東方恋華想《完結》   作:室賀小史郎

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恋人はあうん。


あうんの恋華想

 

 博麗神社ーー

 

 今日も平和に時が過ぎ、人々が寝静まった頃。

 高麗野あうんは霊夢が寝ている間、今宵も狛犬の務めとして神社の鳥居から入ってすぐ近くで見張りをしていた。

 

「くぁ〜……人の姿になって随分経ちますが、やはりここに座っている時が一番落ち着きますねぇ」

 

 新しく作ってもらった台座(勇儀作)に座り、あくびを噛み殺しながら元あった姿の時と同様に背筋を伸ばすあうん。

 流石に雨や雪の時は霊夢が中で寝るように言うが、晴れている日や曇の日なんかはもっぱらここがあうんの定位置だ。

 そもそも狛犬であるあうんとしてはここにいるのが当たり前なのだが、人の姿になったことで霊夢があうんを一人の人として気を配るため最初の頃は問答無用で布団の中に押し込まれていた。

 霊夢としてはいくら神使(しんし)とは言え、実際に命ある姿になったあうんをそのまま外に置いておくのには良心が痛むのだ。それに只でさえ博麗神社は悪い噂が絶えないのに、『博麗の巫女は女の子を外にほっぽり出している』なんて言われては余計に参拝客の足が遠退くと思ってのことだった。

 しかしあうんが『狛犬としての務めを全うしたい』と強く訴えたので、霊夢が天候が悪くない日の夜間ならいいということにし、今に至る。

 

(朝になったら境内の落ち葉拾いして、霊夢さんや翠香さんを起こして、クラピちゃんたちと山菜採りに行って……)

 

 やることがたくさんで大変ですねぇ……とあうんは笑った。

 人の姿になったことで他人と交わることが出来るようになったのがあうんは嬉しい。なので今の姿にはとても満足し、毎日充実している。

 そして何よりーー

 

「"びゃくだ"さんが今夜は会いに来てくれるから、楽しみだなぁ♡」

 

 ーー人間と同じように恋焦がれることが出来るようになったのが、あうんの日々に更なる彩りを与えていた。

 

 あうんの言う『びゃくだ』とは守矢神社の境内の地下に住む、あうんと同じく神使の白蛇のこと。

 フルネームは「上水(かみみず)びゃくだ」で、あうんとは違い、神社と共に幻想郷にやってきた神使で幻想郷に来たことで人の姿になることが出来るようになった者。ただ、それだけでなく霊力によって途方もないほどの大きさの大蛇へ化けることも出来る。

 普段は水神様の使いとして守矢神社の敷地内でニョロニョロと気ままに散歩し、日向ぼっこをしてのんびり生活しているが、例の異変によって狛犬が人の姿になったことを耳にしてびゃくだがそれに興味を引かれて夜にあうんの元を訪ねたのが二人が恋仲になるきっかけだ。

 

 人の姿のびゃくだはあうんより頭一つ分大きい背丈で、人間としては小さめ。しかし絹のように白い肌と腰まである長く白い髪を持ち、瞳は真紅色という誰もが見惚れる容姿を持つ。

 よってあうんはその神秘的なびゃくだに一目惚れし、びゃくだもびゃくだであうんの明るい人となりに惹かれ、恋仲の関係になるのにそう時間は掛からなかった。

 

 そして二人の逢瀬はもっぱら夜。昼間でもお互い会うのは可能だが、恋は神をも堕落させるため、その身を固めるまでは互いに節度ある関係を保とうとしているのだ。

 

「びゃくださん、びゃくださん♡」

 

 あうんは懐からびゃくだの写真(撮影:文)を取り出し、その写真に笑顔で話しかける。因みにびゃくだはあうんの写真を持っていて、自分の寝床に飾っているんだとか。

 

「次の宴会の時は文さんに頼んで一緒のとこを撮ってもらおかな♡ あ、でもびゃくださんは私と一緒のとこは写りたくないかな……」

 

 先程まではデレデレした顔のあうんだったが、すぐに眉尻を下げて悲しげな表情になる。これも一重に乙女心というものだろう。

 

「何ひとりで勝手な想像して勝手に悲しんでるの?」

 

 するとそこへあうんの待ち人、びゃくだが大物のアオダイショウくらいの姿で鳥居をくぐってきた。

 そのびゃくだの姿を見た途端、あうんの表情は桜が咲いたかのように明るく咲き乱れ、ものすごい速さでびゃくだの元へとやってくる。

 

「びゃくださん、いらっしゃい!♡ 会いたかったです!♡」

 

 恥ずかしげもなくあうんはそう言い、蛇姿のびゃくだを持ち上げてその胸にギューッと抱きしめた。

 

