寺子屋ーー
本日も穏やかに時が過ぎる幻想郷。
そして昼下がりとなった寺子屋では終わりの時間を迎えていた。
「よし、今日はここまで。宿題は無いが、予習復習を忘れずにすること。以上!」
『ありがとうございました〜!』
「うむ……あぁそれと、遊ぶなら暗くならない内に帰るようにな」
『は〜い!』
みんながそれぞれ帰る中、橙が慧音の元へやってきた。
「慧音先生、相談があるんですけどいいですか?」
そんな橙に慧音はニッコリと微笑み「どうしたんだい?」と訊いた。
「好きな人に感謝を込めて何かプレゼントしたいんですけど、何がいいか分からないんです……」
「好きな人とは紫さんや藍さんかな?」
「違います。紫様も藍様も好きですけど……えっと、あの……」
橙は言葉に詰まり、耳や尻尾をピコピコさせ、頬も微かに赤らめている。
「あぁ、あの人へのプレゼントか」
慧音がハッキリと言うと、橙は恥ずかしそうにしながらもコクコクと首を縦に振った。
慧音が言う"あの人"とは人里で豆腐屋を営む青年のことである。
この青年が作る豆腐や油揚げは幻想郷一と称され、中でも八雲家はそのお店のお得意様である。
そうして付き合っていく中で、橙は青年の気さくで優しい人柄に惹かれ、つい最近、紫や藍に許しを得て正式にお付き合いすることになった。
紫も藍も「この青年なら」と見込んでのことで、このことは幻想郷中を駆け巡った。
そんな橙の直近な相談に慧音は「う〜ん」と腕を組んで考えた。
一方の橙は不安そうに耳を垂れさせて慧音を待っていた。
「あれこれと候補を挙げることは出来るが、私は彼のことを橙程は把握していないからな。橙、彼がどんな人物なのか私に教えてほしい」
すると橙は「はい!」と元気に返事をして慧音に青年のことを話した。
「あのですね、にぃに(青年の愛称)はとても凄いんです! お豆腐料理や油揚げ料理を沢山教えてくれて、そのお陰で紫様と藍様に褒めてもらえたんです!」
「ふむふむ……それは良かったな♪」
「それからもっと凄いのは、甘味もお豆腐などで作れてしまうところです! お豆腐を使ったレアチーズケーキを作ったり、おからでクッキーやドーナツを作ったり、油揚げを使ったラスクを作ったりと、とてもお勉強になるんです!」
「ほう……だからこそ人気なのだろうな」
「それでいつも橙に優しくしてくれて、良く褒めてくれて……笑顔がすっごく素敵で……」
「お、う、うん……」
「紫様達がお仕事で家に帰られない日とかは嫌な顔一つしないで橙を泊めてくれて……お布団の中でずっと抱きしめてくれて、橙が眠るまでずっと頭を撫でてくれるんです……えへへ♡」
「う、うむ……」
もう後半は惚気話に変わってしまったので、慧音は取り敢えずそこで話を止め、もう一度思考を巡らせた。
「そう言えば橙。友達のチルノ達には相談しなかったのかい?」
慧音が素朴な質問を橙にすると、橙は耳をヘニョっと垂れさせて難しい顔をした。
「しましたけど……」
そう前置きした橙はみんなから言われたことを慧音に話し出した。
チルノの場合ーー
『プレゼント? それならカエルの氷漬けだよ! 最強だもん!』
大妖精の場合ーー
『う〜ん……感謝の気持ちを込めたお手紙とかは? お金も掛からないし、気持ちがこもってて残る物だから♪』
ルーミアの場合ーー
『お肉がいいと思うな〜。お肉なら嫌がる人居ないよ!』
リグルの場合ーー
『虫の標本とかどうかな? タマムシとか綺麗だしレアだよ!』
ミスティアの場合ーー
『プレゼントか〜……私ならお料理ご馳走するかな〜。残らない物だけど思い出には残ると思うから♪』
てゐの場合ーー
『男へのプレゼントなんてスカートたくし上げて「して♡」って言えばそれで問題無いウサ♪』
みんなの意見を橙が話すと、慧音は思わず頭を抱えた。特にてゐの回答に慧音は頭突きをしようと心に決めた。
「みんなちゃんと考えてくれたんですけど、何だかしっくり来なくて……」
説明を終えた橙は苦笑いを浮かべて頭を掻いた。
「参考になるのは大妖精とミスティアくらいだな……それで私にも相談したのか」
「はい……みんなの意見が悪いって訳じゃないんですけど、どうしたらいいのか考えれば考える程分かんなくなっちゃって……」
「ふふ、橙は本当に彼のことが好きなのだな」
「え、あ……うぅ」
橙はまたも顔を赤らめモジモジしながら俯いた。しかし耳や尻尾はピコピコしていて『好き』という気持ちが伝わってくる。
そして慧音は「よし」と頷いて橙の目をまっすぐに見つめた。
「慧音先生?」
