東方恋華想《完結》   作:室賀小史郎

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恋人は里乃。


里乃の恋華想

 

 後戸の国ーー

 

 今日も後戸の国は薄暗く、無限の時が刻まれる。

 例の異変以降、隠岐奈とその二童子たちは前のようにこの後戸の国で穏やかに過ごしていた。

 しかし、近頃の後戸の国は少し華やかになっている。

 

「お師匠様、この花をあちらの方へ植えてもいいでしょうか?」

 

 二童子の一人、爾子田里乃は白と淡いピンク色をしたジギタリスと青いアジュガの花束を見せて隠岐奈に訊ねる。

 

 そう、近頃はこの里乃が幻想郷の人里に行くと毎回のように花を買って帰ってくるため、文字通り華やかになっているのだ。

 後戸の国は不気味と言われているが、今では里乃の手によって日陰でも育つ花々たちで埋め尽くされている。

 隠岐奈も花は好きだし、里乃が言うので好きにさせているが、この花の量は流石の隠岐奈も異変レベルに思えた。

 

「いいけどな、里乃よ。その前にちょっと話がある」

「はい、なんでしょうか?」

 

 なので隠岐奈は里乃へそう切り出し、訊ねてみることに。

 

「お前は近頃、人里へ行っては必ず花を買ってきているが……何故だろう? ここが嫌になったか?」

「そ、そんなことありません!」

 

 ハッキリと否定した里乃の言葉に隠岐奈は内心ホッとしながら、改めて「では何故?」と訊ねる。

 すると里乃は何やらモジモジと身をよじり、顔を伏せてしまった。その伏せられた顔は妙に赤く火照っており、それを見た隠岐奈は我が子の成長を感じる親のような心境を覚える。

 里乃も元は人の子。何年も自分の側にいたとしても、人里に出入りするようになれば恋心も芽生える。隠岐奈は里乃が恋をしていることを悟り、ニッコリと微笑んだ。

 

「言葉が無くとも、仕草が全てを物語っている」

「あぅぅ……」

「別に私は恋をするなとも、人と付き合うなとも言わぬ。里乃が見初めた相手だ……私も応援してやるぞ?」

「…………」

 

 子をあやす母親のように里乃の頭を撫で、優しく語りかける隠岐奈。

 対して里乃は頬を更に赤く染め、どう話そうかと思案していた。

 するとそこへ、

 

「たっだいま〜!」

 

 二童子のもう一人、舞が無数の扉の一つから元気に帰ってくる。その手には何やら御札のような物が握られていた。

 

「おぉ、おかえり、舞」

「お、おかえり、舞……」

 

 にこやかに声をかける隠岐奈と頬を赤くしながら声かけてくる里乃。二人の表情が違うことに舞は小首を傾げながらも、舞は里乃の元までトテトテと駆け寄る。

 

「帰る前に花屋の兄ちゃんとこでお茶ご馳走になったんだけど、その時にこれを里乃に渡してって言われた! だから渡すね!」

 

 舞はそう言うと里乃の手に自分が持って帰ってきた御札のような物を手渡した。

 それは御札ではなく押し花の栞で、中央に押し花を置き、その両端には何やら達筆な文字が並んでいる。

 

「ほう……これはまた情熱的な」

 

 書いてある文字を読み、隠岐奈はニヤリと笑って里乃のことを見た。

 しかし里乃も舞もこの言葉の意味が分からずにいる様子なので、隠岐奈はガクッと頭を下げる。

 

「なんて書いてあるの? 達筆過ぎて僕には読めないよ……」

「えっと……『君がため 惜しからざりし 命さへ 長くもがなと 思()ぬるかな』……?」

 

 里乃が声にしてその文字を読み上げるも、やはり二人共に小首を傾げるばかり。

 なので隠岐奈は「これは短歌だ」と告げたあとで、その短歌を解説した。

 

「この短歌を今の私達の話す言葉に変換するとだなーー」

 

あなたに会うためなら、死んでも惜しくないと思っていた命ですが、あなたに会えた今では、いつまでも長くあってほしいと思うようになったものです

 

「ーーということになる。加えてその押し花に使われている花はヒメリュウキンカという花で、この花言葉は『あなたに会える幸せ』・『会える喜び』という」

 

 隠岐奈の説明をふむふむと真面目に聞いている舞であるが、一方の里乃はカァーッと鬼灯の実のように真っ赤で隠岐奈の説明どころではない様子だった。

 

「愛されているな、里乃」

「は、はひぃ……」

「あはは、里乃ったら真っ赤っか〜♪ 縁日で見たりんご飴みたい♪」

「う、うるさいなぁ……」

 

 里乃が最近花を買って帰ってくる理由が分かった隠岐奈は、今度その者へ挨拶しに行こうと考えながら里乃の背中をポンッと叩く。

 

「ほら、せっかく素敵な贈り物を頂いたんだ、お礼の一つでも言いに行ってきなさい」

「え、でももう幻想郷は夕方ですし……」

「善は急げ、だ。なんなら帰ってこなくてもいいぞ?」

 

 まさかの隠岐奈の泊まってこい発言に里乃はボンッとまた真っ赤になる。

 しかし隠岐奈や舞に背中を押され、半ば強引に扉の中に押し込められま里乃は恋人の元へと向かうのであった。

 

「さて、赤飯の用意でもしておくか」

「やった〜! お赤飯お赤飯!」

 