「あうんは相変わらず可愛い性格してるね」

(僕も会いたかったけど、そこまでストレートには言えないなぁ)

 

 びゃくだはそんな言葉を返しながら、心の中で苦笑い。何せ何千年もこのような気持ちになったことがなかったので今更感が強く、あまり口には出来ないのだ。

 しかしびゃくだの体はちゃんとあうんの腕に優しく巻き付いているので、体は正直である。

 

「えへへ、びゃくださんに可愛いって言われちゃった♡ 嬉しいなぁ♡」

「それくらいでそんなに喜ぶことかい?」

「はい!♡ だってびゃくださんのこと大好きですから!♡」

「そ、そうかい……」

 

 びゃくだはあうんの真っ直ぐな言葉に思わず胸がときめき、声が上ずってしまった。

 

「あ、びゃくださん今照れたでしょ?♡」

「は、はぁ? 何を根拠に言ってるんだい?」

「だってびゃくださんって照れてる時は言葉がたどたどしくなるもん♡ 今だって目が泳いでるし♡」

「そ、そんなことにゃ……ないぞ?」

 

 言葉を噛んでも尚認めようとはしないびゃくだ。

 するとあうんは「はは〜ん」と含み笑いした。

 

「な、なんーー」

 

 ーーだい、と言葉を返そうとしたびゃくだであったが、それはあうんによって遮られる。

 何故ならあうんがびゃくだの顔をペロリと一舐めしたから。

 

「な、な、なななな!」

 

 壊れたからくり人形のようにガタガタと震え、盛大に狼狽するびゃくだ。

 しかしそんなびゃくだにお構いなしのあうんは何度も何度もびゃくだの顔を優しく、自身の舌でペロペロと転がしていく。

 

「あ、あうん!? 何してるの!?」

「ん、何って……ペロッ……びゃくださんが素直じゃないから、です……ペロペロ♡」

「あふん……っ、や、止めてくれ! ひゃっ、耳はダメ!」

 

 びゃくだはあうんの舌で撫でられ、あられもない声をあげる。

 普通、蛇は爬虫類なので何処を撫でられても気持ちのいい箇所はないのだが、びゃくだは人の姿になれるようになったのが原因でそれ相応の感覚があるのだ。

 

「えへへ、びゃくださんって普段はしっかりしてるのに、こういう時は可愛いですよね♡」

 

 やっとペロペロ攻撃が終わる。あうんは相変わらずニコニコしているが、びゃくだはぐったりと体をあうんから垂れ下がっていた。

 

「勘弁してくれよ、あうん……」

「だってびゃくださんが素直じゃないんだもん♡」

 

 こうなるとあうんは強い。普段ならば何かと後手に回るのはあうんなのだが、こうした恋人同士のイチャイチャになるとびゃくだはめっぽう弱いのだ。それもこれもそれだけびゃくだがあうんに首ったけという証拠でもあるが、本人はそれを認めない。

 

 ーー

 

 それからびゃくだも人の姿になると、二人は鳥居の上に肩寄せ合って座る。

 あうんはびゃくだの左腕にぴたっとくっつくき、足や尻尾をパタつかせてご満悦だが、びゃくだの方は先程まであうんに舐め回された余韻が消えずに頬を桜色に染めていた。

 

「びゃくださん、びゃくださん♡」

「はいはい、ここにいるよ」

「わふ〜♡」

 

 まるでマーキングでもするかのようにびゃくだの体に自身の体を擦り付けるあうん。

 びゃくだはそんなあうんが可愛くて、恥ずかしいと思いながらも好きにさせている。

 

「びゃくださんはひんやりしてて気持ちいいですね♡」

「そうかい?」

「はい!♡ あ、でも今は照れてるから温かいですね……いや、熱いかも?」

「そ、そう……」

「素直じゃないとまた舐めちゃいますよ?♡」

 

 妖しく笑って舌なめずりをするあうんに、びゃくだは慌てて「あ、あうんと一緒だから!」と言葉を返した。

 

「わふ〜♡ そう言ってもらえて嬉しいです♡」

「そ、それなら良かったよ……」

「はい!♡」

 

 その後も二人の逢瀬は夜明けまで続き、びゃくだはあうんのストレートな愛情表現に此度もてんやわんやさせられるのだった。

 因みにあうんとびゃくだが揃っていると、他の妖怪たちはその甘々空間に砂糖を吐き、悪さをするどころの騒ぎではなくなっているんだとかーー。




高麗野あうん編終わりです!

狛犬ですが、妙に犬っぽくなっちゃいました。
でも可愛いからいいよね?

お粗末様でした!

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