東方恋華想《完結》   作:室賀小史郎

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恋人はネムノ。


ネムノの恋華想

 

 妖怪の山ーー

 

 今日も幻想郷は何事もなく、平穏な時が過ぎていく。

 そんな平穏な昼下がりの中、射命丸文は妖怪の山上空から自身の新聞のネタ探しをしていた。

 

「椛に聞いたらここら辺だと聞いたんですがねぇ……はてさて、どこにいるやら」

 

 文はとある人物を探して山の上空をフラフラと飛び回る。

 その探している人物とは山姥の坂田ネムノ。

 ネムノは種族間で不可侵条約を結んで、妖怪の山で独自に生活している妖怪。

 自分の縄張りに入ってくる者を嫌い、その者は開きにして天日干しにする……などと山姥らしい言動を使っては追い払うが、それは単に脅しているだけで自分が気に入った相手には親切にするらしい。

 現に哨戒任務を行っている椛や他の白狼天狗たちとは笑顔で挨拶を交わしたり、時々食事にご招待されることもある、と椛はいう。

 よって文は上手くお近付きになってあまり世に知られていない坂田ネムノの密着記事を書こうとしているのだ。

 

(しかし一向に見つかる感じがしませんね……やはり普通に歩いて探した方がいいのでしょうか? しかし無闇に縄張りに入ればお近付きなるどころではありませんしねぇ……)

 

 文がそんなことを考えていると、ふと木々の隙間に人影を見つけた。

 その人影はよく見ると若い人間の男で背中に大きなかごを背負っている。顔は中性的、しかしどこか憎めないようなのほほんとした中肉中背で妖怪の文から見ても好青年だ。

 すると文は椛から聞いた話がふと脳裏によぎった。

 その話とはーー

 

『坂田さんを探している際に人間の男を見つけたら、絶対に声をかけないように』

 

 ーーとのこと。

 

 聞いた時はそんな人間はいないだろうと文は心の中で笑っていた。

 何しろ今文がいるところは守矢神社とはかけ離れた場所で、人間が通っていいとされる山道とはかなり外れた場所。

 なのに椛の言う通りのことになっている。

 

 よって、文としては記者として『どうしてこの青年がここにいるのか』訊ねてみたくなった。

 文はすぅっと高度を下げ、青年に声をかける。

 

「どうも、はじめまして。私は『文々。新聞』の記者をしています、清く正しい射命丸文と申します。二、三お尋ねしたいことがあるのですが、よろしいですか?」

 

 営業スマイルで文は訊ねたが、青年は妙に口をパクパクさせているのみ。

 そんなに驚かせちゃったかな?ーーと文は心の中で首を傾げる。

 

「確かに私は妖怪ですが、別に貴方を取って食うことはしませんよ。ただ私はどうして人間がこんな山奥に一人でいるのか疑問に思って声をかけただけなのです」

 

 青年を安心させようと笑顔で語りかける文。

 しかし青年はただただおろおろと後ずさるのみ。

 

(そんなに私って怖いですかね? 人里にもしょっちゅう出入りしてますし、こんなに怯えられるとは……)

 

 幻想郷に人と妖の隔たりが無くなって随分経つ。なのにこの怯え様。

 文はこんなに怯えられたのは久しいと思いながら、どうしようかと思案する。

 

 ドドドドド……!

 

「?」

 

 すると何処からか音が聞こえてきた。

 その音はまるで鬼が怒り狂って走っているような、文の背筋に嫌な寒気がするほどの音。

 音が段々と文たちの元へと近づいてくると、

 

「な、うちのおどごさ()何してんだ、鴉天狗!」

 

 それはあのネムノ。

 ネムノは文も驚くほどの速さで青年との間に割って入ると、青年を庇うようにして愛用の(なた)の先を文に向けた。

 

「あやややや! ちょ、ちょっと待ってください!」

「いいや、待てねぇべ……その前にあんたをこの鉈で切り刻む!」

 