 赤飯を用意する隠岐奈の意図を知らず、舞は無邪気に赤飯が食べられることを喜んでいた。

 

 ーーーーーー

 

 里乃の恋人は人里で小さな花屋を営む半人半妖の青年で名は『桂 椿(かつら つばき)』と言う。

 紺色の菱文模様の着流しを着、父親譲りの赤い髪と緑色をした髪の肩くらいまであるツートンカラーのストレートヘア。目は母親譲りの黒く澄んだ色で、奥二重をした女性らしい目つきの塩顔の細身で長身。

 父親が古椿の霊という花の妖怪と人間の母親の間から産まれた。

 今の幻想郷では人間と妖怪の隔たりも無くなり、里乃の恋人のように半人半妖も珍しくないのである。

 しかし人間と妖怪の間ではなかなか子宝に恵まれず、その数は少ない。

 

 里乃が幻想郷の人里に舞と遊びにきた際、舞が好き勝手に赴くまま行動するので里乃は舞とはぐれてしまった。

 そんな時にふと立ち寄ったのが椿の営む花屋で、彼も里乃から事情を聞いて、好きなだけいてもいいと快く受け入れてくれた。

 舞が戻ってくるまでの間、里乃は椿から彼自身のことや花のこと、花言葉のことと色んなことを教えてもらった。

 そうしている内に里乃は椿の人となりに恋心を抱き、最近になって椿からの告白で恋仲になったという。

 

「うぅ……言われるのがまま来ちゃったけど、もう夜だよぉ」

 

 恋人の住む家の玄関前まできた里乃であったが、彼女は訪ねられずに立ち往生していた。

 何故なら扉から出た場所が博麗神社だったので、いくら飛べるといっても人里に着いた頃には日が沈んでしまったからだ。

 

 因みに椿の家は彼が営む花屋であり、店舗となっている表の戸はもう閉まっているため、里乃は裏にある玄関にいる。

 

(こんな時間に押し掛けたら絶対迷惑だよね……でもお師匠様に言われた手前、お礼言わなきゃだし私もお礼言いたいし……でもでも、お仕事で疲れてる椿さんを考えると……)

 

 ぐわんぐわんと思考が回る里乃。

 すると、

 

「里乃ちゃん?」

 

 ガラッと玄関の戸が開き、恋人の椿が顔を覗かせた。

 

「あ、こ、ここ、こんばんにゃ!」

 

 突然のことに狼狽し言葉を噛む里乃であったが、椿の方は小さく微笑んだあとで「立ち話もなんだし、中へどうぞ」と優しく手を引く。

 椿は普通に話していたのだが、里乃にはそれが甘く響き、まるで花の蜜に誘われる蝶のようにふわふわとした気持ちで中へいざなわれていった。

 

 ーー

 

「今飲み物を持ってくるよ。お茶でいいかな?」

 

 居間の座布団へちょこんと座らせられた里乃は、椿の言葉に「は、はひ……」と夢見心地で返す。

 何しろ彼の家……店ではなく完全にプライベートな空間にお邪魔したのはこれが初めてだったからだ。

 

 それから椿がお茶の入った湯呑を持って戻ってくると、椿は里乃へ何も訊かずに彼女の真正面に腰を下ろした。

 

「…………」

「…………っ」

 

 バツが悪そうにソワソワしている里乃とは違い、椿は相変わらずニコニコしながら見つめてくる。

 

「あ、あの……どうして訪ねてきたとか、聞かにゃ……聞かないんですか?」

 

 頬を赤くしながら震えた声で訊ねる里乃。

 すると椿はゆっくりと首を横に振る。

 

「理由なんてなんだっていい。君が僕を訪ねてきてくれた……それだけで僕は幸せなんだ」

 

 優しい声色で嘘偽りない言葉を返す椿。

 里乃はまるで耳元で囁かれているように感じ、ゾワゾワと全身に甘い波が押し寄せた。

 

「おおおお、押し花の栞を頂いたので、そのおれ、お礼に……」

「気にしなくていいのに……でも、あれを贈れば、里乃ちゃんが会いに来てくれるかなって下心もあったから、嬉しい」

「うぅ……♡」

 

 椿の言葉一つひとつが里乃の残機を減らしていく。

 

「そんなに可愛い反応しないで……君を帰したくなくなってしまうよ」

 

 はにかんで椿がそんなことをこほすと、里乃はありったけの勇気を振り絞って椿の隣に行き、ぽすっと彼の胸に抱きついた。

 

「…………帰ってあげないって言ったら?♡」

 

 潤んだ目をし、上目遣いで里乃が訊くと、

 

「喜んで♪」

 

 椿は笑顔で里乃の背中に両手を回す。

 

「ん、にゃぁ……椿しゃん……好きぃ♡」

「僕も里乃ちゃんのことが好きだよ」

「うん……ずっとずっと好きでいて♡」

「里乃ちゃんもね」

「は〜い♡」

 

 こうして里乃は椿の家で夜を明かした。

 夜のクレイジーバックダンス(意味深)はしなかったものの、(しとね)(添い寝)を共にした二人の恋は更に愛を育んだ。

 

 因みに朝になって里乃が後戸の国へ帰ると隠岐奈たちが赤飯を炊いて待っていたので、里乃は顔を真っ赤にして「まだそんなことになってません!」と叫んだというーー。




爾子田里乃編終わりです!

おっとり系だとのことで、こんな感じにしてみました!

お粗末様でした♪

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