魔法の森ーー
雲ひとつない晴天に恵まれた幻想郷。
そこには人や妖怪といった様々な種類が共存し、暮らしている。
ここ魔法の森にも妖精たちや白黒の魔法使い、七色の人形使いなどが暮らし、そして地蔵の生命体として矢田寺成美もここに暮らす。
「今日はお日様の光もポカポカで絶好のお散歩日和ね♡」
「はい、そうですね」
日向があたる切り株に座る成美のすぐ横には、一人の青年が成美と肩寄せ合って座っていた。
真っ赤な色をした肩まである髪。その毛先は逆立ち、黒い毛もチラホラ見えてメッシュのよう。しかし顔立ちは優しく、どこか儚げで、病的なまでに白い肌をしている。そして更に目を引くのは爪で、その爪は禍々しい程の紫色で斑模様をしているのだ。
この青年の名は
青年はあの彼岸花が人の姿になったもので、人の悲しみが彼岸花に募ってこの世に生を受けた花の妖怪のような存在だ。
人々には死神と呼ばれ、魔法の森からは重大な用事がある以外は出ない。
死神と呼ばれる理由は彼の爪。彼の爪は誰でも苦しむことなく殺すことの出来る毒の爪で、しかも彼岸花の妖怪とあっては人々としては恐怖の対象なのだ。
しかし曼珠沙華本人はとても温厚で自ら進んで人々を殺して回ったりはしない。縁あって閻魔である映姫に頼まれた時のみ、その能力を振るう。
その時とはその者が酷い病で耐え難い苦しみを受けて死を待つ時や感染力の高い疫病にかかってそれが拡大しないようにする時で、その時は映姫自らが曼珠沙華の元へやってきてお願いをしている。
それは曼珠沙華が映姫も呆れるほど人々を慈悲深く愛しているからで、それほど愛している人々を自らの手で殺すという苦行のような役目を頼んでいるからだ。
そんな曼珠沙華が成美と共にいるのは、二人が恋仲の関係にあるから。
成美は魔法の森に佇んでいた地蔵で、その傍らに曼珠沙華(当時はただの彼岸花)が寄り添うように咲いていた。
そして例の一件で成美は生を受け、それから少しして曼珠沙華も生を受け、二人は生きて会うことが出来、このような関係に落ち着いたのだ。
「まんちゃん♡」
「なぁに?」
「キスしていい?♡」
「え、こんな日の高い内から?」
「うん♡」
「い、いくら成美ちゃんの頼みでも、それはダメだよ」
頬を桜色に染め、キスを断る曼珠沙華。
対して断られた成美は「えぇ」と不満顔で曼珠沙華を見つめた。
「どうして〜? 魔法人間の魔理沙は恋人同士はしょっちゅうキスするものだって教えてくれたよ?」
「そ、それはほんの一部の恋人同士の話だと思うな〜」
「じゃあ、私の心がまんちゃんへの愛でいっぱいになったからキスしていい?」
「今"じゃあ"って言ったよね? 今思い付いたよね?」
「むぅ、細かいなぁ。まんちゃんは私とキスしたくないんだ?」
「べ、別にそういう訳じゃ……」
成美の言葉に今日も曼珠沙華はてんやわんやさせられる。
しかしこれが二人の日常で何度も繰り返される幸せな時間。
そんな二人の元へ、
「お天道様の目のある時に堂々と何をしているのですか、あなた達は……?」
閻魔の映姫が青筋を立て、眉間にシワを寄せ、こめかみをピクピクさせながら現れた。
「え、映姫さん!? こ、これはですねーー」
「どう見たって私とまんちゃんのラブラブイチャイチャタイムです! 邪魔しないでくれます?」
成美が狼狽える曼珠沙華の言葉を遮ってさも当然のように言い返すと、映姫はガクッと頭を下げる。
「…………あなた達が日頃仲睦まじく過ごしているのは私も存じております。しかしーー」
「えぇ〜、閻魔様ともあろうお方が私達のラブラブを監視してるんですか〜? きゃーこわーい!」
どこまでも煽っていくスタイルの成美に映姫は我慢ならずに手にする悔悟の棒で成美の頭を殴った。
「全く……あなたのような方が地蔵と言われて困ります。こんなだから人々から"地蔵ポルノ"だの"エロ地蔵"だの"たわわ地蔵"と呼ばれるんですよ」
「イタタ……私は地蔵だけど、あなたみたいに菩薩じゃないもん。ただの石の地蔵だもん」
