人里ーー
青く澄み渡る空。人や妖たちで活気のある人里。人々の穏やかな笑い声。
今日も幻想郷は美しく平和な時が過ぎている。
そんな人里の外れに小さな小さな甘味処がひっそりと佇む。
立地条件が最悪で経営が成り立っているのか不思議なところだが、ここには心強い常連客がいるので潰れることはない。
その常連客の一人はーー
「ん〜、ここのたい焼きはいつ食べても美味しいわ♪」
ーー八雲紫である。
紫だけでなく今日は藍と橙も一緒で、八雲家揃ってたい焼きでおやつ時を過ごしていた。
「どんどん焼きますから、好きなだけ食べて行ってください」
店の厨房からは店主である太った男が笑顔で紫たちへ声をかけると、紫たちも笑顔を返す。
店主の名は
目鼻立ちがハッキリとした強面の人間の青年であるが、見た目とは裏腹に気弱で温厚な性格をしている。
怖い顔に加えて長身で図体も図太く、ダボシャツに股引を履き、どんぶり(腹掛け)を着用。
そのため、人里の一部からは妖怪みたいに怖がられているので店を開けていてもなかなか客は来ない。
しかし紫たちのように物好きな妖怪たちが常連客としているのだ。
「こんにちは」
「邪魔するよ」
するとそこへ茨木華扇と摩多羅隠岐奈の二人が来店。
この二人も店の常連客であるが、
「あらあら、通い妻のご登場ね」
紫は隠岐奈を見るなりふふりと鼻を鳴らす。
「べ、別に通い妻ではない……こんな人間如きが私の夫になるなんて……」
隠岐奈は紫に言葉を返そうとするが、最後の方は言葉に詰まって赤くなった顔を逸らした。
「まあまあ、それより注文しましょうよ」
華扇がフォローすると隠岐奈は小さく頷いて暖簾をくぐり、ちょこちょこと新左衛門に一番近いいつものカウンター席に座る。一方、華扇は紫たちのいるお座敷のところに相席させてもらった。
「いらっしゃいませ、隠岐奈さん、華扇さん」
新左衛門は笑顔で隠岐奈たちへ挨拶する。
華扇はいつものように気さくに軽く手を振って笑みを返すが、隠岐奈の方はバツが悪そうにプイッとそっぽを向いた。
新左衛門と隠岐奈は恋仲の関係にあり、それを知る紫たちが一緒なので隠岐奈は素直に新左衛門と会話が出来ないのだ。
隠岐奈が例の異変以降、自ら人里に出歩くようになったことで新左衛門が経営する甘味処に入ったことが事の始まり。
隠岐奈は二童子の二人には異変以降は自由な時間を与え、二人は素直に遊びに行き、時間を持て余す隠岐奈は二童子の後釜候補を探すついでに幻想郷を散歩することが日課になっていた。
そこで新左衛門の甘味処に入り、彼の人柄が気に入って度々訪れるようになり、いつしか忘れた恋心が芽生え、告白はどちらからもしてはいないがお互いに懇ろな仲睦まじい関係を築いているので、今では紫が言ったように隠岐奈が新左衛門の"通い妻"と化しているのだ。
「お先に華扇さんのですね。まだまだ焼きますから、おかわりの時は言ってください」
「えぇ、ありがとう」
熱々のたい焼きと冷たい抹茶……これがこの店の定番メニュー。
華扇はたい焼きのひとつを手に取ると、豪快に頭からかぶりつき、「ん〜♪」とご満悦の表情を浮かべた。
それを見る新左衛門は嬉しそうに頷き、厨房へ引っ込もうとしたがーー
「ふんっ」
ーーゲシッ、と隠岐奈からローキックを食らわされて「うぎゃっ」と悲鳴をあげる。
しかし新左衛門は隠岐奈を怒ろうともせず、相変わらずヘラヘラと隠岐奈へ笑顔を返して厨房に戻った。
「えらくご立腹の様子ですね……」
「たい焼きのお兄さん、可哀想……」
藍と橙は新左衛門に同情の眼差しを送るが、
「……ぷくくっ……」
「相変わらず難儀ですね」
紫は声を押し殺して肩を震わせて笑い、華扇は隠岐奈へ苦笑いを浮かべている。
あれは隠岐奈のヤキモチで、恋人が華扇に優しく微笑んでいたのが面白くなかったが故のローキックだったのだ。
それを知る紫と華扇だからこそ、藍たちとは違う反応を見せたということ。
なので藍たちは紫たちの反応に揃って首を傾げているが、
「はい、隠岐奈さんのです。いつものでいいですよね?」
「っ……えぇ、ありがとう♡」
隠岐奈が新左衛門から声をかけられて満面の笑みを浮かべると、藍の方はやっとヤキモチだったと察して肩をすくませた。
「今度はニコニコしてますね……どうしてですか?」
ただ橙にはまだまだ分からない。