「では私からも一つアイデアをあげよう」
それから慧音は橙に自分が思い付いたアイデアを伝えると、橙はパァっと表情を明るくさせ、慧音に笑顔でお礼を述べて早速行動を開始するのだった。
「ふふ、恋とは個人をこうも成長させるのだな……本当に恋とは不思議な物だ」
お花畑が咲き乱れているような橙の後ろ姿を見送りつつ、慧音は橙に「頑張りなさい」とソッと告げて、自身も帰り支度を始めるのだった。
人里ーー
人里も夕焼け色に染まり、各民家では炊き出しの煙が煙突から上がっていた。
そんな人里を橙は大きな手提げを片手にぶら下げて足取り軽く道を進んでいた。
慧音が出したアイデアは彼が作った豆腐や油揚げで橙の手料理を振る舞うことだった。少しミスティアと似たアイデアではあるが、橙はそちらの方が彼は喜ぶと思って慧音のアイデアを実行することにした。
橙は先ず、家に帰って藍から自分にも出来る豆腐料理を教えてもらい、それを一度作り、紫に試食をお願いすると、紫は笑顔で「美味しく出来てるわ」と太鼓判を押してくれた。
それから橙は二人からお泊りのお許しを得て彼の住まいでもあるお店へと向かっているのだ。
橙が目的の付近まで来ると、目的の人物はお店の暖簾を片付けている所だった。
「にぃに〜♡」
彼の姿を見つけた橙はパタパタと彼の元へ走っていく。
橙に気が付いた彼はその場で片膝を突き、両手を広げ、笑顔で橙を出迎えた。
橙が彼の胸に飛び込むと、彼はしっかりと橙を受け止めた。
「いらっしゃい、橙ちゃん。紫さんから聞いてるよ。今日は僕の家に泊まるんだってね」
「うん! 急にお泊りに来てごめんね?」
「あはは、謝る必要はないよ。こんな可愛い恋人が泊まりに来てくれるんだから嬉しい限りさ」
彼はそう言って橙の頭をポンポンっと優しく叩くように撫でると、橙は「にゃ〜♡」と嬉しそうに鳴いた。
そして彼は橙をそのまま抱っこしてお店の中へと連れて行った。
お店の中に入ると、彼は橙専用の椅子に橙を下ろした。
「今店の片付けをしちゃうから、橙ちゃんは少しここで待っててね」
すると橙は、
「あ、良かったら台所借りてもいい?」
「え、構わないけど、お水大丈夫?」
「手に付く程度なら大丈夫だもん!」
「……この前みたいにタライひっくり返さないでね?」
「もう迷惑掛けないも〜ん!」
橙はそう言って両手をブンブン振って抗議した。それを見た彼は苦笑いを浮かべて謝り、橙の頭をまた優しく撫でた。
そして台所の方へ向かう橙を見送りつつ、
(まぁ、紫さんや藍さんがきっと何処かで監視してるだろうから大事には至らないだろうけど……早く片付けて様子を見に行こう)
そう考えた彼は店仕舞いを早く進めるのだった。
ーー。
お店の片付けを終えて台所へ繋がる茶の間に入ると、彼は思わず二度見してしまった。
何故なら橙が茶の間のテーブルにお鍋を用意していて、更に橙の横にはおひつや茶碗等が用意されていたからだ。
「え、これはどういうこと?」
「橙が用意したの♡ お米は藍様に炊いてもらったやつを持ってきたけど、お鍋は橙の手作りだよ♡ にぃにが作ったお豆腐とか油揚げとか沢山使ったお鍋にしたの♡」
ニッコニコで答える橙の愛らしさと心遣いに、彼は嬉しさのあまり橙を抱きしめた。
「ありがとう。とても嬉しいよ」
「えへへ♡ 橙からもありがとう♡ このお鍋ね……にぃにに食べてもらいたくて作ったの♡ 未熟な橙とこうしてお付き合いしてくれてるお礼♡」
すると彼は「それは違うよ」と首を横に振った。
彼の言葉に橙が小首を傾げると、彼は橙の頬を優しく撫でながらゆっくりと語った。
「僕はお情けで橙ちゃんと付き合っている訳じゃないよ。橙ちゃんに心を惹かれ、心から好きだから紫さん達に頭を下げて交際を許してもらったんだから」
「にぃに……♡」
「未熟でも何でもいい。僕はどんな橙ちゃんでも好きだよ」
「うん……橙も♡ 橙もどんなにぃにでも大大だ〜い好き♡」
橙はそう言うと彼の首筋にカプッと噛みつき、歯型を残した。この行動は橙が彼にだけする愛情表現なのだ。
その後、彼は橙が愛情込めて用意したお鍋を橙と仲良くつついた。
そしてその日の最後は、互いに布団の中で身を寄せ合い、橙が眠りに就くまでの間、幸せな時間を過ごすのだったーー。
「良かったなぁ、橙……ふふふ」
「藍、鼻血……」
「おぉ、これは失礼しました」
橙編終わりです!
橙はとにかく水が苦手ですが、水を頭から被らなければ大丈夫という設定でお願いします。
そして橙は元は化け猫なのでお付き合いしてもセーフということでご了承を。
ではお粗末様でした!