「多くの人は地蔵=菩薩と思っているんですよ! あなた個人が菩薩でなくても、それ相応の振る舞いをなさい!」
「おーぼーだ!」
「恨むなら地蔵のあなたに生を与えた者を恨みなさい!」
ワーギャーと言い争う成美と映姫。しかしこれも今に始まったことではなく、曼珠沙華はもう現実逃避するかのように日向ぼっこに専念していた。
空は青いなぁ、などとほのぼのとしながら……。
ーー
「これに懲りたら、己の行いを悔い改めなさい!」
「………………」
やっと成美と映姫の話は終結した。
しかし成美はあれからも幾度となく映姫から悔悟の棒で頭を叩かれ、流石の成美も伸びてしまっている。
そんな成美を曼珠沙華は優しく介抱していた。
「……それで、あなたに用があるのですが」
ふと視線を曼珠沙華に移した映姫が話しかけると、曼珠沙華は思わず映姫から視線を逸らす。
わざわざ映姫が自分のところにやってきた……即ちそういうことだと曼珠沙華は察したのだ。
「ダメよ! まんちゃんにもうあんなことさせないで! この鬼! 悪魔! 閻魔!」
成美は即座に復活して曼珠沙華を庇うように抱きかかえ、映姫へ罵声を浴びせる。
しかし映姫は「私は閻魔です」と冷静にツッコミながら、静かに言葉を続けた。
「今日はそういうことでやってきたのではありません。小町が全く戻って来ないので心当たりがないか休憩がてら尋ねて回っているのです」
映姫の言葉に曼珠沙華はホッと胸を撫で下ろし、成美も少しだけ曼珠沙華から離れる。しかし成美の両手はしっかりと曼珠沙華に回されていた。
「小町さんですか? 少なくとも僕は見かけてませんね……」
「私も……あ、でもいつだったか魔理沙の家で寝てたのを見たことが……」
成美が思い出したことを映姫にそのまま伝えると、映姫は「そうですか、ご協力感謝します」と告げて鬼のような形相ですっ飛んでいく。
それを見送った二人は心の中で小町に手を合わせるのだった。
ーー
映姫が去ってから暫くの時間が過ぎた。
日も傾き、二人もそろそろ別の場所へと移ろうかとしていた頃。
「良かったね、まんちゃん」
成美がふと曼珠沙華へそんなことを言った。
曼珠沙華はどういう意味で言われたのか理解出来ず、ただ小首を傾げるばかり。
すると成美は「……バカ」と小さくつぶやいた後、自身の胸に曼珠沙華の顔をムギュッと収めた。
「え、ちょ、成美ちゃん?」
いきなりの抱擁……そして顔中に伝わる成美の大きくたわわな成美山脈の感触に、曼珠沙華は思わず狼狽える。
すると、
「悲しいことをしなくて済んで、良かったね」
成美は優しい声色で曼珠沙華の耳にぽつりと言葉をかけた。
曼珠沙華は人をこよなく愛す彼岸花の妖怪。
しかしその思いとは裏腹に彼の仕事はその人々を殺すこと……映姫が来た時はほぼそのこと絡み。
なのに今回はそうでなかった。
成美は誰よりも人間を愛す優しい心を持つ曼珠沙華の心が、また深い傷を負わずに済んだことを『良かったね』と彼へ伝えると同時に、また自分にも大好きな彼が傷付かなくて『良かった』と言ったのだ。
「成美ちゃん……」
「必ずまんちゃんがやらなきゃいけない日が、この先も何回もあると思う。でも私がいつも側にいて、まんちゃんの心の傷を少しでも一緒に背負ってあげるから」
「……ありがとう、成美ちゃん」
曼珠沙華がニッコリと微笑んで成美へお礼を言うと、成美はニコッと愛らしい笑みを返して、次の瞬間には曼珠沙華の唇を奪った。
ちゅっ……と小さく甘い音が響き終わると、曼珠沙華は顔を真っ赤にして硬直。
そして、
「もう夕方だからキスしたって問題ないもんね♡」
成美はテヘッと可愛らしく舌を見せて、してやったりといたずらな笑みを浮かべる。
その笑顔はとても素敵で、曼珠沙華は思わず頬を緩めてしまった。
そんな曼珠沙華が愛しく思い、成美はその後も日が完全に静まで、何度も何度も彼の唇を啄んだというーー。
矢田寺成美編終わりです!
お地蔵さんと言えば彼岸花かと思ってこんな感じにしてみました!
お粗末様でした!