 ネムノの気迫に押されて動きが鈍った文はネムノに組み伏せられる。

 そしてネムノが鉈で文の羽を切り落とそうとした時、

 

「………………!」

 

 青年がネムノの鉈を持つ手を両手で掴み、必死に首を横に振った。

 

「でも、おめぇ……」

「…………」

 

 ネムノは青年の目を見ると、ふっと小さく息を吐き鉈を持つ手をゆっくり下ろす。

 青年はネムノを文の上から退かすと、文を座らせ、服についた土や落ち葉を払い落としたあとで必死に文に向かって頭を下げた。

 何が何やらちんぷんかんぷんの文を見、ネムノは今度は大きなため息を吐く。

 

「はぁ……もう埒があかねぇべ。おい鴉天狗、特別にうちらのねぐらに連れてってやる。話はそれからだべ」

 

 そう言うとネムノは青年を肩に乗せてのしのしとねぐらまでの山道を歩き、文はそのあとをふよふよと飛んで追うのだった。

 

 ーーーーーー

 

 ネムノのねぐらに着いた文。ねぐらは熊か何かの獣が使っていた洞穴で薄暗く、ろうそくの火が辺りを不気味に照らしている。

 それも文にとってはかなり注目すべきことであったが、それよりも目を引くものがあった。

 それはーー

 

「ん〜、よしよし……たんとうちに甘えるんだよぉ♡ ご苦労さん♡」

「…………」

 

 ーーネムノが青年を甲斐甲斐しく膝枕して、先程とは全く違う甘い声色で甘やかしているのだ。

 ネムノ本人はデレデレした顔で青年の頭を撫でくり回しているが、青年の方は文が見ているからか狼狽して恥ずかしそうにしている。

 

「あの〜、坂田さんとその方はどういうご関係なんです?」

「あん、見て分からねぇのけ? 恋仲さ決まってるべ」

 

 さも当然のようにネムノが言うので、文は「え」と驚きの声をあげた。

 何しろ文が聞いた話によるネムノに人間の恋人がいるんなんて思ってもみなかったから。

 

「…………お二人の馴れ初めをお訊きしても?」

 

 恐る恐る文が訊ねると、ネムノはほんのりと頬を赤く染めて「恥ずかしいけんど、これも何かの縁だし話してやるべ」と話してくれた。

 

 ーー

 

 ネムノの話によると恋人の青年の名は「クチナシ」という名前で、その理由は本人が言葉を喋れないことから彼の両親が名付けたという。

 クチナシは産まれつき発話障害で話すことが出来なかった。それでもクチナシの両親はクチナシを優しく愛情深く育てた。

 しかしクチナシの両親は彼が成年する前に不慮の事故で他界。クチナシは両親が亡くなった悲しみに暮れる暇もなく、自身の食いぶちを稼がなくてはいけなかったが話すことが出来ない彼に仕事は無く、借家の賃金も払えなくなって追い出されるように山の奥に入っていった。

 山の中なら木の実や山菜で餓死はしないだろうと思っての選択で、彼自身も両親と共に何度も訪れた経験があったから。

 それでも山で暮らすというのは普段から山に慣れ親しんでいないクチナシの想像を絶した過酷なものだった。

 

 そして行き倒れていたところをネムノが救い、ネムノは自身の中に隠れていた母性本能が芽生え、自分に甘えてくれるクチナシを愛すようになり、今に至るんだそうな。

 

「なるほどなるほど……しかし、よく彼の生い立ちをそこまで調べることが出来ましたね」

「うちだって人里に行くことはあるべ。そこで色々と話を聞いて回っただけだ」

「人の不幸は蜜の味と言いますしね……そういう話は皆さんよくしてくださいますでしょう」

「あぁ……色々と尾ひれもついてたが、うちが今話したのが真実だと思ってる。こいつも何も否定してないし」

 

 な?ーーと付け加えつつ、ネムノがクチナシに視線をやるとクチナシはコクコクと頷いた。

 

「ふむふむ……」

(これはいい記事になりそうですね。見出しは大きく『山姥、人間の男とねんごろ!』という感じでしょうか?)

