「あぁ」
そして中に入った妖夢は座敷に上がり、囲炉裏の側に座った。
「最後の仕上げがあるから適当に茶でも飲んでてくれ」
「うん、分かった♡」
彼の言葉に妖夢が笑顔で頷くと、彼もニッコリと頷いて鍛えた鍬の仕上げ作業に入った。
(お仕事をしてるあなたの背中を眺めるのが、私は好き♡)
そう思いながら妖夢はお茶なんかそっちのけで彼の仕事風景を眺めた。
ーー。
それから彼が「よし」と小さく言うと鍬を壁に掛け、座敷へ上がった。
すると彼は妖夢側へ歩み寄り、その顔をジッと見つめた。
「ど、どうしたの? 何か私の顔に付いてる?」
ペタペタと自分の顔を触る妖夢に、彼は「いや」と首を横に振ると、妖夢の横に置いてある二本の刀を指差した。
「それ、見せに来たんだろう?」
「え……あ、うん……」
「見せてみろ。傷んでいるようならまた鍛えるなり研ぐなりしてやる」
「うん、ありがとう♡」
そう言って妖夢が彼に刀を手渡すと、
「お礼なんかいい。これは俺の仕事だし、妖夢の役に立てるからやるだけだ」
と笑顔で言い、妖夢の頭を力強い大きな手でグリグリと撫でるのだった。
妖夢はその瞬間、胸の奥がキュ〜ンと締め付けられ、自分の顔が熱くなるのを感じた。
そして思わず「みょんみょん♡」と幸せいっぱいな声をもらした。
彼はそれから妖夢の刀を見たが、特に傷んでいる所は無かったため、手入れだけを済ませて妖夢に刀を返した。
「ありがとう♡」
「俺は手入れしかしてない。お礼なんかいい」
「でも、あなたが私やこの刀を想ってお手入れしてくれたんだもん……だからお礼くらい言わせて?」
「そうか……」
彼は照れ隠しなのか、また妖夢の頭をグリグリと撫でながらその反対の手で頬を掻いていた。
すると何処からかぐぅ〜っと何か響くような音がした。
妖夢が不思議そうに首を傾げると、彼が「飯まだなんだ」と自身の腹をペシッと叩いた。
それを見た妖夢はチャンスとばかりに、台所を借りて彼のために食事を作ってあげた。
「簡単な物で悪いけど、食べて♡」
「ありがとう、頂きます」
「召し上がれ♡」
(お行儀良く手を合わせるなんて、なんか可愛い♡)
そして彼はまず味噌汁が入ったお椀を取り、少し息を吹きかけてから味噌汁をすすった。
(ふぅふぅするとこ可愛い〜!♡)
彼の一挙手一投足に妖夢は頬を押さえて『やんやん♡』としながら心を弾ませている。
それからも美味しそうに自分が作った料理を食べるところを心行くまで堪能した妖夢は、彼が食べ終わる頃には彼よりも満足感に満ち溢れていた。
すると、
「邪魔するよ〜」
と複数の百姓らしき団体がやってきた。
それを見ると彼は透かさず彼らの側へ行き、「鍬なら出来てる」と言ってそれぞれの鍬を手渡した。
「お〜、流石だな!」
「これでまた捗るぜ!」
「また頼むよ!」
「これで出来た野菜、今度ご馳走すっからな!」
「ありがとな!」
男達はお礼の言葉等を彼にかけると、彼は「あぁ」と笑顔で短く返事をした。
「んじゃ、またな!」
「これ以上嫁さんとの邪魔しちゃ悪いからな♪」
「俺みたいに尻に敷かれんなよ?」
「みょん!?」
帰り際の男達の言葉に妖夢は思わず顔を真っ赤にした。
しかし、
「好きな人の尻に敷かれるなら本望だ」
「みょみょん!!!?」
と彼が笑顔で言い返した。
すると男達は「見てらんねぇや!」と冷やかして賑やかに去って行った。
「みんな気のいい人達だ。気を悪くしないでくれ」
戻ってきた彼は妖夢にそう言うが、妖夢はそれどころではなかった。
『
その言葉の『好きな人』が頭の中を駆け巡っていたから。
「ね、ねぇ、今の言葉って……」
「今の?」
「そ、その……好きな人って……」
「あぁ、みんなに言うのは嫌だったか?」
彼の言葉に妖夢はブンブンと首を横に振って「嬉しかった♡」と返し、彼の大きな胸に飛び込んだ。
「私もあなたが好き!♡」
「あぁ」
「もう好き!♡ 好き好き好き好き、大好き〜!♡」
「俺もだ」
それから妖夢は暫く彼の胸に抱かれたまま、彼と愛を囁き合った。
白玉楼ーー
「あっま……藍、青汁無い?」
「八女茶ならありますよ」
「じゃあそれで!」
「分かりました」
「金平糖より甘々ね〜♪」
幽々子達はそんな話をしながらにっがいお茶をがぶ飲みするのだったーー。
魂魄妖夢編終わりです!
真面目な妖夢に好きと連呼させたくて書きました!
お粗末様でした☆