なので藍は「隠岐奈様は新左衛門殿が大好きということだよ」と簡単に教え、橙は「なるほど!」と納得してまたたい焼きをエラから頬張った。
ーーーーーー
それから夕刻になり、八雲家一行と華扇はお勘定して店を去っていく。
すると一人残った隠岐奈はそそくさと甘味処の暖簾を仕舞ってしまった。
「隠岐奈さん、どうして暖簾を仕舞ってしまうんです?」
当然、新左衛門は隠岐奈の行動が分からず質問する。
「夕刻だから。どうせもう誰も来ないだろ……こんな立地条件が悪いところは」
「確かにそうですが……」
「それに華扇の奴が馬鹿食いしてったからもう材料も残り少ないだろ?」
「まぁ……」
「日頃から稼ぎが少ないのに好きなだけ食わせてみみっちぃ料金で済ませて……だからもう店仕舞いなさい」
「はぁ、分かりました」
新左衛門は隠岐奈に言われるがまま従い、暖簾を受け取って表の戸を閉めた。
「ほら、店仕舞いも終わったなら、こっちに座る!」
隠岐奈は新左衛門にそう言うと、厨房の奥のお座敷に上がって自身の座した隣ら辺の畳をペシペシと叩く。
それに新左衛門は素直に従い、隠岐奈の隣に座った。
「まだ厨房で洗い物とかがあるんですが……」
「恋人を放置してた罰よ……私はずっとこうしたかったんだから♡」
すると隠岐奈は新左衛門の腕に自身の腕を絡め、頭を彼の肩に預ける。
新左衛門は甘えん坊になった隠岐奈に思わず苦笑いしながら、空いている手で彼女の頭を優しく撫でた。
「んっ……あ……はふ♡」
「隠岐奈さんは相変わらず二人きりになると甘えん坊になりますね」
「う、うるさい……そもそも紫たちの前でこんな態度取れるか、馬鹿」
手痛い指摘に隠岐奈は思わず顔を赤くして反論するも、体はもっと撫でて言わんばかりに擦り寄っているので新左衛門はそんな彼女を愛らしく思う。
幻想郷を創り上げた賢者の一人とあっても、心を許し、惚れた相手にはこうも甘えるのだ。
「どこかで紫さんがスキマからは覗かれているのでは?」
「別に側で見られてなければいいもん……それより今は紫のことなんて考えてないで私を構え、馬鹿者!♡」
またまたヤキモチを焼く隠岐奈。新左衛門はこれ以上彼女がヤキモチをこじらせないよう、「仰せのままに」とわざとらしい言葉を返して今度は彼女の肩に手を回し、自分の体の方へ引き寄せる。
隠岐奈はそのまま身を任せると、彼があぐらを掻く太ももに頭を乗せられた。
「むぅ、子ども扱いされた気がするぅ♡」
「お姫様扱いですよ」
「この私をお姫様扱いする馬鹿な奴はお前しかいないな♡」
言葉は素直でない隠岐奈であるが、その声色は甘く、表情もフニャフニャに蕩けている。
「いいか、勘違いするなよ?♡ 私はお前にしかこのように甘えないんだからな?♡ お前のように誰に対してもヘラヘラと笑いかけないんだからな?♡」
ムフンと何やら自慢げに鼻を鳴らす隠岐奈。
しかし新左衛門の膝でゴロゴロと甘え、耳や頬を撫でられてご満悦の声をあげる隠岐奈の姿は愛猫そのもの。
なので新左衛門はただただ可愛いなぁ、と隠岐奈を構う。
「お前がこの甘味処を辞める時は、特別に私の下僕になることを許可してやるからな♡ 本当なら今からでもそうしたいが、私の善意で今の状況に甘んじてやってることを忘れるなよ?♡」
「はい、俺は幸せ者です」
「お前がこの家業を終えた時……その時が真の家業に就く時だ!♡ 永遠に私の側に侍るのだぞ!♡ 泣いて頼んでも開放なんてしてやらんからな!♡」
「はい、俺のこの身は永遠に隠岐奈さんのものです」
新左衛門がそう誓うと、隠岐奈は満足げにうんうんと頷きーー
「な、ならば、今夜は私をここに泊めろ……♡ 主の命令だ♡」
ーーポッと頬を赤らめて大胆な命令をした。
その夜、隠岐奈はめちゃくちゃ新左衛門とryーー。
摩多羅隠岐奈編終わりです!
ツンデレとのことで、こんな感じのオッキーナ様にしました!
そして新作の方も全員書き終えたので、改めてここに終わりを宣言致します!
これから出るであろう新作キャラのお話もリクエストを頂けば考えますが、出来ない場合もありますのでその時はご了承ください。
にわかファンの筆者ではございますが、ここまで読んで頂き本当にありがとうございました!
それではまたいつの日かお会いしましょう!
お粗末様でした☆