 

 そんなことを考えながら、文は記事の構成を頭に思い描く。

 するとネムノが「あのよぅ」と声をかけてきた。

 

「はい、なんでしょう?」

「あんた新聞記者なんだべ?」

「はい……あ、申し遅れました! 私はーー」

「捏造新聞の射命丸だべ? 椛がよく愚痴をこぼしてるの聞いてっから分かる」

 

 言葉を遮られてネムノから放たれた言葉に文はズコッと仰け反った。

 

「こほん……椛が何を言っているのかは聞きませんが、私は捏造なんてしてません。ただ読者の方々に楽しんでもらい、日頃の話題をご提供していましてーー」

「椛から聞いたが、外の世界には()()()()なんて言う言葉があんだべ? あんたもそう言われないようにあんま脚色せんで書いた方がいいんでないの?」

 

 ネムノの正論が文の清く正しい胸に突き刺さる。

 

「これはうちのお節介かもしれねけんど、脚色して物事を大袈裟にするよりは、ありのままを書いた方が身近に感じてもらえる思うんだわ」

「……そ、そうですかね?」

「んだ。だって脚色出来るってことはそれだけあんたの筆が走ってる証拠だべ? そんだら脚色せんでもそれだけで人を引きつける文章が書けるとうちは思うんだぁなぁ」

 

 ネムノの言葉に文はこれまで自分が忘れていたジャーナリズム道の心を再び思い出させてくれた。

 

「ありがとうございます、坂田さん! 私は次から脚色していない真っ当な記事を書いて人々へ話題を提供します!」

 

 文はそう誓うと、こうしてはいられないと風の速さでその場をあとにするのだった。

 

「鴉天狗は相変わらず騒がしくて敵わん……」

「…………」

 

 苦笑いでネムノがぼやくと、クチナシがちょんちょんとネムノの服を引っ張る。

 

「? どうしただ? おっぱいが?」

「!!!」

「そげに怒るでねぇ、ほんの冗談だべ♡」

「…………」

 

 ネムノはそう言ってクチナシの頭を軽く叩くように撫でるが、クチナシからはプイッと顔を逸らされてしまった。

 

「あぁん、そげなつれない態度は止してほしいべや……うち、悲しい」

 

 なのでネムノは謝ってクチナシの頬に自身の頬を擦り寄せる。

 するとクチナシが『反省してる?』と言うような目を向けた。

 

「うん、十分に反省しただ! もう変な冗談は言わない!」

「……♪」

 

 クチナシはネムノに向かってニッコリ微笑むと、起き上がってネムノへ向かって両手を広げる。

 これは二人の仲直りの合図で、

 

「ひひひ、大好きだべ!♡」

「…………♪」

 

 このようにひしっと抱きしめ合うのだ。

 

「なぁ……」

「?」

「もう、山菜も採り終えたんだべ?♡ そんだら、もう何処にも行かんでいいし、うちとイチャイチャの時間だべ?♡」

 

 ネムノのおねだりにクチナシがコクリと頷くと、ネムノはクチナシを押し倒すように覆い被さり、

 

「クチナシ〜、しゅき〜♡ ちゅちゅっ♡」

「……っ……!」

「いいでないの♡ 今日はキスの日にしよ♡」

 

 うんと甘い時間を過ごすのだった。

 因みに出ていったはずの文はいつの間にか戻ってきており、しっかりとその光景を写真に収め、一面にして脚色せずに報道した。

 しかし余りにも甘過ぎた内容だったのでいつものように脚色したのだろう、と殆どの者たちから思われたという。

 しかししかし、その新聞を読んだネムノはーー

 

「うひゃ〜、うちらのこと記事にしてるわ……もっと甘く書いてもいいのにねぇ〜」

 

 ーーと妙な不満をもらしたとか。




坂田ネムノ編終わりです!

ちょっと甘さ控えめになりましたが、ご了承を。

ともあれお粗末様でした♪

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